凶銃の寂寥

 連中も所持している弾丸の底が見えてきたらしい。
 連中の所持する銃はシルエットで既に判明している。ベレッタM93RとH&K VP70だ。
 いずれも残弾が少なくなると意外な欠点に泣かされる拳銃だ。
 ベレッタM93Rはセミオートではダブルアクションで発砲できない。
 シングルアクションでしか発砲できないのだ。ベレッタM93Rはセミオート射撃の際、引き金を引いただけでは弾丸を発砲できない。モデルガンやガスガンの知識で、引き金さえ引けば通常の自動拳銃のように扱う場合がよく見られる。
 H&K VP70はマガジンキャッチの位置が最大の泣き所だ。
 グリップ底部にセンチネル型マガジンボタンが設けられているために直感的に素早く弾倉交換が出来ない。
 空いた手でマガジンキャッチを押して空弾倉を捨ててから新しい弾倉を挿し込み、後退したスライドを数mmほど後退させてやらねばスライドは発砲位置まで前進しない。再装填には両手が必ず必要でタイムロスが大きい。
 単射同士の撃ち合いなら負ける気がしない。
 寧ろ、セミオートオンリーで使用する事を前提として設計されたブローニングM1935FDの方が優れていると自負している。
 ブローニングM1935FDにとってはフルオート機構自体がイレギュラーな付加機能なのだ。それぞれの拳銃の設計思想が根本から違うのだ。
 一つは特殊部隊向けに拳銃の形状に3バーストを組み込み、一つは予算の少ない第三国向けに設計され、もう一つは……オマケ程度に制御し易いフルオートを組み込まれた。
 全てのマシンピストルは全て同じコンセプトでデザインされているのではない。万能の火器など、決して存在しない。
 フルオートだから大量の殺傷力を簡単に提供できるとは限らない。フルオートであるがゆえの欠点も必ず表裏の如く現れてしまう。
 その欠点ですら、どこまで愛せるか?
 正にガンマンの本懐的な問題だ。
 万能に憧れるのならハリウッドの役者になればいい。
 単能を馬鹿にするのならセミオートで撃ち殺されてみるといい。
「……」
 2階フロアに足を掛けると息を整え、その場の角を遮蔽物にして敵の出方を待った。
 敵が尚も連携をとり、セオリーどおりの作戦を練るのならこのルートしか選ばない。
 素人なら簡単に2階へ通じる階段を探し、挟撃を仕掛ける。
 この期に及んで、少ない戦力を分断してまで挟み撃ちにするなど考えられない。
 それに、戦力を分断すれば笑いが止まらないほど、美哉の思う壺だ。
 遮蔽物が1階と比べて多いこの場所では『各個撃破の対象としては文句無しだ』。
「!」
――――来た!
 ブローニングM1935FDのセレクターを確認する。
 H&K VP70の男が先行し、牽制のセミオート射撃を繰り返しながら2階へ進んでくる。
 その背後で左右に頻繁に移動して援護しているベレッタM93Rの男の姿が見える。
 美哉はここで先制をかけずに後方へ移動した。
 僅かな直線距離……たった4mほどの廊下で一気にカタを付けるつもりだ。
 先程の位置から先制を仕掛けたとしても、初弾を外せば余計に警戒させてしまう。
 確実に。確実に。
 仕留めるのなら、確実に。
 一網打尽。もう少し待てば、その機会が必ず来るはずだ。
「……」
 美哉は最後の30連発弾倉を右脇から引き抜き、左手に保持したまま連中が階段を昇り切るのを待った。
 長い時間。
 実際は10秒も経過していない、長い時間。
 鼓動が五月蝿い。
 アドレナリンが沸騰する。
 この瞬間のために生きている。
 生きている時間を感じる。
 時間が停止した錯覚。
 錯覚は冷静に引き金を引く感情を麻痺させる。
 麻痺した全ては五月蝿い鼓動のみが時間を刻む。
 何もかもがループする長い時間。
 見えないレティクルに二人が浮かび上がる。
 唯、ブローニングM1935FDが『唸る』ための命令を下すだけ。
 スライドが後退する直前の1発が薬室に送られた瞬間にマガジンキャッチを押す。自重で落下させるのも面倒だと、下方に素早く銃本体を振り、空弾倉を捨て、流れる動作で新しい30連発弾倉を叩き込み底部を左掌で叩いた。
「踊れ! クソ野郎!」
 ブローニングM1935FDを右側に倒し、左側に突き出た弾倉の尻を握って右から左へと2度、振った。
「……」
 両者、ほんの少し手を伸ばせば届く距離で、彼女は不意に彼らの前に姿を現し、彼らの驚愕の表情を視ず、彼らのバイタルゾーンの一部たる、胸部を定めて引き金を引いた。……その距離、3m強。
 男2人は緩いフルオートで万遍無く9mmの命中で踊る様に体を揺らしていたが、ブローニングM1935FDのスライドがオープンしたまま停止すると同時にその場に疲れ果てたように倒れ込んだ。
 防弾ベストなどを着ていない証拠に、一切の生命活動を停止していた。
 虚空を見つめる光の無い眼が現況を物語る。
「……」
 無茶の極みにあるスタンスでフルオート射撃をしたために、手首を挫くかと思った。
 これが支える手段が無い左倒しの『悪人撃ち』なら確実に無駄弾だった。
 手首を挫いたとしたら、この結果を招くことができただろか?
 この美哉のプロ意識を逆手に取った大胆なアンブッシュが成功していなければ確実に美哉はここで蜂の巣になっていた。
 連中にしても命懸けで美哉が待ち構えるこのフロアへ昇って来たに違いない。
 美哉も全ての勝算が勝利に傾いたからこの作戦に打って出たわけ
ではない。
 両者とも、自分の経験と勘と腕前に『次の瞬間』を賭けて行動したのだ。
 敢えて言うのなら、今回が僅かに美哉に優位だっただけだ。
 もしも、1階フロアで最初に黙らせたのがグロックG18Cの男でなかったら、誰も仕留めることなくジリ貧に追い込まれていたのなら、全ての計算は一からやり直しだ。
 住宅街で追いまわされていた結果、自分のフィールドを作るべくこの邸宅に侵入できる天佑がなければ、そもそも、命など有りはしない。
「……帰ろう」
 どれだけ御託を並べても自分の矜持を抱いて、生き残った者が勝ち。
 ガンマンの看板を背負っているのならそれで充分であり、それこそが最大の報酬だ。
 硝煙弾雨が過ぎ去った後に立っている者が勝者。
 あれだけ沸騰していたあらゆる脳内麻薬が大人しく鎮火している。
 1階フロアに降りると、いまだに苦痛に悶えているグロックの男の側頭部を蹴り飛ばして気絶させる。そして面倒ごとに発展する前に男が放り出したグロックから9mmパラベラムを1発抜き、それを薬室に押し込んでからスライドを戻す。
 男の頭に狙いを定め、引き金を引いた。
 男の頭が爆ぜて、半分消える。
 塵埃と硝煙で汚れた肺や口内を消毒する気持ちで、いつもの黄色い箱から見慣れた一本を取り出し、口に咥えて火を点けながら夜陰に消える。


   ※ ※ ※

「殺し屋と呼ぶな。ガンマンと呼べ」
 今時珍しい、古風な職種を口にした彼女はやけに白い八重歯でビリガーエクスポートを噛み締めると、眉間に不快を示す皺を寄せて目前で芋虫宛らに悶えている男を見下ろした。

 ブローニングM1935FDの銃口が鈍く輝く。

 今夜も9mmパラベラムが人間の命を、指先に掛ける力学的作用だけで刈り取る。

 彼女は昨今では珍しい、『嘗てどこにでも居た』ガンマンである。


《凶銃の寂寥・了》
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