鏡に映る翳

 残りの戦力は1階でテナントの各物件を掃討している最中だ。
 このテナントに入っている人間に堅気の人間は居ない。良心の呵責なく撃ち殺せる。
 自分が一番、先行している。銃声で判る。応戦しつつ各物件を制圧し掃討。
 こんなに狭い空間ではハジキを振り回すより短ドスや鉄パイプの方が有利な状況も多い。
――――ちっ! 小癪!
――――慣れてる!
 今し方も刃渡り1尺3寸ほどの脇差を小太刀拵えにした日本刀で斬り掛かってきた敵の攻撃をトリガーガードで防いだ所だ。
 火花を散らしてトリガーガードに新しい瑕が刻まれる。狭い室内では定寸の日本刀より小太刀の方が厄介だ。
 怪鳥の鳴き声に似た声を張り上げて二戟目を繰り出そうとしているその男の踏み込んだ右足を踏み付け、一瞬だけその場に固定させた。
 大上段に振りかぶった小太刀を握る右手上腕部を左手で制し、間髪入れずに男の喉仏にパラオーディナンスP-12のグリップエンドを叩き込む。
 男は首をガクンと前に折りながら膝から倒れる。苦悶の形相で床を掻き毟っているが最早戦力にはならないだろう。
 パラオーディナンスP-12のブリップエンドから伸びたスパイクが脂分の多い血を啜って鈍く輝く。
 3歩も歩かないうちに、狭い給湯室から潜んでいた男が短ドスを腰溜めにして突撃してきた。空かさずグリップエンドのスパイクで短ドスを握る手を強打して激痛で動きが鈍ったところへ銃口を脇腹に押し付けて引き金を引く。
 本来のナインティーンイレブン系を始めとするショートリコイルアクションをする拳銃なら銃口を押し付けて発砲すれば瞬間的にガス圧不良で空薬莢を完全に排出出来ず作動不良を起こすが、それを防ぐために公子のパラオーディナンスP-12にはマズルガードが取り付けられている。メンテナンスの際には少々面倒だが、CQBを念頭に置いた戦闘では実に有効だ。
 白兵戦に近い近距離射撃では45口径は実に頼りになる。
 鈍足で超重量弾を発射するために弾頭が持っているエネルギーを余す事なく人体に伝達させる。
 従って、無駄に一つの標的に2発3発と追撃の発砲を加える必要が少ないのだ。
 一般的な9mmパラベラムは戦場での護身用としては優秀だが、攻撃用の弾薬としては対人停止力が心許ない。米軍の海兵隊が回帰して45口径を採用している理由は主にここに有る。
 欧米の警察に於ける自動拳銃のマニュアルでは一人の標的に最低2発の銃弾を叩き込むことを主としているが、それは携行に便利な多弾数で9mmパラベラムを使用する拳銃を使っていると前提した上での話だ。
 軍隊でも同様に9mmパラベラムの拳銃を使っている国が多いが、拳銃はあくまで、最後の護身用火器であり、現代の戦場に於いては相手を殺すことよりも怪我を負わせて無力化させることに主眼が置かれているからである。
 一撃必殺一発必中を訓練していた嘗ての軍隊とは思想が違う。
 最近では各国の特殊部隊で使用される短機関銃でさえ9mm口径は廃止しそれ以上の口径、薬莢長の対人停止力に優れた弾薬を使用している。更には、弾薬規格の共通化と再分配を潤滑に行うために主力自動小銃の弾倉が使える短機関銃サイズのカービン銃が各国で開発されている。
 兎角、近接戦で45口径は有効だ。
 だが、使いこなせることができればの話だ。
 反動が強い。発砲のたびに銃口が大きく跳ね上がり、余程の膂力が無いと素早いサイティングが難しいのが欠点だ。それに弾薬自体が大型のために多弾数の拳銃が少なく、45口径のパラオーディナンスPシリーズのようにダブルカアラム化された弾倉を装備していると射手の掌との相性が極端に表れる例が多い。
 極論で言うのなら、掌が大きく膂力が優れて正規の訓練を受けた人間にしか多弾数の45口径は扱い辛い。日本人程度の体格では苦労する場合が多い。
 公子の掌も我流で鍛えたためにカッターナイフで削られるほどの胼胝が多数見られる。
 筋力を鍛えるトレーニングはせずに実戦でのみ鍛えた筋肉なので手首から背筋までの筋や腱が異常に発達している。
 正直なところ、公子自身はこのジャジャ馬を辛うじて使いこなせている程度だ。
 拳銃の知識に関しては素人が説明書を流し読みした程度しか持ち合わせていない。
 だからこそ簡単に、拳銃を『鈍器』として簡単に扱う発想ができる。 銃という火器ほど、デリケートで細心の注意が必要な武器は無い。
 メンテナンスやパーツ交換をマメにしていればそれで問題は解決するわけではない。パーツ交換とはイメージが結びつかない銃のフレームにも耐用度は有るのだ。
――――大人しい?!
――――盗られたか?
 階下の銃撃がやや沈静化してきたのが気になった。誰が発しているのか不明だが、怒声だけが大きく聞こえる。
――――ああ、そうかよ!
――――勝手に死にやがれ!
 心の中で呪詛に似た台詞を吐いた。
 それでも自分一人が生き残ってこの仕事を全うすればこちらの勝ちだ。
 発砲。
 発砲。
 発砲。
 射撃のたびにトリガーガードの角を強く蹴り上げられる反動を感じる。
 銃口が暴れ回り、ホールドしている右手の感触が薄くなってきた。
 どれだけの弾倉を消費したのか数えていないが、後ろ腰のヒップバッグに詰め込んだ予備弾倉が随分軽くなった。
 反動に狂わされることなく、一発必中で無力化していく最中にも何度もグリップエンドのスパイクが役に立った。
 膝蹴りや肘打ちといったギリギリの近接格闘動作も随分繰り出した。
 顔や衣服に血飛沫が掛かる。
 銃撃で発生する血飛沫であるために、迸る水滴のような飛沫ではなく、スプレーか霧吹きで吹き付けたかのような細かい飛沫だ。
 鼻を突く濃厚な鉄錆の匂いに脳髄がクラクラする。
 性的快感と精神的悦楽が交じり合う、形容し難い快楽が脳内を白濁させる。
 パラオーディナンスP-12から弾き出された空薬莢が壁に当たって跳ね返り頬を掠めても、熱くなった身体にはその感触すら伝わらない……どんな感触も遅れて神経を脳に伝達させる。
 冴えているのは感覚のみ。
 目が、耳が、鼻が、肌が、六感が敵を感知し、反射神経と身体能力のみが反応し引き金を引く。
 狙って撃っているという表現は正しくない。
 機械が作動するように引き金を引き続けている。今の公子の表情は性感に蕩ける寸前の浮かれた熱を帯びている。泣きたいのか笑いたいのか不明瞭な表情。
 この瞬間に胴体に被弾しても暫くは性的絶頂としか認識しないかも知れない。
 殺人狂ではない。
 戦闘狂だ。
 死地でしか生きられない哀れな機械人形と揶揄されても彼女は一切否定しない。
 命が惜しいと恐れる自分が怖いが故に、恐怖を煽り伝達させてネガティブに陥る自分を切り捨ててしまった。ここにも彼女の弱さが確かに見える。スイッチを切り替えるように人間を辞めることで『怖さ』を擬人化した恋人として受け入れる。
「!」
 左腕の肉を32口径と思しき銃弾で削り取られた。反射的に射手の額を吹き飛ばした彼女の顔には小さな痙攣が走って歓喜の涙を浮かべる。
 銃火が、硝煙が、轟音が……銃撃が内包するあらゆる『感覚に訴えるモノ』が彼女を優しく抱き包んでいる限り、苦痛は無い。
「……あ」
 空薬莢を踏みつけて大きく尻餅を搗く。慌てて立ち上がる事をしなかった……否。出来なかった。
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