貴(たか)い飛翔
もう少しでタマが当たるのに当らない。掠りはするが止めには至らない歯痒さが苛立ちを掻き立てている。
連中の苛立ちによる釘付けが偶然の産物だろうか? 彼女の経験上の挙動なのだろうか?
型の無いダンスを踊る成威は背景の炎に浮かび上がり、美しい。
手品のように予備弾倉を引き抜き、ジャグリングのように弾倉交換をする。
聖女が邪悪な笑みを零せばこのような顔になるに違いない。
全身に何箇所も鞭で打たれたような擦過傷を刻まれた女は、不規則なリズムでステップを踏み、ターンを繰り返し命中率が低下しつつも、ギャング連中の戦力を殺いでいく。
「逃げないで……」
彼女の可憐な唇からそんな言葉が零れた。
憂いや、懇願や、悲嘆が込められた、しかし、愉しむ呟き。悲しい声を吐き出しつつ、遁走を試みる少年を背中から撃つ。
それを先途に各所でとうとう、逃走を開始した若者達。
拳銃を放り出して転げそうな体勢で逃げ惑う連中にも容赦なく9mm弾を叩き込む。
無様に敗走する少年にも区別は無い。
今日この場に居合わせた不運を呪えとでも言いたげな、背徳の感情を抱いた聖女は平等に死、あるいはそれに近い傷を提供する。
彼女の心の中で何かの箍が外れた。
命を弄ぶだけの殺戮者に堕ちた。
「!」
轟音一つ。
突き抜ける銃声。
音響を察知した成威の耳は即座に銃種を判断した。
――――9mmパラベラム。
――――『抜き』の方向が上。
――――長い、銃身。
成威の笑顔がゆっくり消失する。その場で肩で息をしながら立ち尽くす。
――――ルガーP-08砲兵モデル。
尚も銃声が連なり、空薬莢が乱舞する様子が目で確認しなくとも耳で理解できた。
成威は活力の無い瞳でドラム缶を包む炎を見ている。
偶々、向いた方向に炎が在っただけ。
「……」
肩から脱力して今にもH&K P7M13を滑り落としそうな成威。
自分の背後や周辺で起きている銃声の意味を知っている。
彼が、『始末人』が来た。
待ち焦がれた。
逢いたくなかった。
わけの解らないアンビバレンスを引き摺ったままの成威にその原因の主が接触を図ろうとしている。
後始末のための銃声が止めば否応無く、あの男と対峙する。あの男の本来の仕事である、『逮捕されれば困る負傷者』の奪命行為が終われば、あの男と対峙する……。
今し方、屠ってきた連中が【白河組】と関係あるかどうかは不明。
あの男が今のタイミングでここにやってた『明確な理由』も不明。
多分、どこのチームを襲撃しようがあの男は必ず、今回だけ儀式のように死に切れないで居る者たちに確実な死を提供するだろう。
なぜだか、それだけは確信があった。彼は一度も自分の事を始末屋だとは言っていない。その彼の振る舞いを見るだけで経歴の全てを見たような気になってしまう。
「……」
やがて、9mmパラベラム弾の形をなす死神の鎌が沈黙した。
どれくらいの時間が経過したのか?
気が付けば愛用の腕時計は小癪な銃弾が掠って破壊されていた。彼女に正確な時間を知る術はない。
狂った体内時計は何万年もの時間が経過したことを誤って報せていた。
パンッとくべられた薪が爆ぜる。
炎が一瞬だけ更に大きな勢いを見せた。
「凄く複雑……だわ」
「残念だが……同感だね」
勢いが弱まった炎の向こうにあの男が居た。
二人の顔が熱を含んだオレンジ色に浮かび上がる。
いつからそこに、どうやってその場所にとは考えが及ばない。
あの男は必ず、自分の前に現れると予感していた。唯の辻斬り同然の、思い付きだけの行動なのに、その行動の直線上に彼が現れる予感がしていた。否、踊り狂っている最中に予感が湧いてきたのだ。
律儀で狡猾。
それがこの男。
『正々堂々と出現するため』なら手段は選ばないタイプ。
妙なところで昔気質な人間。
「……」
辺りを一瞥する。
ことごとく、頭蓋を破壊された死体が横たわる。
「これから始まる秘めごとを誰にも見られたくないからサ……歳甲斐も無く気取ったつもりだが」
男は肩を竦める。
左手で尻ポケットからシルバーのフラスコを取り出し、器用に片手で栓を開けて中身を呷った。
「いつかの質問だがな……ウチの親分はどこのチームとも取引しないつもりだ。弱体化するまで殺し合ったガキ供を頃合を見て」
「もう、いいの」
成威は男の言葉を遮った。熱く潤った瞳の彼女は、ドラム缶の炎で温められて上気した彼女は、切ない溜息を吐いてそう言った。
「……」
「もう、どうでもよくなった。もっともっと個人的な事情の方が優先されるみたいなの」
「……あと、10歳若けりゃ押し倒しているぞ。可愛いヤツだな」
「……そうね。私もコドモみたいにはしゃいでるのよ。可笑しいわね」
二人の口調には温度差が有った。
おどけ調子で喋る男。
熱く湿り気を帯びた声で喋る成威。
二人は自分の心の核心を何も暴露しなかった。
だが、解る。
お互い、安っぽい悲劇の登場人物として舞台に押し上げられた可笑しさに自分自身を嗤っているのだ。
「……」
「……」
炎越しに二人は不敵に笑う。
凄惨な微笑み。
H&K P7M13が、ルガーP-08が必殺の距離で初弾を吐いた。
二つの銃声が重なる。
同時に二人の目前で不定形な火球が生じる。
「!」
「!」
男の手から炎の中へと瞬間移動したフラスコに二人の9mmパラベラムが命中し、中身のアルコールに引火したのだ。
いずれの銃弾もフラスコにより弾道が逸れて直進しなかった。
男がその効果を狙ったのか否かは不明だ。
成威には取るに足りない行動だった。
成威も男もバックステップを踏みながら互いに距離を取る。
彼我の距離30mの辺りで二人同時に足を止めるとドラム缶の炎を障害物として睨み合った。
間合いを詰めることもなく、遮蔽物を探すこともなく。
眼光こそが全てを貫く銃弾。
髪の毛ほどの質量を持たない炎等、遮蔽物にならない。短機関銃でも有れば一連射で全て問題が解決する脆さを孕んでいる。盲撃ちを繰り返せば充分に『偶然』が望める距離だ。
「……」
3歩、成威は踏み出した。
成威が1歩踏み出したとき、駆け足を聞いた。
「!」
――――来る!
身の丈の倍近い高さで猛る炎を超えて強襲する影。
H&K P7M13が45度の仰角を作った瞬間、ドラム缶が大きく転がった。
否。
炎を纏うドラム缶を蹴り飛ばしながら男が熱気の壁を押し開けて成威に向かってきた。
「!」
――――ブラフか!
頭上から落ちる男の大きなジャケット。捻りのない撹乱と突拍子のない突撃に銃口と視線が大きく外れた。
男が叫ぶ。
「『初めまして! さようなら!』」
男がルガーP-08を、炎から護っているショルダーホルスターから引き抜いたと同時に成威はアッパーカットのモーションで素早く銃口を上空に向けた。
「!」
ルガーの銃口先端に小さな火花が発生。発砲ではない。グリップエンドからすっぽ抜けたH&K P7M13の弾倉が命中したのだ。
成威も短いダッシュで間合いをつめ、男の足元に爪先からスライディングしながら新しい弾倉を叩き込む。これが最後の弾倉だ。
「チッ!」
舌打ちする男は焦る表情を浮かべながら体を素早く反応させた。
男の足元に滑り込んだ成威。
『男の右肩からルガーの銃口の先端まで』の、深い懐に入った。
その懐の中で、銃身が短いH&K P7M13の勝利が訪れた。
「!」
筈だった。
「なっ!」
男の空いている左手がH&K P7M13のスライドを薬莢がジェクションされる手前まで引きながら親指の先でマガジンキャッチを押し下げる!
H&K P7M13は左右の手で操作できるように左右のトリガーガード付け根にマガジンキャッチが設置されている。足元に最後の弾倉が落ちる。
「『じゃあな!』」
男の右手が鎌首のように曲がる。ルガーの銃口が成威の後頭部を捉えようとした刹那に成威の左掌は顎下を大きく迂回して男のグリップを握る指を押さえた。
「!」
男の親指の付け根を強く押す。
連中の苛立ちによる釘付けが偶然の産物だろうか? 彼女の経験上の挙動なのだろうか?
型の無いダンスを踊る成威は背景の炎に浮かび上がり、美しい。
手品のように予備弾倉を引き抜き、ジャグリングのように弾倉交換をする。
聖女が邪悪な笑みを零せばこのような顔になるに違いない。
全身に何箇所も鞭で打たれたような擦過傷を刻まれた女は、不規則なリズムでステップを踏み、ターンを繰り返し命中率が低下しつつも、ギャング連中の戦力を殺いでいく。
「逃げないで……」
彼女の可憐な唇からそんな言葉が零れた。
憂いや、懇願や、悲嘆が込められた、しかし、愉しむ呟き。悲しい声を吐き出しつつ、遁走を試みる少年を背中から撃つ。
それを先途に各所でとうとう、逃走を開始した若者達。
拳銃を放り出して転げそうな体勢で逃げ惑う連中にも容赦なく9mm弾を叩き込む。
無様に敗走する少年にも区別は無い。
今日この場に居合わせた不運を呪えとでも言いたげな、背徳の感情を抱いた聖女は平等に死、あるいはそれに近い傷を提供する。
彼女の心の中で何かの箍が外れた。
命を弄ぶだけの殺戮者に堕ちた。
「!」
轟音一つ。
突き抜ける銃声。
音響を察知した成威の耳は即座に銃種を判断した。
――――9mmパラベラム。
――――『抜き』の方向が上。
――――長い、銃身。
成威の笑顔がゆっくり消失する。その場で肩で息をしながら立ち尽くす。
――――ルガーP-08砲兵モデル。
尚も銃声が連なり、空薬莢が乱舞する様子が目で確認しなくとも耳で理解できた。
成威は活力の無い瞳でドラム缶を包む炎を見ている。
偶々、向いた方向に炎が在っただけ。
「……」
肩から脱力して今にもH&K P7M13を滑り落としそうな成威。
自分の背後や周辺で起きている銃声の意味を知っている。
彼が、『始末人』が来た。
待ち焦がれた。
逢いたくなかった。
わけの解らないアンビバレンスを引き摺ったままの成威にその原因の主が接触を図ろうとしている。
後始末のための銃声が止めば否応無く、あの男と対峙する。あの男の本来の仕事である、『逮捕されれば困る負傷者』の奪命行為が終われば、あの男と対峙する……。
今し方、屠ってきた連中が【白河組】と関係あるかどうかは不明。
あの男が今のタイミングでここにやってた『明確な理由』も不明。
多分、どこのチームを襲撃しようがあの男は必ず、今回だけ儀式のように死に切れないで居る者たちに確実な死を提供するだろう。
なぜだか、それだけは確信があった。彼は一度も自分の事を始末屋だとは言っていない。その彼の振る舞いを見るだけで経歴の全てを見たような気になってしまう。
「……」
やがて、9mmパラベラム弾の形をなす死神の鎌が沈黙した。
どれくらいの時間が経過したのか?
気が付けば愛用の腕時計は小癪な銃弾が掠って破壊されていた。彼女に正確な時間を知る術はない。
狂った体内時計は何万年もの時間が経過したことを誤って報せていた。
パンッとくべられた薪が爆ぜる。
炎が一瞬だけ更に大きな勢いを見せた。
「凄く複雑……だわ」
「残念だが……同感だね」
勢いが弱まった炎の向こうにあの男が居た。
二人の顔が熱を含んだオレンジ色に浮かび上がる。
いつからそこに、どうやってその場所にとは考えが及ばない。
あの男は必ず、自分の前に現れると予感していた。唯の辻斬り同然の、思い付きだけの行動なのに、その行動の直線上に彼が現れる予感がしていた。否、踊り狂っている最中に予感が湧いてきたのだ。
律儀で狡猾。
それがこの男。
『正々堂々と出現するため』なら手段は選ばないタイプ。
妙なところで昔気質な人間。
「……」
辺りを一瞥する。
ことごとく、頭蓋を破壊された死体が横たわる。
「これから始まる秘めごとを誰にも見られたくないからサ……歳甲斐も無く気取ったつもりだが」
男は肩を竦める。
左手で尻ポケットからシルバーのフラスコを取り出し、器用に片手で栓を開けて中身を呷った。
「いつかの質問だがな……ウチの親分はどこのチームとも取引しないつもりだ。弱体化するまで殺し合ったガキ供を頃合を見て」
「もう、いいの」
成威は男の言葉を遮った。熱く潤った瞳の彼女は、ドラム缶の炎で温められて上気した彼女は、切ない溜息を吐いてそう言った。
「……」
「もう、どうでもよくなった。もっともっと個人的な事情の方が優先されるみたいなの」
「……あと、10歳若けりゃ押し倒しているぞ。可愛いヤツだな」
「……そうね。私もコドモみたいにはしゃいでるのよ。可笑しいわね」
二人の口調には温度差が有った。
おどけ調子で喋る男。
熱く湿り気を帯びた声で喋る成威。
二人は自分の心の核心を何も暴露しなかった。
だが、解る。
お互い、安っぽい悲劇の登場人物として舞台に押し上げられた可笑しさに自分自身を嗤っているのだ。
「……」
「……」
炎越しに二人は不敵に笑う。
凄惨な微笑み。
H&K P7M13が、ルガーP-08が必殺の距離で初弾を吐いた。
二つの銃声が重なる。
同時に二人の目前で不定形な火球が生じる。
「!」
「!」
男の手から炎の中へと瞬間移動したフラスコに二人の9mmパラベラムが命中し、中身のアルコールに引火したのだ。
いずれの銃弾もフラスコにより弾道が逸れて直進しなかった。
男がその効果を狙ったのか否かは不明だ。
成威には取るに足りない行動だった。
成威も男もバックステップを踏みながら互いに距離を取る。
彼我の距離30mの辺りで二人同時に足を止めるとドラム缶の炎を障害物として睨み合った。
間合いを詰めることもなく、遮蔽物を探すこともなく。
眼光こそが全てを貫く銃弾。
髪の毛ほどの質量を持たない炎等、遮蔽物にならない。短機関銃でも有れば一連射で全て問題が解決する脆さを孕んでいる。盲撃ちを繰り返せば充分に『偶然』が望める距離だ。
「……」
3歩、成威は踏み出した。
成威が1歩踏み出したとき、駆け足を聞いた。
「!」
――――来る!
身の丈の倍近い高さで猛る炎を超えて強襲する影。
H&K P7M13が45度の仰角を作った瞬間、ドラム缶が大きく転がった。
否。
炎を纏うドラム缶を蹴り飛ばしながら男が熱気の壁を押し開けて成威に向かってきた。
「!」
――――ブラフか!
頭上から落ちる男の大きなジャケット。捻りのない撹乱と突拍子のない突撃に銃口と視線が大きく外れた。
男が叫ぶ。
「『初めまして! さようなら!』」
男がルガーP-08を、炎から護っているショルダーホルスターから引き抜いたと同時に成威はアッパーカットのモーションで素早く銃口を上空に向けた。
「!」
ルガーの銃口先端に小さな火花が発生。発砲ではない。グリップエンドからすっぽ抜けたH&K P7M13の弾倉が命中したのだ。
成威も短いダッシュで間合いをつめ、男の足元に爪先からスライディングしながら新しい弾倉を叩き込む。これが最後の弾倉だ。
「チッ!」
舌打ちする男は焦る表情を浮かべながら体を素早く反応させた。
男の足元に滑り込んだ成威。
『男の右肩からルガーの銃口の先端まで』の、深い懐に入った。
その懐の中で、銃身が短いH&K P7M13の勝利が訪れた。
「!」
筈だった。
「なっ!」
男の空いている左手がH&K P7M13のスライドを薬莢がジェクションされる手前まで引きながら親指の先でマガジンキャッチを押し下げる!
H&K P7M13は左右の手で操作できるように左右のトリガーガード付け根にマガジンキャッチが設置されている。足元に最後の弾倉が落ちる。
「『じゃあな!』」
男の右手が鎌首のように曲がる。ルガーの銃口が成威の後頭部を捉えようとした刹那に成威の左掌は顎下を大きく迂回して男のグリップを握る指を押さえた。
「!」
男の親指の付け根を強く押す。