凶銃の寂寥

 山奥での射撃練習から帰ると、ほどよく疲れた体をバスタブに沈めて疲れを抜いた。
 就寝前にじっくり時間を掛けてブローニングM1935FDをクリーニング。
 美哉はこのクリーニングの手際でガンマンの腕前が計られると信じて疑わない。
 目隠しして後ろ手に縛られても通常分解と組み立てが行えるほどに熟練している。
 スライドスペースの火薬滓を指先で撫でるだけでどれだけの弾数を発砲したのかも解る。
 スライドリリースした際の金属音で銃本体のコンディションを知ることもできる。
 銃の長所短所を知っているだけではガンマンは名乗れない。付き合っているパートナーの肉体以上に自分の相棒を知り尽くさなければならない。……尤も、彼女は独り身だが。
 何の保証もない世界を拳銃だけで渡り歩くのならこれくらいのプロ根性は当たり前だ。
 なのに最近はイメージだけが先行して銃の性能に酔いしれて簡単にガンマンの門戸を叩く若者が多い。
 丸腰の一般人を何人殺そうが、何の自慢にもならない。
 狙撃銃を用いて標的を射殺するガンマンも存在するが、その狙撃手にしても、『この1発が外れたら、頭を撃ち抜いて自殺する』という覚悟で毎回、自分と戦っているのだ。
 狙撃を生業とするガンマンは、引き金を引くどころか自分で弾薬を手詰めする段階から勝負が始まっている。距離に応じて弾頭と炸薬を組み合わせる。炸薬を独自のレシピでブレンドしてオリジナルの炸薬を作り、弾頭の重量と、弾頭の中心線から直径が僅かに歪にはみ出る『非適合品』を精密機器で選別する。
 映画やドラマのように現場で銃を組み立てて試射もせずに1発で標的を射抜くのはファンタジー以外の何ものでもない。
 気候、風向き、湿度、気温、スコープの誤差、引き金の重さ、ストックの形状……数え上げれば暇が無い。狙撃にはあらゆる要素が加算され累乗されて行く。
 拳銃ならば、ほぼ直線上に銃弾が飛んでいくが狙撃銃のような長物は違う。
 一般的に5.56mm弾で300m先の標的を狙った場合、銃口から飛び出た弾丸は放物線を描いて飛行する。スコープの約70m先で一度、弾道とスコープ上の直線世界が交差する。そして銃弾が着弾する時が二度目の交差だ。
 これを体感で覚えず、『狙撃の命中精度は75%が銃の整備で決まる』と信じて疑わない人間が横行するために『銃にだけ金をかけて生半可な成果に満足する』。
 狙撃とは想像を絶するストイックな世界なのだ。故に美しい。
「……」
 火薬滓や煤がごっそりと落ちたフランネルのウエスを満足げに見ると手早く、後片付けをしてから就寝。
 疲労が一気に押し寄せてきた。瞬く間に眠りの国に引き摺り込まれる。
 ベッドに飛び込み、枕の下に敷いたブローニングM1935FDの感触を確かめたのまでは覚えているが
 ……こうして、あるガンマンの、ある一日は終わる。
  ※ ※ ※
 これは稀だった。
 通常弾倉を引き抜くや否や、口に横に咥えていた30連発弾倉を叩き込んだ。
 薬室には既に実包が装填されているが、FN社製ブローニングハイパワー系統の拳銃にはマガジンセフティが組み込まれているため、弾倉を抜くと自動的に全てのデバイスにロックが掛かりマガジンキャッチ以外、引き金も撃鉄も動かなくなる。
 だから『戦闘中でも』安心して、撃鉄が起きた状態でも弾倉交換が行えた。
 美哉は状況を再確認すべく辺りを見回した。
「……」
 午前1時30分。
 満月。
 街灯は充分。寝静まっているはずの住宅街での事。
 塀の高い高級住宅街。あいにく、遮蔽物になりそうな電柱や駐車中の車輌は確認できない。
 防犯カメラや感熱センサーで作動する防犯ライトは厄介だ。番犬の鳴き声も悪い環境の一つ。
 もう少しで住宅街と開発中の更地が所々に存在する新興住宅地に逃げ込める。
 通常の弾倉に収まった弾数を、セミオートで牽制程度の火力を以って切り抜けようと構えたが、圧倒的な火力で押し返された。
 そこで、弾数をしばらく気にしないで済む30連発弾倉に交換したのだ。
 敵の数はマズルフラッシュの位置から特定できた。
 3人。
 マシンピストルを携えた3人。
 3バーストが2人にフルオートが1人。
 同じフルオート射撃が可能なマシンピストルでも、同じ9mmパラベラムでも、単純に人数の違いで負けている。
 小癪にも3バースト射撃を繰り返す2人は援護専門でフルオートの1人が本命らしい。
 連携が取れたプロだ。
 それも住宅街であるにも関わらず、容赦無く空薬莢をバラ撒く短期決戦を得意としているらしい。
 美哉の脱兎を連想させるバックステップを以ってしてようやく間合いを計ることができる。『普通の訓練をした人間』ならアッと言う間に蜂の巣にされてしまうだろう。
 セレクター搭載のマシンピストル使いである美哉であればこそ、こうして命がまだ有る。
 マシンピストルの埋めようがない隙を突いて何とか逃げ回れているだけだ。
 拳銃のスタイルをした全自動火器はそれだけで弱点なのだ。
 どんなにオプションを装着しようが、おおよそ全ての反動を消し去ることはできない。
 どんなに訓練を積んでも命中精度は単射に劣る。
 それぞれのマシンピストルの『有効な間合い』から外れることができれば一応は安心できる。
 マグナムで空砲を撃ったように、大きなマズルフラッシュが美しい火炎のリングを一瞬だけ描くのは3バースト。
 ライフルで空砲を撃ったように長いオレンジのフラッシュが火焔放射器のように伸びるのはフルオート。
 真夜中の辻の角でそれらが間断なく咲き乱れる光景は美しい。
 だが、何れも簡単に死を運んでくる死神の花だ。簡単に姿を晒してはいけない。
 連中は美哉が逃げる方向を知っているのか、あるいは、そこへ追い込もうとしているのか、後ろから追撃を加えている様子が窺える。
 遮蔽物が少な過ぎるので、塀の曲がり角で潜んでからブローニングM1935FDを突き出すがことごとく、銃撃を加えられて腕を引っ込める。
「……ちきしょう」
 美哉は呻いた。
 先日のお礼参り。
 無為と虚無のゲームのことではない。
 ブレンテンの男を親しい友人とする連中からの一方的な宣戦布告だった。
 ブレンテンの男に敬意を表してその喧嘩を受けて立ったが、いざフィールドに出てみれば連中の思う壺だった。

 実のところ、お礼参りとは名ばかり。
 一等腕が立つブレンテンの男を仕留めた女である美哉を仕留めれば、自分達の名声が上がると信じている便乗でしかないのだ。……という事実を美哉は知らない。
 美哉は本気で尋常に勝負しているのだ。
 ガンマンとは看板だけで、ただの社会不適格者に弄ばれているのを理解していない。

 弄ばれている? ……連中がへっぴりな構えでトリガーハッピー気味にタマをバラ撒いていればすぐに気が付いただろう。
 残念な事に、トリオで売り出しているガンマンらしく、それなりの修羅場を潜った経験があるらしい。
 銃口が派手に暴れるマシンピストルをそれなりに制御し、狙った位置に決定打に欠けるものの、大体、着弾させている。
 オマケに連中もバカ揃いではない証拠に防犯カメラや番犬を可能な限り屠っている。
 どの様な組み合わせであろうと必ず2挺の銃口は美哉を追い立てている。悔しいが、反撃する振りをして撤退しか残されていない。
 ……撤退とは考えているが、簡単に撤退する方向に逃がしてくれるので、先程から訝しげに考えているのだ。
 逃げたい方向である新興住宅地には簡単に進める。
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