凶銃の寂寥

 何らかの組織に組み込まれてしまえばガンマンではない。ただの専属の殺し屋だ。
 贔屓の客であっても敵対組織から依頼が有れば容赦無く切り捨てられる。
 詰まるところ、非情でなければガンマンは務まらない。
 親しい血族が人の道から外れていても、銃口を向けることなどはあってはならない……。それが対価に見合った仕事ができると判断しない限り。
 非情ゆえに、自己に課した厳しい掟を守るが故に……台所事情は常に厳しい。
 侮辱が看過できぬだの、喧嘩を吹っかけられただのと自分の矜持を守るためだけに銃弾をバラ撒いても一銭の儲けにもならない。
 弾薬の代金に困って撃ち倒した屍の懐から共用できる弾薬や弾倉を失敬することもしばしばだ。
 それでも困ったことにガンマンを生業にする美哉はブローニングM1935FDの維持に躍起になる。
 見境無く仕事を引き受けることは相変わらずしない。……が、若しかすると、今の自分が困窮しているのはどこかの誰かが自分の首を盗るために根回しして追い込んでいるのではないかと、つまらぬ陰謀説を勘繰るほどだ。
「……」
 唇から毟るようにビリガーエクスポートを指で挟んで離すと乱暴に紫煙を吐いた。
「それで……能書きは済んだかい?」
 ここのところ、精神衛生的に良い環境に晒されていない美哉は虫の居所が悪かった。
 20mの間合いを置いて対峙する二つの勢力。
 一つは美哉1人。
 もう一つは3人の男。拳銃1人に長物2人。
 いつもの血気盛んな若者がしでかした喧嘩ならばよかったのだが、今回は少し違う。
 美哉は巧く口車に乗せられてここに居る。
 ヤクザよりも大きな力を持つ人物の暇潰しに付き合わされた結果だ。
 希少種のガンマン同士を対戦させてその勝敗を賭博対象にする悪趣味なゲームだ。
 生死の狭間で勝負するガンマンの腕っ節をゲームの駒にした、悪辣極まりないゲーム。
 今回限りの『出演オファー』だ。
 ものの分別が解る美哉といえど腹に据えかねる。
 大層な御仁の暇潰し如きに『曲芸の披露会』を演出しなければならないのは屈辱の極みだが、ガンマンという職業を『根底から支える人物や権力』の依頼であるなら、様々なものを飲み込んで嚥下するしかない。
 どれくらい、大層な存在かといえば、その最高権力者の頭を9mmで吹き飛ばした直後に『自分で自分の頭を吹き飛ばさなければ「生きていけない」くらい』に大きな存在だ。
 ガンマンが生きていける混沌とした世界を作ってくれている人物だ……否、人物ではない。『存在』だ。
 有史以来存在する『世界』だ。
 どんなに自分の世界だけに通用する掟を貫いてもそれが常に外の世界に通用する掟とは限らない。
 いつの時代、どこの世界にでも、誰にでも黙ってうつむかせる何かは存在するという良い例だ。
「あーあー、名前は良いよ。テッポーで斬った張ったの世界だ。名前を名乗るだけ無粋だ」
 投げ捨てるように美哉は言うとビリガーエクスポートを再び咥え、煙の吐く量で腹の虫が穏やかでないことをアピールした。
 目の前に立っている3人は顔見知りだろうか? 互いの顔を見合わせて不遜な態度の美哉を小馬鹿にした顔で罵った。
――――『あの人』の依頼でなかったら!
――――『足元』を見られていなかったら!
――――こんな奴らに構う時間と弾が無駄だ!
 生き残っていれば必要経費と報酬を払う。
 報酬は後払いで解るとして必要経費まで後払いとは随分と腹が小さい。
 ……このような経緯から、『今の自分が困窮しているのはどこかの誰かが自分の首を盗るために根回しして追い込んでいるのではないか?』と言う陰謀説を勘繰るに到るのだ。
 話を総括すれば、逆らえない権力の前に屈したために心許ない弾薬をバラ撒いて曲芸を披露し、勝たなければ命も報酬も弾薬代も払ってくれない過酷なゲームに強制参加させられたのだ。
 相手の3人はどういう経緯の人間かは知らされていない。
 ガンマン崩れか、ガンマン志願者か。
 暗黒社会と関係のある人間であることは確かだ。
 右から、PPSh41、357マグナムモデルのデザートイーグル、アメリカンM180。
 プロパガンタ映画とハリウッド映画と日活ヤクザ映画からチョイスしたと言っても過言では無い。
 PPSh41の男は気分まで兵士なのか大戦当時のソ連兵の戦闘服を着ている。
 デザートイーグルの男は皮ジャンにジーンズのラフな服装に腹のベルトにデザートイーグルを差している。
 アメリカンM180の男はソフト帽にスリーピースを着込み両切りのピースを横咥えにしている。
「……」
 ロケーションは廃工場の内部。
 鉄工関係の作業場だったらしく、フライスや空のアセチレンガスのボンベが無造作に置かれている。天井までは6mほどの高さで、ホイストのレールが時折軋む。
 錆びの浮いたキャットウォークも踏み締めると抜けそうだ。どうやら動力や熱源、危険物等は放置されていない。
 午前11時。
 黒幕が貼られた窓からの光源は期待できない。幸い加工機械は撤去されていないので遮蔽物には困らない。金属で出来た物質が殆どを占めるこの空間では跳弾が強敵になる。
 閉所というほど狭くなく、開けているというほど広くは無い。
 CQBでも切り替えが難しい状況だ。
 至近接と近接の中間には銃火器ではどうしても超えられない壁というものがある。銃で撃つより体当たりや殴った方が有利な展開も想像できるのだ。
 拳銃を使う美哉には辛うじて活躍の場が用意されているが、相手は少々の金属なら撃ち抜く357マグナムがいる。近接すら許さない短機関銃が2挺も居る。357マグナムが開発されるまでは拳銃弾の初活力の世界では世界最強だった30口径トカレフを使用する短機関銃が混じっている。
 分が悪い。
 相手の技量は解らないが、このゲームに駆り出される人間だ。底が知れない。
 このゲームの主旨自体、美哉の腕を買って3人もぶつけてくるのか、美哉が窮地に陥る場面を楽しむサディスティックなだけの内容なのかも解らないのだ。そもそも、『主人公は誰だ?』
 ここまで来て選択の余地は無い。色んな文句を飲み込んでここに来たのだ。
「始めろ」
 それまでオブジェの如く沈黙を守っていた、埃を被ったスピーカーが唐突に喋り出した。抑揚の無い、合成された音声だ。
 3人は一斉に得物を構え直した。
 短機関銃の2人はセフティを解除してボルトを引いた。
 デザートイーグルの男は得物がベルトに引っ掛かって難儀しながらも抜いてセフティを解除した。
 美哉はその刹那の時間を最大限に有効に利用した。
 素早くバックステップを踏んでできる限り連中とは距離を保った。
 そして、遮蔽物に身を投げる。
 ブローニングM1935FDを抜いたのはそれからだった。
 これで連中とは30mは離れたはずだ。
 一番最初に火を吹いたのはアメリカンM180だった。
 ギャング映画で御馴染みのトンプソン短機関銃を22口径ロングライフル専用にアレンジしたものだ。トンプソンとの大きな違いは177発も装填出来るドラム弾倉がレシーバー上部に寝かせて装備されている点だ。
 1分間に1200発の22口径弾をバラ撒くので発砲音はまるで電気鋸だ。
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