凶銃の寂寥
「!」
絶句。
進めない。
頼りにしていた新興住宅地へと通じる境界線に身長の倍以上有るフェンスが張られ、有刺鉄線を巻きつけた忍び返しまで取り付けられている。
右から左へ首を振るがどこから始まって、どこまで伸びているのか直ぐには判断できない。
フェンスは新しい。前から設置されていた物ではない。美哉の土地鑑には無い存在だ。
おかしい、と思った。
突然吹っ掛けられた敵討ちのお礼参りの話に、急に指定されたフィールド。
ガンマンを看板にする人間ならば、アマでもプロでも問わずに人気の無い場所を指定するはずだ。
美哉が馬鹿正直に『敵討ち』という古い単語に引っ掛かった末の罠だ。
一般人の思考回路なら簡単にこの話の怪しさを見破っていただろう。
古式ゆかしい風潮をどこまでも守りたいと願う保守的な考えが美哉を窮地に追い込んだ。逆手に取られてしまった。
「……」
連中は本物の窮鼠がどう言う行動に出るか計算していただろうか?
「……」
美哉はすぐ背後の豪邸を見上げた。
「……」
セミオート射撃で防犯カメラを壊し、本宅が遠くに見える豪邸へと通じる勝手口の蝶番とドアノブを撃ち抜いた。
遠慮なく押し入り、吼え狂う番犬を9mmパラベラムで屠殺していく。途中、空に向かって、短い指切り連射を3度繰り返した。
――――来る。これで確実に来る!
本当に仕留めたいのなら、これで連中はこの豪邸に侵入してくる。
確信があった。
名声に走るガンマンは功名心から自分を見失う。
自分達がいつまでも優位にゲームを進めていると勘違いしていれば尚更だ。
追い込むべき場所に標的が居なければ辺りを探し、美哉がわざと門を開いた『それらしい入り口』から侵入してくる。
美哉は洋風造り2階建ての豪邸の勝手口から土足で踏み込んだ。
勝手口の鍵は9mmの前では大した意味をなさない。
豪邸内を隈なく歩き、数人の家人をブローニングで脅し、その隙に殴り飛ばして気絶させた。
ベッドのシーツを裂いて猿轡を噛ませ、体を縛り上げる。
「……」
2階の窓の外に人影が見える。
綺麗な正三角形を7m間隔で描いたフォーメーションだ。
これだけ間隔が開いていれば一連射で複数を仕留めるのは難しい。さらにハンドシグナルで会話している事からも連中の連携の強さが容易に推測できる。……予想以上に強敵。
ここで敵戦力を削いでおきたいが生憎、拳銃で狙撃するには射程外だ。
それにブローニングM1935FDのサイトは固定式凹型ノッチだ。精密な射撃は想定外なのだ。
連中が邸宅内に侵入してくる。
「……さて」
――――やりますか。
追い込まれた兎は後ろ足で猟犬の鼻っ柱をヘシ折ることもあるという例を学習させてやらねばならない。勿論、代金はそれぞれの命だ。
2階へと通じる階段は2ヶ所。
室内における追撃戦では少数の戦力が分散されることは確率的にすくない。
少数での挟み撃ちは同士討ちを招きやすい。
少数で室内の制圧を行う場合はあくまで、一個の戦闘集団を形成して、確実に要所の安全を確保しなければならない。1人の脱落は全員の命を危険に晒すからだ。
「!」
美哉が1階に降りた途端、早々に会敵。途端、連中のフルオートが唸る。
だがパニックにはならない。瞬時に理解できた。全員がフルオートで対応しているのではない。3バーストの2人はセミオートに切り替えて確実な射撃を心掛けている。
今度はフルオート射撃を行えるマシンピストルが援護に回っている。ポイントマンとバックアップの切り替えも行えるほどの練度だということを見せ付けている。
遮蔽物はあるが、居住空間である屋内の材質では9mmパラベラムでは盾にはならない。姿を隠して位置を特定し難くするだけだ。
匍匐前進の途中に、伏せるよりも、思い切り仰向けになって遮蔽物に身を隠した。
連中の移動する物音が聞こえなくなると、立ち上がり、姿形こそは無様だったが、這うように身を屈めて2階へ駆け上がる。
途中の踊り場で体勢を整えると美哉の耳が『音』を拾った。
空弾倉が床にぶつかる音だ。床とそれがぶつかる音から『大きな質量』を感じる。
――――!
その瞬間、苦労して駆け上ってきた階段から、転がり落ちるように階段を頭を守りながら前転して降りると、ここにきて初めて引き金を引いた。
毎分450発のフルオート。
連中の持つ、この状況での最大の脅威が弾倉交換している刹那ほどの隙を惜しんだのだ。
毎分450発のフルオート。
大した回転速度ではないが、片手で何とか制御できるのが強味だ。連中の高速回転のマシンピストルとは決定的に違う。
毎分450発のフルオート。
空薬莢が床に撒き散らされて、寝転んだ状態で床面スレスレから発砲していたためにマズルフラッシュが床に火薬滓を叩きつける。
毎秒7.5発の速さで吐き出された9mmパラベラムは確実に流れを変えた。
両大腿部に被弾した男は、ドラム弾倉を装填したばかりでスライドリリースもしていないグロックG18Cを床に落とした。
男は尻餅を搗いて銃痕を押さえてのたうち回る。
致命的な負傷を負わせたわけではないが、両大腿部を同時に銃弾で負傷すれば、激痛と被弾した恐慌で戦力として数えられないほど戦意を喪う。
1人分の戦力を脱力させることに成功した。
彼女の手により、足元周辺をフルオートで追い立てられた残りの二人は、咄嗟に遮蔽物に飛び込み、息を潜めた。
美哉は腹筋の力だけで跳ね起きると男が落としたグロックG18Cに単射を撃ち込んでフレームを完全に破壊した。
弾薬は回収されても銃本体は同系の物を使用していない限り、共用される心配は無い。
それ以外のグロックシリーズ3バーストが可能なモデルは存在しない。
また、グロックの弾倉が使用できる自動拳銃も他社には存在しない。
つまり、残りの連中が所持している得物はグロック以外の、3バースト機構を持つマシンピストルなのだ。それは既にシルエットで判じることができた。
そして展開されるフルオートと3バーストの銃撃戦。
薄暗い邸宅内の廊下で美しいマズルフラッシュが瞬く。
空薬莢が狭い空間で跳ね返って暴れる。
お互いが半身を、腕だけを晒して9mmパラベラムが速射で飛び交う。
低速回転のフルオート1挺と高速回転の3バースト。
果たしてどちらに軍配が揚がるか?
信じられないことにこれは、直線距離がたったの4.5mの距離で展開されている銃撃戦だ。
互いが潜む、遮蔽物や壁の角が埃を撒き散らして削られていく中、全く進展が無い。
両者が碌に照準を合わせず互いを押し返そうと躍起になっている結果だ。
どんなに強力な火器を所持していても、どんなに練度が高くても、銃口に目が付いているのではない。
弾丸は誘導ミサイルでは無い。
銃口は見えない糸に吊り上げられる。
空薬莢は耳障りな雑音を奏でる。
銃火はいたずらに壁や床に煤を描く。
お互いの顔にぶつかりそうな火薬滓。
家屋程度の建材など簡単に削られて、無数の風穴が開けられるのに、一向に決着は付かない。
とうとう、身を隠す遮蔽物が少なくなってきたので美哉は後退し始めた。
2階へと通じる階段を駆け上る。
マガジンキャッチを押して落ちてきた30連発弾倉を重量で計る。
残弾は10発も無い。
残りの30連発弾倉は1本だけ。これまでに通常弾倉もフルオートで使用してきたために予備弾倉も心許ない。
「……」
下唇を噛んで、セレクターをセミオートに切り替える。
これからはセミオートで応戦する覚悟だ。
連中の持ちダマがどれほどのものか大体予想はつく。
3バーストの間隔が広くなり、再装填する際の互いをカバーする時間が長くなっている。
絶句。
進めない。
頼りにしていた新興住宅地へと通じる境界線に身長の倍以上有るフェンスが張られ、有刺鉄線を巻きつけた忍び返しまで取り付けられている。
右から左へ首を振るがどこから始まって、どこまで伸びているのか直ぐには判断できない。
フェンスは新しい。前から設置されていた物ではない。美哉の土地鑑には無い存在だ。
おかしい、と思った。
突然吹っ掛けられた敵討ちのお礼参りの話に、急に指定されたフィールド。
ガンマンを看板にする人間ならば、アマでもプロでも問わずに人気の無い場所を指定するはずだ。
美哉が馬鹿正直に『敵討ち』という古い単語に引っ掛かった末の罠だ。
一般人の思考回路なら簡単にこの話の怪しさを見破っていただろう。
古式ゆかしい風潮をどこまでも守りたいと願う保守的な考えが美哉を窮地に追い込んだ。逆手に取られてしまった。
「……」
連中は本物の窮鼠がどう言う行動に出るか計算していただろうか?
「……」
美哉はすぐ背後の豪邸を見上げた。
「……」
セミオート射撃で防犯カメラを壊し、本宅が遠くに見える豪邸へと通じる勝手口の蝶番とドアノブを撃ち抜いた。
遠慮なく押し入り、吼え狂う番犬を9mmパラベラムで屠殺していく。途中、空に向かって、短い指切り連射を3度繰り返した。
――――来る。これで確実に来る!
本当に仕留めたいのなら、これで連中はこの豪邸に侵入してくる。
確信があった。
名声に走るガンマンは功名心から自分を見失う。
自分達がいつまでも優位にゲームを進めていると勘違いしていれば尚更だ。
追い込むべき場所に標的が居なければ辺りを探し、美哉がわざと門を開いた『それらしい入り口』から侵入してくる。
美哉は洋風造り2階建ての豪邸の勝手口から土足で踏み込んだ。
勝手口の鍵は9mmの前では大した意味をなさない。
豪邸内を隈なく歩き、数人の家人をブローニングで脅し、その隙に殴り飛ばして気絶させた。
ベッドのシーツを裂いて猿轡を噛ませ、体を縛り上げる。
「……」
2階の窓の外に人影が見える。
綺麗な正三角形を7m間隔で描いたフォーメーションだ。
これだけ間隔が開いていれば一連射で複数を仕留めるのは難しい。さらにハンドシグナルで会話している事からも連中の連携の強さが容易に推測できる。……予想以上に強敵。
ここで敵戦力を削いでおきたいが生憎、拳銃で狙撃するには射程外だ。
それにブローニングM1935FDのサイトは固定式凹型ノッチだ。精密な射撃は想定外なのだ。
連中が邸宅内に侵入してくる。
「……さて」
――――やりますか。
追い込まれた兎は後ろ足で猟犬の鼻っ柱をヘシ折ることもあるという例を学習させてやらねばならない。勿論、代金はそれぞれの命だ。
2階へと通じる階段は2ヶ所。
室内における追撃戦では少数の戦力が分散されることは確率的にすくない。
少数での挟み撃ちは同士討ちを招きやすい。
少数で室内の制圧を行う場合はあくまで、一個の戦闘集団を形成して、確実に要所の安全を確保しなければならない。1人の脱落は全員の命を危険に晒すからだ。
「!」
美哉が1階に降りた途端、早々に会敵。途端、連中のフルオートが唸る。
だがパニックにはならない。瞬時に理解できた。全員がフルオートで対応しているのではない。3バーストの2人はセミオートに切り替えて確実な射撃を心掛けている。
今度はフルオート射撃を行えるマシンピストルが援護に回っている。ポイントマンとバックアップの切り替えも行えるほどの練度だということを見せ付けている。
遮蔽物はあるが、居住空間である屋内の材質では9mmパラベラムでは盾にはならない。姿を隠して位置を特定し難くするだけだ。
匍匐前進の途中に、伏せるよりも、思い切り仰向けになって遮蔽物に身を隠した。
連中の移動する物音が聞こえなくなると、立ち上がり、姿形こそは無様だったが、這うように身を屈めて2階へ駆け上がる。
途中の踊り場で体勢を整えると美哉の耳が『音』を拾った。
空弾倉が床にぶつかる音だ。床とそれがぶつかる音から『大きな質量』を感じる。
――――!
その瞬間、苦労して駆け上ってきた階段から、転がり落ちるように階段を頭を守りながら前転して降りると、ここにきて初めて引き金を引いた。
毎分450発のフルオート。
連中の持つ、この状況での最大の脅威が弾倉交換している刹那ほどの隙を惜しんだのだ。
毎分450発のフルオート。
大した回転速度ではないが、片手で何とか制御できるのが強味だ。連中の高速回転のマシンピストルとは決定的に違う。
毎分450発のフルオート。
空薬莢が床に撒き散らされて、寝転んだ状態で床面スレスレから発砲していたためにマズルフラッシュが床に火薬滓を叩きつける。
毎秒7.5発の速さで吐き出された9mmパラベラムは確実に流れを変えた。
両大腿部に被弾した男は、ドラム弾倉を装填したばかりでスライドリリースもしていないグロックG18Cを床に落とした。
男は尻餅を搗いて銃痕を押さえてのたうち回る。
致命的な負傷を負わせたわけではないが、両大腿部を同時に銃弾で負傷すれば、激痛と被弾した恐慌で戦力として数えられないほど戦意を喪う。
1人分の戦力を脱力させることに成功した。
彼女の手により、足元周辺をフルオートで追い立てられた残りの二人は、咄嗟に遮蔽物に飛び込み、息を潜めた。
美哉は腹筋の力だけで跳ね起きると男が落としたグロックG18Cに単射を撃ち込んでフレームを完全に破壊した。
弾薬は回収されても銃本体は同系の物を使用していない限り、共用される心配は無い。
それ以外のグロックシリーズ3バーストが可能なモデルは存在しない。
また、グロックの弾倉が使用できる自動拳銃も他社には存在しない。
つまり、残りの連中が所持している得物はグロック以外の、3バースト機構を持つマシンピストルなのだ。それは既にシルエットで判じることができた。
そして展開されるフルオートと3バーストの銃撃戦。
薄暗い邸宅内の廊下で美しいマズルフラッシュが瞬く。
空薬莢が狭い空間で跳ね返って暴れる。
お互いが半身を、腕だけを晒して9mmパラベラムが速射で飛び交う。
低速回転のフルオート1挺と高速回転の3バースト。
果たしてどちらに軍配が揚がるか?
信じられないことにこれは、直線距離がたったの4.5mの距離で展開されている銃撃戦だ。
互いが潜む、遮蔽物や壁の角が埃を撒き散らして削られていく中、全く進展が無い。
両者が碌に照準を合わせず互いを押し返そうと躍起になっている結果だ。
どんなに強力な火器を所持していても、どんなに練度が高くても、銃口に目が付いているのではない。
弾丸は誘導ミサイルでは無い。
銃口は見えない糸に吊り上げられる。
空薬莢は耳障りな雑音を奏でる。
銃火はいたずらに壁や床に煤を描く。
お互いの顔にぶつかりそうな火薬滓。
家屋程度の建材など簡単に削られて、無数の風穴が開けられるのに、一向に決着は付かない。
とうとう、身を隠す遮蔽物が少なくなってきたので美哉は後退し始めた。
2階へと通じる階段を駆け上る。
マガジンキャッチを押して落ちてきた30連発弾倉を重量で計る。
残弾は10発も無い。
残りの30連発弾倉は1本だけ。これまでに通常弾倉もフルオートで使用してきたために予備弾倉も心許ない。
「……」
下唇を噛んで、セレクターをセミオートに切り替える。
これからはセミオートで応戦する覚悟だ。
連中の持ちダマがどれほどのものか大体予想はつく。
3バーストの間隔が広くなり、再装填する際の互いをカバーする時間が長くなっている。