凶銃の寂寥

 高速回転で177発も装填できれば再装填時以外に隙を突くのは難しい。
 何より、当初の憂慮の通りに22口径の弾頭が遮蔽物に雨霰のように叩きつけられて容赦無く跳弾となり、あらゆる方向へ飛び散る。
 1発1発には大した停止力ではないが、破片が顔に当った時は胆を冷やされる。いつ目に飛び込んで眼球が潰されるか知れたものではない。
 他の2人は銃を構えたところまでは見たが、撃ってくる気配が無い。
 移動しているのだろう。3人が腕に覚えは有っても連携の取れたチームでは無いのが解る。急遽組まされた面子で、得物のちぐはぐ加減に互いに連携がとれていないのかもしれない。
 ここの遮蔽物とて全周をカバーしていない。
 背面や頭上はガラ空きだ。
 キャットウォークにでも昇られたら厄介である。
 美哉は唇を噛み締めて祈るようにブローニングM1935FDのセレクターをフルオートに合わせた。特製弾倉と交換はしていない。
 アメリカンM180とは比べ物にならない鈍足な連続射撃で一薙ぎする。大して移動していなかったアメリカンM180の男は咄嗟に射撃を止めて遮蔽物に飛び込んだ。こちらの反撃に驚いただけで何のダメージも与えていない。身のこなしから、素人ではないことだけは分かった。
 突如として美哉をPPSh41が襲った。
 リバイバル製品であることは一目瞭然のPPSh41は右に左にと銃口を振ってホースで水を撒くように30口径トカレフ弾をバラ撒いた。
 左側面からの強襲だ。セオリーから考えると反対側にデザートイーグルの男が控えているはず。
 30口径弾に急き立てられるように、本能的に体が動く。
 美哉は遮蔽物から転がり出る。その間にセレクターをセミオートに戻し、左手で予備弾倉をマグポーチから引き抜く。
 スライドは後退していなかったがグリップ内の残弾は少ないはずだ。
 低速なフルオートでも毎分450発で引き金を引けば1.5秒で11発以上射撃した計算になる。2秒引き金を引いていれば全弾吐いてスライドは後退したまま停止する。
 美哉が行ったのは1.5秒以上2秒以下のフルオート射撃だ。反動とトリガーフィーリングがそう告げている。
 PPSh41の位置ははっきり掴めなかったが、デザートイーグルの男の位置は把握した。
 飛び込んだばかりの新しい遮蔽物の陰に革ジャンの裾が見える。
 だが、これはエサだ。
 そして、賭けを持ち込ませるブラフでもある。
「……」
 そこに居る振りを見せておいて背後から襲う。
 ……と見せ掛けておいて、その実、本当に『そこに居る』。
 素早く伏せ撃ちの体勢を取ると残弾を全て革ジャンの裾が見える遮蔽物に叩き込んだ。
――――ビンゴ!
 デザートイーグルを握った、革ジャンを脱いだ男が低い姿勢のまま飛び出してきた。
 その様子を視界に捉えながら感覚だけで弾倉を交換する。
 他の2挺は黙ったままだ。
 デザートイーグルの男を援護する様子はない。
 見守っているのか移動しているのか解らない。
 拳銃と比べて遥かに長物の2挺は簡単には近接してこないだろう。
 銃口からグリップまでの距離が長い火器は不用意に間合いを詰めてはならないのが狭い空間での鉄則である。
 幸い、背部と頭上以外の殆どをカバーしてくれる遮蔽物だったので、落ち着いて引き金を引けた。時間にしてデザートイーグルの男が僅かな9mmパラベラム弾で炙り出されてから3秒も経過していないが。
 ダブルタップ。
 2個の空薬莢が工作機械にぶつかって場違いな美しい金属音を奏でる。
 彼女のダブルタップの間にデザートイーグルの男も発砲していたが、必殺の357マグナムは虚しく空を穿つ。
 美哉の頭上を通り過ぎただけで、美哉にはダメージにもならない。衝撃波すら感じない。2、3本の髪の毛が揺れただけだ。
 2発の9mmパラベラム弾は違えず、デザートイーグルの男の喉仏と胸骨に命中し、一言も発することなく絶命した。
 呆気のない幕切れだが、この覚悟が出来ていない人間は暗黒社会で銃を握ってはいけない。
「!」
 寒気を感じた美哉は伏せ撃ちの体勢のまま、バネが跳ねたように右横に転がり、即座に銃口をキャットウォークの床裏に向けた。
――――可能性に賭けるのは嫌い。
――――だけど!
 親指がセレクターを再び弾いた。
 5cm四方の赤錆の塊が剥がれたのを視認した! ……その位置に向けてダブルハンドでブローニングM1935FDを保持し、引き金を引く。
 慣れない体勢からの射撃のために反動のコントロールは難しかった。
 自分がバラ撒いた空薬莢を自分が浴びるという貴重な体験をした。
 金属の遮蔽物に乱反射した熱い空薬莢が美哉の上半身に降り注ぐ。
 自分が起こしたアクションの経緯を脳内で整理もせず、直感のまま、低い姿勢を保持したまま立ち上がり、空の弾倉を捨てて特製の30連発弾倉を差し込んだ。
 背後の高い位置で低い呻き声が聞こえたような気がしたが、確認している暇は無い。走るだけだ。5cm四方の錆……誰かがキャットウォークを踏みつけその裏の錆が落ちたのだ。そこに目掛けて9mmを放ったのは覚えている。
 美哉がその場から10歩ほど走り去ると、錆だらけのキャットウォークに新しく作られた数個の弾痕から赤い液体が酷い雨漏りのように滴り落ちた。
 手摺の付け根から脱力した腕が垂れる。指先が2秒ほど緩く痙攣していたが、それきり動かなくなった。
 勿論、美哉はこの結末を知らない。
 狙って行った行動ではない。直感と不確定要素だけを自分だけに通じる数値に置き換えて『確率に賭けただけだ』。
 自分がバラ撒いた銃弾がただの浪費であったとしても、その場の自分の命を助ける保険だと思えば安いものだった。
「……」
 遮蔽物の狭い陰を移動する美哉は不安を覚えていた。
 攻撃が止んだ。
 炙り出しのための牽制すらない。
 移動を止めたのか気配も察知できない。神頼み的な直感も沈黙したままだ。
 先ほどのキャットウォークでの結果を確認していない美哉にとっては敵は2人だ。常に2方向に警戒が向くように忙しなく目と耳を働かせる。
 左右。背後。頭上。
 いつでも大人しく前方だけに敵が存在しているとは限らない。
 存在しているとすればそれは何らかの罠で不用意に近付いてはならない。
 新しい遮蔽物に移動しようと身を乗り出した途端、スズメバチの羽音を連想させる銃声が轟いた。
 PPSh41。
 床か壁か? 何処かの遮蔽物に空薬莢が乱反射する。軽く15発を超える景気の良い連射だった。ドラム弾倉故の制圧力だ。
 流石、マグナム並みの初速と多弾数が強味の短機関銃。それでいて故障が少なく扱いが容易。
 東部戦線からスターリングラードまで引っ張りだこなのも頷ける。『戦闘に勝つにはシュマイザー。戦争に勝つにはペペシャ』とは良く言ったものだ。
 銃声の方向はそれで掴めたが、使い手の姿は確認できない。
――――拙い!
 ここで膠着させられては『もう1人の的になる』。
 銃声がした方向とは反対の方向ばかりが気になってPPSh41の位置を特定する妨げになっている。『アメリカンM180の男が気になって仕方が無い』。
 見えない『2つの火力』が大きな圧力となって美哉の心臓を押し潰そうとする。
 出来るだけ、頭上以外の方向の見通しが利かない狭い遮蔽物を探す。
 見通しが利かないほど狭いということは長物の侵入を防ぎやすく、制圧目的の連射は効果が低いのだ。短機関銃にとって、苦手な状況を探すしかない。
――――急げ!
――――動け!
――――探せ!
 美哉が自分の全てに命令を下す。
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