ワイルドピース

 その男に対して、決定打を放てる角度ではなかったので、地面のスコーピオンを38口径で粉砕する。ボルトとレシーバーが破損しただけだが、この銃が使えなくなった事実は変わらない。
 顎を蹴り上げられた犬さながらにスコーピオンを拾おうとしていた男は跳ね飛んで驚いた。そのまま頭を抱えながら遮蔽物に逃げ込む。
 事実上、ビゾンを回収したノリンコの男との勝負。
 AKを短縮し、カービンスタイルに形成し直して円柱状のヘリカルマガジンを装備した立派なサブマシンガンだ。
 バリエーションとして30口径トカレフや9mmパラベラムモデルも存在するが、姿形の割には火力が低い9mmマカロフモデルが密輸ルートでよく流通している。
 イジェマッシPP19こと、ビゾンが容赦無く毎分700発の速度で9mmマカロフを撒き散らす。
 ホースで水を撒くような無駄弾は使わない。的確な指切り連射。指切り連射の感覚が短くて、あたかも大量の銃弾を撒き散らしている光景に見える。
 状況が悪転。腹部の衝撃から何とか立ち直った百飛木だが、肋骨を負傷した激痛に耐えながら、フォスベリー・オートマチック・リボルバーを構え直す。
 ビゾンとて完璧な銃火器では無い。
 撃てば撃つ程、ヘリカルマガジンの重心が移動して照準が付け難くなる。M16やMP5系統と違って直感で空弾倉を棄てて新しい弾倉を叩き込む動作が難しい。マガジンキャッチを押しただけでは自重で空弾倉は落下しない。マガジンキャッチを押しながら手前に捻じる要領で弾倉を抜かねばならない。
 弾倉が空になる瞬間が勝負だ。
 ノリンコの男がビゾンの再装填の手間を知っているのなら……本気で百飛木を追撃するつもりなら、この狭い空間で取り回しの利かないビゾンにいつまでも執着しないだろう。
 ビゾンを捨ててノリンコT-NCT90に持ち替えても、ビゾンを残りの男に投げ渡しても、ロスができる。その瞬間を狙えば勝機は拾える。
――――落ち着け!
――――落ち着け!
 下唇をギリギリと噛みながら、ビゾンの指切り連射が止むのを待った。この間に、敵の援軍が路地に入り込んで退路を塞いでいたのなら絶望的だ。
 ビゾンとスコーピオンの弾幕に追い立てられるように、退路である、背後の路地へと後退りを始める。
 相手を圧倒する勝利は必要ないとはいえ屈辱的な展開だ。
 ビゾンとスコーピオンの銃弾が左右の建造物の壁を削る音を聞きながら退路へ向かう。
 アバラから体が分解しそうな痛みが走る。額に大粒の脂汗が吹き出る。
「……」
 この期に及んで咥えたままの葉巻。火種が唇に近くなったのを感じて、吐き捨てる。
 灰燼に帰した葉巻の長さから計算して1時間半はこの裏路地で空薬莢を撒き散らしていた。
 1人分の火力で良く粘った方だ。路地から完全撤退するまで、温存しておく予定だったH&K MP5Kを失ったことは大きな損失だ。
 足や腰などの機動力に深刻な負傷を負ったわけではないので、『予定通り』に撤退を始める。
 これだけ時間を稼げば光江はどこかの伝を頼って庇護下に入っているに違いない。尤も、光江が追っ手に捕まらなければの話しだ。
「!」
――――拙い! シマッタ!
――――見過ごした!
 ビゾンとスコーピオンのハーモニーが崩れてビゾンだけのソロが奏でられる銃声に気が付いた。
――――このビゾンは……ノリンコ使いじゃないな!
 何時の間にかビゾンをスコーピオンの男が扱っている。あれほど、気にしていた反撃する刹那の時間を失った。……あの男はビゾンの弾切れを狙って反撃に出るに違いないと先読みして、スコーピオンの男にビゾンを渡した。即ち、発射のタイミングやパターンや癖で聴き分けて弾切れと再装填の機会を伺っていた百飛木の体感的な残弾計が狂ったのだ。
――――アイツはどこだ!
 ノリンコの男を背中越しの気配だけで探る。
 背後に暗視の利く眼球が欲しい。立ち止まると素人丸出しなビゾンの9mmマカロフで蜂の巣にされる。ビゾンの直線上に立たないように辻や室外機等の遮蔽物を利用して角を小刻みに折れる。
 ビゾンが出鱈目に唸るお陰でノリンコの男の足音も掴めない。
 罅が入った肋骨が悲鳴を挙げる。それでも進むべき退路へと確実に進んでいる。
 前後に忙しなくフォスベリー・オートマチック・リボルバーの銃口を走らせるものだから、その度に肋骨の激痛が肺の空気を押し出さんばかりに暴れる。
 内臓破裂や銃弾の直撃よりは遥かにマシだが、痛いものは痛い。
 ビゾンの男が、退路を進んだ百飛木を見て勢いが付いたのか、威勢良く路地の真ん中に躍り出てギャング映画の真似事のようにビゾンを腰溜めにして銃口を振る。
「!」
「……」
 真っ青に変色したのはビゾンに持ち替えたスコーピオンの男の方だった。
 ビゾンはたった2発の9mmマカロフを吐いただけで沈黙した。
 ビゾンを構えた男は急いでボルトを後退させる。作動不良を疑ったが……単なる、弾薬切れだった。
 ビゾンの連射とは違う、鋭い発砲音。
 フォスベリー・オートマチック・リボルバーの38spl+が、たった1発の38口径が、男の左胸に吸い込まれる。
 存分に対人停止力を心臓の直近で発散した38spl+は程よいマッシュルーミングを起こして、心肺を停止させるに充分な破壊力を体内に伝達させた。
 ビゾンの男はゆっくりと膝を突き、コマ送りのように仰向けに倒れた。しばらくして死の痙攣を始めた。
 遮蔽物に素早く頭を引っ込めた百飛木にはその男の最期を看取る事はできなかった。
――――あと1人!
 ノリンコの男が何処かに隠れているはずだ。
 息を殺してノリンコの男の出方をうかがうが、見事に気配を感じない。
――――? 撤退か?
 この場から遁走したとしか思えないくらいに辺りは静かだ。
 試しに、退路の方向へ遮蔽物伝いに走るが、追い立てる銃声や足音は聞こえない。
 逆に不気味だ。
 相手の呼吸が聞こえてきそうな狭い空間で、『疎外された空間に押し込められた状況』は精神衛生に良くない。
 正しい判断と間違えた選択を混同して考えてしまう。『落ち着かない』のとは違う、大きな齟齬。
 自らの閉塞した思考に陥り自滅してしまう。……人間は、ある程度の緊張から一瞬にして解き放たれると、自分の立ち位置を見失うのだ。
 百飛木が経験浅い若年のアウトローだからではない。人間の心理を突付いた、何もしないという『炙り出し方』だ。
 腕時計のデジタル表示が音も無く時間の経過を報せる。
 1秒間の感覚が1分に思える無音。
 自らの身動ぎの際に出る雑音しか耳に届かない。
 先程のフォスベリー・オートマチック・リボルバーの発砲音が木霊で返ってくるのではないかと思うほど、静か。
 撤退したのか、百飛木の自滅を待っているのか、こちらの出方を待っているのか、ノリンコの男からこちらが見えないのか、援軍の到着を待っているだけなのか、百飛木の退路に先回りしたのか……様々な憶測がグルグルと脳裏を巡り、考えがまとまらなくなる。終いには、「フォスベリーのシリンダーに残っていた弾薬は7発だよなぁ……」などと、現実逃避に似た考えに及ぶ始末。
 ……ふと。
 ふと。
 本当に、『ふと』という表現がぴったりの行動だった。
 もしかしたら、百飛木の感覚や体内時計が戦闘終了を勝手に告げただけなのかもしれない。
 有ろうことか、遮蔽物の陰だったが、その場で無防備に立ち上がった。
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