ワイルドピース

 今し方、3人を無力化――命中はしたが絶命を確認したわけではないので死亡したとは判断しない――したが、それでも6人も残っている。こうしている間にも援軍は後から湧いてくるだろう。
「……?」
 救出対象に視線を移す。違和感。
 眼を凝らす。
「……」
――――手足をただのロープで巻いただけ?
――――全身を拘束して「完全に」動けなくしないのはなぜだ?
 違和感を手繰る考えが脳裏を走る。
 その時だ。
「!」
 流れ弾か跳弾だろうか? 救出対象の男の胸部にまともに銃弾が命中したのに流血は確認できない。それどころか、激痛で悶えるだけの反応がすぐに現れる。
――――!
――――そうか! そうだよな!
――――殺さないだけの値打ちがあるはずだもんな!
 救出対象は恐らく、アーマープレート入りの防弾チョッキを着せられている。
 この場所は拉致対象の一時置き場だ。
 拉致対象……つまり、救出対象には死なれては困る理由があるので、防弾措置を施した。それが却って、体をロープできつく縛ることができない理由でもある。
 アーマープレートの鉄板が、縛るロープを阻害して完全に縛り上げることができないのだ。
――――光江の情報と調査じゃ、『拉致されている』はずだったが……。
――――逆さから考えれば、『守るために拘束している』とも取れるよな。
――――もてなし方には問題有るけどな……。
 これで一つの懸念は消えた。
 連中は救出対象に防弾チョッキを着せてまで守りたいのだ。
 そんな連中が救出対象を本気で人質にするというリスキーな真似はするはずがない。
 救出する方にも救出する輩を排撃する方にも大切な存在だ。
 それならば『安心して銃火に晒す事が出来る』。
 考えがまとまり始めたときに、頭上のキャットウォークが軋む。
「!」
 空かさず、発砲。
 だが、キャットウォークの床である、厚さ1cmのスチール板は38spl+1発では貫通できない。
 咄嗟にその場で仰向けに倒れて真上に向けて構わず、速射を続ける。キャットウォークの向こうでも同じく速射が聞こえる。
 一枚の鉄の板が両面から猛射に晒される。
 キイーンと云う甲高い音と共に小さな風穴が一つ開く。
「……」
 仰向けに寝そべった百飛木の顔面右側30cmの位置に浅い弾痕が刻まれる。この威力から察するにマグナムクラスのリボルバーだろう。
 派手に砕けたコンクリの破片が顔の右半分を叩く。
 だが、勝敗を決したのは、開いた風穴一つを通過した百飛木の8発目の38spl+だ。
 キャットウォークの向こうで呻き声が聞こえ、人体と思われる重い物が崩れる感触が耳に伝わる。キャットウォークから零れ落ちた6インチのコルト・キングコブラ。
 板一枚で向き合った二人供、シリンダー分を撃ち尽くしていたが、百飛木の僅かな多弾数が、相手が穿いたキャットウォークの小さな弾痕に8発目の38spl+を飛び込ませていた。
 1人辺りに消費する実包が多過ぎる。残りの弾薬も心許ない。これで相手の援軍が到着すれば『絶望的ではなく、絶望の状況』だ。
 懐のスピードローダーは空。ベルトに通した二つの3連スピードローダーポーチを手探りで漁る。辛うじて2個のスピードローダーが手に当る。
 その内の一つを抜き出してクリップ部分を口に咥える。残りの1個をシリンダーに押し込んで装填する。
 刹那。
 荒削りな足刀で遮蔽物の一斗缶の山を蹴り飛ばし、派手に雪崩れる方向とは反対の方向に走り出す。
 最初に撃ち倒した男が抱えていた短機関銃を素早く拾うと、大きなモーションで銃口を左右に振って9mmパラベラムを撒き散らす。
 今時、どこで手に入れたのかワルサーMPLだ。
 取り囲む敵集団が怯んだ隙にフォスベリー・オートマチック・リボルバーの銃身を腹のベルトに浅く挿し、生死は不明だが動く気配を見せない男の着衣からワルサーMPLの弾倉を引き抜く。
 素早く交換してボルトを引く。
 牽制射撃を続けながら、救出対象のいる廃工場屋内の中央までくると、予想通りに反撃が『遠慮がち』になる。
 特にキャットウォークで待機している連中は自分達の跳弾が『守るべき対象』に命中しないように及び腰になる。
 ワルサーMPLを平面上の敵に向けて、指切り連射の牽制を与える。
 指切り連射とはいえ、片手での出鱈目な発砲でまともな着弾は一切望めない。
 無駄に撒き散らされる空薬莢。
 精々、百飛木が救出対象のいる地点までの時間稼ぎだ。
 慣れない左手だけの短機関銃の発砲。暴れまわる反動に、手首が持っていかれる痛みが走る。アドレナリンで興奮する右手がフォスベリー・オートマチック・リボルバーを掴むが、震えて照準できない。
 咥えたスピードローダーのクリップを噛み砕かんばかりに力んで、反動と震動で指先がいうことを聞かない左手首を右手の尺骨に添えて照準をサポートする。
 盲撃ち。
 銃口が明後日の方向を向いているワルサーMPLのボルトがレシーバーを叩いて後退して停止する。弾切れ。
 左手からワルサーMPLを手放し、そのままの体勢――右手尺骨に添えたまま――で不恰好なウイーバースタンスを保持してフォスベリー・オートマチック・リボルバーを発砲する。
 合計3発。何れも決定打に欠ける。
 しかし、怯ませる効果は有った。残存戦力3人を敢えて無視し、救出対象の男――安物のスーツが好く似合う四十絡みの小男――の襟首を左手で掴むと、投げ飛ばさん勢いで引き摺り、後退を始める。
 抜かりなく、退路だけは確保できている。
 突入口の初っ端から釘付けにされていた辺りから、ここを退路にしようと決めていた。
 今に至るまでの……この経緯を開戦より解り易く説明すれば、敵中に飛び込むのが怖くてしどろもどろと牽制的な撃ち合いをしていたら援軍が到着してしまったのだ。
 残存戦力を銃口で牽制しつつ、時折、退路にも銃口を向ける。
 左手は猿轡を噛まされた救出対象の後襟を握ったまま。
 救出対象は目視の通りにクラスⅢの防弾チョッキを着せられていた。防弾に関しては他メーカーより後れを取るサファリランド社の中古品だが、9mmパラベラムなら15mの距離で撃たれても胸骨陥没程度の負傷で済む。ケプラー繊維による停止力ではなく、厚さ5mmのプレートを仕込んだだけの簡素だが効果的な防弾チョッキだ。
 救出対象の男を屋外の遮蔽物に潜ませると、右足首内側のナイフシースから左手でプッシュダガーを抜き放ち、荒くたく男を束縛するロープを切断する。
「ここがどこだか理解できるか? 兎に角、この先に走れ! ここで俺が敵を足止めする。この先には白の軽四ワゴンが止めてある。それで逃げろ!」
 プッシュダガーをシースに戻すと、グリスのような脂汗を額に滴らせた小男に向かって、喚くように撒き散らす。百飛木自身も興奮状態が続いているのだ。
「交通規則は守れよ。奴らから逃げても警官に止められたらアウトだ!」
 小男に喋る合間を挟ませない。
 ここで百飛木が果ててもプロとしての仕事を遂行した実績が残る。
 命あっての物種だと、毎回尻尾を巻いて逃げていたのではその辺の三下と同じレベルだ。その程度のプロ意識ならサッサと足を洗うべきだ。
 『守るべき対象』を奪回された工場内の連中は色めき立って幅6mはあるスライドドアの出入り口に殺到する。
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