貴(たか)い飛翔
敵にとっても成威にとっても、マズルフラッシュは頼れるし邪魔な存在にもなる。自身の居場所を暗闇で明らかにするのと同じだからだ。
それと同じく、銃声も硝煙も命を左右する要素が詰まっている。
これらの機微を感じ取る能力を有する成威の方が有利なのは揺るがない。
バディを2発で無力化することは流石に難しいが、相棒が被弾して悲鳴を挙げれば恐怖は隣のもう一人に伝播する。鉄火場で恐怖に呑み込まれた『鉄砲玉』は寿命が縮む。
立ち竦んでいるところを撃ち倒されるか、頭を抱えて座り込んだまま、武器を手放して塞ぎ込むしかできなくなる。
これがプロのバディとの違いだ。プロは相棒が被弾すると引き摺って後退を始める。
再び戦線に戻ると、同じく相棒が脱落した人間と組んでバディを再編成して戦線で戦う。軍隊におけるバディとは様相が違う。相棒の命よりクライアントや上層部の命令をいかに忠実に果たすかが優先されるのだ。
成威の周囲では空薬莢が乱舞する様子が手に取るように解る。
発砲せず移動を繰り返せば伝播した恐怖の症状でトリガーハッピーを生み出す。発砲している間だけは命が守られると勘違いしているのだ。そのくせ、弾倉の弾薬が無くなると身を隠さずにその場で弾倉交換するという、実に不可解な行動に出るのも特徴だ。
トリガーハッピーの数が増えてきた。
立ち尽くす標的が多くなってきた。
理性的に行動している一塊だけがこの部隊のリーダーとその親衛隊だろう。
3組のバディだけが射撃のたびに頻繁な移動を繰り返して成威を押し返そうと弾幕を張っていた。発砲のタイミングは未熟だったが、訓練も受けていない若年ギャングにしては随分と機転が利く連中だった。
「……」
だが、そこまでだ。
3本目の弾倉を叩き込むと、後退したままのスライドが自動的に前進して弾倉上端の初弾を咥え込み薬室に送り込む。
――――よく頑張る若者だ。
調子の悪い短機関銃のようにH&K P7M13が5度吼えた。
誰がリーダーだか判別はつかなかったが、これだけ戦えて統率を執っていた腕利きだ。誰を締め上げても同じ情報が得られるに違いない。軍隊で教練を積んでいるのではないのだから、ハジキの腕前と同時に捕虜になった場合の『黙秘の方法』も訓練するのは非現実的だ。
「……」
スライドが後退したままの自動拳銃を握り締めて遁走を計る影に向かって発砲する。狙いは足元だ。2発、3発と続けて撃つ。その場に凍りつかせるのが目的だ。
「止まれ! 次は頭を狙う!」
成威は叫んだ。
「!」
暗闇で確かにその人物は何か飲み込んだ。
毒でも嚥下したかと疑った。
「……」
「……」
15mの距離を置いて二人は暫く沈黙した。
人影は投降の意思を見せるかのように弾の切れた拳銃を放り出して、地面に大の字に寝転がった。こちらが銃口を向けているのにも関わらずに、銃口を向けられている非常に危険な状態なのに、仰向けに寝転がる。
「?」
行動が妙だ。
何かの罠かと、周囲を警戒したが何事も起こる気配は無い。
寝転がる人物とジリジリと間合いを詰めて顔を覗き込む。
「……」
幸せそうにニヤけた顔で涎を垂らす青年が居る。
その青年の近くに落ちていた4cm四方のセロファンの袋を拾い上げて鼻を近付ける。
「?」
臭いがしないので、破れたセロファンの縁を舐める。
「……ダメだ」
成威は呟いた。
セロファンの中身が解った。
最近この辺りで流行しているダウナー系麻薬だ。即効性の有る錠剤で『良い方向にスイッチが入る事で有名』な合成麻薬だ。
名前は何と言ったか失念したが、確か原料はノーザンライト種とアフガン種の大麻を蒸留した物らしい。
セーフハウスに帰れば大麻の成分であるアルカロイドを分離させて利尿作用で体外へ排出させる対抗薬は有るが、今直ぐの入手は困難だし、こんなに早く脳髄をやられていると何かを嚥下するという行為が難しい。口を割るのを防ぐために一時的な自決をしたのだ。
この男から今直ぐ何らかの情報を聞き出すのは難しいと云うのと同義だった。
他の虫の息同然の連中を締め上げるしか情報を聞き出す手段は無い。
「……はぁ」
溜息を吐いて踵を返すと、H&K P7M13をダブルハンドで構え直して、それまで銃撃戦を展開していた辺りまで引き返した。
「!」
銃声。
1発や2発ではない。
成威を狙った物でも無い。
遮蔽物に身を潜めながら銃声がする方向に歩く。
「……」
左手にバーボンの瓶を無造作に握り、右手にドラム弾倉を差し込んだルガーP-08アーティラリーモデルを握る男が、命乞いをする生存者の頭を容赦無く撃ち抜いている。
――――誰だ!
思わず遮蔽物に身を深く潜り込ませて息を呑んだ。
始末人を雇う若年ギャングなど聞いた事が無い。
この界隈を捜しても口封じ専門の始末人を雇う完璧主義な若年ギャングなど存在するはずが無い。
自分達の掟で怪我人を始末する例はいくらか聞いたことがある。口封じはあくまで、掟の中で実行される最後の手段だ。それを部外者に執行させるとなれば異常な事態だ。
それに、あの身のこなしや慣れた手付きはプロの始末人だ。
――――この時代にルガーの砲兵モデルってアホか!
――――否、突っ込むところはそこじゃなくて!
尚も、発砲音は続く。その度に確実に頭蓋が破裂して脳漿がブチ撒けられる。
成威としては勝負の局面だった。あの始末人を始末するか、このまま逃走するか。
若年ギャングに武器弾薬を供給している上層組織がこの現場にでてきたのは確からしい。子供の喧嘩に大人が介入してくる理由はそれくらいしか考えられない。
今まで、負傷者を殺して口封じをする専門の始末人が出てこなかったのは、小規模のチームが戦国時代さながらに犇めき合っていたので、彼らに武器弾薬を供給している背後の組織はそれぞれのチームを脅威と見ていなかった。
そこへ彼女が現れて短時間で急成長し、それぞれのチームが手を取り合い、士気と練度も上がってきたので捨て置けなくなった。
チームが一大組織になる前に、様々な情報が漏洩する可能性を消すために始末人がこの場に派遣されてきたのだ。
彼女は心の中でおめでとう、と言った。若年層のチームに向かって。お前たちは重要視されるほどに成長したんだぞ、と。
やがて、一通りの仕事が済んだ始末人は明らかに、成威の方向に向かって喋り掛けた。
「どこの組の者かは知らないが、このクソガキどもの尻に火を点けた礼は言う。だから、今は殺さない。それに、殺せとも依頼されていない」
緊張の拍動を鎮めるのに苦労しながら成威も遮蔽物越しに大声で喋り返す。
「見逃してくれるのなら有り難いわ。私の遣り方に口出ししないで黙って見ていてくれないかしら?」
喋りながら、H&K P7M13の弾倉を引き抜いて残弾を確認した。
「その件に関しても特に依頼されていない。勝手にすればいいだろ? じゃあな。帰るわ」
男は友人にでも語り掛けるような爽やかな口調でそれだけいうときびすを返した。
「……」
成威は男の後姿をリップミラーで確認した。
男からは全くの敵意を感じない。
成威の存在を危険だと判断していない雰囲気すら感じる。
成威に無防備な背中を見せたまま、歩いて去る。時折、左手のバーボンを呷る。右手には変わらず、ルガーP-08アーティラリーモデルをだらりとぶら提げている。
「……」
僅かな光源に浮かぶ男の風体を観察する。
身長170cm強。がっしりとした体躯。草臥れたジャケットにスラックス。髪型はオールバック。容貌は不明。
身のこなしからプロの人間だと判断できるが、どの程度の腕前かは判断材料が不足。成威がプロだと解っているのに警戒もせず背中を見せる肝っ玉。
「……!」
男が去ってから、ようやくH&K P7M13を握る右手がかつてないまでに汗をかいていることに気が付いた。
結局、警戒心皆無の背中に9mmパラベラム弾を叩き込む事が出来なかった。銃口すら向ける事が出来なかった。
今夜の一件で大きな予定変更を強制されることになる。
※ ※ ※
――――詰まり、面が割れた、な。
セーフハウスでコンビニ弁当を胃袋に収めながら、この街の自作の勢力図に視線を落とす。A0サイズの上質紙にこの街の地図が印刷されている。各所にマーカーや付箋、サインペンでの書き込み。
6色で色分けされているが、今となってはは共同体と見なすべきだろう。
それと同じく、銃声も硝煙も命を左右する要素が詰まっている。
これらの機微を感じ取る能力を有する成威の方が有利なのは揺るがない。
バディを2発で無力化することは流石に難しいが、相棒が被弾して悲鳴を挙げれば恐怖は隣のもう一人に伝播する。鉄火場で恐怖に呑み込まれた『鉄砲玉』は寿命が縮む。
立ち竦んでいるところを撃ち倒されるか、頭を抱えて座り込んだまま、武器を手放して塞ぎ込むしかできなくなる。
これがプロのバディとの違いだ。プロは相棒が被弾すると引き摺って後退を始める。
再び戦線に戻ると、同じく相棒が脱落した人間と組んでバディを再編成して戦線で戦う。軍隊におけるバディとは様相が違う。相棒の命よりクライアントや上層部の命令をいかに忠実に果たすかが優先されるのだ。
成威の周囲では空薬莢が乱舞する様子が手に取るように解る。
発砲せず移動を繰り返せば伝播した恐怖の症状でトリガーハッピーを生み出す。発砲している間だけは命が守られると勘違いしているのだ。そのくせ、弾倉の弾薬が無くなると身を隠さずにその場で弾倉交換するという、実に不可解な行動に出るのも特徴だ。
トリガーハッピーの数が増えてきた。
立ち尽くす標的が多くなってきた。
理性的に行動している一塊だけがこの部隊のリーダーとその親衛隊だろう。
3組のバディだけが射撃のたびに頻繁な移動を繰り返して成威を押し返そうと弾幕を張っていた。発砲のタイミングは未熟だったが、訓練も受けていない若年ギャングにしては随分と機転が利く連中だった。
「……」
だが、そこまでだ。
3本目の弾倉を叩き込むと、後退したままのスライドが自動的に前進して弾倉上端の初弾を咥え込み薬室に送り込む。
――――よく頑張る若者だ。
調子の悪い短機関銃のようにH&K P7M13が5度吼えた。
誰がリーダーだか判別はつかなかったが、これだけ戦えて統率を執っていた腕利きだ。誰を締め上げても同じ情報が得られるに違いない。軍隊で教練を積んでいるのではないのだから、ハジキの腕前と同時に捕虜になった場合の『黙秘の方法』も訓練するのは非現実的だ。
「……」
スライドが後退したままの自動拳銃を握り締めて遁走を計る影に向かって発砲する。狙いは足元だ。2発、3発と続けて撃つ。その場に凍りつかせるのが目的だ。
「止まれ! 次は頭を狙う!」
成威は叫んだ。
「!」
暗闇で確かにその人物は何か飲み込んだ。
毒でも嚥下したかと疑った。
「……」
「……」
15mの距離を置いて二人は暫く沈黙した。
人影は投降の意思を見せるかのように弾の切れた拳銃を放り出して、地面に大の字に寝転がった。こちらが銃口を向けているのにも関わらずに、銃口を向けられている非常に危険な状態なのに、仰向けに寝転がる。
「?」
行動が妙だ。
何かの罠かと、周囲を警戒したが何事も起こる気配は無い。
寝転がる人物とジリジリと間合いを詰めて顔を覗き込む。
「……」
幸せそうにニヤけた顔で涎を垂らす青年が居る。
その青年の近くに落ちていた4cm四方のセロファンの袋を拾い上げて鼻を近付ける。
「?」
臭いがしないので、破れたセロファンの縁を舐める。
「……ダメだ」
成威は呟いた。
セロファンの中身が解った。
最近この辺りで流行しているダウナー系麻薬だ。即効性の有る錠剤で『良い方向にスイッチが入る事で有名』な合成麻薬だ。
名前は何と言ったか失念したが、確か原料はノーザンライト種とアフガン種の大麻を蒸留した物らしい。
セーフハウスに帰れば大麻の成分であるアルカロイドを分離させて利尿作用で体外へ排出させる対抗薬は有るが、今直ぐの入手は困難だし、こんなに早く脳髄をやられていると何かを嚥下するという行為が難しい。口を割るのを防ぐために一時的な自決をしたのだ。
この男から今直ぐ何らかの情報を聞き出すのは難しいと云うのと同義だった。
他の虫の息同然の連中を締め上げるしか情報を聞き出す手段は無い。
「……はぁ」
溜息を吐いて踵を返すと、H&K P7M13をダブルハンドで構え直して、それまで銃撃戦を展開していた辺りまで引き返した。
「!」
銃声。
1発や2発ではない。
成威を狙った物でも無い。
遮蔽物に身を潜めながら銃声がする方向に歩く。
「……」
左手にバーボンの瓶を無造作に握り、右手にドラム弾倉を差し込んだルガーP-08アーティラリーモデルを握る男が、命乞いをする生存者の頭を容赦無く撃ち抜いている。
――――誰だ!
思わず遮蔽物に身を深く潜り込ませて息を呑んだ。
始末人を雇う若年ギャングなど聞いた事が無い。
この界隈を捜しても口封じ専門の始末人を雇う完璧主義な若年ギャングなど存在するはずが無い。
自分達の掟で怪我人を始末する例はいくらか聞いたことがある。口封じはあくまで、掟の中で実行される最後の手段だ。それを部外者に執行させるとなれば異常な事態だ。
それに、あの身のこなしや慣れた手付きはプロの始末人だ。
――――この時代にルガーの砲兵モデルってアホか!
――――否、突っ込むところはそこじゃなくて!
尚も、発砲音は続く。その度に確実に頭蓋が破裂して脳漿がブチ撒けられる。
成威としては勝負の局面だった。あの始末人を始末するか、このまま逃走するか。
若年ギャングに武器弾薬を供給している上層組織がこの現場にでてきたのは確からしい。子供の喧嘩に大人が介入してくる理由はそれくらいしか考えられない。
今まで、負傷者を殺して口封じをする専門の始末人が出てこなかったのは、小規模のチームが戦国時代さながらに犇めき合っていたので、彼らに武器弾薬を供給している背後の組織はそれぞれのチームを脅威と見ていなかった。
そこへ彼女が現れて短時間で急成長し、それぞれのチームが手を取り合い、士気と練度も上がってきたので捨て置けなくなった。
チームが一大組織になる前に、様々な情報が漏洩する可能性を消すために始末人がこの場に派遣されてきたのだ。
彼女は心の中でおめでとう、と言った。若年層のチームに向かって。お前たちは重要視されるほどに成長したんだぞ、と。
やがて、一通りの仕事が済んだ始末人は明らかに、成威の方向に向かって喋り掛けた。
「どこの組の者かは知らないが、このクソガキどもの尻に火を点けた礼は言う。だから、今は殺さない。それに、殺せとも依頼されていない」
緊張の拍動を鎮めるのに苦労しながら成威も遮蔽物越しに大声で喋り返す。
「見逃してくれるのなら有り難いわ。私の遣り方に口出ししないで黙って見ていてくれないかしら?」
喋りながら、H&K P7M13の弾倉を引き抜いて残弾を確認した。
「その件に関しても特に依頼されていない。勝手にすればいいだろ? じゃあな。帰るわ」
男は友人にでも語り掛けるような爽やかな口調でそれだけいうときびすを返した。
「……」
成威は男の後姿をリップミラーで確認した。
男からは全くの敵意を感じない。
成威の存在を危険だと判断していない雰囲気すら感じる。
成威に無防備な背中を見せたまま、歩いて去る。時折、左手のバーボンを呷る。右手には変わらず、ルガーP-08アーティラリーモデルをだらりとぶら提げている。
「……」
僅かな光源に浮かぶ男の風体を観察する。
身長170cm強。がっしりとした体躯。草臥れたジャケットにスラックス。髪型はオールバック。容貌は不明。
身のこなしからプロの人間だと判断できるが、どの程度の腕前かは判断材料が不足。成威がプロだと解っているのに警戒もせず背中を見せる肝っ玉。
「……!」
男が去ってから、ようやくH&K P7M13を握る右手がかつてないまでに汗をかいていることに気が付いた。
結局、警戒心皆無の背中に9mmパラベラム弾を叩き込む事が出来なかった。銃口すら向ける事が出来なかった。
今夜の一件で大きな予定変更を強制されることになる。
※ ※ ※
――――詰まり、面が割れた、な。
セーフハウスでコンビニ弁当を胃袋に収めながら、この街の自作の勢力図に視線を落とす。A0サイズの上質紙にこの街の地図が印刷されている。各所にマーカーや付箋、サインペンでの書き込み。
6色で色分けされているが、今となってはは共同体と見なすべきだろう。