貴(たか)い飛翔

 この場に限って言えば、大規模な供給が行われていないのが伺えた。
 やはり、背後の組織が武器弾薬だけを適当に供給して勝手に覇権争いに油を注いでいるだけなのだろう。
 しばらく観察していたが、呆れるほど長いガン飛ばしの末に誰かのくしゃみが切っ掛けで銃撃戦は始まった。
 双方の戦力からして約20人対約30人。
 短機関銃や長物は確認できない。ベルサ、タウルス、ノリンコ、ロシーといった密輸品目としては馴染みの深い顔ばかりを携えている。
 成威の判断としては第三者のスタンスなので、一方的に屠殺を撒き散らすのでどちらの味方でもない。
 夜の鉄道基地を騒がしく彩る銃火に紛れて9mmパラベラムを撒き散らす。
 時間にして20分程度だったか?
 たったそれだけで、勝負はドローで終わる。
 どちらも戦力が一桁台まで低下したのを察すると我先にと遁走を開始したのだ。
 両者の干戈が交えられた直後に、両者に対して夜陰に乗じて狙撃して負傷者を作ったのは勿論、彼女だ。
 これではレポートのネタにならない。奇襲的なターキーショットでは成威の圧倒的勝利で終わるのは目に見えている。
 虱潰しに、適当に切り上げられる程度に、成威を敵視する明らかな対抗チームが必要だ。
 それも一騎当千のプロと真正面からぶつかろうという気概を持つ命知らずのバカが必要だ。
 正確に言えば頭はバカでなくとも良い。成威という存在を撃破目標として認識し統率を執ることができる小集団でも良いのだ。
   ※ ※ ※
 翌日から、成威の悪辣な宣伝活動が始まった。
 殺しはしない。生死を彷徨う程の銃傷を負わせるだけだ。
 神出鬼没の成威に既に壊滅同然のチームも出てきた。
 戦力の半数以上を失うチームも珍しくない。やがて、士気と練度が高く統率が執れたチームだけが生き残っていると聞くと、弱小チームや挽回不能の打撃を受けたチームは団子状態で連携して生き残っているチームの軍門に次々と下っていく。

 成威の猛威が揮い出して一ヶ月もすると30近くあったチームも6つまでに絞り込まれてきた。
 ようやくそれぞれのチームが流血する事無く『話し合い』で縄張りの占有率を決めるという議題の場が生まれてきた。
 この街に存在する現段階での若年ギャングの人数は1ヶ月前と比べて3分の2まで低下した。
 お互いのチームが『話し合う』という手段を覚え始めた頃合いを見計らって成威は自分の姿を間接的に連中の鼻先に見せ始めた。
 本当に生き残るべきチームだけが選抜されてきた手応えを感じたからだ。
「さて。ねぇ……」
 深夜、自室にて。
 ウイスキーが注がれたタンブラーを一口呷る。赤いマジックインキで絞り込まれてきた若年ギャングの名前の一つに丸を付けた。
 頭が切れて統率と連携が執れて、それなりに修羅場を潜っているチーム。
 自画自賛ではないが、このデスマラソンな群雄割拠に火を点けて短期間で最高の若年ギャングを造り上げた結果になったのだ。
 6つのチームが生き残っている。
 その中で更に優れているチームを1つ、選んだ。
 間違い無しに現場で叩き上げられた最強チームだ。
 提出に足るレポートの題材を提供してくれるだろう。自分自身を満足させるためだけに未来ある若者を屠り、不具にしてきた。『そろそろ刈り取っても良い頃合だろう』。
 どこの組織が用意したステージか知らぬが、これだけ暴れやすい環境をどうして今まで作ることができなかったのか不思議だ。
 不要なチームは恐怖を利用して間引きをすれば自ずと団結する。
 団結から外れる連中は決まって二度とここには戻って来ない。
 何もしなくとも、ちょっとした心理を突くだけでこんなに簡単に支配に繋がるのに……支配だろうと統一だろうと制覇だろうと好きに呼べばいいが。

 成威が神出鬼没な遊撃作戦に討って出るようになってから、セーフハウスを何箇所も街の中に作った。転々としながら、塒だけは決して悟られないように気を配る。

 ある夜のことだ。
 屋台で夜鳴きラーメンを腹に詰め込んでいる最中に近所で銃声を聞いた。
 未だ、抗争をやらかす連中が居るものだと興味が涌いた。
 ショルダーホルスターのベルトを締め直してH&K P7M13と予備弾倉を確認する。
 何時かの鉄道車両が廃棄された車両基地までリサイクルショップで買った自転車を漕ぐ。
 銃声は確かにこの辺りから聞こえた。
――――拙いなぁ。
 胃袋に未消化物が残っていることが気掛かりだった。
 消化器に未消化物が有ると腹部に被弾した場合、腹膜炎を誘発して死に至る確率が飛躍的に上がる。
 自転車を降りると、早目にスクイーズドコッカーを作動させてダブルハンドでH&K P7M13を構える。
 銃声がする方向へ足音を殺しながら慎重に近付く。少し早足気味。気配まで完全に殺すのは無理だった。
「……?」
 連中の気配がおかしい。
 否、銃声がおかしい。
――――撃ち合い……じゃない?
 敵味方が撃ち合う『リズム』ではない。直感が訴える。
『! ……謀られたか!』
 確信したのは、連中が空に銃口を向けて発砲しているのを視界に納めたときだ。
 踵を返さず、一歩後退した瞬間。
 成威に初めて命の危険を感じさせる銃弾が襲い掛かった。
「!」
 左手側の貨車の側面に火花が散ると同時に咄嗟に伏せて、車輪側に転がる。
――――敵戦力は?
――――方向は?
――――退路は?
 いつまでも自分が優位なままにことが展開するとは思っていなかった。いつかは自身が鉄火場に乗り出して直接打撃を与えるときが来ることを予想していた。計算内の出来事だったはずなのに……。
 少しばかり予定が早まったのとイニシアティヴを奪われたのは計算外だった。勿論、『計算外を計算する』のも怠ってはいないつもりだった。
 乱れたフェイズを修復する手段はいくらか用意してある。
「……」
 成威は躊躇わず車両基地の中央に向かって走り出した。
 同じ場所で長居するのは危険だ。連中はプロじゃない。プロしか行えないトリッキーな行動はさずがに読めないはずだ。
 この場合に成威が執った行動は自分から虎口に飛び込むことだった。
 街の全てのチームがここに集結している様子はない。
 連中自身で選抜した腕利きだけを集めた討伐隊だけが行動しているはず。
 狭い空間で大規模な人数が動くとなるとそれだけで隊列を乱す原因になるからだ。
 その辺りを理解しているリーダーが居るのだろう。敢えて本隊をぶつけず、小規模な精鋭部隊を編成して敵を討つ行動に出たのかと予想した。
 銃を乱射した程度では退かない連中だと悟る。
 遮蔽物を巧みに利用して、必ず二人一組で行動している。
 小癪なバディシステムを導入した連中は合計すると最低10組は居る。
 体を掠める銃弾に心で悲鳴を挙げつつ走る。その一方で、連中の敵は『自分たちが集まって互いに銃撃戦をしている時に限って邪魔者が現れる』という法則にも気が付いたようだ。誠に重畳。
 予想通り、連中は今度は、自分達が成威を追うのだとタカを括っていたらしく、逆方向……つまり、自分達の方向に走ってくる成威に対して弾幕を張るための布陣を敷く。未熟な連携だが、大きな成長が見える。
 連中が撃っても、撃った弾が外れてその向こうに居る仲間に被弾する恐れが有るために躊躇する姿も見える。彼女はそれにも満足した。ちゃんと敵味方の位置を把握している証拠だ。
 成威も豊富な遮蔽物を利用して反撃に移る。
 闇夜に様々な銃火が閃き、美しいオレンジ色をしたリング状のガンスモークが咲くように発生する。光源に乏しい中での銃撃戦はマズルフラッシュが頼りになる。
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