貴(たか)い飛翔

 連中がどのように生き残りを懸けて乱闘パーティに明け暮れていても、逃げも隠れもできない堅気の人間にとってはいい迷惑だった。
 パトカーの残骸を見るに、どうやら治安組織は正常に機能していないらしい。
 連中が、何が目的で何を以ってこの街で躍起になっているのか全く理解できない。連中には譲れない何かが確かに存在するのだろう。
 若い情熱をグラウンドの白球やキャンパスの絵画にぶつける事が出来ない人種だけが磁石に吸い付く砂鉄のように集まってくるかのようだ。
 いくつもの疑問が浮上するが成威の地域知識では理解できない事柄ばかりだ。
 大人の狡猾さを持つ強大な背後が全く見えない。
 地政学的にこの土地の優位性は何だ?
 誰が連中に確実な『供給ルート』を提供している?
 様々な疑問が浮沈を繰り返す。
 欧州の若年ギャングには必ず背後にマフィアが存在していた。若年ギャング同士は敵でもその背後で犯罪の手引きをしているマフィアは同一の組織であることなど日常茶飯事だ。
 そのお陰で、末端の若年ギャングに行き渡る武器と麻薬は潤滑で供給ルートが確保されていた。
 それもこれもマフィア上層部が警務機関や司法機関に鼻薬を嗅がせているからだ。
 麻薬漬けにされた麻薬捜査官も居れば、賄賂で贅沢な暮らししか出来なくなった司法官もいる。つまり、後ろ盾が有るからこそ傍若無人に振舞えるのだ。
 しかし、この街は何だ?
 成威の知識不足は否めないが、これだけの無法を繰り返す若者に何故、法治国家の犬である警察が手も足も出ないのだ?
 無為にトラブルを起こすつもりは無いが、逆手に取れば実に好都合な展開が望める。
 そのためには背後関係の有無を何としても割り出し、この街の勢力図を頭に叩き込む必要が有る。
「……」
 成威は半身を跳ね起こすとジャケットの左脇を叩いてH&K P7M13がそこで大人しく待機していることを確認した。
   ※ ※ ※
 夜、8時。
 この街で最大の繁華街を歩く。
 地方に在り来たりな、地元の人間しか立ち寄らない寂れたラウンジやスナックが並んでいるような通りではない。
 一丁前に飲み屋と風俗店と飲食店が表通りと筋を隔てて独立した一大エリアを築いている。
 会社帰りの人間が遊んでいくには揃い過ぎた環境だ。
 ここまで来るとある程度の治安は確保されているらしく、荒れた環境は滅多に目にすることは無かった。
 勿論、他の地域と比べてのことであって、やはり、治安の悪さを窺わせる一面に何度も出会った。
 ロンドンのコックニー東通りやマイアミのプナアブロックを連想させる雑多で汚れた空気を感じさせる。
 耳を澄ませば雑踏に紛れて発砲音が時折、聞こえる。新宿界隈の闇を凝縮してもこれだけ騒がしい繁華街も珍しいだろう。
「……」 酔っ払いの喧嘩には颯爽と駆けつける警察官も、裏路地での若年ギャング同士の銃撃戦になるとなかなか駆けつけない。命が惜しいのか、給料に見合うだけの仕事だと判断していないのか?
「……さて」
 サマージャンパーの内ポケットからウイスキーのポケット瓶を取り出して一口呷った。
 今、この路地の奥で展開されている銃撃戦に首を突っ込むつもりだ。
 戦力比は大差無い。年代からして10代後半から20代前半の10人程度が各自、遮蔽物を盾に撃ち合っている。満足にゴミ袋の山も貫通できない弾薬を使っている。
 大きな反動も感じることなく手軽に撃てる拳銃だから、矢鱈と発砲回数だけは威勢が良い。
 お互い、決定打に欠ける。
 麻薬でもキメているのか、大っぴらに身を乗り出して2挺拳銃で撃つバカも居る。そんなバカにさえ相手の弾は当たらない。
 連中が使っている拳銃の口径は発砲音からして22口径以上9mmショート以下。
 連中の士気や練度を察するに全員をこの場で屠殺するのは簡単だった。
 成威は口笛でも吹きそうな気楽な面持ちでH&K P7M13を抜く。
 安全装置を解除。グリップを握り込む。H&K P7M13が特殊部隊に敬遠されて正式採用されなかった最大の理由である『作動音』が発生する。
 スクイーズドコッカーは初弾が薬室に送り込まれていればグリップ前面の大型レバーを握り込むだけでファイアリングピンが後退するが、その際に大きな作動音が発生する。
 この作動音は静音を第一に行動する特殊部隊には最も不必要なものの一つだった。
 陰から狙撃する任務など皆無の私服警官にしかH&K P7M13は行き渡らなかった。
 成威としては、既にこの欠点を機構的に克服している。
 スクイーズドコッカーを作動させなければいいのだ。普通の自動拳銃を扱うようにスライドを引いてやるだけでファイアリングピンは後退する。
 勿論、使い所を間違えなければスクイーズドコッカーも有利に戦闘を展開させる働きをもたらす。
 いかに臨機応変にこの機能を使い分けるかで切り抜ければ良い。
 成威はその煩わしさすら可愛いと感じてしまうのだ。
 今の時代にありながら、5連発のスイングアウト式リボルバー拳銃を敢えて愛用するガンマンに似た心境だろうか?
 9mmパラベラムの火力を13+1発も飲み込んで尚且つ全長が175mmのボディをした自動拳銃など、そうある物ではない。
 火力と携行性を鑑みればスクイーズドコッカーのオマケなど、釣銭がくる有り難さだと考えられる。
 それに加え、『マイスター』なるガンスミスに組み込みを依頼したスライドオートリリース。
 成威の求める理想的な拳銃の形の一つだった。
 H&K P7M13を両手でホールドし、10m先で勝手気ままに傍迷惑な銃撃戦を展開している方向へ向ける。
 狙う先は誰でも良かった。自分が、この場の喧嘩を買い取って火力で以って成敗するのが目的だ。最後に口が聞ける人間を一人だけ生かしておけばそれで良い。
 銃声が……それまでこの裏路地を席巻していた銃撃とは異質な発砲音が吼え、空薬莢が無機質に転がると同時に側頭部を撃ち抜かれた一人が脳漿を撒き散らしながら崩れ落ちた。
 彼女は崩れる人間を目で確認せず、次々と発砲を繰り返す。
 連中が使っている安い弾薬とは基本性能が違う。
 一流の腕と一流の銃と一流の弾が揃えば10人程度の戦力に奇襲を掛けて数秒で沈黙させることなど造作も無い。
 きっちり、スライドが10往復。
 転がる薬莢も勿論10個。
 併し、転がる死体は9体分。
 一人はわざと左大腿部を狙い撃ち、無力化させた。
 拳銃を放り出して這う這うの体で這いずり回る元気があるので尋問にも耐えられるだろう。
 その軸足である左足を撃ち抜かれた、年の頃からして20代前半と思われる青年の方にズカズカと歩きながら弾倉を交換する。弾倉には未だ3発、残弾があったが、この後に何が起きるか解らないので新しい弾倉を差し込んでおく。
 言語をなさない言葉で命乞いをする青年。洟で顔をクシャクシャにしながら必死で懇願する様子は無様というより憐れだった。
 二つの勢力で銃撃戦を行っていると思ったら、明後日の方向から第三勢力が登場してアッという間に七面鳥撃ちだ。
「……」
 成威は右手にH&K P7M13を、左手に青年の後襟首を捕まえて路地の更に奥の方へと引き摺って行く。
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