ワイルドピース

 それでも結局は知的探求を満足させるだけの、奇を衒ったフルスクラッチの玩具でしかなかった。
 彼女の手にあるのは恐らくその中の一挺だろう。
 青みを帯びた黒い艶が物語っている。
 重量軽減のために切り詰めた3インチの銃身と全高を削る為に切り詰めてグリップアダプターを装着した姿が物語っている。
 何より、微調整出来るアジャスタブルサイトが全体の雰囲気をごく、近代的なイメージに近付けている。
 フレーム寸法は1900年代の射撃家ニック・ウイナンスが愛用していた38口径8連発モデルを基本としているらしい。角ばった銃身の左側面には『38spl』と刻印されている。
 左フレームに大きく掛っているサムピースを右手の親指で押すと、本体がトリガーガード前方の角を中心に二つに折れた。
 後は僅かな力を銃身に掛けるだけで大きく開き、シリンダーが迫り上がる。
 その際にシリンダー後部のエジェクターが実包の尻を咥え込んで1cmほど飛び出す。
 全弾発砲したのならこのまま、逆さに振ってやれば良い。今し方、発砲したのは3発。3発分、補弾すると再び銃身を握ってフレームに嵌め込む。
 38口径8連発のリコイルアクションをする中折れリボルバー。
 それがフォスベリー・オートマチック・リボルバーだ。
 発砲時の反動でグリップより上の可動するフレームを勢い良く後退させて、その力で撃鉄を起こす。
 すると、次弾からはシングルアクション状態で後退したまま待機する引き金を引くだけで速射が可能。
 その昔は炸薬の爆発力が弱く、作動不良の原因とも言われていたオリジナルの455ウェブリー弾も今では38spl+に改められ、また、それの反動でも充分に耐えられる材質で拵えられている。
「調整が間に合って良かった……とは言え……」
 彼女、洋野百飛木(ひろの ゆき)は目前5mで腹部を押さえて苦痛に悶える3人を見下ろした。
 目鼻が少し整っている他に、これと言った特徴のない容貌をした百飛木は切れ長気味な瞳を流して、負傷した3人に銃口を振りながら近付く。
 小型短機関銃を爪先で蹴り飛ばす。発砲できる状態の短機関銃なので、こちらに銃口が向かないように慎重にゆっくりと蹴る。
 この狭い部屋……廃棄された山荘の一室でのできごとだったが、思ったほど、難しい仕事でもなかった。
 思う存分、タマがばら撒ける短機関銃が射線が重なる位置にほぼ、直列に位置していたために、仕留めるのは簡単だった。連中に対して、銃口を大きく左右に振るロスが少なく、相手も仲間が邪魔になって躊躇いができたのが勝因だ。
 間髪を入れないたったの3連射。
 あらかじめ、撃鉄を起こしていたのも勝因だが、リコイルアクションの速度が向上していたのも大きな理由の一つだ。
 ガンアクション小説ではしばしば、自動拳銃の引き金を1秒間に何回引ける、という描写があるが、実際はこの動作は意味のない労力なのだ。幾ら早く引き金が複数回引けても、スライドがリリースして撃針が撃発位置に後退していないと、虚しい空引きを繰り返しているだけだ。
 西部開拓時代の古典的なリボルバーなら力技で『全ての発砲音が重なって1発に聞こえた』という伝承も有り得るが、最近のリボルバーは撃鉄が直接、雷管を叩かないハンマーブロックが組み込まれている場合が多いので、シングルアクションリボルバーの様な勝手も利かない。
 却って、百飛木の使うフォスベリー・オートマチック・リボルバーはハンマーブロックを採用しておらず、且つ、リコイルアクションのレスポンスを僅かに高めているので、人間の指先が動く範疇での速射では申し分ない。
 最近ではマテバオートリボルバーが百飛木の持つ後世のフォスベリー・オートマチック・リボルバーと酷似していることが判明しているが、どちらが先に開発されたのかは定かではない。
 所詮、アマチュアがどんなに叫んでも製造ラインを持つプロダクションには勝てないのだ。 
「さて、荷物の回収」
 敵対する障害への応戦、排撃は必要経費で落とせるが、故意に死亡させるほどの負傷を与えるのは仕事の範疇ではない。あくまで、仕事が円滑に運べばそれで問題は解決だ。
 いつもの芳醇な香りを提供してくれるコイーバ・コロナスエスペシャルが恋しくなったが、振り切るように、フォスベリー・オートマチック・リボルバーをダブルハンドで構え直して各部屋の安全を確かめながら前進する。
 既に、今回の仕事に於いて、現場である山荘の見取り図と配置されている敵戦力の総数も判明しているので楽だ。頭の中の計算が間違っていなければ、先程の3人でこの山荘の中に居る敵対戦力は全て無力化したことになる。
   ※ ※ ※
「と、言うわけで楽勝でした、とさ」
 台詞の締めの「とさ」の部分で勢いを付けてギロチン型シガーカッターの刃を落とす百飛木。カーリーヘッドが小気味良い音を立てて飛ぶ。
 特徴的なカーリーヘッドを切り落とすと、全長155mm直径15mmのハバナを無造作に咥えた。
 青いトレーナーにトレーニングウェア姿の百飛木はショルダーホルスターに袖を通してはいたが、ベルトの端はどこにも連結していない。
 左脇にはフォスベリー・オートマチック・リボルバー。右脇にはスピードローダーの6連ポーチ。万が一に備えて、左足のアンクルホルスターには全長が125mmしかないローム社製38口径デリンジャーが仕舞われているが、過去を顧みても、出番は無かった。
 4LDKの賃貸マンションのリビングでのことだ。
 先日の仕事の顛末を暫定恋人扱いの石浦光江(いしうら みつえ)に話す。
 今年25歳になる百飛木だったが、3歳年上の同性を一応の恋人としている。
 二人が並んでいれば鋭い輪郭を持つ優男と墨を流したような黒髪ロングが美しい北国美人が立っている絵面ができ上がる。
 男性的な表面が強い百飛木に対して面倒見が良さそうな柔らかい物腰と容貌の光江は外見だけなら理想的なカップルだった。
 この二人の間に精神的繋がりはあっても肉体的肉欲的繋がりは希薄だ。
 百飛木の職業……万ず荒事を引き受ける何でも屋だ。荒事が付きまとう闇社会からのオファーであれば大概は引き受ける。
 マネージメントとロケーション(仕事の現場)のチェックは光江が全般を引き受ける。
 二人は仕事上のパートナーでもある。
 自宅兼事務所は決して表に触れ回ってはいけない、やんごとなき依頼の報酬兼口止め料として得た物だ。書面上では毎月、家賃を払っているように偽装されているが、実は別口からの計らいで金銭的に維持できている。故に、この物件を非常時に掃っても彼女たちのアシが取られる可能性は低い。
 恵まれた環境の事務所ではあるが、どこまで、安全性を謳っても闇社会――病み社会とも比喩できる――の人間だ。必ず破滅と破局は訪れる。
 それまでの刹那的な止まり木として留まっているだけだ。
「とさ、じゃないでしょ? とさ、じゃ」
 光江が可愛らしく頬を膨らませる。
 そんないつもの仕草を微笑みながらコイーバ・コロナエスペシャルのフットを3本束ねたマッチの火で炙る。
「私がクライアントから追加で情報を聞きださなかったらどうなってたか」
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