斃れる迄は振り向くな

 この距離なら水平砲撃で七佳を肉片にする事が充分可能だ。
 15mに縮まった距離で二人は初めてまともに対峙した。
「……よう」
「……どうも」
 ユニークモデルRボーリガードの銃口とM203A1の砲口をずらせること無く、お互いの視線を睨みつけながら軽く会釈する。
 しばしの時間、二人だけの世界が広がる。あれほど、突風のように吹きつけていた寒風が凪いだ。
 身を切る冷たさを含んだ、緩い風に変わる。
 冷たさで鼻や耳朶が千切れるように痛い。
 二人の吐息だけがやけに白い。
 
 ……勝負の時。

 義手の駆動モーターが、バネやギアが弾けるように作動した。
 秒速80mにも満たない速度で40mmグレネードランチャーは射手の危険を顧みない距離で砲撃された。
 7m50cm先で爆発。
 オレンジ色の球体が辺りの夜陰を一瞬、染め替える。

 7m50cm。

 二人の勝負を決定付けた距離。

「畜生。何か詰めたな。小癪な奴め」
 義手の男は唇に粒弾が埋まった状態で呟いた。
「O号のトリプルロードは効いた?」
 二人は銃口と砲口を向けたままグレネードランチャーの爆発にも微動だにせず、それぞれの得物を構えたままのフォームを崩していなかった。
 七佳は至近距離で使うには無理が祟るカードを無理矢理引き出した。
 それは男に、お互いが無事では済まない距離で、最後のカードである40mmを砲撃させ、安全信管が働かないと言っていた40mmの弾頭を多量に詰めた散弾で迎撃した。
 砲弾の弾頭に20番口径マグナムの威力でばら撒かれた粒弾が、砲弾の信管を叩き、砲弾が二人が立つほぼ中央で爆発したのだ。
 代償は大きかった。
 七佳は左眼に破片の直撃を受けて完全に光を失った。
 腹部の内部を爆圧で押し潰されたのか、黄水が混じるドス黒い血を口から噴血させて遠のく意識と戦っている。
 義手の男は、左頚部を鋭い破片で深く切り裂かれ、ホースを切断した様に鮮血を噴出している。
 
 それでも二人は手ぐすね引いて待っている死と向き合っている。


 チャキッ

 3インチシェルのお陰でフレームが少しばかり歪んだユニークモデルRボーリガードを構え直すと、七佳はこう言った。

「勝つ勝負しかしないのが、『ガールスカウト』よ……」

 22WMRの突き抜ける発砲音が辺りに轟く。

 幸い、正常に作動してくれた22口径の撃発。狙った通りの場所に着弾した。
 2.6gの22WMRの弾頭に額の真ん中を穿かれた義手の男は仰向けに倒れた。
 倒れた衝撃で、射入孔よりミキサーされた脳漿をビュッと吹き出し、凍えるようなアスファルトに撒き散らした。
 男の表情は普段と変わらない無機質で抑揚を感じさせない貌だった。


「還らないと……帰投命令が……出てる……」
 踵を返した七佳は歩き出した。
 ゆっくり、しっかり、歩き出した。
 一つの戦闘が終了しただけに過ぎない。
 次の任務が待っている。
 ヘッドクォーターは人使いが荒い。
 レコンの主任務は偵察だ。
 局地戦闘には不向きな集団だ。
 早く帰投して上申せねば。
 いつかは全チームが擂り潰される。

 ゆっくり歩く。

 戦いの後に、ベースキャンプで不味いと悪態を吐きながら掻っ込むMREの美味さは格別だ。

 多分それが生きている味なんだろう。

 ゆっくり歩く。

 密林の中を、敵の『置き土産』に注意しながら歩く。
 茹だる不快指数が体から水分と塩分と体力を奪っても、生きて還れば生温いビールと調味料臭いレトルト食品でカバーできる。
 会話も無く、ハンドシグナルだけの伝達で歩きつづける。
 アリスパックのベルトがやけに重い。
 歩く。
 歩く。
 歩く。
 密林が開けて先に帰投した戦友がメスキットに顔を埋めて忌々しい位に不味いMREを胃袋に収めている光景が直ぐそこに見えた。
 あと、数歩進むだけで今回の任務は終了だ。



「やあ。ただいま……また、生き延びたよ」


 冷たいアスファルトの道路の真ん中でうつ伏せに倒れたままの七佳の頬に円く優しい笑顔が浮かび上がる。
 輝きの無い右目は何を浮かべているのだろう?
 相棒のユニークモデルRボーリガードは7m前に手から滑り落ちた。
 歩みを進めた彼女はここで倒れた。

 輝きの無い右目は何を浮かべているのだろう?


 ぱったりと寒風は止み、雪が降り出した。


 ここに、一人の人間の生命が終わった。

 この時世ではごく有りふれた、人間の死でしかなかった。
 ただの殺し屋の最期でしかない。

 人間の死でしかない。


《斃れる迄は振り向くな・了》
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