斃れる迄は振り向くな
地面に着地し、崩れた脳漿から湯気を上げる遺体に視線を落とす。後ろ腰に手を差し込んだ。予備の22WMRを探っているのだ。
「くっ!」
それまで路肩で違法駐車しているだけと思っていたミニバンがハイビームを焚いて七佳を強烈にライトアップした。
自動式と思しき拳銃の乱射が聞こえる。
視覚に焼き付けが出来る。
右掌でライトを遮りながら、ユニークモデルRボーリガードを握る左手を伸ばした。
今までダブルアクションオンリーで発砲していたが、この時は撃鉄を起こして撃針の付け根に有る小さな突起を親指の爪で押し下げた。
すると、打撃位置が一段下がった部位を打撃する小さな撃針が現れた。これが20番口径を使用する際のファイアリングポジションだ。
22WMRとは比べ物にならない轟音が席巻する。
火焔放射器の様なオレンジの火閃が1m以上伸びる。
たった4.5インチほどの銃身から撃ち出された32粒のO号弾はスプレーを吹き付けるように拡散し、フロントガラスやグリルに万遍無く襲い掛かる。
ライトを破壊できなかったのは残念だが、今は少しでも早い退避が優先される。
牽制をかけるつもりでフロントガラスの運転席側に残弾4発を叩き込み、バックステップを踏みながら同じく違法駐車している軽自動車の陰に滑り込んだ。
伏兵の存在を無視していていたわけではないが、離れた自動車に潜伏しているとは考えていなかった。
左親指がサムピースを押して勢い良くシリンダーが解放された。
発砲して軽くなった空薬莢が飛び出して落ちる。
右手でシリンダーを1cmほど押し込むと、20番口径シェルの尻が掴み易い位置まで後退する。それを指で摘んで捨てる。
自動車内部からの乱射に対応する為に8mほどの距離で銃撃戦を展開する。
22WMRを装填して撃針を切り替える暇も無いので20番口径で応戦する。
3発ほど20番口径を放った時点でようやく、ライトが破砕されて乱射も沈黙した。
運転席側の人影が頭を伏せたのを確認し、素早く22WMRを再装填した。
戦闘を意識したリボルバー拳銃では無いのでメーカー純正アクセサリーにスピードローダーは製作されていない。
再装填を終えたシリンダーを閉じるとミニバンに向かって走り出した。
優位に立てそうな機会は全て利用するのが戦術と言うものだ。
たった8mの戦闘区域でもこちらがシングルショットの4.5インチ20番口径で向こうがトリガーハッピーであれば膠着してしまう。
ならば、イニシアチブを握ることが打開する唯一の策だ。
それにこの伏兵が最後の一人であるという保証はない。
敵対反応は全て擂り潰して以後の憂いを晴らさねばならない。
東南アジアを転戦していた折は、詰まらぬ情けをかけて寝首を掻かれた同僚を沢山見てきた。
『左眼から信号が消えた』としても常に火種が点いた爆弾をテーブルに置いて食事をしていると肝に銘じなければならない。
「……」
無数の散弾を受けて脆くなったフロントガラスを右手の拳で叩き割る。
映画やドラマではリボルバー拳銃のグリップエンドを鈍器として使用する描写があるが、それはリボルバー拳銃を知らない人間が演出を書いているからだ。
グリップエンド付近内部にはハンマースプリングとそのガイドロッドが仕込まれており、これが破損すると引き金も撃鉄もただの飾りになる。言うまでもなく、リボルバー拳銃の弱点の一つだ。
「じゃあね……」
頭を抱えて震えている男の延髄に向かって引き金を引く。
3gにも満たないセミジャケッテッドは頚骨と延髄を完全に破壊して首が跳ねてだらんと垂れ下がる。
近辺を索敵して不本意と不条理が渦巻く銃撃戦に巻き込んだ原因を探ろうとしたが、パトカーのサイレンが近くまで聞こえてきたので、舌打ちを残して寒風が鳴く夜陰に紛れて姿を消した。
それが二日前の夜の出来事。
たった15分ほどの出来事。
今では全く珍しくない良くあるチンピラ同士の銃撃戦。
「……さて」
蛇口を捻り、シャワーを止める。エンプティを訴える燃費の悪い腹を満たすべく、出来るだけ早く体表の水分を拭き取る。
色香を湛える女性に有るまじき、粗雑なケアで髪を乾かし、質素なスポーツブラとショーツだけを身に付けて、キッチンへ足を向ける。
昼の1時を過ぎた時計を一瞥する。賞味期限が切れて硬くなり始めた4枚切りの食パンに生ハムとスライスしたトマトを乗せてトマトケチャップを塗りたくると大きな口を開けて齧り付いた。
食餌というよりエサを食んでいる感じだ。
点けっ放しのテレビでは一昔前の平和な日本を舞台にした、つまらないホームドラマを放映していた。
数種類のブレードが折り畳まれたスイスアーミーナイフを取り出すと3mm幅のマイナスドライバーが付いた缶切りを起こし、無造作に掴んだオレンジにマイナスドライバーの先を差し込んだ。この缶切りは応用次第でオレンジピーラーの機能も果たす。
吐き気のしてくるホームドラマに耐えられず、オレンジを頬張りながらリモコンを忙しなく操作する。天気予報の方が遥かに有益で精神衛生的にも役立つ。
くだらない番組を恥かしげもなく垂れ流す情報メディアに辟易して、精神安定剤を嚥下するようにカルシウムと鉄分のサプリメントを一摘みづつ口に放り込んで噛み砕きながらようやく、クローゼットに向かい衣服を纏い始める。
白いハイネックに灰色のトレーナー、黄土色のカーゴパンツという姿で、適当に髪を後頭部で結わえる。
シーツが乱れたままのベッドまで来ると、何の偽装も隠蔽も施されていない、放り出されたままのユニークモデルRボーリガードの横に座る。
項を掻きながら左手でベッドの下部に有る大型の抽斗を引く。
そこには乱雑に弾薬とクリーニングキットが転がっていた。
片付けようとした痕跡すら確認できず、次から次に物品を放り込んでいる様子だ。
古着を裂いて作った布切れを床に放り、クリーニングキットのボトルやブラシも乱雑に放り投げる。
何かと無造作に動作を行う七佳だが、クリーニングだけはたっぷり1時間掛ける。
銃身が二本有る上に普通のリボルバー拳銃とは違った構造をしている為に多少の手間が掛かる。
トップブレイクとも呼ばれる中折れ式リボルバーは設計的に強装弾が使用できず、スイングアウト式ほど簡単に再装填出来ないので時代が進むにつれて衰退した。
だが、使用弾種さえ適合していれば現代のどのような自動拳銃よりも確実に作動する。
勿論、完全なメンテナンスフリーではないので火薬滓が材質を侵食する前にクリーニングリキッドを用いてメンテナンスをする必要が有る。
七佳がマイナーリボルバーの代名詞であるユニークモデルRボーリガードを相棒とする理由はごく簡単なものだ。
弾薬の入手が簡単で故障が少なく、『拳銃を撃っている』と実感できるからだ。
弾薬の入手……メインの22WMRだが、これより薬莢長が短い各種リムファイヤー式22口径弾がどれでも使用できる。ショートでもロングでもロングライフルでも、だ。
「くっ!」
それまで路肩で違法駐車しているだけと思っていたミニバンがハイビームを焚いて七佳を強烈にライトアップした。
自動式と思しき拳銃の乱射が聞こえる。
視覚に焼き付けが出来る。
右掌でライトを遮りながら、ユニークモデルRボーリガードを握る左手を伸ばした。
今までダブルアクションオンリーで発砲していたが、この時は撃鉄を起こして撃針の付け根に有る小さな突起を親指の爪で押し下げた。
すると、打撃位置が一段下がった部位を打撃する小さな撃針が現れた。これが20番口径を使用する際のファイアリングポジションだ。
22WMRとは比べ物にならない轟音が席巻する。
火焔放射器の様なオレンジの火閃が1m以上伸びる。
たった4.5インチほどの銃身から撃ち出された32粒のO号弾はスプレーを吹き付けるように拡散し、フロントガラスやグリルに万遍無く襲い掛かる。
ライトを破壊できなかったのは残念だが、今は少しでも早い退避が優先される。
牽制をかけるつもりでフロントガラスの運転席側に残弾4発を叩き込み、バックステップを踏みながら同じく違法駐車している軽自動車の陰に滑り込んだ。
伏兵の存在を無視していていたわけではないが、離れた自動車に潜伏しているとは考えていなかった。
左親指がサムピースを押して勢い良くシリンダーが解放された。
発砲して軽くなった空薬莢が飛び出して落ちる。
右手でシリンダーを1cmほど押し込むと、20番口径シェルの尻が掴み易い位置まで後退する。それを指で摘んで捨てる。
自動車内部からの乱射に対応する為に8mほどの距離で銃撃戦を展開する。
22WMRを装填して撃針を切り替える暇も無いので20番口径で応戦する。
3発ほど20番口径を放った時点でようやく、ライトが破砕されて乱射も沈黙した。
運転席側の人影が頭を伏せたのを確認し、素早く22WMRを再装填した。
戦闘を意識したリボルバー拳銃では無いのでメーカー純正アクセサリーにスピードローダーは製作されていない。
再装填を終えたシリンダーを閉じるとミニバンに向かって走り出した。
優位に立てそうな機会は全て利用するのが戦術と言うものだ。
たった8mの戦闘区域でもこちらがシングルショットの4.5インチ20番口径で向こうがトリガーハッピーであれば膠着してしまう。
ならば、イニシアチブを握ることが打開する唯一の策だ。
それにこの伏兵が最後の一人であるという保証はない。
敵対反応は全て擂り潰して以後の憂いを晴らさねばならない。
東南アジアを転戦していた折は、詰まらぬ情けをかけて寝首を掻かれた同僚を沢山見てきた。
『左眼から信号が消えた』としても常に火種が点いた爆弾をテーブルに置いて食事をしていると肝に銘じなければならない。
「……」
無数の散弾を受けて脆くなったフロントガラスを右手の拳で叩き割る。
映画やドラマではリボルバー拳銃のグリップエンドを鈍器として使用する描写があるが、それはリボルバー拳銃を知らない人間が演出を書いているからだ。
グリップエンド付近内部にはハンマースプリングとそのガイドロッドが仕込まれており、これが破損すると引き金も撃鉄もただの飾りになる。言うまでもなく、リボルバー拳銃の弱点の一つだ。
「じゃあね……」
頭を抱えて震えている男の延髄に向かって引き金を引く。
3gにも満たないセミジャケッテッドは頚骨と延髄を完全に破壊して首が跳ねてだらんと垂れ下がる。
近辺を索敵して不本意と不条理が渦巻く銃撃戦に巻き込んだ原因を探ろうとしたが、パトカーのサイレンが近くまで聞こえてきたので、舌打ちを残して寒風が鳴く夜陰に紛れて姿を消した。
それが二日前の夜の出来事。
たった15分ほどの出来事。
今では全く珍しくない良くあるチンピラ同士の銃撃戦。
「……さて」
蛇口を捻り、シャワーを止める。エンプティを訴える燃費の悪い腹を満たすべく、出来るだけ早く体表の水分を拭き取る。
色香を湛える女性に有るまじき、粗雑なケアで髪を乾かし、質素なスポーツブラとショーツだけを身に付けて、キッチンへ足を向ける。
昼の1時を過ぎた時計を一瞥する。賞味期限が切れて硬くなり始めた4枚切りの食パンに生ハムとスライスしたトマトを乗せてトマトケチャップを塗りたくると大きな口を開けて齧り付いた。
食餌というよりエサを食んでいる感じだ。
点けっ放しのテレビでは一昔前の平和な日本を舞台にした、つまらないホームドラマを放映していた。
数種類のブレードが折り畳まれたスイスアーミーナイフを取り出すと3mm幅のマイナスドライバーが付いた缶切りを起こし、無造作に掴んだオレンジにマイナスドライバーの先を差し込んだ。この缶切りは応用次第でオレンジピーラーの機能も果たす。
吐き気のしてくるホームドラマに耐えられず、オレンジを頬張りながらリモコンを忙しなく操作する。天気予報の方が遥かに有益で精神衛生的にも役立つ。
くだらない番組を恥かしげもなく垂れ流す情報メディアに辟易して、精神安定剤を嚥下するようにカルシウムと鉄分のサプリメントを一摘みづつ口に放り込んで噛み砕きながらようやく、クローゼットに向かい衣服を纏い始める。
白いハイネックに灰色のトレーナー、黄土色のカーゴパンツという姿で、適当に髪を後頭部で結わえる。
シーツが乱れたままのベッドまで来ると、何の偽装も隠蔽も施されていない、放り出されたままのユニークモデルRボーリガードの横に座る。
項を掻きながら左手でベッドの下部に有る大型の抽斗を引く。
そこには乱雑に弾薬とクリーニングキットが転がっていた。
片付けようとした痕跡すら確認できず、次から次に物品を放り込んでいる様子だ。
古着を裂いて作った布切れを床に放り、クリーニングキットのボトルやブラシも乱雑に放り投げる。
何かと無造作に動作を行う七佳だが、クリーニングだけはたっぷり1時間掛ける。
銃身が二本有る上に普通のリボルバー拳銃とは違った構造をしている為に多少の手間が掛かる。
トップブレイクとも呼ばれる中折れ式リボルバーは設計的に強装弾が使用できず、スイングアウト式ほど簡単に再装填出来ないので時代が進むにつれて衰退した。
だが、使用弾種さえ適合していれば現代のどのような自動拳銃よりも確実に作動する。
勿論、完全なメンテナンスフリーではないので火薬滓が材質を侵食する前にクリーニングリキッドを用いてメンテナンスをする必要が有る。
七佳がマイナーリボルバーの代名詞であるユニークモデルRボーリガードを相棒とする理由はごく簡単なものだ。
弾薬の入手が簡単で故障が少なく、『拳銃を撃っている』と実感できるからだ。
弾薬の入手……メインの22WMRだが、これより薬莢長が短い各種リムファイヤー式22口径弾がどれでも使用できる。ショートでもロングでもロングライフルでも、だ。