貴(たか)い飛翔
犬が主人の命令に反するわけにはいかない。
男らしく男の判断を下せない自分を彼女はどう思うだろうか?
嘲い蔑んで唾棄して「ケツに9mmを叩き込んでやる!」 と、彼女が激昂すれば、彼女の心に自分が存在していないことが判明すれば、全てを忘れて遠慮無く『9mm弾で額に風穴を開けてやれるものを』。
多分、今の彼女のどこか……心のどこかに俺が居る。
自惚れるわけではないが、勘が確信にしか感じられない。
安っぽいメロドラマより遥かに安っぽい、からくりの筋書きだ。出汁だけの蕎麦のように単純でつまらなく『その状況に自分が置かれていることが解る』。
情けを掛け過ぎたつもりなど毛頭無い。
少しばかり、退屈凌ぎに遊べる相手が欲しかった。自分の知らぬところで勝手におっ死んで貰っては面白くないと思っていただけ。
それが、蓋を開けてみればどうだ。いい歳して小娘に熱を上げる一歩手前で自分のバカさ加減を嘆いている。
さらにバカな話で、その娘を自分の手で始末しなけりゃならない立場に立っている。
追う者と追われる者か。
殺し合う二人か。
「……」
男は咥えたシガリロに火を点けることも忘れて、苦悩した。
男女の性とやらで身を滅ぼした同業者は嫌というほど見てきた。
その度に「馬鹿者が」と見下してきたが、その立場に下りてくれば情けないほどに何もできない自分が居る。
――――飼い犬でなかったら。
何をどのように解釈しても、多角的に観察しても、どうしようもない考えに終結する。
男は火を点ける前のシガリロを見慣れた黄色い箱に戻すと、タンブラーにバーボンを注いで3分の1を一気に飲む。眉間にしわが寄る。
「所詮……」
同時刻。
成威は呟いた。
「ガンマン稼業は……」
男は左脇からルガーを抜き、独りごちる。
「コレしか惚れちゃあいけねぇな」
成威は後ろ腰から抜いたH&K P7M13のスライドに指を這わせた。
「……迷うな。私」
※ ※ ※
それから1週間後の夕方。
成威は郊外の倉庫街で佇んでいた。
塞ぎ込んでいても何も埒が明かないと考えて、セーフハウスから飛び出してここまできた。
ここは6つのチームのいずれかのたむろ場だ。ここは緩衝地帯らしく、どこのチームであるかは未だ、決まっていない。
確率からして、【白河組】と関係が強いチームである可能性は低いだろう。
……だが、今の彼女にはそんなことはどうでも良かった。
自分をほんの1ヶ月前の自分に巻き戻す切っ掛けが欲しかった。
硝煙と弾幕に体を晒す機会が欲しかった。
――――ただの辻斬りだ。
自分を嘲う。
意味も無く暴力を奮うだけのヒエラルキーの底辺に自分を叩き落したかった。
そのためなら、この街の全ての戦力と戦火を交えても何も恐ろしくは無かった。
自分が自分であるという自覚を『自分自身』で感じることなく、抜け殻のように呆けて接地面積が爪先だけのような浮遊感の中で朽ち果てるのが恐ろしかった。
迷う自分。
躊躇う自分。
奪われる自分。
それらを「下らない!」と一笑に臥して9mmの的にしてやる気力を取り戻したかった。
そのためには生贄が必要だ。無為に、一瞬で、無造作に消える命が大量に必要だ。銃口が吼えれば必ず人間の生命が散華する極限の嘶きが聞きたかった。
拳銃だけは裏切らない。拳銃だけが潤いを与えてくれる。
成威の心が、眼が、思考が、静かに暗く冷たく鎮まっていく。
他者の人生に終止符を打つ行動に対して成威が採った行動は、何も考えずに敵中に乗り込み有らん限りの虐殺を展開して速やかに引き上げるだけのシンプル極まりない手段だ。「辻斬りだ」と自嘲しても仕方がない。
一方的な屠殺。
刹那に消える生命。
個人の感情だけで終わる息吹。
何も……何も、要らない。
それ以上は何も要らない!
唇を噛み締め、しかし微笑を浮かべた成威は倉庫街を疾駆し若年ギャング連中が声高に騒ぎ立てる方向へと向かう。
H&K P7M13を抜く。
スクイーズドコッカー作動。
「!」
前方30mの辺りに火にかけたドラム缶にベニヤの薪をくべる少年の顔が浮かんだ。
足を止めず走りながら少年の胸に発砲する。たった1発。9mmの弾頭が確かに胸骨を砕く鈍い音を聞いた。
更に駆ける足は止まらず、呆然とする20人近い連中が環視する中、火が熾きているドラム缶を派手に蹴り倒して無造作に2発、発砲。
一人の青年の胴体に命中したはずだ。崩れ落ちる音を聞いた。
発砲。少年は自分が死んだことも理解できない顔で額から上を吹き飛ばされていた。
発砲。青年は、腹部を撃たれ込み上げる噴血で思わず咥えていた煙草を1mも吹き飛ばした。
やがて、若年ギャング側に遅れてフェイズが廻ってくる。
拳銃を抜いたギャングは遮蔽物に隠れるか、その場に寝転がるように伏せて成威に銃撃を浴びせる。
なまくらな腕前に安物の拳銃であっても、それで銃弾の威力が低下するわけではない。
髪の端を弾く銃弾やジャケットに穴を開ける銃弾も有る。
下手な鉄砲でも数が揃えば戦力足り得る。
何発かが足や腕を掠り、熱い擦過傷を創る。
この焼ける痛みですら快感であった。
自分がキケンのナカでヒトのイノチを刈り取っている実感が湧く。
硝煙も、銃声も、空薬莢が奏でる涼しい金属音も全てが心地良い。
腕に伝わるH&K P7M13の反動は格別だ。山中で動かぬ倒木を相手にしているのではない。撃てば撃ち返してくる標的と向き合っているのだ。
様々な脳内麻薬が分泌されて新陳代謝が活発化する。
左腕上腕部の肉を浅く、銃弾に持っていかれたが体を伝う衝撃がアルコールで酔うのに似た作用を与えてくれる。
……そう。
酔う。
酔っている。
自分が放つ必殺の銃弾が次第に外れ始めても、陶酔の中で溺れている瞳には一種の幻覚すら見せている。
それでも体は反応する。13発撃てば薬室が空になってスライドが後退する前にマガジンチェンジを行い、素早く次の標的を探す。
さながら、燃え盛るドラム缶を中心に出鱈目な踊りを踊っているようだ。
舞というほど美しいものではない。
相手を撹乱させるための手段ではないかと錯覚するほどの馬鹿踊り。
火が高く燃えるドラム缶が遮蔽物として機能している。
ごうごうと大きく燃える炎の周囲を回りながら発砲する。
一つの標的に対して、夕闇の暗い陽では炎の光源が邪魔になって照準を定め難い環境を産み出している。ギャング連中が持つ、夜間照準に対して何の対策も打っていないサイトでは到底、まともな集弾率は望めない。精々、弾幕による面制圧で押すしかない。
一つの標的を囲んであらゆる方角から銃弾を浴びせる行為は大きな危険を孕む。対角線上の仲間に流れ弾が当たる可能性が高いのだ。
圧倒的に数で勝っていても、訓練されて経験を積んだ一人の戦力には大した決定打を撃ち込めず、短気になってくる。彼女の挑発に似た踊りに対し、苛立たしさを覚えている連中はこの場を心理的に離れることができなくなっている。
「何故、タマが当らないんだ!」
焦燥感が先走って、仲間が次々と被弾する恐怖を半減させている。
当たりそうで当らない。
次に自分が敵の撃つタマで殺されても、『当りそうで当らない標的』を仕留めるまでその場を動かない心理が働いている。
これも成威には有利な展開だった。
男らしく男の判断を下せない自分を彼女はどう思うだろうか?
嘲い蔑んで唾棄して「ケツに9mmを叩き込んでやる!」 と、彼女が激昂すれば、彼女の心に自分が存在していないことが判明すれば、全てを忘れて遠慮無く『9mm弾で額に風穴を開けてやれるものを』。
多分、今の彼女のどこか……心のどこかに俺が居る。
自惚れるわけではないが、勘が確信にしか感じられない。
安っぽいメロドラマより遥かに安っぽい、からくりの筋書きだ。出汁だけの蕎麦のように単純でつまらなく『その状況に自分が置かれていることが解る』。
情けを掛け過ぎたつもりなど毛頭無い。
少しばかり、退屈凌ぎに遊べる相手が欲しかった。自分の知らぬところで勝手におっ死んで貰っては面白くないと思っていただけ。
それが、蓋を開けてみればどうだ。いい歳して小娘に熱を上げる一歩手前で自分のバカさ加減を嘆いている。
さらにバカな話で、その娘を自分の手で始末しなけりゃならない立場に立っている。
追う者と追われる者か。
殺し合う二人か。
「……」
男は咥えたシガリロに火を点けることも忘れて、苦悩した。
男女の性とやらで身を滅ぼした同業者は嫌というほど見てきた。
その度に「馬鹿者が」と見下してきたが、その立場に下りてくれば情けないほどに何もできない自分が居る。
――――飼い犬でなかったら。
何をどのように解釈しても、多角的に観察しても、どうしようもない考えに終結する。
男は火を点ける前のシガリロを見慣れた黄色い箱に戻すと、タンブラーにバーボンを注いで3分の1を一気に飲む。眉間にしわが寄る。
「所詮……」
同時刻。
成威は呟いた。
「ガンマン稼業は……」
男は左脇からルガーを抜き、独りごちる。
「コレしか惚れちゃあいけねぇな」
成威は後ろ腰から抜いたH&K P7M13のスライドに指を這わせた。
「……迷うな。私」
※ ※ ※
それから1週間後の夕方。
成威は郊外の倉庫街で佇んでいた。
塞ぎ込んでいても何も埒が明かないと考えて、セーフハウスから飛び出してここまできた。
ここは6つのチームのいずれかのたむろ場だ。ここは緩衝地帯らしく、どこのチームであるかは未だ、決まっていない。
確率からして、【白河組】と関係が強いチームである可能性は低いだろう。
……だが、今の彼女にはそんなことはどうでも良かった。
自分をほんの1ヶ月前の自分に巻き戻す切っ掛けが欲しかった。
硝煙と弾幕に体を晒す機会が欲しかった。
――――ただの辻斬りだ。
自分を嘲う。
意味も無く暴力を奮うだけのヒエラルキーの底辺に自分を叩き落したかった。
そのためなら、この街の全ての戦力と戦火を交えても何も恐ろしくは無かった。
自分が自分であるという自覚を『自分自身』で感じることなく、抜け殻のように呆けて接地面積が爪先だけのような浮遊感の中で朽ち果てるのが恐ろしかった。
迷う自分。
躊躇う自分。
奪われる自分。
それらを「下らない!」と一笑に臥して9mmの的にしてやる気力を取り戻したかった。
そのためには生贄が必要だ。無為に、一瞬で、無造作に消える命が大量に必要だ。銃口が吼えれば必ず人間の生命が散華する極限の嘶きが聞きたかった。
拳銃だけは裏切らない。拳銃だけが潤いを与えてくれる。
成威の心が、眼が、思考が、静かに暗く冷たく鎮まっていく。
他者の人生に終止符を打つ行動に対して成威が採った行動は、何も考えずに敵中に乗り込み有らん限りの虐殺を展開して速やかに引き上げるだけのシンプル極まりない手段だ。「辻斬りだ」と自嘲しても仕方がない。
一方的な屠殺。
刹那に消える生命。
個人の感情だけで終わる息吹。
何も……何も、要らない。
それ以上は何も要らない!
唇を噛み締め、しかし微笑を浮かべた成威は倉庫街を疾駆し若年ギャング連中が声高に騒ぎ立てる方向へと向かう。
H&K P7M13を抜く。
スクイーズドコッカー作動。
「!」
前方30mの辺りに火にかけたドラム缶にベニヤの薪をくべる少年の顔が浮かんだ。
足を止めず走りながら少年の胸に発砲する。たった1発。9mmの弾頭が確かに胸骨を砕く鈍い音を聞いた。
更に駆ける足は止まらず、呆然とする20人近い連中が環視する中、火が熾きているドラム缶を派手に蹴り倒して無造作に2発、発砲。
一人の青年の胴体に命中したはずだ。崩れ落ちる音を聞いた。
発砲。少年は自分が死んだことも理解できない顔で額から上を吹き飛ばされていた。
発砲。青年は、腹部を撃たれ込み上げる噴血で思わず咥えていた煙草を1mも吹き飛ばした。
やがて、若年ギャング側に遅れてフェイズが廻ってくる。
拳銃を抜いたギャングは遮蔽物に隠れるか、その場に寝転がるように伏せて成威に銃撃を浴びせる。
なまくらな腕前に安物の拳銃であっても、それで銃弾の威力が低下するわけではない。
髪の端を弾く銃弾やジャケットに穴を開ける銃弾も有る。
下手な鉄砲でも数が揃えば戦力足り得る。
何発かが足や腕を掠り、熱い擦過傷を創る。
この焼ける痛みですら快感であった。
自分がキケンのナカでヒトのイノチを刈り取っている実感が湧く。
硝煙も、銃声も、空薬莢が奏でる涼しい金属音も全てが心地良い。
腕に伝わるH&K P7M13の反動は格別だ。山中で動かぬ倒木を相手にしているのではない。撃てば撃ち返してくる標的と向き合っているのだ。
様々な脳内麻薬が分泌されて新陳代謝が活発化する。
左腕上腕部の肉を浅く、銃弾に持っていかれたが体を伝う衝撃がアルコールで酔うのに似た作用を与えてくれる。
……そう。
酔う。
酔っている。
自分が放つ必殺の銃弾が次第に外れ始めても、陶酔の中で溺れている瞳には一種の幻覚すら見せている。
それでも体は反応する。13発撃てば薬室が空になってスライドが後退する前にマガジンチェンジを行い、素早く次の標的を探す。
さながら、燃え盛るドラム缶を中心に出鱈目な踊りを踊っているようだ。
舞というほど美しいものではない。
相手を撹乱させるための手段ではないかと錯覚するほどの馬鹿踊り。
火が高く燃えるドラム缶が遮蔽物として機能している。
ごうごうと大きく燃える炎の周囲を回りながら発砲する。
一つの標的に対して、夕闇の暗い陽では炎の光源が邪魔になって照準を定め難い環境を産み出している。ギャング連中が持つ、夜間照準に対して何の対策も打っていないサイトでは到底、まともな集弾率は望めない。精々、弾幕による面制圧で押すしかない。
一つの標的を囲んであらゆる方角から銃弾を浴びせる行為は大きな危険を孕む。対角線上の仲間に流れ弾が当たる可能性が高いのだ。
圧倒的に数で勝っていても、訓練されて経験を積んだ一人の戦力には大した決定打を撃ち込めず、短気になってくる。彼女の挑発に似た踊りに対し、苛立たしさを覚えている連中はこの場を心理的に離れることができなくなっている。
「何故、タマが当らないんだ!」
焦燥感が先走って、仲間が次々と被弾する恐怖を半減させている。
当たりそうで当らない。
次に自分が敵の撃つタマで殺されても、『当りそうで当らない標的』を仕留めるまでその場を動かない心理が働いている。
これも成威には有利な展開だった。