斃れる迄は振り向くな

 最近の高性能短機関銃と比べると僅かに発射速度が劣る9mmパラベラム弾が、輪転機のモーターのような咆哮を挙げて七佳の遮蔽物を削る。
 弾数にすると5発程の指切り連射が3回行われただけだが、七佳の肝を冷やすには充分だった。
 戦闘区域において、短機関銃が脅威とされるのは発射速度と射程だった。
 9mm弾ほどの弾薬に破壊力や命中精度などは戦場では二の次以下だ。
 敵を膠着させるためにその距離まで弾丸がまとまって届けば良い。
 完全武装の進軍をたった1挺の短機関銃が、価格の安い弾丸で混乱、膠着させることができればそれで大成功だ。
 大した威力でなくとも、誰もその攻撃で被弾したいとは思わないだろう……進軍を一旦停止させて兵士に『隠れさせる』という時間のロスと心理的にネガティブな行動を取らせるのが、戦場での短機関銃の攻撃的な役目だ。
 人間の心理を巧く突いた携行兵器である。
 不逞の輩が気狂いのように扱ってもただの殺傷兵器でしかない。その銃にはその銃にしかできない仕事があるのだ。
「……」
 七佳はコンパクトを開いて遮蔽物越しに相手の位置を確認する。
 男は地面に伏せているのか、かなり低い位置から短機関銃の放熱筒の先端が窺えた。
――――ステン? スターリング?
 七佳は脳内の知識に有るだけの短機関銃を検索する。
 問題無く伏せ撃ちができる短機関銃で9mm口径。
 それでいて放熱筒付きともなると種類は限られてくる。
 マイナーなサイドワインダーやリバイバル製品のベルグマン等も含めると際限無く、範囲が拡がる。
 発射速度とその独特のスタイルから考察するに二昔以上前のデザインを引き継いでいるモデルだと特定できる……尤も、どれだけ銃の名前とスペックが判明したところで戦局は怪しいが。
「毎分550発。装弾数34発バナナ入り。イギリスの中古品をアメリカで加工して密輸した……」
――――え!?
――――心が読めるのか?
 七佳の顔が青褪める。あの男が自分の銃の身の上調書を並べる。
「驚いたか? 落ち着け、相手の心理を読むことは苦手か? お前は今、状況の打破のために俺の武装を知りたがっているはずだ! 横薙ぎに撃ったマシンガンの銃弾の間隔ですらイニシアチブを捩じ込もうと考えているはず! 違うか?」
 先の先まで読まれている!
 一枚二枚、上手などころではない。
――――だとすれば……。
「!」
 七佳は一息吸い込むと男の遮蔽物に向かって20番口径を撃ち込んで一瞬だけの隙を無理矢理作る。
 32粒の粒弾は全く打撃にはならないだろうが、足止めくらいにはなるはずだ。
 その隙に遮蔽物から飛び出し……。
「がっ!」
 肺を圧迫される爆発。
 それまで盾としていた資材の遮蔽物が粉微塵に吹き飛ぶ。
 グレネードランチャーの砲撃だ。
 直撃ではないが、爆圧で腹腔のガス圧が急変し意識を失いそうになる。
 咄嗟に地面に叩きつけられる反動を活かした、前転を繰り返して次の遮蔽物へ……4m幅の道路向こうに有る新築物件の角に転がり込む。
 外圧のショックで意識が朦朧とする。
 鼓膜からしきりに甲高い音が聞こえて針で突付かれているように激痛がする。鼓膜が音の圧力で破れる寸前だ。
 20番口径の牽制が、牽制になっていない。
 七佳の発砲直後に砲撃。
 男は散弾如きに怯まなかったということか。それとも被弾を省みなかったというのか。
「流石に……20番は痛いな」
 その言葉の内容とは裏腹に、全く不感症のような顔で男が初めて姿を現す。
 2粒のO号弾がめり込んだレイバンのサングラスを投げ捨て、顎先に食い込んでいる散弾の粒を左手の指で掻き出した。
 灰色の都市迷彩に黒いBDUを着込んだその男はオールバックの髪型を左手で一撫でする。
 右手が筋電制御で作動する義手だった。その肘下部分に左手を添えて『スターリングL2A3の下部マウントに装着されたM203A1』の薬室を開放して40mmグレネードの空薬莢を捨てた。
 右手の肘から先が筋電制御式の義手。
 筋肉が発生させる生体電流で引き金を引く命令を伝達するシステムを持つ武器の腕。
 スターリング短機関銃のグリップ部は完全に切除されて小型の駆動コードが、引き金の有った場所に取り付けられていた。
 スターリング短機関銃の下部には12インチのタクティカルマウントが取り付けられており、それを介し、M203A1の引き金部分にも駆動系システムらしき小型のギミックが取り付けられている。
 武装義手を使う上では、左腕の仕事はコッキングとリロードだけだ。安全装置のオンオフですら筋電制御で作動するギミックが取り付けられている。
 男は薄く笑った顔でBDUから40mmグレネード弾を取り出し、再装填する。
「俺の使っている40mmは特別製でね」
 言うや否や、義手の男は砲口を七佳の隠れている住宅の角に向けて、引き金を引く命令を下した。
「!」
 七佳は逃げることを諦め、その場に伏せながら目を閉じ口を開いて指で鼻と耳を押さえた。逃げることは諦めたが、おとなしく死ぬとは欠片も思っていない。
「ほう。解ったか?」
 常識で考えて、安全信管が焼き切れる前に、硬い外壁に直撃した砲弾は炸裂した。
 射手の安全を考えて、炸裂する種類の弾頭は一定以上飛翔した後、一定時間が経過してから初めて内蔵されている安全装置が解除されて爆発に到る機構が働く。
 だが、男の用いた砲弾は安全信管が焼ききれる前に壁にぶつかり爆発した。
「予想以上に勘が鋭い女だな」
 グレネードランチャーは少なからず、仰角を取って照準を付けるために大きな放物線の弾道を描いて飛行する。
 男の40mmグレネードランチャーは射手の安全圏を確保する以前に水平砲撃が可能だった。
「勘が良い。動きも良い。それに、気風も良い……依頼を引き受けると即座に誠実に応えようとする姿勢は今時の女には……否、今時の殺し屋には珍しい心構えだ」
「畜生……」
 踏み潰された蛙のような恰好で七佳は吐き捨てた。
 今の無様な自分や、結局自分が『インスタント・キラー』キラーに釣られたこと、それに何も好転する因子が見つからない現況に腹が立った。
 ユニークモデルRボーリガードを拾い上げておぼつかない足取りで退路の確保を急いだ。
「まあ、そう切り上げに急ぎなさんな。もう少し遊んでいけ」
 七佳の背後で爆発音が追い駆けてくる。
 遮蔽物に身を隠してもスターリングの掃射で脆くなった箇所にグレネードランチャーを叩き込まれて遮蔽物が用をなさなくなる。
 先程から、小癪に七佳を襲っていた目眩と偏頭痛と喉の異物感が酷くなる。
 鳩尾に不快感を覚え始め、胃腸を始めとする内臓が、見えない手で握られて下に向かって引っ張られる感覚が強くなってきた。視界の上半分が白く濁り始める。
「……ぐ」
 過呼吸を伴う吐き気。
 フラッシュバック。ただの思い出であるはずの過去が、忌まわしい部分だけを編集されて勝手に脳内で蘇る。
 ボロキレのようなタイガーストライプ迷彩を纏い、M4カービンを首から下げて痴呆に罹ったようにだらしなく口を開けている自分。
 迫撃砲の散発的な砲撃の中で、戦死した戦友が倒木のように転がる密林で棒立ちの自分。
 あれだけ怒鳴り散らしたのに何の返答も遣さなかった無線機が破損し、焦げた血痕が付着している。
 村一つの若者で組織された1個中隊分のレコンチームが、家族同然に寝食を共にしてきた仲間が各個撃破されて、当たり前のように擂り潰されていく。
11/14ページ
スキ