凶銃の寂寥

 ベレッタM92FSの影響を色濃く受け継いだラーマM82は分解方法までベレッタM92FSと酷似している。
 傷痍兵や負傷兵でも操作出来るように簡略化された結果であると、ラーマ・ガビロンド社の広報は謳っているが、実際はコピーでしかない。
 拳銃に限らず、世に出回る工業製品は全てが先人の特許の焼き直しと応用でしかない。
 装弾数が17発、設計段階で17の特許を得たのでG17という名前が付いたとされるグロックG17だが、その特許にしたところで考案元や発案の起源を辿れば、決して天地がひっくり返るほど、画期的なメカニズムは搭載していない。
 特徴的なトリガーセフティもアイデア自体は大戦直後にスイス人アマチュアガンスミスが設計している。当時の材質と加工技術では設計者本人が認めるほど、絵空事同然の突拍子も無いアイデアだったために特許を取得する申請をしていなかっただけだ。『その道の人間であれば、いつか必ず誰かが辿り着くアイデア』だっただけだ。
「……さて」
 足元に転がる死体の脳漿と血液の生々しい臭いを嗅ぎながら、リップミラーを突き出して周囲を警戒する。幸い、このリップミラーを撃ち飛ばす技量を持った敵は居ないらしい。
「!」
 残り3人。
 3人の内、1人はマシな腕前を持っている。
 リップミラー付近に着弾してセメント袋に弾痕を拵える。その度にセメント袋の固形化した内容物がカチ割られる。
「……」
 9mmでもない。45口径でもない。ましてや357マグナムでもない。
 それでもその銃弾はそれら全ての長所を持っているようにセメント袋に命中していく。
 9mmのように軽く45口径のようにパワフル。銃声からしてそのいずれでもなく、中間であるような発砲音。それでいて破壊力抜群。
――――ブレンテン!
 まともに、まともでない銃を扱える人間がここにいることが驚きだった。
 ブレンテンを構えた男だけは遮蔽物を伝いながら確実に距離を詰めている。
 後の二人は狙っているのか偶然なのか、散発的で緩慢な発砲を繰り返して、ブレンテンの男が接近しやすいように援護している……かのように見えた。
 更に互いをカバーし合うように再装填を繰り返しているので、迂闊に場所を移動できなくなった。
 銃の腕前と銃弾の威力は関係ない。牽制程度に発砲しているタマに仕留められたとあっては末代までの恥だ。……尤も、早坂家は自分の代で終わる気がしてならないが。
 美哉はブローニングM1935FDの解除しているセフティレバーを親指で深く一段下げた。
 金属が噛み合う音が指先を通して伝わる。
 これで低速回転のフルオート射撃が出来る。
 マガジンキャッチを押し、弾倉を引き抜いて残弾を確認する。素早い指切りを心掛けないと2秒ももたずに弾倉は空になる。
「……」
 残弾が確認できる弾倉をポケットに押し込むと左手を右脇に差し込んで、ゴボウ剣でも抜くような動作でそれを抜いた。
 特製30連発弾倉。
 海の向こうのアマチュアガンスミスに発注して作らせたオーダーメイド。
 美哉はこの特製弾倉を裾が長めの上着を着ている時だけ、4本携行している。セレクターをフルオートに切り替えた時だけ使うように心掛けている虎の子だ。
 30連発弾倉を挿し込む。銃を横に倒し手首だけを遮蔽物から潜望鏡のように突き出して3、4発の指切り連射を3度、繰り返す。
 命中精度は度外視。援護に回っている2人を牽制できればそれで良い。2人が数秒間でも銃撃を止めれば成功だ。
 フルオート火器を携行していながら、実際はブローニングM1935FDのフルオートは出番が少ない。
 拳銃のスタイルをしたフルオート火器など、標的の目前10mまで来ないとまともな命中は望めない。低速回転に特化したブローニングM1935FDにしたところでそれは変わらない。
 マシンピストルに命中精度を求めていないので、美哉はブローニングの毎分450発の火力を牽制以外に殆ど使わない。言い方を変えれば、牽制用火器としての働きは充分にしてくれる、限定的な銃火器だ。
 空薬莢をバラバラと咳き込むように撒き散らしながら、ブローニングM1935FDは唸る。
 空薬莢もいつもの威勢はどこか勢いがないように思えるが、これはスライドレールにスプリングガイドを引いただけのシンプルなレートリデューサーが充分に機能している証拠だ。
 マシンピストルの意外な弱点、欠点として、『熱』が有る。
 フルオート射撃を繰り返していると機関部から炸薬の熱が伝わり薬室が急激に高熱に晒されて暴発を起こしたり、機関部から伝わった熱が引き金周辺やグリップフレームまでに及び、掌や指を火傷するのだ。
 全ての自動拳銃はクローズボルトなので、これは仕方が無い。
 冷却効果が高いオープンボルト火器とは成り立ちが違うのだ。
 こうした観点からマシンピストルの連続した射撃には大きなリスクが付きまとう。
「願わくば!」
 敵2人が隠れている遮蔽物に向かって、特製弾倉に装填された弾丸の殆どを使って9mmパラベラムを放つ。牽制射撃の後、親指が跳ね上がり、セレクターをセミオートに切り替えた。
 資材を積み上げただけの遮蔽物を一気に駆け上がり、大きく跳ぶと敵1人の頭上に滞空している間に1発、発砲した。
 呆気に取られている男の額に射入孔が開く。
 直後に後頭部が石榴のように爆ぜる。
 驚愕の顔のまま絶命した男はプラスチックフレームとスチールスライドが特徴のコルト・オールアメリカンM2000を放り出し、仰向けに大の字になって倒れた。
「お前も駄賃だ!」
 目前の遮蔽物に隠れていたもう1人の援護を遮蔽物の薄いカバー部分を狙って2発撃った。
 腹腔にでも命中したか、小さなゴム風船を破裂させるに似た音が聞こえた。
 腹部に9mmを受けてまともに立ち上がれる人間は現実には少数だ。腹腔が破裂したとすれば最早戦力にはならない。
「ちっ……」
 スライドがオープン状態で停止しているブローニングM1935FDを見て舌打ち。
 素早く長い空弾倉をブローニングから引き抜き、ズボンのベルトに差し込む。先程、残弾を確認した通常弾倉を叩き込む。
 スライドリリースレバーを押し下げるとスライドが軽快な金属音を立てて弾倉の上端にある実包を咥え込みながら元に戻る。撃鉄は起きた状態で待機している。
「……」
「……」
 銃口をダラリと地面に向けたブレンテンの男が遮蔽物の陰から出て来た。
 美哉の直感が囁く。
――――ガンマンだ。
 つまらぬ狼の皮を被っていたブレンテンの男。
 へっぴり腰な狼。この男は、戦闘中に死亡するか年老いて薬殺されるかしか死に方が残されていない戦闘用のドーベルマンを思わせた。他の4人とまとっている空気が違う。
 美哉も銃口を下げ、遮蔽物の陰から身を晒した。
 発砲こそは無かったものの、互いの視線は銃弾よりも速く放たれ、中空で衝突する。
 古式ゆかしいガンマンの決闘を知っている二人が対峙した。
「このゴミ供をけしかけて誘い出した甲斐が有るねぇ」
 男はヤニで黄色くなった歯を見せてイメージを裏切らないギラギラした笑顔を作った。年の頃は30代後半位か? 鷲鼻が印象に残る荒削りな顔立ちだった。
「お誘い、痛み入る」
 美哉は猛禽の眼光で男を睨みつけた。
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