鏡に映る翳

 パラオーディナンスP-12。
 それが彼女の仕事道具。45ACPを11発装弾し、且つ薬室の1発を足せば最大12発も装填できる。
 自分の指に合うフィンガーチャンネルが形成されたラバーグリップを装備し、銃口にはマズルガードを装備している。
 撃鉄はオプションの大型リングハンマーだ。
 特に目を引くのはグリップエンドの四角錐の剣呑なスパイク。全長6cmはあるそれは勿論、人間を打撃するためのパーツだ。
「……」
 キャプテンブラック・ゴールドのパイプ用刻み煙草を手巻き用煙草の紙に巻いた物を横咥えにしていた。
 愛用のジッポーで先端を炙るとバニラとチョコレートをブレンドした甘い香りが立ち昇る。
 肺まで吸い込まない。あくまで口腔喫煙。
 咥え煙草のまま、僅かな光源の中でスライドをゆっくりと引く。
 エジェクターが薬室の実包を掻き出さない程度の位置で停止させると、確実に薬室内に実包が装填されていることを確認し、スライドを慎重に戻す。
 続いてマガジンキャッチを押して弾倉を引き抜き残弾確認孔の最下段をジッポーの灯りで確認する。
 図太い45口径が確かにフルロードされていた。
 弾倉を挿し直し、然るべき位置に回転ベゼルをセットしたアナログミリタリーウォッチを覗く。
「……」
 大きく手巻き煙草を吸い込むと怪獣が吐く炎のように荒く吐き出す。
 どこか溜息にも似た喫煙。
 形容し難い塊を噴出させる思いで、引き金から指を離す。その状態で撃鉄を起こす。
 重くも軽い金属音。
 途端。
 彼女の周囲で似通った金属音が連なって聞こえた。その数7つ。
 彼女は整った右の眉をしかめると手巻き煙草を横咥えにしてその方向を向いて呟くように言う。
「……ヘイ。リボルバーはオートの真似をして簡単にハンマーを起こすな。暴発しやすい。どうせ手前ぇは2挺拳銃なんだろ? ダブルアクションだけで頑張りな。タマが出てる間は死なねぇんだろ? 違うか? トリガーハッピー」
 彼女の背後で出番を焦がれる人影が殺気を殺さずに、気配を爆発させた。
「……良いね……中々良いよ。殺す気満々だな。だけどなここで私を殺して仕事をしたつもりになるか、ブッ込んでタマ盗って箔を付けるか考えな……連中を皆殺しにしてそれでもマメと元気が残ってりゃ、私を撃てば良い」
 気配だけの人影は毒気の遣り場に困った手付きで引き金に掛けた指を外して大人しく撃鉄を定位置に戻した。
 アナログの腕時計に視線を落とすと回転ベゼルが丁度、作戦実行を無音で報せていた。
「さ。仕事の時間だ……働きますか……有耶無耶は生きて帰れたら幾らでも聞いてやる」
 彼女を筆頭に複数の人影はそれまで潜んでいた大型トラックの物陰から自慢の得物を携えて飛び出した。
 目標は『スポンサー』の敵対勢力の拠点である組事務所内の掃討。
 毎度のことながら生きて帰れる確率はフィフティフィフティ。
 この数字だけが彼女に生命の価値を推し量らせる。
「ガンホー! ガンホー!」
 閑静な住宅街の真ん中にある組事務所の引き戸を蹴破り雪崩れ込む。
 踊る。彼女が踊る。
 黒いポニーテールが揺れ、赤いチェック柄のプリーツスカートが靡く。
 靭かな肢体をぴっちりと包んだ黒いストッキングが駆けて、はち切れんばかりのバストを僅かにカバーしたデニム生地のベストが風を切る。
 端正に整った童顔を悪戯っぽい破顔に崩し、蓮っ葉に手巻き煙草を唇の端に咥える。
 黒いポニーテールをした身長164cmの死神は視界に入る有象無象の生きた標的に次々と45口径を放つ。
 フィヨッキの45ACPは520Jの初活力で毎秒270mの鈍足でフルメタルジャケットを吐き出す。
 熱い弾頭は吸い込まれるように標的の胸か腹に命中し、次々と無力化していく。
 得物を持った標的であろうがなかろうが関係ない。銃口の正面に立つ奴が標的だ。
 89mmしか無い銃身ゆえに45口径の反動は暴れ狂う。
 パラオーディナンスP-12自体がコンパクトなキャリーガンとしてカットダウンされたモデルだ。所謂、CQBを修めたプロが使う戦闘用の拳銃では無い。
 銃火が火線を引いて咲き乱れ、轟音が耳を心地良く劈き、鼻腔を硝煙が擽る。
 合間に聞こえる空薬莢が弾ける涼しい金属音が清涼剤さながらだ。
 鈍重で鈍足な45口径で腹や胸を捉えられると杭でも打ち付けられたような衝撃が全身に伝わり、瞬間的に脱力する。
 対人停止力の高いソフトポイントやホローポイントを使用していれば尚、効果が高い。
 軍用フルメタルジャケットでも腹に2発も被弾すれば致命的な負傷になる。
 10m平方メートル以下の戦闘区域で日本人程度の容積をした『軟らかい標的』を無力化させるのには鳩尾に1発叩き込むだけで充分に致死に至る。
 何人の標的を屠ったのかは数えていないが、グリップの微妙な重心バランスの移動で弾倉交換の時期が判る。
 幸いなことに2本目の弾倉を交換した所で一方的な屠殺は終了した。
 自分一人がこんな狭い空間で発砲しているのではない。
 早く任務が終了するように過分な人数で押し掛けて過量な致傷をばら撒いているのだ。
 ハイなテンションに侵され始めた脳髄を振り切って、長さが半分程になった手巻き煙草を噛み締めて左手を挙げる。グーとパーを繰り返して撤収を報せる。一応、反撃を警戒しながら同じく雪崩れ込んだ仲間たちと、後退気味に組事務所から撤退する。
 夜更けの辻を決められたルート通りに全員が掛ける。
 結局、応戦も不備もなく今夜の襲撃は終了した。



 やくざの事務所に鉄砲玉が押しかける事件など、銃火器犯罪が蔓延して久しい昨今では取り立てて珍しいというほどでもない事件だ。
  ※ ※ ※
 銃を握れば至極、簡単な人生が待っている。
 どこかの誰かが、そう言った。
 事実、簡単だ。
 生きるか死ぬかしか残されていない。仮に法的裁きを受けたとしても社会的には死んだも同然で、真っ当な人生が残されているとは考え難い。
 それに法的裁きの外側で始末されるケースの方が圧倒的に多いのも明白だ。
 それが戦場であろうと平和な市街地であろうと。
 戦場であればあるほど、平和であればあるほど、銃の持つ意味合いは大きい。
 人殺しの道具に道理も理屈も必要ない。
 引き金を引けば大概のことはカタが付く。その行方が破滅でも救済でも、生命を以って解決するのだ。
 25mmチェーンガンだろうが22口径の豆鉄砲だろうが、引き金の役目を持っている部品が絶対に必要で、ホンの少しの力学的作用をもたらしてやればそれが『全て』だ。
 望もうと望まざると彼女がそこに存在し……その世界に存在し、銃を握っていることも、生か死かという二極論で語ればごく、簡単な理由だった。
 『必要だから銃を握った』。
 彼女にとっては、それ以上それ以外は全て蛇足でしかない。
 彼女の正義が45口径の姿に変貌しているだけだ。
 彼女の正義が悪であると断言するのなら、それは間違えていると断言する。
 何故なら、正義の敵は悪ではない。別の正義だからだ。



 銃を握れば至極、簡単な人生が待っている。
 どこかの誰かがそう言った。
 事実、簡単だ。



 架篠公子(かしの きみこ)。
 22歳。
 職業・自称無職。
 暴力団、マフィア、ギャング……場合によっては不良チーマーなどに一山幾らで売り買いされる殴り込み要員として糊口を凌いでいる。
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