ワイルドピース
できるだけ地の利は活かしたい。
ナイロンザックを背負い、H&K MP5Kを構えて足早に移動する。
移動の目的は追尾者の排撃。
この裏路地を一種の密室に錯覚させるために、背後に感じる気配が遅れないように、追い付かれないように移動する。前方に立ち塞がる敵戦力が登場したときが本格的な開戦の時期だと踏んでいる。連中にも土地勘があることも前提にする。
走りながら、ウレタンの耳栓を詰める。円柱形をした高圧縮ウレタンで、指で丸めて耳腔に押し込むだけだ。
狭い空間での発砲ともなると、鼓膜のケアには慎重にならなくては。発砲音の衝撃で鼓膜が破れることがある。それに毎回、耳のケアを怠っていたのでは、老年を待たずして聴覚を失うという事態になる。状況に応じて様々な耳栓の使用を選択するのは当然だ。
「……」
――――近い!
――――数は……多いな。
肩越しにリップミラーを翳しながら、角を折れるたびに見え隠れする人影の種類を数える。
少なくとも5人の追尾が確認できた。
それらのシルエットは漏れずに手に拳銃を早くも携えている。伏兵も考慮する。追尾するリーダー格が賢い奴なら、百飛木の前方に伏兵を配置させているはずだ。
この暗い路地を形成する建造物の屋上等に、頭上から銃弾をばら撒くための要員も配置させているだろう……尤も、末端構成員扱いの百飛木一人にそんなに大袈裟な人員を割くとも考えられない。
万が一を考えておいて損はないだろう。それらへの警戒と引き換えに大量に神経を擦り減らす結果になるが……。
アドレナリンが噴き出す感触と冷静に分析する頭脳が理性の狭間で衝突する。
いつものことながら、この得も言えぬ感覚は不思議な性感を胎に与えてくれる。
次の瞬間には、脳髄を撒き散らして無様に痙攣しているかもしれない状況なのに。
「!」
雀蜂の羽音に似た、低く唸る発砲音。
背後から先制された。銃弾はことごとく、左右の壁で跳弾となり無秩序に小さな火花を作る。
独特の発砲音。Vz61。通称スコーピオンと呼ばれる短機関銃だ。
複数の足音が空薬莢を蹴散らす。余程の素人か、片手で発砲したのか、有効打は全く無し。牽制かと思ったが、お互いを罵る声が静寂を守ることを無視して聞こえてくる。
逸った一人のお陰で連中のプランが崩れたらしい。思わず苦笑する百飛木。
振り向きざまに百飛木もH&K MP5Kで一薙ぎする。
Vz61とは比べ物にならない頼もしい連射が響き渡る。
あくまで牽制の一撃。
距離を保つのが目的だ。怯ませるのには充分だったのか、複数の気配は姿を見せず、息を潜めた。
咄嗟にセレクターをフルオートに切り替えての片手撃ちだったために、ダイレクトに反動が右手首に伝わる。
9mmパラベラムが生み出す、毎分800発の発射速度。同じMP5系列でも回転速度では最高の部類に入る。
小型軽量な火器ゆえにわざと回転速度を高めたという説が有るが実際は不明だ。
高い命中精度で有名なH&K MP5Kだが、フォアグリップで保持した事を前提とした命中精度だ。片手では映画のように扱えない。
辻の陰に滑り込み、弾倉の残弾確認孔を覗いて、使用した実包を丼勘定。
セレクター付きの全自動火器では一発必中のためのセミオートで使う状況は全く想定されていない場合が多い。
M16やAKといった二柱もコンセプト上、『狙撃のためにセミオートを搭載しているわけではない』。
弾薬の節約を心掛けながらの戦闘を展開するためのセミオートだ。
最近では全長が短いながらも狙撃を主眼としたPDWモデルが流行しているらしいが、それは訓練された兵士や隊員が用いてこその脅威であり、民兵や町中の過激派や三下ヤクザには無用の最新火器だ。
三下に求められるのはもっと解りやすい、スコーピオンのような短機関銃だ。
小型軽量で頑丈。そこそこの命中精度で弾幕をコントロールしやすい、それでいて弾薬に許容差分が広く、ベロシティの数値に関係無しに確実に撃発できる『安物』が必要だ。
結局、百飛木のH&K MP5Kが火蓋を切った。
百飛木が潜む辻の陰を狙って銃火が、息の揃わぬ連携で怒鳴り出す。
百飛木はようやく始まったと、少し安息した。
彼女の仕事は半分果たされた。
百飛木の仕事は、百飛木と光江を追尾する敵戦力を分断させて、実力で足止めさせること。
その間に光江がどこでもいいから、昔の伝を頼って小さな庇護に入ればいい。
光江は百飛木と違って沢山のコネクションを張り巡らせている。
光江はハジキは扱えなくとも、商才と人脈を武器に『今すぐにでも』逃げ込める隠れ家を作ることができる。……一人ならば。
だからこそ、光江が隠れ家を用意するまでの数時間を生き延びれば百飛木の勝ちだ。
サマージャンパーの内ポケットからシガーセーフを取り出し、いつものハバナシガーを1本抜き取る。
葉巻のヘッドを前歯で噛み千切り、3本束ねたマッチでフットを炙る。
小型のドラを出鱈目に乱打するような銃声の前方12mの陰で、悠々と馥郁な香りを湛えるコイーバ・コロナエスペシャルを深く一服する。ニコチンを渇望していた体の隅々に活力が沁み渡る錯覚がする。
ナイロンザックから3本の予備弾倉を抜いて、腹のベルトに挿し、H&K MP5Kを3バーストで乱射する。
命中させることは考えていない。
百飛木の脳内では退路は既に確保されている。
後は、ジリジリと時間を稼いで適当に打撃を与えてから撤退するだけだ。
9mmの空薬莢があたかも3個一組であるかのように吐き出される。回転速度の速い発射速度なので拳銃と比較すると、発砲音が『バーン』と酷く間延びして聞こえる。
立ち上がって撃ち、伏せて撃ち、中腰で撃つ。
立っている視点にフェイントを織り込んで変化の有る高さから9mmパラベラムを撒き散らす。
足の向きは路地の奥へと向かう。大きく迂回するルートの退路へ誘うためだ。弾倉を交換しつつ、後ずさり。恰好良くは無いが、単数の戦力が複数の戦力を『生かさず殺さず』効率よく手玉に取るには、今はこれが最適解だ。
「回転式しか使えないジャリかと思っていたが。見違えるものだな」
敵戦力5人を釘付けしていると思い込み、走って遮蔽物へ隠れるべく背中を見せた途端、背後からそんな声。
「?!」
背後を肉眼で確認するより早く、右手が閃き、出鱈目に暴れる銃口のH&K MP5Kを横に薙ぐ。『ソイツは熊のような体格を、豹のように飛び跳ねさせて、遮蔽物に隠れた』。
「馬鹿野郎供! 早く来い!」
男は遮蔽物に身を伏せると、連携を知らない発砲を繰り返して無為に弾薬を消費していた5人の追っ手を一喝した。
見覚えも聞き覚えもある男。
いつぞやかのカチコミの依頼で指揮を執ったM468の男だ。
だが今、男の手に有るのはM468では無く……古典的だが新しい自動拳銃ノリンコT-NCT90が握られている。
従来の黒星トカレフの発展改良型で、14発の9mmパラベラムを使用するダブルカアラム化した弾倉が特徴で、デザインもコルトガバメントに近付いた。
セフティのメカニズムや給弾システムも一般的なナインティーンイレブンに近く、まるで『痩せ細ったパラオーディナンスP-14/9mmにデコッキング連動のセフティレバーを組み込んだ』モデルだ。
ナイロンザックを背負い、H&K MP5Kを構えて足早に移動する。
移動の目的は追尾者の排撃。
この裏路地を一種の密室に錯覚させるために、背後に感じる気配が遅れないように、追い付かれないように移動する。前方に立ち塞がる敵戦力が登場したときが本格的な開戦の時期だと踏んでいる。連中にも土地勘があることも前提にする。
走りながら、ウレタンの耳栓を詰める。円柱形をした高圧縮ウレタンで、指で丸めて耳腔に押し込むだけだ。
狭い空間での発砲ともなると、鼓膜のケアには慎重にならなくては。発砲音の衝撃で鼓膜が破れることがある。それに毎回、耳のケアを怠っていたのでは、老年を待たずして聴覚を失うという事態になる。状況に応じて様々な耳栓の使用を選択するのは当然だ。
「……」
――――近い!
――――数は……多いな。
肩越しにリップミラーを翳しながら、角を折れるたびに見え隠れする人影の種類を数える。
少なくとも5人の追尾が確認できた。
それらのシルエットは漏れずに手に拳銃を早くも携えている。伏兵も考慮する。追尾するリーダー格が賢い奴なら、百飛木の前方に伏兵を配置させているはずだ。
この暗い路地を形成する建造物の屋上等に、頭上から銃弾をばら撒くための要員も配置させているだろう……尤も、末端構成員扱いの百飛木一人にそんなに大袈裟な人員を割くとも考えられない。
万が一を考えておいて損はないだろう。それらへの警戒と引き換えに大量に神経を擦り減らす結果になるが……。
アドレナリンが噴き出す感触と冷静に分析する頭脳が理性の狭間で衝突する。
いつものことながら、この得も言えぬ感覚は不思議な性感を胎に与えてくれる。
次の瞬間には、脳髄を撒き散らして無様に痙攣しているかもしれない状況なのに。
「!」
雀蜂の羽音に似た、低く唸る発砲音。
背後から先制された。銃弾はことごとく、左右の壁で跳弾となり無秩序に小さな火花を作る。
独特の発砲音。Vz61。通称スコーピオンと呼ばれる短機関銃だ。
複数の足音が空薬莢を蹴散らす。余程の素人か、片手で発砲したのか、有効打は全く無し。牽制かと思ったが、お互いを罵る声が静寂を守ることを無視して聞こえてくる。
逸った一人のお陰で連中のプランが崩れたらしい。思わず苦笑する百飛木。
振り向きざまに百飛木もH&K MP5Kで一薙ぎする。
Vz61とは比べ物にならない頼もしい連射が響き渡る。
あくまで牽制の一撃。
距離を保つのが目的だ。怯ませるのには充分だったのか、複数の気配は姿を見せず、息を潜めた。
咄嗟にセレクターをフルオートに切り替えての片手撃ちだったために、ダイレクトに反動が右手首に伝わる。
9mmパラベラムが生み出す、毎分800発の発射速度。同じMP5系列でも回転速度では最高の部類に入る。
小型軽量な火器ゆえにわざと回転速度を高めたという説が有るが実際は不明だ。
高い命中精度で有名なH&K MP5Kだが、フォアグリップで保持した事を前提とした命中精度だ。片手では映画のように扱えない。
辻の陰に滑り込み、弾倉の残弾確認孔を覗いて、使用した実包を丼勘定。
セレクター付きの全自動火器では一発必中のためのセミオートで使う状況は全く想定されていない場合が多い。
M16やAKといった二柱もコンセプト上、『狙撃のためにセミオートを搭載しているわけではない』。
弾薬の節約を心掛けながらの戦闘を展開するためのセミオートだ。
最近では全長が短いながらも狙撃を主眼としたPDWモデルが流行しているらしいが、それは訓練された兵士や隊員が用いてこその脅威であり、民兵や町中の過激派や三下ヤクザには無用の最新火器だ。
三下に求められるのはもっと解りやすい、スコーピオンのような短機関銃だ。
小型軽量で頑丈。そこそこの命中精度で弾幕をコントロールしやすい、それでいて弾薬に許容差分が広く、ベロシティの数値に関係無しに確実に撃発できる『安物』が必要だ。
結局、百飛木のH&K MP5Kが火蓋を切った。
百飛木が潜む辻の陰を狙って銃火が、息の揃わぬ連携で怒鳴り出す。
百飛木はようやく始まったと、少し安息した。
彼女の仕事は半分果たされた。
百飛木の仕事は、百飛木と光江を追尾する敵戦力を分断させて、実力で足止めさせること。
その間に光江がどこでもいいから、昔の伝を頼って小さな庇護に入ればいい。
光江は百飛木と違って沢山のコネクションを張り巡らせている。
光江はハジキは扱えなくとも、商才と人脈を武器に『今すぐにでも』逃げ込める隠れ家を作ることができる。……一人ならば。
だからこそ、光江が隠れ家を用意するまでの数時間を生き延びれば百飛木の勝ちだ。
サマージャンパーの内ポケットからシガーセーフを取り出し、いつものハバナシガーを1本抜き取る。
葉巻のヘッドを前歯で噛み千切り、3本束ねたマッチでフットを炙る。
小型のドラを出鱈目に乱打するような銃声の前方12mの陰で、悠々と馥郁な香りを湛えるコイーバ・コロナエスペシャルを深く一服する。ニコチンを渇望していた体の隅々に活力が沁み渡る錯覚がする。
ナイロンザックから3本の予備弾倉を抜いて、腹のベルトに挿し、H&K MP5Kを3バーストで乱射する。
命中させることは考えていない。
百飛木の脳内では退路は既に確保されている。
後は、ジリジリと時間を稼いで適当に打撃を与えてから撤退するだけだ。
9mmの空薬莢があたかも3個一組であるかのように吐き出される。回転速度の速い発射速度なので拳銃と比較すると、発砲音が『バーン』と酷く間延びして聞こえる。
立ち上がって撃ち、伏せて撃ち、中腰で撃つ。
立っている視点にフェイントを織り込んで変化の有る高さから9mmパラベラムを撒き散らす。
足の向きは路地の奥へと向かう。大きく迂回するルートの退路へ誘うためだ。弾倉を交換しつつ、後ずさり。恰好良くは無いが、単数の戦力が複数の戦力を『生かさず殺さず』効率よく手玉に取るには、今はこれが最適解だ。
「回転式しか使えないジャリかと思っていたが。見違えるものだな」
敵戦力5人を釘付けしていると思い込み、走って遮蔽物へ隠れるべく背中を見せた途端、背後からそんな声。
「?!」
背後を肉眼で確認するより早く、右手が閃き、出鱈目に暴れる銃口のH&K MP5Kを横に薙ぐ。『ソイツは熊のような体格を、豹のように飛び跳ねさせて、遮蔽物に隠れた』。
「馬鹿野郎供! 早く来い!」
男は遮蔽物に身を伏せると、連携を知らない発砲を繰り返して無為に弾薬を消費していた5人の追っ手を一喝した。
見覚えも聞き覚えもある男。
いつぞやかのカチコミの依頼で指揮を執ったM468の男だ。
だが今、男の手に有るのはM468では無く……古典的だが新しい自動拳銃ノリンコT-NCT90が握られている。
従来の黒星トカレフの発展改良型で、14発の9mmパラベラムを使用するダブルカアラム化した弾倉が特徴で、デザインもコルトガバメントに近付いた。
セフティのメカニズムや給弾システムも一般的なナインティーンイレブンに近く、まるで『痩せ細ったパラオーディナンスP-14/9mmにデコッキング連動のセフティレバーを組み込んだ』モデルだ。