ワイルドピース

 ノリンコT-NCT90は90年代に入ってから中国軍の正式採用拳銃のトライアルに出品されたが落選し、すぐさま市場をキナ臭い東ヨーロッパに向けて量産したノリンコトカレフシリーズの最終形態だ。
 所謂、プロが使う銃では無い。
 トカレフ譲りの許容差分の広いガスオペレーションや10tトラックがアスファルトの上で轢いたくらいでは機関部に不具合を来たさない、堅牢で大雑把な拵えが最大の評価点だ。
 頻発した東欧の独立紛争ではかなりの数が敵味方に配られた。勿論、ばら撒いたのは中国政府の差し金では無く、ロンダリングしてマージンが転がり込むように依頼した『元東側の死の商人』が暗躍したのだ。
 ノリンコの男の号令一下、おっかなびっくりだった5人――やはり、5人しか銃撃していた追跡者はいなかった――は統一性のない火器をぶら提げながら、100人の援軍でも得たかのように堂々と物陰から出てきた。
「……」
 リップミラー越しに敵戦力を伺い、分析する。
 間断無い連射が聞こえていたが、9mmマカロフを使用するビゾンが1挺確認出来た。スコーピオンが2人。ナインティーンイレブンが1人に6インチ銃身のマグナムと思われるリボルバーが1人……それに加え、ノリンコの男。
 ナイロンザックから予備弾倉を更に3本出して、腹のベルトに挿す。先程の3本は既に使い切った。
―――――大袈裟すぎる戦力だ
 横咥えにしたままのコイーバ・コロナスエスペシャルを深く吸い込んで唇の端から勢いよく紫煙を吐き出す。
 何度かセカセカと葉巻を吸うと、空に向けて3バーストで2回撃つ。
 今度は左右を挟む建造物の頭上辺りの壁面に向けて3回撃つ。
 そして、セレクターをフルオートに切り替えて、路上に転がり出て……引き金を引き絞る。
「……!」
――――ビンゴ!
 百飛木は唇の端に凄惨な笑みを浮かべた。
 撹乱する3バーストが奏功し、ぞろぞろと出て来た5人に9mmの洗礼を浴びせるのに成功した。無意味な発砲を意味のある発砲だと錯覚する心理作用、『ロンハンの剃刀』を誘発させた。連中が優勢に立っているがゆえに、あの女は窮鼠猫を噛むと言う考えで乱射したのではない、いや、何か策があるはずだと、ノンバーバルコミュニケーションのレベルで齟齬が発生した。
 その結果……。
 ビゾンの男とスコーピオンの男の2人が体を前屈みに折って地面に顔から崩れる。
 尻を突き出した間抜けな体勢のまま、呻き声を挙げている。いずれも腹部の負傷だ。死にはしないが無力化した戦力として数える。
 ナインティーンイレブンの男は拳銃を握っていた腕の肉をごっそりと削られて、膝を突いて罵声を喚き散らす。残りの2人――スコーピオンと6インチリボルバー――は咄嗟に伏せて難を逃れる。
 狭い空間で横一列に並んだ5人程度の戦力なら、フォスベリー・オートマチック・リボルバーの速射で丁寧に片付けられた自信は有ったが、ノリンコの男の威圧感が凶暴で、常に心の端に安全策を取らざるを得ない圧力を掛けられていた。愛用の拳銃を温存しておきたい心理も働いていたのかも知れない。
――――喧しい!
 更にH&K MP5Kを薙いで喚き散らすナインティーンイレブンの男の頭部を吹き飛ばす。
「!」
 左前方、ノリンコの男が潜む辺りからの強烈な殺意がH&K MP5Kを操作する手を強制停止させて、それまで潜んでいた背後の遮蔽物に隠れる。
 間髪入れず、百飛木が立っていた辺りにノリンコT-NCT90から放たれた9mmパラベラムが着弾する。
 後退りしながら、壁面に咲いた青白い火花を見て、背筋を冷やす。
――――もう一丁、かましとくか!
 再び、この場のイニシアチブを握るべく、弾倉を交換したH&K MP5Kを握り、飛び出た瞬間……。
 腹に衝撃を感じる!
 木槌で殴られる感触。刹那の出来事がスローモーション再生のように、世界を写す。
 腰溜めにしたH&K MP5Kを構成するスプリングやギヤがぶち撒けた臓物のように飛び出る。
「グっ!」
 横咥えの葉巻を噛み縛り、衝撃に抵抗することなく、膝から力を抜ける。
 腹部を高速で伝わる衝撃。肺から一瞬で空気が押し出される。複数の肋骨に罅が入る感触を知る。
 敵――恐らくノリンコの男――が放った9mmパラベラム弾は腰溜めのH&K MP5Kに命中し、衝撃で持っていかれたH&K MP5Kは9mmの500J近いエネルギーで百飛木の腹部に『叩き付けるように押し付けた』。
 ドイツが誇る短機関銃と謂えど、機関部に9mmパラベラムの直撃を受ければ、連結部や可動部を中心に構成物を撒き散らして、高価なスクラップになる。
 一瞬の内に、H&K MP5Kの形をした大型ハンマーで押し戻されるような形で、それまで隠れていた遮蔽物に衝撃で押し戻されてしまった。
 尻餅を搗いて、背中をコンクリートの地面に叩き付ける。
 喉の奥から黄水が戻るのを堪えて、『思わぬボディブロー』に飛びそうな意識を意地で留める。
 白濁に堕ちそうな意識の中で、左手が閃いてフォスベリー・オートマチック・リボルバーを『左脇から抜いた』のは奇跡だった。
 被弾の衝撃で右手が震えて使えないことを無意識に悟っての行動だ。
 腹腔を押されて血圧が急激に変動し、目前が霞む。
 この期に及んで未だ口から離していない葉巻の煙を無意識に肺まで吸い込む。勿論、重量感とトロ味の有る濃厚な煙がダイレクトに肺に流れ込んだものだから咽返る。口腔喫煙でしか愉しめない葉巻の煙を肺まで吸い込むと、自律神経の防御反応が働いて咳中枢を作動させ、酷い咳を引き起こす。だが……百飛木にとって良い方向に転がる結果となる。
 緩めば飛ぶ意識が、咳き込むという強制的な生理現象で繋ぎ止められる。
 洟と涙が零れる不細工な貌を作るが、お陰で地面に転倒しつつも、救いの拳銃を手放さない。
 先んじて功を得ようと吶喊して来た6インチのS&W M27を構えた男の下腹と右胸に熱い38spl+を叩き込む。左手で保持するフォスベリー・オートマチック・リボルバーから慣れた反動が駆け上がる。リボルバーでオートマチックゆえに、トリガーガードの角を蹴り上げられるのに似た反動だ。
 遅れて続くスコーピオンの男は急ブレーキを掛けて、辻の角に飛び込む。
 ノリンコの男は、視界に居ない。倒れた百飛木から見て死角になったのか、死角の位置に移動したのかは解らない。
 熱いフライパンの上のミミズさながらに這いずり回りながら、背後の辻の角に移動する。その間に3発、の牽制射撃を繰りだす。
 自動小銃の銃口がこちらに向いたのを視界に確認した途端、軽快な連射音が長い間隔の指きり連射で響き渡る。
 自動小銃というには軽快すぎる発砲音。
 先に仕留めたはずのビゾンが回収されたのだろう。
 援軍が駆け付けるには複雑過ぎる裏路地では残存する火力を回収するしか、お互いに得られる武器は無い。
 外観が自動小銃に似ているからと言って、それで使用する9mmマカロフの殺傷力が変化するわけではない。
 それに然り、旧いリボルバーのフルスクラッチといえど、フォスベリー・オートマチック・リボルバーの38口径が劣る理屈は無い。
 ヨタヨタと立ち上がり、感覚が戻ってきた右手に拳銃を持ち直すと、予備のスピードローダーを左手の指の間に3個、挟む。
 3分の2が灰燼に帰したハバナ葉巻。残り6cmほどだが、この葉巻の特色としてこれからが本領を発揮する長さだ。葉巻は吸い始めから吸い差しを捨てる直前まで、味が絶えず変化するから面白い。
「!」
――――させるかよ!
 視界の端にもう1挺のスコーピオンを拾うとする、男が見えた。
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