RAID!

 既に絶命しているのかもしれないが、対人停止力が優れた超重量弾の間髪無い命中によって、地面に倒れる事も許されないのだろう。
 軽快な作動音と共にナインティーンイレブンのスライドが後退したままストップした。
 フォアグリップを腰溜めで保持し、夜よりも冷たい表情をした深江は噛んだ葉巻の紫煙を唇の間から薄っすらと立ち昇らせた。
 唇からも弾丸を吐き出した印象を与える光景だった。
「……」
 4つの、ぼろきれを纏った人間の形をした肉塊はようやく、死のダンスを止める事を許されて地面にべちゃりと崩れ落ちた。
 弾痕は完熟のトマトをぶつけたかのように真っ赤な銃創を作っていた。
 湯気がほんのりと立つドス黒い血が蛇口を緩く捻ったように溢れ出てくる。
 もっと明るければ、美しい赤が吹き出ている様子を拝めたのかも知れないが、深江には連中の今わの際を看取ってやる義務も指令も受けていない。
 いつものように静かに夜陰に消えるだけだった。
 それ以上の行動は蛇足でしかない。
 ラバーソールの靴底は足音すら立てずに深江を歩ませた。
 夜風が小さな冷たい金属音を掻き消す。
 ナインティーンイレブンからフォアグリップを外し、弾倉を差し替えて仕事が完了したことを無言で語っている。
 乱雑に散らばった空薬莢を一つ、蹴り飛ばす。
 空薬莢は乾いた音を立てて良く転がった。
 今夜の没義道な行いは、いつ時の間にか、群雲から顔を出していた満月だけが知っていることだった。
   ※ ※ ※
「今度あの男に会ったら仕事をシフト制にして貰おう」
 最近、何かと愚痴の多い深江であった。
「マンビルガン……連発リボルビングガン! 『ただのタマが装填されているようには見えない』」
 深江は眉間に皺を寄せて吐き捨てる。
「ステアーLMA+M203……居座られたら難儀な支援火器だ」
 不覚にもまだ吸えるモンテクリストの吸い口を噛み潰してしまった。
「ドラム弾倉のスパス15……例えスタンシェルでも射線には立ちたくない」
 吐き捨てたモンテクリストを踵で忌々しく踏みつぶす。
「M60E3……ランボーの観すぎだ!」
 頭痛がしてきた深江。
「ここはどこだ? 何のショットショーの会場だ? それともプロップの販売会場か?」
 採石場を見下ろせる小高い丘の上で双眼鏡を握りしめる。僅かに双眼鏡のフレームが悲鳴を挙げた。
 双眼鏡を下ろして、頭痛を和らげたい一心で逃げるようにシガーケースを懐から取り出す。
「まあ……確かに。あれだけの得物を振り回せるだけのガタイをした外国人であるという情報は正しいな……。これは……判断ミスだ」
 大量殺傷を手段とする、自分と同じ香りがするテロリストの実行犯を主義主張ではなく、一被害者が恨みの念を込めて依頼をしてきた。
 日本に逃げ込んで来た足取りを掴んで駆けつけてみたが、連中は国内でシンパと合流した後で既に『仕事道具』を手にし、咥え煙草でサイティングをしていた。
 混血と思しき白人が4人。
 髪の色は様々だが、一様に優れた筋骨を持っている。恐らく兵隊崩れだろう。
 日本の『地下』であっても流通が少ない類の銃火器を携えているところを見ると、余程大きなシンパの援助を受けているのだろう。
 何かと民間人が密集している地域が多い国内で連中が持っている火器以上に大量殺傷に向いた凶器は無い。
 中東の真ん中でもないのに、今のご時世に鉛ダマをバラ撒くことに専念した強力な火器。
 時限装置などのワンクッションを置かない、直接的物理的破壊力を主な手段とするテロリストが治安国家を潜伏先としているのは由々しき事態だ。
 同じく『即物的テロ』に転じて職業にしている深江にとってはある意味、強力なライバルだった。
 理屈も道理も排して、単純で解りやすい鉄の弾を仕事道具とする、同じタイプの人間。
 相手にとって不足無し……と胸を張りたいが、火力の圧倒的大差は埋めようが無い。
 公安だの地元警察だのに嗅ぎつけられる前にカタを付けなければならない。
 時間的制約が大きなネックだった。
 今、この時、援護も作戦立案も無い状態で手元のナインティーンイレブンだけで完遂することが下された指令。援護や増援は無い。
「……あ」
 咥えた葉巻のフットをマーベラスで点してる時にふと、脳裏をとある固有名詞が過ぎった。
「ローデシア解放運動……か」
 今ではジンバブエと呼ばれている国が、嘗て内乱に苦しめられていた折に国内で猛威を揮った武闘派組織。
 当時のアフリカの小国にありがちな国軍の一点豪華主義のお陰で地下組織は主要都市での破壊活動に苦戦を強いられていた。
 機動車両は中古だが、搭載している兵装は最新型。新型の機動兵器が喉から手が出る程、渇望しているが予算が無いために苦し紛れに放った苦肉の策だ。
 数が揃えば恐ろしい兵器でも各個撃破となると途端に防衛力が低下する。
 ローデシア解放運動という組織はその重箱の隅を突付いた戦法で、国軍の機動兵器を次々と撃破していった。
 近代兵器というものは大多数の戦力を前にした時に少数の戦力で連携を執し、戦闘を優位に展開させることを前提として設計されている。
 火力が秀でた一個の戦力だけでは戦闘に勝つことは非常に難しい。
 人間対装甲車を仮定すれば、作戦如何によってはコピーで中古のRPG-7が2門揃えば装甲車を1輌、撃破できる。あるいは戦線復帰不可能な打撃を与えることができる。
 極端な例では有るが、爆薬を抱いた少年兵が四方八方から中古装甲車に自爆攻撃を敢行して撃破した例がいくつも有る。
 深江が注目したのは『効率の良い各個撃破』だ。
 戦術的な散開を許さず、全周展開を許さず、連携困難なほど、掻き乱せば勝機は有る。
 勝機。確率的な数値に作戦立案の根底を委ねるのは些か不本意ではある。勝機……そもそもそれは作戦の体をなさない存在だ。
 それでも目前の悪戦必至な戦闘に勝利できるのならこの瞬間に残りの人生の幸運を全て奉げても良いと思っている。大事な命を安い場所で安く売りさばくことに自分の価値を見つけたのだ。死にたくはないが、派手に死にたいという二律背反が衝突せずに存在している。……ある種の心の病だろう。
「残りの人生に残りの運勢を残そうとする奴ほど、早く死ぬものだ」
 言い聞かせるように呟くと、火を点けたばかりのモンテクリスト№4を足元に落として爪先で砂利を掛けて鎮火させる。
 午後3時になるまで後、5分。
 フォアグリップ、ストック、ドラム弾倉を装備して安全装置を切ったナインティーンイレブンを右手に提げた深江。
 薬室には既に初弾が送られ、撃鉄は撃発位置まで起こされている。
 飴色に変化したグリップを何度も握り直す。
 採石場に近付き、やや高い位置から連中がのうのうとトレーニング用のプラクティカル弾頭を用いてサイティングしている様子を今一度、双眼鏡で確認した。
「複数の大火力が必ずしも個人の携行火器に劣る道理は無い。火力の大きさにはそれぞれ、役割というものが与えられている。それが様々な口径の銃火器が存在する理由だ」
 フツフツと沸騰する深江の五体はトレンチコートの下で靱やかに静かに躍り立つ。
 先程までの不安と慄きに駆られていた、歪んだ瞳はどこにも無い。
 撃破対象を確認した地上攻撃機のセンサーのように機械的で冷血で……感情の無い笑みを眦に浮かべていた。
 命を刈り取る側はこちらなのだ。

 適当なドラム缶を適当に離れた位置からサイティングをするためのプラスチック弾頭で狙っていた4人の外国人テロリストの足元に一列に射線が縫い込まれた。
 それぞれのテロリストは矢張り何かしらの訓練を受けていたのか、一斉に散開するという素人の逃げ出し方はしなかった。
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