鏡に映る翳

 ただ、多人数での襲撃……荒事専門の無法者なので、一所に溜まらず、どこの傘下にも収まらない。
 昨日襲撃した勢力に今日、雇われるということもしばしばある。詰まるところ、切り売りするネタを持ち合わせていないために自分の寿命を刹那的な快楽と僅かな粗食のために削り捌いているのだ。
 それゆえ、雇われた勢力に誠意や、一宿一飯の恩を返すためという名目の鉄砲玉行為は一切受け付けない。使い捨ての駒で有る彼女にもそれなりの矜持がある。
 敵味方が混在して銃火を奏でる乱戦でなければ彼女の異常性欲にも似た欲求を満たす事は出来ない。
 命を賭ける商売である以上、何かしらに楽しみを見つけないと自身が重圧に潰れてしまう。
 楽な商売はないのは百も承知。
 自分自身で『この稼業に疲れたから引退する』と、そこまで長生きできるとは一片も考えたことはない。自分はいつか悪い死に方をする……その程度の認識だ。
 
 銃を握れば至極、簡単な人生が待っている。
 どこかの誰かがそう言った。
 事実、簡単だ。



 生きるか死ぬかの世界に肩まで浸かると、ある意味、不感症になる。
 男娼を2、3人まとめて買っても、酒を頭から浴びても……麻薬ですら及ばないほどに悦楽に乏しくなる。
 少なくとも孤独な個人経営者である公子はそうだ。あれば何となく毎日が充実する。
 銃弾が飛び交う中でしか生きていると実感できない心の病だ。
 体内で生成される麻薬成分が脳髄を刺激しなければ抜け殻のように、あるいは燃え滓のように『そこに有るだけだ』。
 お礼参りを恐れ、死に慄きながら拳銃を抱いて眠るのならまだマシなのかもしれない。
 雑踏の中でも背中に神経を集中させて冷や汗を垂らすのならまだ戻れるのかもしれない。
 公子にとって死は隣り合わせの存在ではなく、既に心に取り込んだ深い仲なのだ。だからこそ、銃を握っていないときに不意に頭を撃ち抜かれるような恐怖感はない。
「……」
 安普請の古いアパートで黙々とパラオーディナンスP-12をクリーニングする。
 流石に仕事道具を雑に扱う真似だけはできないらしい。
 火薬滓を落とすだけの簡単なクリーニングでも余念は無い。
 良い結果を提供するには良い道具が必要だ。
 何枚ものウエスを使って通常分解で清掃できる部分を磨く。
 室内に引火性の揮発物質が充満しないように窓は全開だ。間違えても咥え煙草でクリーニングリキッドを扱わない。
 6畳間一つ、4畳半二つに台所とユニットバスのどこにでも有るアパート。増改築を繰り返しているお陰でユニットバスだけが真新しく、浮いて見える。雑多な住宅が立ち並ぶこの辺りではごく普通の物件だった。
 人生にストーリーを求めない彼女が誰にも看取られずに朽ちていくには充分な環境だったが、果たして天命は彼女に朽ち果てるという選択をさせることができるのか?
「……」
 分離したスライドをレールに再び滑り込ませるとストリッピングレバーを跳ね上げて、スライドリリースレバーを親指で押し下げる。
 勢い良くスライドが前進して撃発状態で待機する。
 撃鉄を親指で抑えながら慎重に軽い引き金を引き、解放された撃鉄が撃芯を叩かないようにゆっくりと定位置に戻す。
 元から実包が詰まった弾倉を挿していないので万が一の撃発も有り得ないのだが、安全確実に銃を扱う癖を体に染み込ませているので雑に扱わない。
 依頼が舞い込まなければ、植物が呼吸するように静かな日常だった。
  ※ ※ ※
 彼女自身の性格としては深層心理ではストイック且つ物静かな人間に分類されるが、表層心理として表れる性格は実にぶっきらぼうで粗暴な人種だった。
 トラブルメーカーとして悪名が静かに浸透しているのも事実だ。
 死は受け入れても虚無は受け入れられない。
 理由はそれに尽きる。
 生を諦め、死を友とした人間にありがちなタイプ。
 死に場所、死ぬ理由、死ぬ機会を求めて志願した兵隊ほど、生きて帰還する因果に似ている。
 早い話が……潜在的トラブルメーカーなのだ。
 要因が無ければ物静かに粗食を食む人間だが、一度猥雑で混沌とした界隈に繰り出せば、人の味を覚えた虎の如く野蛮極まりない行為に及ぶ。
 例えば今のように……。
「ヘイ。掛かってこいよ。女の一人に何をビビッてる? 脇と後ろにハジキぶら提げてんだろ? 怖じ気る理由が無いだろ?」
 極彩色のネオン街の裏路地で公子は咥え煙草のまま、おどけて見せた。目前に立つ男はいつかの『仕事』で公子に勢いを挫かれたリボルバー使いだった。
 年の頃は20代前半だろうか? 角刈りが似合うヤクザ者の風体をしていたが、両手の人差し指第一関節と親指の付け根が白く膨らんでいる。それなりの訓練を積んだリボルバーフリークだ。
 そのリボルバーフリークがリボルバーについて人前で恥を掻かされたのだ。黙っては居ないだろう。
 このアンダーグラウンドで拳銃を生業とする人間なら腕前を推し量られる発言は信用という看板を汚されるのと同義語だ。
 闘犬を連想させる男は言語をなさない喚き声を撒き散らす。
「あー。五月蝿ぇ」
 公子は右手を左脇に滑り込ませて愛用のパラオーディナンスP-12を財布でも取り出す感覚で抜いた。
 流石に闘犬面の男は畏怖と焦りが混じった顔に変貌させて一歩退いた。男の両手は既にそれぞれの拳銃のグリップを握っているというのに抜き放つまでには到らなかった。
「これならどうだ?」
「?」
 公子は無造作に弾倉を抜くと腹のベルトに差した。
 コンディション1。薬室に実包を送り込み安全装置を解除して撃鉄をハーフコックで止めた状態だ。ナインティーンイレブン系拳銃の持ち運び方の一種で待機していたパラオーディナンスP-12には薬室に送り込まれていた1発しか実包が無いとアピールしていた。
「私はこの一発で勝負する」
 と言うとパラオーディナンスP-12を左に傾けて勢い良くスライドを引く。
 勢いよく実包が掻き出されて宙を舞う。
 それを掴み取り、15m先に立つ男に向かって翳して見せるとスライドが後退位置で停止したままのパラオーディナンスP-12のエジェクションポートに実包を押し込んでスライドリリースレバーを押し下げた。
 スライドが作動して撃鉄が起きた状態になる。
 後は軽いトリガープルに撃発の命令を下すだけでいい。
 完全に嘗められていると頭にきた闘犬面の男は4インチのS&W M19を左脇から、2インチのS&W M66を左後ろ腰から同時に抜いて発砲する。
 銃声は重なったが確かに3発分轟いた。
「どうよ? ダブルアクションは重いだろ?」
 胸骨を45口径で叩き割られた男は一歩半後退して、膝から前のめりに崩れ落ちた。
 視界の端で男が死の痙攣を起こすのを捉えながら、パラオーディナンスP-12にスライドを挿し込む。
 再びコンディション1の状態でホルスターに戻した時、左頬骨に焼けた火箸を押し当てられている痛みを感じ、片目をきつく閉じる。
 まともな被弾ではないが負傷したらしい。
 頬を掠った銃弾が耳朶を吹き飛ばさなかったのは幸いだ。触れてみるが出血はしていない。軽く蚯蚓腫れしている程度だ。軟膏でも塗っておけば3日後には跡形も残らないだろう。
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