風よりも速く討て
間隔が短い距離を移動している最中に均等に6発の銃弾が襲うのなら説明は付く。
敵は6発以上装填できる銃を持っているか、複数の銃を持っている。
今の不規則な動きで危険度が高い遠距離を移動したが、発砲された6発の間隔はランダムで、移動の終盤等は一切沈黙したままだった。つまり、青年は本当に6連発のパーカッション・リボルバーで戦っている。
重たい金属音が聞こえた。
敵の遮蔽物の陰からだ。
違う得物に持ち替えたと思ったが、相変わらずの6連発が和穂を襲う。
この腹に響く銃声は好い加減、耳がおかしくなりそうな気分にさせられる。実は敵の狙いは鼓膜損傷による平衡感覚の奪取ではないかと勘繰り始めた。
――――金属……落ちる? 何の音?
――――銃の取っ換え引っ換え?
左手の指の間全てに弾倉を挟み込み、口にも予備弾倉を咥える。
――――埒が明かない!
――――こちらから『出る』か!
折角確保した遮蔽物を、惜しいが棄てる。
理由は簡単だ。
目前20mに青年が潜む遮蔽物がある。
ここで相棒たる、自動拳銃の優位性を発揮しなければ死んでも死に切れない。
決死の吶喊を敢行する。
過去に、たった一人にこれだけの牽制を浴びせたことは無い。左手に持つ予備弾倉が次々と消費されて行く。
落雷を思わせる轟音が轟き、和穂の右脇の肉を浅く削る。肋骨も削られたかも知れない。激痛より、焼け火箸を押し当てられた熱さを感じる。
口から迫り出そうとする喚き声を、口に咥えた弾倉を噛み締めて堪えた。
――――絶対、殺す!
直進の動作の中で、不意に小刻みなステップを織り交ぜる。
左右に不規則なジグザグを描く。次々と発砲される44口径。肩や上腕部を衝撃に小突き回される。まともに特攻していればいずれも心臓に命中している場所ばかりだ。
――――『切れた』!
敵の銃声が止む。
敵が潜む資材の山を駆け上り、上空3mほどの高さから種明かしを見た。
「そういう事か!」
「ああ! そうだよ!」
初めてまともに対峙する両者。
やや鋭い輪郭を持つ荒々しい性格が浮き出た顔をした青年はニヤッと不敵に笑う。
挨拶代わりに和穂も凄惨な笑みを浮かべる。
パーカッション・リボルバーの種明かし。
青年の足元には空のシリンダーとシリンダーピンが転がっていた。
レミントンのパーカッション・リボルバーは他社との製品に差別化を図る目的でシリンダー軸の仕組みで特許を取っている。
ローディングレバーの根元のシリンダーピンを引き抜けば簡単にシリンダーが外れる仕組みになっている。別に用意した装填済みのシリンダーを填め込むだけで少ない時間ロスで射撃が続行できる。
「!」
和穂の着地を待たずに青年は羽織っていたオレンジ色のダウンベストを和穂の視界を遮るべく投げつける。
咄嗟に着地点での体勢維持を考えずに体を捻って無様に『落ちた』。
刹那の間を置いて、オレンジ色のダウンベストはクイックドロウで蜂の巣になる。
クイックドロウをするためだけにわざわざ、レミントン・アーミーをホルスターに収納する手間を惜しまない青年。
――――コイツ! 『本物』だ!
――――『本物の拳銃使い』だ!
地面に尻から落ちて強かに背中を打つ和穂。
全身を叩き付けられる。鈍痛が頭をシェイクする。
――――早く体を!
立ち上がって体勢を整えることは諦め、右手に拳銃を握っていることだけを感じ取る。取り出した予備弾倉は全て消費した。
青年は職人が時計を分解するように滑らかな手付きでシリンダーを外して、ガンベルトのスピードローダーポーチを思わせるホルダーから装填済みのシリンダーを取り出して填め込む。
「!」
「!」
お互いの銃口がお互いの額を狙う。躊躇無く発砲。
「くっ」
「が!」
両者の銃弾はいずれも外れる。
殴り合いができる距離まで近接した両者は、咄嗟に互いの手や足を打突し、まともに照準が付けられないように銃口をずらした。
問題は銃火だ。
火薬滓や熱いガスだ。9mmパラベラムを一般的な軍用拳銃で発砲しても、5m先の感熱紙に黒い斑点を浮かび上がらせることができるほどに熱い火花を噴出する。
それがこの至近距離で現代での炸薬とは比べ物にまらない高熱ガスを噴出させる44口径の硝煙をまともに喰らったら大火傷だ。
二人供、互いの銃口から迸るガスで左顔面を炙られる。下手をすれば、火薬滓で酷い痘痕面を拵えたまま今後を生きなければならない。……それは生き残ってから考える。
和穂は火傷した左目を強く閉じたまま、地面に寝転がった状態でH&K HK4の銃口を、同じく左目を閉じている男の頭部に向けて引き金を引くが、男に右腕を蹴り飛ばされて9mmショートは虚しく中空を貫く。
男もその隙に和穂の胸部に銃口を合わせるが、レミントン・アーミーのグリップエンドを膝蹴りで弾かれて、和穂の頭上、40cmの位置に弾痕を作っただけだった。
お互いに殴りあった方が早い至近距離で憑りつかれたように、拳銃に固執して相手に銃弾を叩き込むことだけを考えている。興奮で一時的な視野狭窄に陥っているのだ。
フェイントを織り交ぜ、互いが、互いに銃口を向けるが、その度に蹴りや手捌きで銃口をずらされて見当違いな方向に発砲する。
両者は残った右目を火傷で潰すまいと歯を剥き出しにして相手の銃口を逸らせるのに必死だ。
火薬滓が飛び込んだか、高熱のガスで炙られた左目からは激痛と供に涙が堰を切ったように流れる。
カードが弱い。
お互いが切るカードが弱過ぎる。
「!」
青年のパーカッション・リボルバーが全弾放つ。
それをチャンスと見た和穂は青年の腹部に銃口を向けようとするが、途中でリボルバーの銃口でグリップエンドのコンチネンタル型マガジンキャッチを押し下げられて、弾倉が滑り出る。
「な!」
マガジンセフティが装備されたH&K HK4はマガジンが抜かれると殆どの可動部位にロックが掛かり、薬室に実包が送り込まれていても引き金が引けない。
慌てて、マガジンを挿し込もうとするが、その格好のまま、青年はシリンダーピンを抜き放つ。空のシリンダーは自重で転がり落ち、空かさず新しいシリンダーを素早く填め込む。
青年がシリンダーピンを押し込んだのと和穂が弾倉を戻したのは殆ど同じだった。
拳銃本体を扱うのに両手を使うとは言え新品のシリンダー。
対して、相手の拳銃より早いアクションが行えるとは言え、薬室に 発しか無い。
「『あなた! 先桐さんと居て、何も言われなかったの?』」
青年の左掌が撃鉄を起こそうとシリンダー後部に翳そうとした瞬間に和穂は思わず叫んだ。
叫び声に一片の期待を乗せた。
先桐が『飼い犬』を前にして『何も言わないはずが無い』。
青年の左掌のスピードが鈍る。
「『あの人はサイコーだ!』」
青年は怒声に似た声を張り上げて左掌で撃鉄を跳ね起こした。
「……」
「……」
撃鉄が起きたレミントン・アーミーの銃口がカタカタと震えている。僅かな作用を与えるだけで簡単に落ちる引き金に掛けた指が固定されたように動かない。
「……『認めたね。自分の主人以外を認めたわね』」
和穂は食い縛った歯を緩めて……今までにないほどの、温かい笑顔へと緩めると、青年の瞳を真っ直ぐに見据えてそう呟いた。
敵は6発以上装填できる銃を持っているか、複数の銃を持っている。
今の不規則な動きで危険度が高い遠距離を移動したが、発砲された6発の間隔はランダムで、移動の終盤等は一切沈黙したままだった。つまり、青年は本当に6連発のパーカッション・リボルバーで戦っている。
重たい金属音が聞こえた。
敵の遮蔽物の陰からだ。
違う得物に持ち替えたと思ったが、相変わらずの6連発が和穂を襲う。
この腹に響く銃声は好い加減、耳がおかしくなりそうな気分にさせられる。実は敵の狙いは鼓膜損傷による平衡感覚の奪取ではないかと勘繰り始めた。
――――金属……落ちる? 何の音?
――――銃の取っ換え引っ換え?
左手の指の間全てに弾倉を挟み込み、口にも予備弾倉を咥える。
――――埒が明かない!
――――こちらから『出る』か!
折角確保した遮蔽物を、惜しいが棄てる。
理由は簡単だ。
目前20mに青年が潜む遮蔽物がある。
ここで相棒たる、自動拳銃の優位性を発揮しなければ死んでも死に切れない。
決死の吶喊を敢行する。
過去に、たった一人にこれだけの牽制を浴びせたことは無い。左手に持つ予備弾倉が次々と消費されて行く。
落雷を思わせる轟音が轟き、和穂の右脇の肉を浅く削る。肋骨も削られたかも知れない。激痛より、焼け火箸を押し当てられた熱さを感じる。
口から迫り出そうとする喚き声を、口に咥えた弾倉を噛み締めて堪えた。
――――絶対、殺す!
直進の動作の中で、不意に小刻みなステップを織り交ぜる。
左右に不規則なジグザグを描く。次々と発砲される44口径。肩や上腕部を衝撃に小突き回される。まともに特攻していればいずれも心臓に命中している場所ばかりだ。
――――『切れた』!
敵の銃声が止む。
敵が潜む資材の山を駆け上り、上空3mほどの高さから種明かしを見た。
「そういう事か!」
「ああ! そうだよ!」
初めてまともに対峙する両者。
やや鋭い輪郭を持つ荒々しい性格が浮き出た顔をした青年はニヤッと不敵に笑う。
挨拶代わりに和穂も凄惨な笑みを浮かべる。
パーカッション・リボルバーの種明かし。
青年の足元には空のシリンダーとシリンダーピンが転がっていた。
レミントンのパーカッション・リボルバーは他社との製品に差別化を図る目的でシリンダー軸の仕組みで特許を取っている。
ローディングレバーの根元のシリンダーピンを引き抜けば簡単にシリンダーが外れる仕組みになっている。別に用意した装填済みのシリンダーを填め込むだけで少ない時間ロスで射撃が続行できる。
「!」
和穂の着地を待たずに青年は羽織っていたオレンジ色のダウンベストを和穂の視界を遮るべく投げつける。
咄嗟に着地点での体勢維持を考えずに体を捻って無様に『落ちた』。
刹那の間を置いて、オレンジ色のダウンベストはクイックドロウで蜂の巣になる。
クイックドロウをするためだけにわざわざ、レミントン・アーミーをホルスターに収納する手間を惜しまない青年。
――――コイツ! 『本物』だ!
――――『本物の拳銃使い』だ!
地面に尻から落ちて強かに背中を打つ和穂。
全身を叩き付けられる。鈍痛が頭をシェイクする。
――――早く体を!
立ち上がって体勢を整えることは諦め、右手に拳銃を握っていることだけを感じ取る。取り出した予備弾倉は全て消費した。
青年は職人が時計を分解するように滑らかな手付きでシリンダーを外して、ガンベルトのスピードローダーポーチを思わせるホルダーから装填済みのシリンダーを取り出して填め込む。
「!」
「!」
お互いの銃口がお互いの額を狙う。躊躇無く発砲。
「くっ」
「が!」
両者の銃弾はいずれも外れる。
殴り合いができる距離まで近接した両者は、咄嗟に互いの手や足を打突し、まともに照準が付けられないように銃口をずらした。
問題は銃火だ。
火薬滓や熱いガスだ。9mmパラベラムを一般的な軍用拳銃で発砲しても、5m先の感熱紙に黒い斑点を浮かび上がらせることができるほどに熱い火花を噴出する。
それがこの至近距離で現代での炸薬とは比べ物にまらない高熱ガスを噴出させる44口径の硝煙をまともに喰らったら大火傷だ。
二人供、互いの銃口から迸るガスで左顔面を炙られる。下手をすれば、火薬滓で酷い痘痕面を拵えたまま今後を生きなければならない。……それは生き残ってから考える。
和穂は火傷した左目を強く閉じたまま、地面に寝転がった状態でH&K HK4の銃口を、同じく左目を閉じている男の頭部に向けて引き金を引くが、男に右腕を蹴り飛ばされて9mmショートは虚しく中空を貫く。
男もその隙に和穂の胸部に銃口を合わせるが、レミントン・アーミーのグリップエンドを膝蹴りで弾かれて、和穂の頭上、40cmの位置に弾痕を作っただけだった。
お互いに殴りあった方が早い至近距離で憑りつかれたように、拳銃に固執して相手に銃弾を叩き込むことだけを考えている。興奮で一時的な視野狭窄に陥っているのだ。
フェイントを織り交ぜ、互いが、互いに銃口を向けるが、その度に蹴りや手捌きで銃口をずらされて見当違いな方向に発砲する。
両者は残った右目を火傷で潰すまいと歯を剥き出しにして相手の銃口を逸らせるのに必死だ。
火薬滓が飛び込んだか、高熱のガスで炙られた左目からは激痛と供に涙が堰を切ったように流れる。
カードが弱い。
お互いが切るカードが弱過ぎる。
「!」
青年のパーカッション・リボルバーが全弾放つ。
それをチャンスと見た和穂は青年の腹部に銃口を向けようとするが、途中でリボルバーの銃口でグリップエンドのコンチネンタル型マガジンキャッチを押し下げられて、弾倉が滑り出る。
「な!」
マガジンセフティが装備されたH&K HK4はマガジンが抜かれると殆どの可動部位にロックが掛かり、薬室に実包が送り込まれていても引き金が引けない。
慌てて、マガジンを挿し込もうとするが、その格好のまま、青年はシリンダーピンを抜き放つ。空のシリンダーは自重で転がり落ち、空かさず新しいシリンダーを素早く填め込む。
青年がシリンダーピンを押し込んだのと和穂が弾倉を戻したのは殆ど同じだった。
拳銃本体を扱うのに両手を使うとは言え新品のシリンダー。
対して、相手の拳銃より早いアクションが行えるとは言え、薬室に 発しか無い。
「『あなた! 先桐さんと居て、何も言われなかったの?』」
青年の左掌が撃鉄を起こそうとシリンダー後部に翳そうとした瞬間に和穂は思わず叫んだ。
叫び声に一片の期待を乗せた。
先桐が『飼い犬』を前にして『何も言わないはずが無い』。
青年の左掌のスピードが鈍る。
「『あの人はサイコーだ!』」
青年は怒声に似た声を張り上げて左掌で撃鉄を跳ね起こした。
「……」
「……」
撃鉄が起きたレミントン・アーミーの銃口がカタカタと震えている。僅かな作用を与えるだけで簡単に落ちる引き金に掛けた指が固定されたように動かない。
「……『認めたね。自分の主人以外を認めたわね』」
和穂は食い縛った歯を緩めて……今までにないほどの、温かい笑顔へと緩めると、青年の瞳を真っ直ぐに見据えてそう呟いた。