貴(たか)い飛翔
件の始末人がどこの勢力が派遣した人間なのか素性が全く知れない内は大胆な挑発に出ることができない。
どこの勢力……背後の組織が派遣しなければあれほどの遣い手は現場にやって来ないだろう。
今までに集めた情報を解析すれば、この街に武器、弾薬、麻薬を流し込んでいる組織は一つだ。組織としては最後に生き残った若年ギャング団と交渉して取引するつもりだ。勿論、取引とは表面上の形式で、実際は組織の末端に位置していながら即戦力として扱える現地要員の扱いと同じだ。言うなればいつでも切り捨てられる大きな蜥蜴の尻尾だ。
それらを鑑みて、背後組織は一つで、それがそろそろ若年ギャング団と交渉に入る段階に移ったと考えられる。
組織が若年ギャング団と交渉する時期が早まった理由は間違い無しに成威が猛威を揮ったからだ。組織が計算していたより早くギャング連中の淘汰がスムーズに進んだ結果だろう。
組織自体が何を以ってスケジュールを組んでいるかは不明だが、効果のある一石を投じたことには違いないらしい。
連中全員に面が割れたと前提して作戦を練る方向へと切り替える。
しばらくは太陽を拝みながらの活動は避けなければならないらしい。
※ ※ ※
「! 何だと!」
「だから! アンタが黒武成威とかいうシマ荒しだろ?」
「顔を知らないのか?」
「名前しか教えられていない! ……そ、それに!」
夜の繁華街の裏路地にて、情報収集のためにたまたま、目が合った若年ギャングの構成員を路地裏で締め上げている最中に引っ掛かる返事を聞いたのだ。
「それに、名前も知らない奴らも多いんだ!」
「? どういうこと?……それで? 情報源は?」
「ウチのリーダーからの又聞きだよ! 顔も名前も知らない連中も居るし、名前しか知らない連中も居る! はっきり顔を知っているのは【石河組】の準幹部と繋ぎを付けているリーダーだけだ!」
成威は首根を捕まえた青年の額にH&K P7M13の銃口を押し付けて更に質問を続けた。
「何故、チーム全体に回状を出さない? 【石河組】とやらがこの界隈を仕切っているわけだな? 規模と勢力は? 利権関係にある外部組織は?」
実を言うと、【石河組】なる組織は既に成威の情報収集で掴んでいた名称だ。
規模も勢力も判明している。第三国マフィアと結託してこの街を物資の運搬ルートとして確保しようと企んでいるのも掴んでいる情報のうちだ。
成威が何も知らないというブラフを仕掛けているのだ。
「詳しいことは……リーダー以外に詳しいことを知っている奴なんか知らない! 噂じゃ、黒武成威を炙り出すために何かの作戦を立てているとか……」
「作戦概要に興味が有るな」
更にきつくH&K P7M13を押し付ける。
カジュアルを更に崩した服装の青年は一層顔を青くして喉から心臓が迫り出しそうな勢いで喋り出した。
「本当に詳しいことは知らない! 全部が噂だ! ここんとこ、アンタが暴れ過ぎたお陰でどこのチームもピリピリしてんだ! 【白河組】の抑えがなかったら、またチーム同士で殺し合いだ!」
「……」
――――キャスティングボードを握っているのは上の組織か……。
「俺たちみたいな下っ端はやっと静かに鎬を削れるって思っている! そんな連中が殆どだ! どこのチームのリーダーも自分だけがいい思いをして、【白河組】と深い仲になろうって考えてる! 同じチームの俺たちは体のいい使い捨てだよ!」
青年の言葉の後半は洟と涙で心中の吐露だった。
自分のリーダーに対して、腹に据えかねる思いらしい。末端まで行けばどんなに統率されていてもほつれはあるものだ。
リーダー格が自身の利潤しか考えていないと、一枚岩であってもヒビは入る。古今のあらゆる組織の大多数はそれが原因で敗北し、潮流に淘汰されていったのだ。
「それで、だ……【白河組】が始末人を遣したことにお前のチームじゃ何と言っている?」
「? 何だそりゃ? ウチのチームの話じゃないだろ? それに【白河組】はこの街で誰が仕切るか決まるまで銃と薬しか廻してくれないはずだ」
「質問を変える。どうして【白河組】は直接この街を仕切らず、お前らと交渉を持つつもりなんだ?」
「さあな! 知らねぇ。大方、俺たちをクッションみたいに、イザとなったらいつでも切り捨てられるコマみたいに考えてるんじゃないか?」
「……」
成威は二段構えで鎌を掛けたつもりだった。ことごとく不発に終わった。
聞き出せた返答はいずれも成威自身が収集した情報から導き出せた答えだったからだ。
始末人についての情報が一切聞き出せない苛つきが大きなわだかまりとなって成威の心を掻き毟る。
「解った……」
成威は青年を解放した。
刹那、ほっと一息吐く青年の頚部に手刀を叩き込んで気絶させる。
その場で白目を剥いて崩れる青年。その青年をしばらく見ていたが、成威の思考は別のところにあった。
どうしても始末人の存在が気になる。
この連中がこれほどまで頼りにしている組織が裏を掻いて別働戦力を投入したことが不可解だった。
今のところ、疑問点はそこだけ。
今し方締め上げた青年にしても、必ずしも、夜の車両基地で成威を謀ったチームの構成員とは限らない。
おおまかに生き残った6つのチームが一致団結し、必ずしも成威討伐のために作戦を練っているとも考えられない。
功を焦ったいずれかのチームが独断で執り行ったとも考えられる。青年の口調からすると彼のチームでは無さそうだ。
……と、いうことは功を焦ったと思われるチームと上の組織こと、【白河組】は既に親しい間柄である可能性が高い。
確かにあの晩、始末人は「依頼されていないから殺さない」と成威に向かって言った。
相変わらず続くチーム同士の銃撃戦を考えると、全てのチームが同時期に手打ちをしてこの抗争が終結したとは考えられない。「成威を討伐する作戦のときだけ手を結ぶ」という考えの方が不自然だ。
6つのチームの内、既に勝者の候補は確定しているらしい。
『功を焦ったと思われるチームと上の組織こと、【白河組】は既に親しい間柄である可能性が高い。』……これを証明するための行動に出たのは1週間後の夜だった。
街の郊外に有る廃墟と化した大型山荘。いずれかのチームが押さえる拠点の一つだった。
凹の字をなす外観は近隣の土地開発の波に乗ることができずにたった数年で店仕舞いをした夢の跡だ。
成威は賭けに出てみた。
均衡を保っているように見える今のチームの一角が完全に沈黙したら他の5つのチームはどのように出るか、試してみたのだ。
その一環として車両基地で撃ち合ったチームとは別のチームの拠点を襲撃した。
それまでに、『シマ荒らしが、あるチームを襲撃するかもしれない』という偽情報を撒いた。
これでどこのチームも過剰に反応して対策を練るだろう。
もしも、全てのチームが【白河組】と懇意の仲であるのなら必要に応じた数の始末人を効率良く配置してくるだろう。
その反対に特定のチームだけ始末人を派遣するようであれば『違う意図が見えてくる』。
懇意のチームが少しでも戦力を温存したがっているのに何故、始末人を遣して負傷者を始末していくのか? ……推測の域を出ないが、これは特定のチームを弱体化させる布石ではないかと考えている。
上っ面は懇意を装っていても足元を掬うのは橋頭堡を欲しがるヤクザの遣り口だ。
どこの勢力……背後の組織が派遣しなければあれほどの遣い手は現場にやって来ないだろう。
今までに集めた情報を解析すれば、この街に武器、弾薬、麻薬を流し込んでいる組織は一つだ。組織としては最後に生き残った若年ギャング団と交渉して取引するつもりだ。勿論、取引とは表面上の形式で、実際は組織の末端に位置していながら即戦力として扱える現地要員の扱いと同じだ。言うなればいつでも切り捨てられる大きな蜥蜴の尻尾だ。
それらを鑑みて、背後組織は一つで、それがそろそろ若年ギャング団と交渉に入る段階に移ったと考えられる。
組織が若年ギャング団と交渉する時期が早まった理由は間違い無しに成威が猛威を揮ったからだ。組織が計算していたより早くギャング連中の淘汰がスムーズに進んだ結果だろう。
組織自体が何を以ってスケジュールを組んでいるかは不明だが、効果のある一石を投じたことには違いないらしい。
連中全員に面が割れたと前提して作戦を練る方向へと切り替える。
しばらくは太陽を拝みながらの活動は避けなければならないらしい。
※ ※ ※
「! 何だと!」
「だから! アンタが黒武成威とかいうシマ荒しだろ?」
「顔を知らないのか?」
「名前しか教えられていない! ……そ、それに!」
夜の繁華街の裏路地にて、情報収集のためにたまたま、目が合った若年ギャングの構成員を路地裏で締め上げている最中に引っ掛かる返事を聞いたのだ。
「それに、名前も知らない奴らも多いんだ!」
「? どういうこと?……それで? 情報源は?」
「ウチのリーダーからの又聞きだよ! 顔も名前も知らない連中も居るし、名前しか知らない連中も居る! はっきり顔を知っているのは【石河組】の準幹部と繋ぎを付けているリーダーだけだ!」
成威は首根を捕まえた青年の額にH&K P7M13の銃口を押し付けて更に質問を続けた。
「何故、チーム全体に回状を出さない? 【石河組】とやらがこの界隈を仕切っているわけだな? 規模と勢力は? 利権関係にある外部組織は?」
実を言うと、【石河組】なる組織は既に成威の情報収集で掴んでいた名称だ。
規模も勢力も判明している。第三国マフィアと結託してこの街を物資の運搬ルートとして確保しようと企んでいるのも掴んでいる情報のうちだ。
成威が何も知らないというブラフを仕掛けているのだ。
「詳しいことは……リーダー以外に詳しいことを知っている奴なんか知らない! 噂じゃ、黒武成威を炙り出すために何かの作戦を立てているとか……」
「作戦概要に興味が有るな」
更にきつくH&K P7M13を押し付ける。
カジュアルを更に崩した服装の青年は一層顔を青くして喉から心臓が迫り出しそうな勢いで喋り出した。
「本当に詳しいことは知らない! 全部が噂だ! ここんとこ、アンタが暴れ過ぎたお陰でどこのチームもピリピリしてんだ! 【白河組】の抑えがなかったら、またチーム同士で殺し合いだ!」
「……」
――――キャスティングボードを握っているのは上の組織か……。
「俺たちみたいな下っ端はやっと静かに鎬を削れるって思っている! そんな連中が殆どだ! どこのチームのリーダーも自分だけがいい思いをして、【白河組】と深い仲になろうって考えてる! 同じチームの俺たちは体のいい使い捨てだよ!」
青年の言葉の後半は洟と涙で心中の吐露だった。
自分のリーダーに対して、腹に据えかねる思いらしい。末端まで行けばどんなに統率されていてもほつれはあるものだ。
リーダー格が自身の利潤しか考えていないと、一枚岩であってもヒビは入る。古今のあらゆる組織の大多数はそれが原因で敗北し、潮流に淘汰されていったのだ。
「それで、だ……【白河組】が始末人を遣したことにお前のチームじゃ何と言っている?」
「? 何だそりゃ? ウチのチームの話じゃないだろ? それに【白河組】はこの街で誰が仕切るか決まるまで銃と薬しか廻してくれないはずだ」
「質問を変える。どうして【白河組】は直接この街を仕切らず、お前らと交渉を持つつもりなんだ?」
「さあな! 知らねぇ。大方、俺たちをクッションみたいに、イザとなったらいつでも切り捨てられるコマみたいに考えてるんじゃないか?」
「……」
成威は二段構えで鎌を掛けたつもりだった。ことごとく不発に終わった。
聞き出せた返答はいずれも成威自身が収集した情報から導き出せた答えだったからだ。
始末人についての情報が一切聞き出せない苛つきが大きなわだかまりとなって成威の心を掻き毟る。
「解った……」
成威は青年を解放した。
刹那、ほっと一息吐く青年の頚部に手刀を叩き込んで気絶させる。
その場で白目を剥いて崩れる青年。その青年をしばらく見ていたが、成威の思考は別のところにあった。
どうしても始末人の存在が気になる。
この連中がこれほどまで頼りにしている組織が裏を掻いて別働戦力を投入したことが不可解だった。
今のところ、疑問点はそこだけ。
今し方締め上げた青年にしても、必ずしも、夜の車両基地で成威を謀ったチームの構成員とは限らない。
おおまかに生き残った6つのチームが一致団結し、必ずしも成威討伐のために作戦を練っているとも考えられない。
功を焦ったいずれかのチームが独断で執り行ったとも考えられる。青年の口調からすると彼のチームでは無さそうだ。
……と、いうことは功を焦ったと思われるチームと上の組織こと、【白河組】は既に親しい間柄である可能性が高い。
確かにあの晩、始末人は「依頼されていないから殺さない」と成威に向かって言った。
相変わらず続くチーム同士の銃撃戦を考えると、全てのチームが同時期に手打ちをしてこの抗争が終結したとは考えられない。「成威を討伐する作戦のときだけ手を結ぶ」という考えの方が不自然だ。
6つのチームの内、既に勝者の候補は確定しているらしい。
『功を焦ったと思われるチームと上の組織こと、【白河組】は既に親しい間柄である可能性が高い。』……これを証明するための行動に出たのは1週間後の夜だった。
街の郊外に有る廃墟と化した大型山荘。いずれかのチームが押さえる拠点の一つだった。
凹の字をなす外観は近隣の土地開発の波に乗ることができずにたった数年で店仕舞いをした夢の跡だ。
成威は賭けに出てみた。
均衡を保っているように見える今のチームの一角が完全に沈黙したら他の5つのチームはどのように出るか、試してみたのだ。
その一環として車両基地で撃ち合ったチームとは別のチームの拠点を襲撃した。
それまでに、『シマ荒らしが、あるチームを襲撃するかもしれない』という偽情報を撒いた。
これでどこのチームも過剰に反応して対策を練るだろう。
もしも、全てのチームが【白河組】と懇意の仲であるのなら必要に応じた数の始末人を効率良く配置してくるだろう。
その反対に特定のチームだけ始末人を派遣するようであれば『違う意図が見えてくる』。
懇意のチームが少しでも戦力を温存したがっているのに何故、始末人を遣して負傷者を始末していくのか? ……推測の域を出ないが、これは特定のチームを弱体化させる布石ではないかと考えている。
上っ面は懇意を装っていても足元を掬うのは橋頭堡を欲しがるヤクザの遣り口だ。