斃れる迄は振り向くな

 戦闘用に開発された拳銃では無いので重量は気にしなくともよい。
 重量ゆえのユーザーの疲労を計算していないリボルバー拳銃を軽々と扱う七佳もやはり、想像が難しい筋肉を圧縮した高性能な体躯を持っているという証左だろう。
 ユニークモデルRボーリガードを握る左手とは反対の手には既に耐熱仕様の生地で織り込まれた軍手を填めている。
「……」
 吐息が白い。
 恐らく、白いのだろう。
 光源が乏しいので主観的な表現でさえ乏しくなる。
 寒く、冷たく、暗い。
 肌も瞳も心も……寒く、冷たく、暗い。
――――早く終わらせよう
 僅かに表情を表していた唇から、人間らしい貌が消えた。
 オッドアイから気の精が消えて虚ろな深淵がぽっかりと開く。
 秀麗な彫刻が誕生したように、無機質。
 寒風に靡くフィールドコートの裾が、廃棄されたマネキンのように彼女を演出する。彼女の『空洞』を引き立てるには充分な小道具だ。
「……」
 ユニークモデルRボーリガードの左右に取り付けられているサムピースを親指で押してゆっくり右掌で銃身を握って銃を二つに折る。
 オープンラッチに仕込まれたバネの勢いのままシリンダーを解放すると、装填している実包が勢い良くエジェクターに押し出され、無秩序にばら撒かれてしまう。
 勿論の事、耐熱軍手は発砲後に火傷しそうな程、熱を帯びた銃身を握って銃本体を二つ折りにするための対策だ。
 全ての実包を発砲しえたのなら構わずサムピースを押してやれば良い。バネが働くままに銃本体は用心鉄前方の蝶番を中心に二つに折れて何もしなくとも排莢する。
「……」
 心許ない光りを頼りに視線を落とす。
 車手裏剣のようなエジェクターに尻を挟まれた9個の22WMRが確認できる。
 その中心に20番口径2.75インチシェルの底部が確認できる。
 儀式的な確認作業を終えると、静かにシリンダーを閉じる。
 午前0時の風より冷たい金属音が発生する。シリンダーラッチが噛み合った音だ。
 刹那、左眼のブラウンの瞳だけがセロファンを張り替えた様に黒く変色する。
「!」
 左足を軸に体を180度、体を回転させながら素早く右半身の体勢を執ると同時に22WMRが静間に吼えた。
 射的競技で御馴染みの22口径ロングライフルとは違った、突き抜ける発砲音。
 2.6gの金属が初速毎秒650mで発砲された瞬間だ。
 初活力515Jを誇るインパクトが25m先の約65kgの質量……人間の胸に命中し、胸骨を破壊した。
 胸骨を破壊して理想的なマッシュルーミングを起こしたセミジャケッテッドホローポイントは残りの運動エネルギーを全て心臓付近に撒き散らし、衝撃で逆流した血液は瞬時に心臓麻痺を引き起こした。
 その人物はマイクロウージーを両手で握り締めたままコンクリートにうつ伏せに倒れた。
 アスファルトに向けて引き金を引き絞り、悲鳴の代わりに銃弾を地面に叩き込む。
 15連発の弾倉は跳弾を撒き散らしながら一瞬で空になる。毎分850発の発射速度では15発など指切り連射を修得していなければコントロールは難しい。
 それが、開始のゴングだった。
「……無粋な舞踏会」
 フッと白い息を残すと一直線に駆け出した。
――――嫌な直感だけは当るのよね……。
 駆け出した七佳の足跡をたどるように短機関銃の着弾が追う。
 硬鉄弾頭を用いているのか、アスファルトで弾ける跳弾の白味を帯びた火花は意思を持った癇癪球が闇夜で破裂しているようで美しい光景だった。
 雀蜂の羽音が低く唸るのに似た発砲音がホンの数秒で沈黙し、耳障りな掠れる金属音が聞こえる。弾倉交換に手間取っているらしい。
 発砲音と発射速度から推測するに、マイクロウージーかそれに類する短機関銃であると解る。
 目が覚めるも、狸寝入りを始めたこの町内の一角が銃声に破られる。
 複数。
 何れも短機関銃を所持。
 練度は低い。
 銃口の跳ね上がりを計算した着弾計測が行えないほどに練度が低い。
 銃口の向きと視線の先が一致していないのか、一拍も二拍も呼吸が遅れて銃弾が七佳を追う。
 無意味に弾丸を消費しているだけ。
 更に悲劇的なのは、互いが声を出して位置を確認しながら即席の作戦を大声で伝達していること。それが何らかの陽動であるというのなら、残念ながらそれも失敗だ。
 七佳が優位に立っていると断言できる最大のポイントは、近接戦闘で点の標的である七佳に対して連中は一方向からの面制圧では無く、全周を囲んでから点を目指して包囲網を縮めている部分に有る。
 連中の悲劇はこれからだ。
 四方八方を囲んでからの攻撃となると、同士討ちは避けられない。射線上に居るのが七佳だけでは無いからだ。
 連中が自分達の失策に気が付いた時、七佳の反撃が始まった。
「さぁ、始めようか」
「!」
「!」
 二人の人影は直線上に居る互いの目を合わせた。
 ……七佳越しに目を合わせた。
「もっと早く反応しなさいっ」
 右肩を右手側に居る人影に対して半身になると右小脇から銃口を突き出して発砲。右掌は飛び散る火薬滓を防ぐためにシリンダーギャップの上部で覆う。
 人影がへその辺りを中心にして、ジャックナイフのように折り曲げて倒れるのを見届けると、左足で地面を蹴り、すぐに左足を軸足として体勢を反対側に向き直らせて同じフォームで発砲する。
 閃電のモーションは更に続く。
 同じく左爪先が地面を蹴る。体を左手側に90度回転させ、今度は大きく左腕を伸ばし、まともなサイティングの恰好をしたフォームで、更に背後のおっとり刀の男を仕留めた……。
 尤も、その影が男だと解ったのは血飛沫がアスファルトに散ったときに短い罵声を吐いたからであって、それまではただの敵としか認識していなかった。
 銃口を向ける存在がそこに居る。
 射殺するには充分な条件だ。
 射殺されるのにも足りえる条件だ。
 銃を持った敵対する『二つ』が居る。
 命を賭す価値の有無は関係無い。
 生と死の狭間には全てが野暮。
 如何様な理屈も装飾の範疇だ。
「……」
 卑屈な微笑がそれまでの能面の顔の七佳を変貌させて、唇を吊り上げさせる。
――――シリンダーに……。
――――22口径が5発。20番口径は未使用。
「!」
 いつの間にか栗色に戻っていた左眼がまたも黒色に染まる。
 そして一直線に走り出し、真正面の電柱に向かって飛び膝蹴りでもぶつける恰好でジャンプする。
 彼女を背後から追い駆けていた短機関銃の銃口は手品でも見せられたように、消えた女に呆気に取られた。彼が放った短機関銃の大量の銃弾が、もう少しのところで女の背中を捉える瞬間に、女は消えたのだ。
「!?」
 不意に、腰溜めでマイクロウージーを構える男の頭上が暗く覆われた。
 僅かな光源が一切遮断された感覚だ。
「『頭がお留守』よ」
 電柱を足場に、大きく三角飛びをした七佳が男の頭上で半身を左側に捻ってユニークモデルRボーリガードを左手一本で長く伸ばして、保持していた。
 長い滞空時間。
 舞う。
 浮遊。
 重力に嫌われた。
 それらが全て当て嵌まる現象を、視覚を通して脳裏に焼き付けた男。
 その不思議な情景を焼き付けた頭はライトロードの44マグナムに匹敵する初速を持つ22WMRによって粉砕された。
 脊髄反射的な痙攣を起こしながら頭部の上半分を失った男は仰向けに崩れた。
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