RAID!
依頼者は犯人を法律で裁いて貰うことより、できる限り速やかな屠殺を望んでいる。犯人に対する恨みが強い。
どんな感情を並べられてもいただく報酬には何の付加価値も無い。金は金だ。
今回の依頼を遂行するのに頼った情報のソース……潜伏先の情報は独自のルートから。それ以上は詳しく言えない。企業秘密だ。
深江の頬に少し暗い、虚無的な笑みが浮かび上がる。
犯人連中と自分。何れも端金のために人生を棒に振る人種だ。
妙な親近感が湧く。それが何だか可笑しい。
廃墟然とした空間をブチ壊す、くぐもる轟音。
あちらこちら。複数個所。
男と思われる、日本語ではない言語の怒声。
窓ガラスが叩き割られ、降りたシャッターを震わせて無数の散弾が猛威を揮う。
優れた速射では無かったが複数の12番口径は脅威だ。
訓練された反射能力ではないがそれを補う粒弾の弾幕は深江の近接を阻んだ。
「……時間が許せばタマ切れを待ちたい気分だ」
葉巻を噛み縛った唇の端から、紫煙と溜息と泣き言が思わず漏れる。
万能の射撃戦闘術はこの世に存在しない。
拳銃によって、弾薬によって、人数によって、主導権によって、場所によって、時間によって、それに応じた射撃術を瞬時に切り替えて対応するのがシュートアウトの基本だ。
漫画や映画のように何でもカンでも1挺の銃器で全てに対応するのは自殺行為以前に、銃火器を扱う資格すら持ち合わせていない。
深江は複数の射撃術を修得しているが、フルオートオンリーの火力だからこそ状況にそぐわない場面にも出くわす。
今が正にそれだ。
特製のナインティーンイレブンだからこそ、短機関銃とタメを張れる戦闘力を発揮する。それを扱う深江はハリウッド製のヒーローではない。疲労と恐怖の狭間でラグビーの如く主導権を奪い合う判断を的確に下さねばならない。
連中がもっと近くに寄らせてくれたら。
連中の得物が散弾銃で無かったら。
連中の戦力が一人だったら。
望む状況は幾らでも有る。
その中で、一人と1挺で現実と戦わねばならない。
絶望を感じて現実逃避をする余白すらこの現実には存在しない。
「今度から表看板にはCQB専門って記入しよう……」
距離如何に問わず、精密な狙撃には全く以って不向きな特製ナインティーンイレブン。
「ま、泣き言の続きは帰ってからにするかね……」
割れた窓ガラスから侵入した空きテナントの1階で、蹲ったまま左手で頬を軽く叩くとスイッチを切り替えた……と、いうよりはチャンネルを切り替えたといった方が正しい。
少しばかり見解を変えてみようと考えたからだ。
「……ふっ!」
深江は割れた窓ガラスから散発的な牽制射撃を行い、4つの銃口をこちらに誘導した。
轟音が出鱈目に連なる。彼女は裏路地へ通じる裏手の窓ガラスを叩き割りビルを後にした。
逃げ出したのではない。
充分に自分の気配を感じさせておいて敵火力の射線を集中させたのだ。
敵の位置が判っておきながら反撃できないでいた最大の原因は散弾の弾幕だ。
軍隊では散弾銃は再装填型クレイモアと揶揄される程、散弾の脅威が説かれている。ならば、拡散するパターンと伸びるコローンの合間に滑り込めば良い。
強力な連続攻撃には必ずその後に大きな隙が出来る。その隙をこちらのペースで無理矢理作ってやれば良いのだ。
銃火を集中させて再装填の隙を突く。
加えて、散らばる火力を一点に集中させる事で射線の拡散を狭い空間に縮める。
ナインティーンイレブンが初めて、攻撃を開始した。
物陰や辻の角に隠れる敵左翼から指切り連射を数度と繰り返して、面制圧の散弾銃に対して散弾のコローンが伸び切る側面から的確な点攻撃を散弾の射手に対して加える。
あっと言う間に主導権が深江の懐に飛び込んでくる。
敵左翼から2、3発ごとの指切り連射が唸り、いつもに増して獰猛な図太い空薬莢が頼もしく見えた。
箒で、転がった空き缶でも押しやるように連中はそれぞれの居場所からの移動を余儀なくされ、右翼側へ押しやられる。
斜面から転がした雪球が麓に来る頃には大きな雪球に膨れ上がるように敵戦力が一カ所に集中せざるを得ない状況に追い込まれる。
今まで、この機会が訪れなかった。
戦術や戦力と言う概念以前にたまたま、そのポジションに……優位なポジションに陣取っていた連中の運の強さが、今まで深江に屈辱的な膠着を強いていたのだ。
運機の見極めも戦略要素としては馬鹿に出来ない。その見極めを逃せばこの寂れたビル群がそのまま深江の墓標になっていた。
電柱の陰。辻の角。放棄された廃車。
それらの間を縫っていつもの灰色のトレンチコートは速度を増していた。
散弾というのは、銃口から飛び出すと突然、拡散パターンに展開するわけではない。
銃身内部をワッズという散弾を一まとめにするコップ状のパーツによって爆発した炸薬の力を間接的に伝えられて『押し出される』。そして空気抵抗でワッズは運動エネルギーを急速に失い墜落する。
炸薬の爆圧のエネルギーをワッズを介して引き継いだ散弾の塊が長円状の集団となり、その形状を長く伸ばしながら飛ぶ。この塊の状態がコローンだ。
そして運動エネルギーで目標に向けて飛ぶ。その途中に空気抵抗でワッズを失い、一点集中する『囲い』を失った散弾は秩序無く拡がる。これがパターンだ。
もっと大きな時間で言えば、撃ち出した散弾の次に再装填するアクションが隙となる。
真剣の刃は強力だが振り下ろしてしまえば、再び攻撃するために何らかの行動に出なければならない。
面制圧の拡散パターンは脅威だが、点攻撃と変わらないコローン状態だとただの一塊だ。
パターンとして拡がる前の散弾の塊であるコローンは側面に回り込んだ状態だと、どの様な全自動火器より劣る使い難さとなる。
今の連中はその状態だ。
散弾銃の銃口とは90度側面からの牽制射撃により再装填の暇も与えられないほどに押しやられている。それもこれも彼らの銃口を誘導していたからこそ可能になったのだ。
団子状態になるまで辻の奥に追い込まれた連中は、暗い手元で必死になって再装填を開始する。
啜り泣きに聞こえる罵声を捲くし立てる。
街灯の光源すら届かない暗い空間。
慌てふためき、落としたショットシェルが地面に転がる。
暗いものだから、ローディングゲート兼エジェクションポートで指を挟む者も居る。
その窮状を見詰める、小さく仄かに赤い灯火。
黴臭いビルの狭い狭間にモンテクリストの馥郁たる芳醇な香りが漂う。
「唸れ』。『ナインティーンイレブン』……」
女の低い声。
それを先途と、鼓膜を聾するフルオートの咆哮が世界を制圧した。
暗闇でドーナツ状と紡錘状を組み合わせたマズルフラッシュが瞬き、空薬莢が蛇がのたうつが如くエジェクションされる。
銃口の先約13mの位置ではマズルフラッシュによって浮かび上がった4つの人影がコマのように回転しながら滑稽な死のダンスを踊っている。
どんな感情を並べられてもいただく報酬には何の付加価値も無い。金は金だ。
今回の依頼を遂行するのに頼った情報のソース……潜伏先の情報は独自のルートから。それ以上は詳しく言えない。企業秘密だ。
深江の頬に少し暗い、虚無的な笑みが浮かび上がる。
犯人連中と自分。何れも端金のために人生を棒に振る人種だ。
妙な親近感が湧く。それが何だか可笑しい。
廃墟然とした空間をブチ壊す、くぐもる轟音。
あちらこちら。複数個所。
男と思われる、日本語ではない言語の怒声。
窓ガラスが叩き割られ、降りたシャッターを震わせて無数の散弾が猛威を揮う。
優れた速射では無かったが複数の12番口径は脅威だ。
訓練された反射能力ではないがそれを補う粒弾の弾幕は深江の近接を阻んだ。
「……時間が許せばタマ切れを待ちたい気分だ」
葉巻を噛み縛った唇の端から、紫煙と溜息と泣き言が思わず漏れる。
万能の射撃戦闘術はこの世に存在しない。
拳銃によって、弾薬によって、人数によって、主導権によって、場所によって、時間によって、それに応じた射撃術を瞬時に切り替えて対応するのがシュートアウトの基本だ。
漫画や映画のように何でもカンでも1挺の銃器で全てに対応するのは自殺行為以前に、銃火器を扱う資格すら持ち合わせていない。
深江は複数の射撃術を修得しているが、フルオートオンリーの火力だからこそ状況にそぐわない場面にも出くわす。
今が正にそれだ。
特製のナインティーンイレブンだからこそ、短機関銃とタメを張れる戦闘力を発揮する。それを扱う深江はハリウッド製のヒーローではない。疲労と恐怖の狭間でラグビーの如く主導権を奪い合う判断を的確に下さねばならない。
連中がもっと近くに寄らせてくれたら。
連中の得物が散弾銃で無かったら。
連中の戦力が一人だったら。
望む状況は幾らでも有る。
その中で、一人と1挺で現実と戦わねばならない。
絶望を感じて現実逃避をする余白すらこの現実には存在しない。
「今度から表看板にはCQB専門って記入しよう……」
距離如何に問わず、精密な狙撃には全く以って不向きな特製ナインティーンイレブン。
「ま、泣き言の続きは帰ってからにするかね……」
割れた窓ガラスから侵入した空きテナントの1階で、蹲ったまま左手で頬を軽く叩くとスイッチを切り替えた……と、いうよりはチャンネルを切り替えたといった方が正しい。
少しばかり見解を変えてみようと考えたからだ。
「……ふっ!」
深江は割れた窓ガラスから散発的な牽制射撃を行い、4つの銃口をこちらに誘導した。
轟音が出鱈目に連なる。彼女は裏路地へ通じる裏手の窓ガラスを叩き割りビルを後にした。
逃げ出したのではない。
充分に自分の気配を感じさせておいて敵火力の射線を集中させたのだ。
敵の位置が判っておきながら反撃できないでいた最大の原因は散弾の弾幕だ。
軍隊では散弾銃は再装填型クレイモアと揶揄される程、散弾の脅威が説かれている。ならば、拡散するパターンと伸びるコローンの合間に滑り込めば良い。
強力な連続攻撃には必ずその後に大きな隙が出来る。その隙をこちらのペースで無理矢理作ってやれば良いのだ。
銃火を集中させて再装填の隙を突く。
加えて、散らばる火力を一点に集中させる事で射線の拡散を狭い空間に縮める。
ナインティーンイレブンが初めて、攻撃を開始した。
物陰や辻の角に隠れる敵左翼から指切り連射を数度と繰り返して、面制圧の散弾銃に対して散弾のコローンが伸び切る側面から的確な点攻撃を散弾の射手に対して加える。
あっと言う間に主導権が深江の懐に飛び込んでくる。
敵左翼から2、3発ごとの指切り連射が唸り、いつもに増して獰猛な図太い空薬莢が頼もしく見えた。
箒で、転がった空き缶でも押しやるように連中はそれぞれの居場所からの移動を余儀なくされ、右翼側へ押しやられる。
斜面から転がした雪球が麓に来る頃には大きな雪球に膨れ上がるように敵戦力が一カ所に集中せざるを得ない状況に追い込まれる。
今まで、この機会が訪れなかった。
戦術や戦力と言う概念以前にたまたま、そのポジションに……優位なポジションに陣取っていた連中の運の強さが、今まで深江に屈辱的な膠着を強いていたのだ。
運機の見極めも戦略要素としては馬鹿に出来ない。その見極めを逃せばこの寂れたビル群がそのまま深江の墓標になっていた。
電柱の陰。辻の角。放棄された廃車。
それらの間を縫っていつもの灰色のトレンチコートは速度を増していた。
散弾というのは、銃口から飛び出すと突然、拡散パターンに展開するわけではない。
銃身内部をワッズという散弾を一まとめにするコップ状のパーツによって爆発した炸薬の力を間接的に伝えられて『押し出される』。そして空気抵抗でワッズは運動エネルギーを急速に失い墜落する。
炸薬の爆圧のエネルギーをワッズを介して引き継いだ散弾の塊が長円状の集団となり、その形状を長く伸ばしながら飛ぶ。この塊の状態がコローンだ。
そして運動エネルギーで目標に向けて飛ぶ。その途中に空気抵抗でワッズを失い、一点集中する『囲い』を失った散弾は秩序無く拡がる。これがパターンだ。
もっと大きな時間で言えば、撃ち出した散弾の次に再装填するアクションが隙となる。
真剣の刃は強力だが振り下ろしてしまえば、再び攻撃するために何らかの行動に出なければならない。
面制圧の拡散パターンは脅威だが、点攻撃と変わらないコローン状態だとただの一塊だ。
パターンとして拡がる前の散弾の塊であるコローンは側面に回り込んだ状態だと、どの様な全自動火器より劣る使い難さとなる。
今の連中はその状態だ。
散弾銃の銃口とは90度側面からの牽制射撃により再装填の暇も与えられないほどに押しやられている。それもこれも彼らの銃口を誘導していたからこそ可能になったのだ。
団子状態になるまで辻の奥に追い込まれた連中は、暗い手元で必死になって再装填を開始する。
啜り泣きに聞こえる罵声を捲くし立てる。
街灯の光源すら届かない暗い空間。
慌てふためき、落としたショットシェルが地面に転がる。
暗いものだから、ローディングゲート兼エジェクションポートで指を挟む者も居る。
その窮状を見詰める、小さく仄かに赤い灯火。
黴臭いビルの狭い狭間にモンテクリストの馥郁たる芳醇な香りが漂う。
「唸れ』。『ナインティーンイレブン』……」
女の低い声。
それを先途と、鼓膜を聾するフルオートの咆哮が世界を制圧した。
暗闇でドーナツ状と紡錘状を組み合わせたマズルフラッシュが瞬き、空薬莢が蛇がのたうつが如くエジェクションされる。
銃口の先約13mの位置ではマズルフラッシュによって浮かび上がった4つの人影がコマのように回転しながら滑稽な死のダンスを踊っている。