風よりも速く討て
弾薬が32ACPまでなら問題無く操作、発砲ができるが、9mmショートともなると、ストレートブローバックの本体では発砲に支障が出る。
ガスオペレーションで不具合を発生させずに発砲するにはスライドを重くしなければならない。全長が157mmしか無いと長く屈強なリコイルスプリングを装備することができない。
より固いスプリングを組み込まなければならないのだ。
このクラスの拳銃ではワルサーPPK/SやFN M1910などの9mmモデルが同一の問題を抱えている。
コンセプトモデルのモーゼルHScでは全長が辛うじて170mmあるためにクリアしている問題である。そのために戦後に9mm口径のモーゼルHScが発売された。
何をさせたいのか、どこに行きたいのか不明瞭なH&K HK4だが、90年代に入ってリバイバル生産される事になる。
それもターゲットの欧州では無く、米国の一部の州で人気が強かった。
米国では州により、一人当たりの拳銃の所持数が制限されているので、口径の交換が可能なH&K HK4が有れば一人で4挺の拳銃を所持しているのと同じだからだ。
斬新ではあるが必ずしも商業戦略的に成功した自動拳銃ではない。
この拳銃を支えているユーザーの殆どはH&K社の、マニアックで独特なメカを搭載したモデルでプリンキング程度に楽しめることができれば良いと考えている人間だ。
和穂のように掌の相性――引き金やグリップのフィーリング――が良いという理由で『仕事道具』と定めている人間は極々少数だろう。
加えて、和穂がH&K HK4を相棒に選ぶ理由は、固定銃身のために、引き金を引き絞る力さえあれば問題無くスライドが作動して排莢できる点も気に入っている。銃身が固定されていない、ショートリコイルする拳銃では、膂力不足であったり、グリップの握る角度や背筋の調子自体で衝撃が体に吸収されて充分なキックが得られずに空薬莢を噛むことがある。
「……」
和穂は安全装置を解除すると、固く重いスライドを難無く引き、初弾を薬室に送り込んだ。
引き金が一段、後退して小さな撃鉄が起き上がる。
撃鉄が起き上がっても完全にファイアリングブロック後端が露出しない。
これは設計上の、棚からボタ餅な結果だが、撃鉄とファイアリングブロックの間に異物が挟み込んで打撃不良を起こさないという結果に繋がっている。
再び安全装置を掛けるが後世の軍用拳銃のように連動して撃鉄はデコッキングしない。
何と、安全装置を掛けてから引き金を引いてやらねば引き金も撃鉄も通常位置に戻らないのだ。
オリジナルのモーゼルHScもこれと全く同じ機構だ。
この点はライバルのワルサーPPシリーズに遅れを取った感が有るが、オートスライドリリースを組み込むことによって五分五分としているらしい。
ワルサーPPはスライドをリリースする為には数mmほどスライドを引いて後退させてやらねばならない。H&K HK4はスライドが後退し新しい弾倉を挿すと、スライドが自動でリリースされ、薬室に初弾が送り込まれる。
その状況からスライドリリースをすると、撃鉄は起き上がり、引き金は後退する。
初期のH&K社特有のデザイン・新設計先行型の拳銃と言える。
ユーザーのインプレッションや希望を取り入れずに設計職人の腕前を具現化させたいだけの複雑怪奇な開発の経緯である。
「……」
和穂はフルロードすべく、コンチネンタル型マガジンキャッチを押して弾倉を引き抜き1発、補弾すると再び差し込む。
片手で弾倉交換が出来ないコンチネンタル型マガジンキャッチは何かと好き嫌いが分かれ、有用性が問われるが、H&K HK4のようにマガジンセフティを装備した自動拳銃では、指先が誤ってトリガーガード付近のマガジンキャッチを押して弾倉が抜け落ちるとなると、一切の可動が封じられるので、このように確実に弾倉をロックするマガジンキャッチが実用的だ。
日本警察がSIG P230を採用するに当たって、また、自衛隊がSIG P220を採用するときに、このコンチネンタル型マガジンキャッチが確実に弾倉を押さえ込むので決め手の一つになった、との説も有る。
和穂は、嘗ては子供でも容易に撃てる拳銃の一つとして22口径のH&K HK4を与えられたが、今ではボアアップした9mmショートを愛用している。
同系列に例えられるワルサーPPK/SやモーゼルHSc、ブローニングM1910を使っていた時期が有るが、結局、H&K HK4に回帰した。
ワルサー、モーゼル、ブローニングの中型自動拳銃はH&K HK4と並べても大して全長に差があるものではないが、護身用前提で小型軽量を追及する余り、全幅が平たく、グリップの握り込みに違和感を覚える。
その点、H&K HK4のグリップは幅が大きく、丸みを持っている。それにビーバーテイルが無い代わりに深く括れているので、スライドバイトなどが発生しにくく握りやすい。
装弾数が多い拳銃が跋扈する現代だが、和穂の仕事柄、多数の火力は必要無かった。
和穂は拷問係ではない。
引き金を1度引くときは人が1人死ぬときだ。フルロードすれば8人の人間を殺す事ができるという自信の表れでもある。
和穂に求められるのは速やかな死を提供すること。
確実に死を供給するには頭蓋に風穴を開けるのが一番だ。距離が近ければ32ACPでも充分だが射入角が浅いと頭蓋骨の曲線で弾頭が弾かれてしまう。9mmショートなら少々の距離が有っても、彼女の得意とする距離であれば頭蓋骨に銃弾が負けることは少なくなる。
和穂の経験上、人間の頭蓋を破壊するのに9mmショート程度の破壊力が一番適している。
それ以上の口径や薬莢長では無意味なオーバーキルだと思っている。実質的な運用面から言えば、ここは日本だ。米国ではない。民間人は何事であっても非武装が大原則である。
その法治国家に於いては単列弾倉の中型自動拳銃は反社会的な脅威の象徴だ。従って懐に仕舞って気軽に携行するのに適した形状・重量だと言える。
街中での銃撃戦など、善良な市民からすれば遠い国の出来事なのだ。
「……」
撃鉄をデコックさせるとH&K HK4をブルゾンのハンドウォームに突っ込んだ。安全装置は掛けない。咄嗟の場合はダブルタップを牽制として距離を稼ぎ出鼻を挫く。
標的は一人だが、『打倒する敵戦力』も一人とは限らない。
常にイニシアチブは自分にあるとは考えてはいけない。
楽観を捨てる……のではなく、悲観を計算に入れるのだ。
ガスオペレーションで不具合を発生させずに発砲するにはスライドを重くしなければならない。全長が157mmしか無いと長く屈強なリコイルスプリングを装備することができない。
より固いスプリングを組み込まなければならないのだ。
このクラスの拳銃ではワルサーPPK/SやFN M1910などの9mmモデルが同一の問題を抱えている。
コンセプトモデルのモーゼルHScでは全長が辛うじて170mmあるためにクリアしている問題である。そのために戦後に9mm口径のモーゼルHScが発売された。
何をさせたいのか、どこに行きたいのか不明瞭なH&K HK4だが、90年代に入ってリバイバル生産される事になる。
それもターゲットの欧州では無く、米国の一部の州で人気が強かった。
米国では州により、一人当たりの拳銃の所持数が制限されているので、口径の交換が可能なH&K HK4が有れば一人で4挺の拳銃を所持しているのと同じだからだ。
斬新ではあるが必ずしも商業戦略的に成功した自動拳銃ではない。
この拳銃を支えているユーザーの殆どはH&K社の、マニアックで独特なメカを搭載したモデルでプリンキング程度に楽しめることができれば良いと考えている人間だ。
和穂のように掌の相性――引き金やグリップのフィーリング――が良いという理由で『仕事道具』と定めている人間は極々少数だろう。
加えて、和穂がH&K HK4を相棒に選ぶ理由は、固定銃身のために、引き金を引き絞る力さえあれば問題無くスライドが作動して排莢できる点も気に入っている。銃身が固定されていない、ショートリコイルする拳銃では、膂力不足であったり、グリップの握る角度や背筋の調子自体で衝撃が体に吸収されて充分なキックが得られずに空薬莢を噛むことがある。
「……」
和穂は安全装置を解除すると、固く重いスライドを難無く引き、初弾を薬室に送り込んだ。
引き金が一段、後退して小さな撃鉄が起き上がる。
撃鉄が起き上がっても完全にファイアリングブロック後端が露出しない。
これは設計上の、棚からボタ餅な結果だが、撃鉄とファイアリングブロックの間に異物が挟み込んで打撃不良を起こさないという結果に繋がっている。
再び安全装置を掛けるが後世の軍用拳銃のように連動して撃鉄はデコッキングしない。
何と、安全装置を掛けてから引き金を引いてやらねば引き金も撃鉄も通常位置に戻らないのだ。
オリジナルのモーゼルHScもこれと全く同じ機構だ。
この点はライバルのワルサーPPシリーズに遅れを取った感が有るが、オートスライドリリースを組み込むことによって五分五分としているらしい。
ワルサーPPはスライドをリリースする為には数mmほどスライドを引いて後退させてやらねばならない。H&K HK4はスライドが後退し新しい弾倉を挿すと、スライドが自動でリリースされ、薬室に初弾が送り込まれる。
その状況からスライドリリースをすると、撃鉄は起き上がり、引き金は後退する。
初期のH&K社特有のデザイン・新設計先行型の拳銃と言える。
ユーザーのインプレッションや希望を取り入れずに設計職人の腕前を具現化させたいだけの複雑怪奇な開発の経緯である。
「……」
和穂はフルロードすべく、コンチネンタル型マガジンキャッチを押して弾倉を引き抜き1発、補弾すると再び差し込む。
片手で弾倉交換が出来ないコンチネンタル型マガジンキャッチは何かと好き嫌いが分かれ、有用性が問われるが、H&K HK4のようにマガジンセフティを装備した自動拳銃では、指先が誤ってトリガーガード付近のマガジンキャッチを押して弾倉が抜け落ちるとなると、一切の可動が封じられるので、このように確実に弾倉をロックするマガジンキャッチが実用的だ。
日本警察がSIG P230を採用するに当たって、また、自衛隊がSIG P220を採用するときに、このコンチネンタル型マガジンキャッチが確実に弾倉を押さえ込むので決め手の一つになった、との説も有る。
和穂は、嘗ては子供でも容易に撃てる拳銃の一つとして22口径のH&K HK4を与えられたが、今ではボアアップした9mmショートを愛用している。
同系列に例えられるワルサーPPK/SやモーゼルHSc、ブローニングM1910を使っていた時期が有るが、結局、H&K HK4に回帰した。
ワルサー、モーゼル、ブローニングの中型自動拳銃はH&K HK4と並べても大して全長に差があるものではないが、護身用前提で小型軽量を追及する余り、全幅が平たく、グリップの握り込みに違和感を覚える。
その点、H&K HK4のグリップは幅が大きく、丸みを持っている。それにビーバーテイルが無い代わりに深く括れているので、スライドバイトなどが発生しにくく握りやすい。
装弾数が多い拳銃が跋扈する現代だが、和穂の仕事柄、多数の火力は必要無かった。
和穂は拷問係ではない。
引き金を1度引くときは人が1人死ぬときだ。フルロードすれば8人の人間を殺す事ができるという自信の表れでもある。
和穂に求められるのは速やかな死を提供すること。
確実に死を供給するには頭蓋に風穴を開けるのが一番だ。距離が近ければ32ACPでも充分だが射入角が浅いと頭蓋骨の曲線で弾頭が弾かれてしまう。9mmショートなら少々の距離が有っても、彼女の得意とする距離であれば頭蓋骨に銃弾が負けることは少なくなる。
和穂の経験上、人間の頭蓋を破壊するのに9mmショート程度の破壊力が一番適している。
それ以上の口径や薬莢長では無意味なオーバーキルだと思っている。実質的な運用面から言えば、ここは日本だ。米国ではない。民間人は何事であっても非武装が大原則である。
その法治国家に於いては単列弾倉の中型自動拳銃は反社会的な脅威の象徴だ。従って懐に仕舞って気軽に携行するのに適した形状・重量だと言える。
街中での銃撃戦など、善良な市民からすれば遠い国の出来事なのだ。
「……」
撃鉄をデコックさせるとH&K HK4をブルゾンのハンドウォームに突っ込んだ。安全装置は掛けない。咄嗟の場合はダブルタップを牽制として距離を稼ぎ出鼻を挫く。
標的は一人だが、『打倒する敵戦力』も一人とは限らない。
常にイニシアチブは自分にあるとは考えてはいけない。
楽観を捨てる……のではなく、悲観を計算に入れるのだ。