風よりも速く討て

――――『紐』、どこだ!
 遮蔽物代わりの資材や建築中の家屋の間を縫って弾倉を交換する。
 実包が切れてスライドストップが掛かったわけではないが、薬室に実包が有るうちに空の弾倉を交換する。
 引き金が重くなるが、安全面を考慮して移動中は常にダブルアクションで発砲出来るように一旦、デコックする。
 今のところ、7体の『パペット』を葬ったが、いずれも絶妙に配置されている。……先手を打たれている。
 ゆっくりと呼吸を整えて『人形遣い』の位置を探っている暇がない。
 あちらこちらから散発的な発砲音が聞こえる。掠るどころか明後日の方向に着弾する音も聞こえない。
 DOX中毒患者の特徴は動作が多少緩慢になり、判断力が著しく低下する。大方、与えられた拳銃を暴発させたのだろう。
 『紐』の発信機は限定した範囲でしか効果が及ばないのは解っている。
 だとすればこの開発区域一帯を完全にカバーしているのは当たり前だと強く念じる。
 和穂が恐れているのは分隊単位での波状攻撃や飽和攻撃――こちらの弾薬数より多い、人的戦力による一斉吶喊――を仕掛けられたら一溜まりもないということだ。
 そうなれば、質の悪いB級パニック映画より質が悪い。
 更に最悪のケースは全周からの包囲戦に持ち込まれた場合だ……訓練を受けて統率の取れた集団でなければ、包囲戦で1個の戦力を敗北させるのは難しいが、『人形遣い』の頭脳が2枚も2枚も上手なら可能だ。『パペット』の武器が豆鉄砲でも素手でも、とにかく数にものを言わせた作戦に出られたら拙い。
「……」
 ライトスモーカーのつもりだが、無性にニコチンへの渇望が湧き上がる。
 次に足を止めて座り込めば衝動的に煙草に火を点けているかも知れない。
 何と無く、『紐』の作戦が……否、悪意が伝わってきた。
――――走らせて、疲れた所を仕留める気だな……。
――――獲物を前に舌舐め擦りとは、三流以下の楽しみだと思い知らせてやる!
 衣服の各所を手で探って何個の予備弾倉が有るのか確認する。
 たった一人の内通者を始末するつもりだったので、大した数の予備弾倉は携行していない。
 合計で予備弾倉は5本だ。具体的に残弾は総数で36+1発しかない。
 このような危機に陥っても複列弾倉の拳銃を欲しないのがいかにも和穂らしい。
 スタミナと腕力が持続していれば鉄パイプで『パペット』の頭蓋を叩き割れるのだが、『人形遣い』がどこで目を見張らせているか解らない。
 『人形遣い』が銃を携えて、必中の距離で発砲してくる可能性も充分に有る。小走り程度の速度以下で移動する事も現在では危険だと感じた。救いは、『パペット』の知能は低いので銃を撃つことはできても狙って撃つことはできないことだろう。
「! ……『そろそろ』か!」
 3体一組の『パペット』が3組、前後の遮蔽物から湧き出てくる……正に湧き出てくる、だ。
 両手に握った拳銃を夫々、前に突き出して千鳥足気味に近付く様は『生きている人間の動作』とは思えないくらいに禍々しい。
 涎や洟をだらしなく垂らしている。土気色の肌に紫に変色した唇と瞼。薄い黄色に変色した眼球などを見ていると……良心の呵責無く簡単に撃ち殺せると思ってしまうので『怖い』。
 どんな経緯でも敵意を持って自分の銃口の前に立つ奴は標的でしかない。
 今更、善人面しても百万遍の偽善を上回る欺瞞工作でしかない。
――――ああ! 撃つさ!
――――『誰であっても!』
 10m前に立ちはだかる3体の『パペット』の頭部を無駄なく3発で全て破壊する。
 3人分の、血を含んだ脳漿が射入孔から泥を吐くように吹き出る。
 寒気に晒された9mmショートの風穴からはほんのりと湯気が立っている。
 反応の遅い、残りの『パペット』は両手に拳銃を握っているのにも拘わらず、ゆっくりと駆け出す。その時には既に走り出して3つの死体を飛び越えている和穂。
 どう考えても有効射程から外れた距離になって22口径が小煩く弾ける。当たろうはずもないが、律儀に相手にしてやる義理もない。
 いかに素早く戦線を離脱できるか……それが課題だ。
 全ての弾薬を使い切っても自分が生きていれば勝利だ。問題はどこからどこまでが戦闘区域であるかだ。
「……フフン」
 楽勝、と言わんばかりの微笑みで唇の端を吊り上げるが、実際のニュアンスは別だった。
 和穂のH&K HK4が吼える回数が増えてきた。
 走れば走るほど、足元がしっかりした」『パペット』が追撃に繰り出されてくる。
 発砲を重ねるしかない事態が生じたからだ。
 『パペット』に持たされている武器がソウドオフや短機関銃に変わってきた。
 下手な鉄砲でもこれは脅威だ。下手な鉄砲ゆえに出鱈目に撃たれては膠着を余儀なくされる。
「チッ!」
 うっかり、弾数を数えるのを忘れていた。全弾撃ち尽くし、スライドストップが掛かる。慌てて4本目の予備弾倉を叩き込み、引き金を引く。
 スライドがリリースされて薬室に実包が送り込まれる。これで残りの弾倉は1本のみとなる。
 たったの14発でこの窮地を超えなければならない。
 気が利いているのか指令があったのか、小癪な発砲が断続的に続かなければ、『パペット』の短機関銃やソウドオフを奪って使ったものを……。
「……拙い」
 目の前にロームG11を両手に握った死体が複数転がっている。
 この区域で最初に交戦した『パペット』たちだ。散々踊らされた挙句に開発地区を一周してきた。
 ホンの少し足を止めただけで背後から雀蜂の羽音に似た発砲音が連なる。周辺の資材やアスファルトを容赦なく削る。
 振り向きざま、必要なだけ発砲。
 低速回転な短機関銃を思わせる速射。5個の空薬莢が宙を舞い、固い地面に衝突して跳ねる。
 空虚に響く軽い金属音が一層、心細さを掻き立てる。
 30m向こうで5門の銃火が沈黙する。
 弾薬が尽きた途端に自分も死ぬのでは無いが、徐々に迫る弾薬切れは凄まじい重圧だった。
「!」
――――右!
 発砲。
――――左!
 発砲。
――――クソ!
 スライドストップ。
 左右から同時に駆け寄ってきた『パペット』に間髪を入れない発砲を浴びせて違うことなく頭部に命中させる。とうとう、虎の子である最後の予備弾倉を使うことになった。
 最後の弾倉を飲み込んだH&K HK4は相も変わらず軽快な金属音を立てて確実に作動する。
「『使いたくないな』……」
 付近の死体が両手に握っている安っぽいリボルバー拳銃を次々と拾う。
 ロームG11はコルト・ピースメーカーに形は似ているが装填方法は全く違う。
 シリンダーピンを抜いてシリンダーを外し、シリンダーピンを薬室の前部から押し込んで空薬莢を排出させる。
 H&K HK4を口に咥えて走りながら、その方法でロームG11から弾薬を抜き取る。弾薬だけを抜いたロームG11はすぐに捨てる。


「拳銃を拾った? タマが切れたか」
 暗視スコープで遠巻きに高見の見物を決め込んでいた、小太りの若者は食べ終えたフィッシュバーガーの包み紙を丸めて捨てると、手元のショルダーバッグ型携帯電話を髣髴とさせる通信機を使って、『パペット』に指示を出した。
「全員、進め」
 短い命令。DOⅩで操り人形同然の人間……『パペット』はこれだけの命令で持ち場を離れて、彷徨い始める。その後は若者の手の中にあるジョイスティックで一人ずつ手動で操作される。
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