RAID!

 銃身の信頼度が急激に下がったM60E3に忌々しい念を込めた視線を落とした。
 フィードカバーラッチを押して再装填の作業に移ろうとした瞬間に、シュポンと間抜けな音で空を裂く砲撃音がした。
 運を天に任せ……若しかしら右手側にナインティーンイレブンが置いてあったという理由だけかも知れないが、右手側に体を側転させて愛用のマシンピストルを胸に抱いて移動した。
 放棄したM60E3の左手側10mの辺りにマンビルガンのグレネードシェルが炸裂する。
 浅い擂鉢状の着弾痕を作る。
 40mmグレネード弾ほどの質量と運動エネルギーを持っていないため、地面に伏せた状態で、耳を塞ぎながら口を開いていれば、殆ど無傷で済む距離だ。
 対人用榴弾であれば、弾頭に仕込まれたベアリングは地面に対して45度の角度で拡散するために棒立ちの状態でもない限り、無数の鉄球の洗礼を受けずに済む。
 深江は左耳を塞いで口を開いた状態で退避していた。
 右耳の鼓膜は破れていないようだが、耳鳴りが酷く、時間が経過するまで役に立たない。
 口を開いていたお陰で、弾頭炸裂の衝撃は腹腔から余計な圧力となって全部抜け出した。体内の急激な圧力の変化で気絶する事態は避けられた。
 何もかもが中途半端な性能のマンビルガンのグレネードシェルだが、40mmグレネード砲弾と比較して、口径が2回りほど小さい分、低進性に優れており、命中精度が高い。
「逃げなかったか。その心意気や良し」
 軽くふらつく頭を小突きながら一番手近に有った硬化したセメント袋が捨てられていた山まで匍匐前進する。
 兎に角、奴に近付く。
 出来るだけ近くまで距離を縮めなければならない。
 深江の知識が正しければ、グレネードシェルの安全信管が焼き切れない距離は25m。直線距離25m以下では弾頭はどんなに硬い物に直撃しても、信管は作動せず炸裂はしない。
 仮に水平射撃の弾頭を腹部にまともに受けても、内臓破裂で瀕死の重傷を負うだけで済む。
 無論、その距離内ではナインティーンイレブンの必殺距離でもある。
 外傷が原因の肉体的苦痛は無視できる。
 それに対抗するための自己暗示の訓練も受けてきた。
「選りに選って一番の色物が最悪の兵器になるとは。一番の実戦を積んでいるはずのM60がアレではな……」
 遮蔽物の陰から見える、機関部でへの字に折れたM60E3。リコイルスプリングロッドが飛び出ている。
「こちらに分が有るとすれば、アイツがただの馬鹿であるという点だけだろうな。グレネードのトリガーハッピーなど、他では中々お目に掛かれない。ある意味、貴重だ」
 彼我の距離40m以下での小型砲弾の雨。
 間抜けな砲撃音と、小癪に煩い炸裂音が交互に聞こえる。初速が遅いので、砲撃してから着弾するまでの時間差が大きいのだ。
 マンビルガンのファイアリングシステムは単純なダブルアクションリボルバーと同じだ。
 自動拳銃のようにガスリコイルを用いる複雑な機構ではなく、リボルビング機構はネジ巻き式。重いトリガーを長いトリガープルを経て引き絞ると18分の1だけシリンダーが回転して一度だけ撃鉄が雷管を叩く。それの繰り返し。
 速射にかけては、似た外観をしたストライカーショットガンの方が遥かに速い。
「再装填に関してはシングルアクションアーミー並みに遅いのが最大の欠点だ」
 あと1発の直撃を受ければ隠れている深江に痛手を与えられたはずの砲撃がピタリと止む。
 深江の唇に嘲笑が浮かんでいる。
「知っているか? マンビルガンは元々、公務機関向けの非致死火器を強く意識して設計された武器だ。数門の砲口が並んでライアットロードをバラ撒くからこそ価値が有る武器であって、一人の人間が何の援護も無しで扱うには過ぎた代物だ……そうだよ。『今のお前のような状況に絶対に陥らないと約束された場合』でのみ真価を発揮するんだ」
 ナインティーンイレブンを右手にダラリと提げたまま、何も恐れる様子も見せず、調子のずれている右耳の穴を左小指で摩りながら、真っ直ぐマンビルガンの男が居座って、砲撃を続けていた地点に歩き出した。
 何発か装填したのか、マンビルガンを腰溜めにした男が25m以下の距離に近付いた時に不意に立ち上がった。
「遅い」
 男の足元50cm付近に45口径の1発目が着弾した。
 やがて毎分650発の速度で20連単列弾倉分の弾丸が見えない釣り糸で吊り上げられたように跳ね上がった。
 深江の右手側5mの辺りで鈍い音色の鈴が激しく揺られる音に似た、空薬莢の落下音が聞こえる。
 マンビルガンの男は股間から左肩上までを3cm間隔で45口径の重量弾を受けて、コメディのように後方へ吹き飛んだ。
 右手だけのフルオート射撃で反動が抑えられず、ほぼ、空に銃口が向いたナインティーンイレブン。
 スライドが後退してスライドストップがかかったまま銃口から香木を焚いているように硝煙を立ち昇らせている。
「……かなりライフリングが削れたな。また新しい銃身と交換だな」
 傾き始めた朱色の太陽に烏が横切る。
 一段と冷え始めた寒い風がコートの裾をはためかせる。

  ※ ※ ※
「はあ?」
 深江は今年に入って一番の訝しげな顔を作った。
 怪訝に歪んだ眉目は彼女の美しさを損なっていないので大したものだ。
 思わず咥えていたモンテクリスト№4を床に落としそうになった。
 M60E3の反動で作った右肩の痣と蓄積するナインティーンイレブンの疲労が右掌から消えかけていた頃に舞い込んだ、久し振りの仕事だった。
 その打ち合わせの最中の出来事。
 依頼内容を最後まで聞き終えるまでに、そんなリアクションで『名前の無い男』を睨み返した。
「知ってるさ。ペットボトル詰めだの水槽一杯の酸で溶かすだの妙な死体処理を得意にしてる連続猟奇殺人だろ? 半年前の話題だな……それが、なぁ」
 深江は葉巻を咥えたまま顎先をゆっくりと掻いた。
 依頼の内容を聞き終えると、しかめる眉も幾分か浅くなった。
 代わりに違った意味での怪訝な表情が口元に浮かぶ。
「ほう。その、猟奇的極まりない殺人手段はウチの元同僚の『決め技』だったのか……で、その気狂いの足抜けを蹴り返して『処理班』を向かわせたら、ことごとく返り討ちに遭って手を焼いている。そこで私にお鉢が回ってきた、か。……文字通り、飼い犬に手を噛まれたな」
 深江は深く吸い込んだ重厚な香りを乱雑に吐き出して、面倒臭そうな顔で目蓋を少し閉じた。
 元同僚とはいえ、実のところ、自分が所属する組織では『名前の無い男』以外に顔も名前も知らない。
 そもそも、自分が席を置く組織はどれだけの規模なのかも把握していない。
 安全な武器弾薬の供給ルートと確かな情報筋を持っているらしいことだけは理解しているつもりだが、現場で実働している部署がいくつ有るのかは予想も出来ない。
 組織が大き過ぎて不明なのか、小さ過ぎて不明なのかも判然としない。
 もしかすると、超法規活動を命じられた公的機関の一部なのかも、と疑う事も、それは完全に否定できない。……心当たりが無いでも無い。
 兎に角、身内の尻を拭くためのくだらない理由で命を賭けることは間違いないらしい。
9/12ページ
スキ