凶銃の寂寥
ライフリングがなまくらな銃は、銃口から銃弾が飛び出た途端、予想もしない方向に弾痕を穿つ。
執るべき作戦は一つ。徹底した撹乱と確実な命中。
あわよくば同士討ちを誘発させるという楽観は捨てる。
連中はなまくらな腕前かもしれないが、それで銃弾の威力が低下するわけではない。
気配で察知できた5人以外にも伏兵が潜んでいる可能性も考慮する。
腕の確かな狙撃手が、手下を放って美哉を足止めさせている間に遠距離から必殺の銃弾を放たないとも限らない。
可能性。
全ての可能性を瞬間で多角的に判断し取捨選択式に決断する。
これがこの業界で生き残っていくコツだ。
「……」
あらゆる取捨選択を一拍の間に完了させた美哉。
息を飲み、迷いの無い瞳でウィーバースタンスを保持すると真正面のドラム缶に3発程の速射を浴びせた。敵の一人が遮蔽物としているものだ。
流石の9mmパラベラムでも両面を貫通できてもその向こうに隠れている標的に致命傷を負わせることは難しい。
今はそれで良い。少なくとも敵一人を牽制させることができたのだから。
そのドラム缶の遮蔽物を奪取する目的を果たすのには充分な時間が到来する。
ドラム缶の陰で人影が咄嗟にうずくまったのを確認するよりも早く、ドラム缶に向かって走り出し、その陰に隠れている戦力を損失させる行動に出た。
「!」
咄嗟にドラム缶から飛び上がるように立ち上がった男。
両手でベレッタM92FSを構え、銃口を左右に走らせて標的たる美哉を探すが、どうしても瞬き2、3回分は遅い。
「よう」
「!」
美哉が男の視界に現れた時、男は素早く美哉の声がした方向へ銃口を向けるが、途中で銃を握る腕は停止させられた。
美哉がその男の左上腕筋を左掌で停止させて大きく銃を振り回せないように制したのだ。
左手側から現れた美哉に対して90度左方向に銃口を向けることが封じられたこの男の命運はここで尽きた。
銃声一発。
男の左即頭部を撃ち抜いた9mmパラベラムのフルメタルジャケットは、運動エネルギーが放つ衝撃波を脳漿へ存分に撒き散らして右即頭部から突き抜けた。
男は驚愕した顔のまま力なく膝から崩れた。
かくして大きな遮蔽物を攻略することができた美哉は遠慮無くドラム缶の陰に身を潜めると男の死体を足で押しやり、ベレッタM92FSを拾った。
そのベレッタM92FSを使うのではない。
片手で滑らかな手付きでフィールドストリッピングさせた。
この男の仲間がベレッタM92FSを回収して再利用しないとも限らない。
ただ、弾薬だけは共用できるので男のポケットの入っていた4本の予備弾倉を自分のポケットに移し替える。
弾倉自体は共用できないので後で捨てる。
命が有れば、心の余裕が有れば、実包だけを抜いて弾倉は捨てるつもりだ。
「!」
残念ながら、このドラム缶の遮蔽物もすぐに廃棄しなければならないと直感する。
連中の火力がドラム缶に集中し始めたが、まともに当る銃弾は稀だった。しかし、一等強力な咆哮を挙げる拳銃が居る。
発射間隔と音響から考えて自動拳銃には違いないが、強力な弾薬を使用している物が紛れているらしい。
バカがこれ見よがしに振り回すデザートイーグルだのオートマグだのと言ったモノではない。
もっと『実用的』な強装弾。
真っ先に沈黙させなければならない対象だ。
今の位置からはそれがどこに潜んでどこから発砲しているのか判断できない。
美哉の位置から最も攻撃しやすい、右手側にある土嚢の如く積まれたセメント袋の遮蔽物に潜む一人の敵を黙らせることに専念する。
幸い、美哉が強敵と判断した拳銃ではないようだ。
「チッ……此処にもバカが居る!」
美哉は吐き捨てた。
ラーマM82と思しき大型軍用拳銃を両手に持って碌に狙いもせずに火力に酔っている男がいた。
未だ若い男だった。映画や漫画に強く影響された世代だろうか?
二挺拳銃が持て囃された時代は西部開拓時代で終焉した。
当時は再装填に時間が掛かるパーカッションリボルバーや排莢、再装填に時間が掛かる金属薬莢を用いたシングルアクションリボルバーが全盛だった時代だ。
両手に拳銃を持っていた方が実質的に火力は増幅した。
当たり前だが、それも拳銃使いの腕前が伴っていればの話だ。再装填が素早く行える自動拳銃が時代を謳歌している現在ではそれは宴会芸に程度に留まる。
実際問題として自動拳銃の二挺撃ちというのは大きな問題をいくつも抱えている。
先ず、再装填。両手の拳銃の弾薬が切れたら再装填しなければならないが、この時、両手に拳銃を持っていれば一体どうやって再装填を行うというのだ。空弾倉を抜き、新しい弾倉を差し、スライドを戻す。……この過程が2倍だ。2倍のタイムロスが発生する。
拳銃によっては後退したスライドを数mm引いてやらねばスライドリリースできないモデルも有る。
このように自動式の二挺拳銃再装填には大変な時間ロスが生じる。
次に命中精度が著しく低下することだ。
片手撃ちより両手で1挺の拳銃を握った方が反動を抑え込み易いのは明白だ。
かなりの場数を踏んでいないと、二つの銃口の向く先を一対の目と一つの脳味噌で処理できない。
西部時代の曲芸師としてのガンマンは標的を見ずに、標的までの距離を感覚で計って『握った銃の銃身の角度を勘で微調整していた』。
ハリウッド映画では無敵の活躍を見せる二挺拳銃も実際には牽制程度の働きしかしない。
当たりもしない銃弾をバラ撒くくらいなら、クラッカーでも鳴らしていた方が余程財布に優しい。
米軍では実際に非致死兵器の一種として派手な銃撃を演出する音響兵器まで研究されている。
使い道は言うまでも無く、音声による心理的な威圧だ。無駄な銃弾をバラ撒かなくとも音響で敵を釘付けにすることができるのだから安上がりだ。
炸薬を用いる実物の銃は反動が少なからず生じる。
スクリーンの中の電動着火式プロップとは違う。巷ではその辺を勘違いした俄かガンマンが最近よく見かける。
ハリウッド映画に強く影響を受けているとしか思えない。それもまた、美哉を不快にさせる一因だった。
得てしてそのような輩は弾丸が切れると途端に尻尾を撒いて逃げるか命乞いに必死になる。
弾丸の切れ目がガンマンの命の最期だというのなら、持ち弾の数を重量で数えることができるくらいに感覚を養うのも訓練の一つだ。
火力と戦力の計算ができない時点で、ガンマン稼業から足を洗うべきだ。経験を積んで達人になる前に死ぬ。
間抜けにも美哉の目前10mの位置でスライドオープン状態のラーマM82の再装填を行う男。予想通り、ここまでくるとコメディーのように見えるほど滑稽に、手にした予備弾倉や銃を落とし、拾い、を繰り返す。
これ以上、この男がこの業界で生きていくことが不憫に思えた。
せめての手向けに頭と心臓に1発ずつ9mmパラベラムを撃ち込んで、楽にさせてやった。
不快にさせた彼女に助命の意思は無い。連中の命を以って今回の授業料とすることを決めたのだ。
ラーマM82の男が絶命して新しい遮蔽物を得た美哉は土嚢の如くセメント袋を積み上げた遮蔽物の陰に隠れ、男の死体から6本の予備弾倉を奪い、ラーマM82を分解した。
執るべき作戦は一つ。徹底した撹乱と確実な命中。
あわよくば同士討ちを誘発させるという楽観は捨てる。
連中はなまくらな腕前かもしれないが、それで銃弾の威力が低下するわけではない。
気配で察知できた5人以外にも伏兵が潜んでいる可能性も考慮する。
腕の確かな狙撃手が、手下を放って美哉を足止めさせている間に遠距離から必殺の銃弾を放たないとも限らない。
可能性。
全ての可能性を瞬間で多角的に判断し取捨選択式に決断する。
これがこの業界で生き残っていくコツだ。
「……」
あらゆる取捨選択を一拍の間に完了させた美哉。
息を飲み、迷いの無い瞳でウィーバースタンスを保持すると真正面のドラム缶に3発程の速射を浴びせた。敵の一人が遮蔽物としているものだ。
流石の9mmパラベラムでも両面を貫通できてもその向こうに隠れている標的に致命傷を負わせることは難しい。
今はそれで良い。少なくとも敵一人を牽制させることができたのだから。
そのドラム缶の遮蔽物を奪取する目的を果たすのには充分な時間が到来する。
ドラム缶の陰で人影が咄嗟にうずくまったのを確認するよりも早く、ドラム缶に向かって走り出し、その陰に隠れている戦力を損失させる行動に出た。
「!」
咄嗟にドラム缶から飛び上がるように立ち上がった男。
両手でベレッタM92FSを構え、銃口を左右に走らせて標的たる美哉を探すが、どうしても瞬き2、3回分は遅い。
「よう」
「!」
美哉が男の視界に現れた時、男は素早く美哉の声がした方向へ銃口を向けるが、途中で銃を握る腕は停止させられた。
美哉がその男の左上腕筋を左掌で停止させて大きく銃を振り回せないように制したのだ。
左手側から現れた美哉に対して90度左方向に銃口を向けることが封じられたこの男の命運はここで尽きた。
銃声一発。
男の左即頭部を撃ち抜いた9mmパラベラムのフルメタルジャケットは、運動エネルギーが放つ衝撃波を脳漿へ存分に撒き散らして右即頭部から突き抜けた。
男は驚愕した顔のまま力なく膝から崩れた。
かくして大きな遮蔽物を攻略することができた美哉は遠慮無くドラム缶の陰に身を潜めると男の死体を足で押しやり、ベレッタM92FSを拾った。
そのベレッタM92FSを使うのではない。
片手で滑らかな手付きでフィールドストリッピングさせた。
この男の仲間がベレッタM92FSを回収して再利用しないとも限らない。
ただ、弾薬だけは共用できるので男のポケットの入っていた4本の予備弾倉を自分のポケットに移し替える。
弾倉自体は共用できないので後で捨てる。
命が有れば、心の余裕が有れば、実包だけを抜いて弾倉は捨てるつもりだ。
「!」
残念ながら、このドラム缶の遮蔽物もすぐに廃棄しなければならないと直感する。
連中の火力がドラム缶に集中し始めたが、まともに当る銃弾は稀だった。しかし、一等強力な咆哮を挙げる拳銃が居る。
発射間隔と音響から考えて自動拳銃には違いないが、強力な弾薬を使用している物が紛れているらしい。
バカがこれ見よがしに振り回すデザートイーグルだのオートマグだのと言ったモノではない。
もっと『実用的』な強装弾。
真っ先に沈黙させなければならない対象だ。
今の位置からはそれがどこに潜んでどこから発砲しているのか判断できない。
美哉の位置から最も攻撃しやすい、右手側にある土嚢の如く積まれたセメント袋の遮蔽物に潜む一人の敵を黙らせることに専念する。
幸い、美哉が強敵と判断した拳銃ではないようだ。
「チッ……此処にもバカが居る!」
美哉は吐き捨てた。
ラーマM82と思しき大型軍用拳銃を両手に持って碌に狙いもせずに火力に酔っている男がいた。
未だ若い男だった。映画や漫画に強く影響された世代だろうか?
二挺拳銃が持て囃された時代は西部開拓時代で終焉した。
当時は再装填に時間が掛かるパーカッションリボルバーや排莢、再装填に時間が掛かる金属薬莢を用いたシングルアクションリボルバーが全盛だった時代だ。
両手に拳銃を持っていた方が実質的に火力は増幅した。
当たり前だが、それも拳銃使いの腕前が伴っていればの話だ。再装填が素早く行える自動拳銃が時代を謳歌している現在ではそれは宴会芸に程度に留まる。
実際問題として自動拳銃の二挺撃ちというのは大きな問題をいくつも抱えている。
先ず、再装填。両手の拳銃の弾薬が切れたら再装填しなければならないが、この時、両手に拳銃を持っていれば一体どうやって再装填を行うというのだ。空弾倉を抜き、新しい弾倉を差し、スライドを戻す。……この過程が2倍だ。2倍のタイムロスが発生する。
拳銃によっては後退したスライドを数mm引いてやらねばスライドリリースできないモデルも有る。
このように自動式の二挺拳銃再装填には大変な時間ロスが生じる。
次に命中精度が著しく低下することだ。
片手撃ちより両手で1挺の拳銃を握った方が反動を抑え込み易いのは明白だ。
かなりの場数を踏んでいないと、二つの銃口の向く先を一対の目と一つの脳味噌で処理できない。
西部時代の曲芸師としてのガンマンは標的を見ずに、標的までの距離を感覚で計って『握った銃の銃身の角度を勘で微調整していた』。
ハリウッド映画では無敵の活躍を見せる二挺拳銃も実際には牽制程度の働きしかしない。
当たりもしない銃弾をバラ撒くくらいなら、クラッカーでも鳴らしていた方が余程財布に優しい。
米軍では実際に非致死兵器の一種として派手な銃撃を演出する音響兵器まで研究されている。
使い道は言うまでも無く、音声による心理的な威圧だ。無駄な銃弾をバラ撒かなくとも音響で敵を釘付けにすることができるのだから安上がりだ。
炸薬を用いる実物の銃は反動が少なからず生じる。
スクリーンの中の電動着火式プロップとは違う。巷ではその辺を勘違いした俄かガンマンが最近よく見かける。
ハリウッド映画に強く影響を受けているとしか思えない。それもまた、美哉を不快にさせる一因だった。
得てしてそのような輩は弾丸が切れると途端に尻尾を撒いて逃げるか命乞いに必死になる。
弾丸の切れ目がガンマンの命の最期だというのなら、持ち弾の数を重量で数えることができるくらいに感覚を養うのも訓練の一つだ。
火力と戦力の計算ができない時点で、ガンマン稼業から足を洗うべきだ。経験を積んで達人になる前に死ぬ。
間抜けにも美哉の目前10mの位置でスライドオープン状態のラーマM82の再装填を行う男。予想通り、ここまでくるとコメディーのように見えるほど滑稽に、手にした予備弾倉や銃を落とし、拾い、を繰り返す。
これ以上、この男がこの業界で生きていくことが不憫に思えた。
せめての手向けに頭と心臓に1発ずつ9mmパラベラムを撃ち込んで、楽にさせてやった。
不快にさせた彼女に助命の意思は無い。連中の命を以って今回の授業料とすることを決めたのだ。
ラーマM82の男が絶命して新しい遮蔽物を得た美哉は土嚢の如くセメント袋を積み上げた遮蔽物の陰に隠れ、男の死体から6本の予備弾倉を奪い、ラーマM82を分解した。