RAID!
『日本国籍を持つ正式な遺産相続人』とやらの名義人としてしか利用価値の無い深江には骨肉の争いには全く興味は無い。親族を自称する連中が勝手に裁判を起こしている最中でも自由に振舞えた。
深江がヘソを曲げて対抗派閥に寝返らないように潤沢な生活費を工面してくれる。
深江を利用する一派は元からの資産家らしく、生活費に困ったことは無い。
そいつらが、欲が出て更なる資産を増やそうと企んでいるのは一目瞭然だった。
欠落して久しい心の隙間を埋めてくれたのは『名前の無い男』。
深江のキナ臭い、過去の血筋にだけは何故か詳しい男だった。
8分の1……純血の日本人ではないオクタース。他の8分の7の血筋には当然、得体の知れない穢れた血も混じっている。
その穢れた血に用件が有ると、黒タバコの臭いがする男は深江を探し出して単刀直入に、鈍りかけた牙を研き直す『仕事』を紹介してくれた。
最初は話が出来過ぎて、頑として首を縦に振らなかった深江だったが、彼女を納得させる無骨な拳銃が目前にゴトリと置かれてしまった。
シリアの傭兵キャンプで駆け回っていた頃に世話になった、直属の上官にして名誉軍事顧問にして、深江を守るために孫だと言い張る唯一の自称血族。『女闘士』ことミズ・ダストペリ。
冷戦構造の草創期から活躍した伝説のアンダースミス(地下工房での武器調達・武器製造に関わる人間の総称)だ。
シリア近隣では、今となっては古い破壊的テロリズムでも現地では未だに通用する戦闘手段。
世界を股に掛けて駆けずり回った挙句に骨を埋めるべき星を見失い、今ではロンドンの端で余生を送り始めたとか。IRAのスリーピングボムに吹き飛ばされるのを夢見ているのかもしれない。
忌々しくも敬愛して止まないミズ・ダストペリの『最新作』が深江の目前に無造作に置かれた。
瞬間、深江の意思や信条や理由などのしがらみは一切吹き飛んで『名前の無い男』の軍門に下った。
それが全て。
『仕事』内容自体は金を貰い、のさばる悪意を始末するだけ。
相手がどこの誰であろうと、人数は関係無く物理的脅威の寡多は度外視してただの薄っぺらい殺し屋風情に成り下がる。
それが『仕事』。
日本に着た時、自分は『死んだ』と思っていた。思うとした。
なのに、硝煙を懐かしむだけの抜け殻になったと悲観し、呼吸をする死体だと自嘲する自分の霞みを帯びた心が、あたかも、初弾を薬室に送り込む心地良い作動と共に息を吹き返した。
「満足のいく死に方が選べる機会が与えられた」……それで充分。それまでの何もかもが余談程度のオマケに格下げされた。
※ ※ ※
「イサカ・ステークアウト4連発のソウドオフは中々使える。丁度20インチバレル。世界中どこでも手に入る12番口径2.75インチシェルを使える強味に加えてローディングゲートとエジェクションポートが同じ働きをするために機関部が非常にコンパクトで頑強だ。ニューヨーク市警も正規品が出回るまでは暗黙の了解的に銃身を切り落としたイサカをパトカーに積んでパトロールしていたほどだ」
独り言の内容とは真逆に、アンニュイに喋りながらモンテクリスト№4のヘッドをダブルラウンドブレードのギロチンカッターでフラットにカットする。
ふっとカット面に一息吹いて粉葉を吹き飛ばすと、ベジタブルスティックでも齧るような手付きでモンテクリストを咥えた。
トレンチコートのハンドウォームにギロチンカッターを落とすと今度はマーベラスのオイルライターを取り出して遠火でジリジリとフットを炙る。
尚、マーベラスに充填しているオイルは100円均一ショップで売っている格安のオイルだ。メーカー純正の高純度オイルとは含まれている成分が違う為に独特のオイル臭が葉巻に移りにくいので味は殆ど損なわれない。
細い紫煙を何の感動も無く、紙巻煙草感覚で吐く。
「さて。それを踏まえて……」
深江の静謐で黒く深い瞳が、捕食対象を発見した猛禽類のそれと同じ鋭さに光る。
午後11時半を少し経過。
寂れたテナントビルが林立する、事実上の眠れる廃墟。
寿命が近い街灯がメンテナンスも受けずに心許ない光源を所々で提供している以外に目ぼしい灯りは無い。
メインストリートの派手なネオンですらこの一角だけは敬遠しているように毒々しい輝きが届いていない。
昼日中でも人気が少ない通りで、ここを根城にしているのは浮浪者と麻薬の密売人くらいなもので、その密売人にしても売上を強奪する地元の不良集団や敵対組織の襲撃を恐れて頻繁に取引場所にしない。
「……良いね。暴れるにはもってこいのロケーション」
言葉の雰囲気は笑っていたが表情は笑っていない。
ストリートの真ん中を歩きながら左脇から抜いたナインティーンイレブンに、右脇のシースから取り出した、安っぽい木製のフォアグリップを取り付けた。
ボックスネジタイプの差込口に連結部分を差し込んで180度ひねるだけで完璧に固定される。
コートを靡かせ、咥え葉巻で寒風が凪ぐ通りの真ん中を歩きながらコンディション1のナインティーンイレブンを操作する。
都市の死角に唐突に姿を現した殺し屋のステレオタイプのイメージとしては最高の被写体だった。
「……」
深江は今回の仕事のあらましを思い返しながら、携行する上で叩き込んでいたスタンダードマガジンを抜いて後腰から直径30cmばかりの45連発ドラムマガジンを引き抜いて、マグウェルに挿す。
既にコンディション1で待機していたナインティーンイレブンは弾倉を交換しただけで直ぐに戦闘体勢に移ることができる。
コンディション1とはナインティーンイレブンと呼ばれるM1911とそのクローン全てに適応される独特の待機状態を指す。
薬室に初弾を送り込み、更に弾倉はフルロードで撃鉄を起こした状態で安全装置を掛けてホルスターに収納している状態を指す。
段階に応じてコンディション2、3なども有るがそれらの中で最も戦闘を意識してナインティーンイレブンを携行している状態をコンディション1と呼ぶ。
このコンディション1を極めることができないシューターはM1911系統やそのクローンを扱う資格があるのか? と訝しく思われる、とまで言われている。
ただでさえスプリング圧に負担の掛かる状態での待機である。
フェザータッチで毎分650発の45口径を吐き出す深江のナインティーンイレブンは非常にデリケートに扱う必要が有る。
にも関わらず、彼女は引き金に指を掛けることを回避しているだけで、それ以外には殆ど無頓着だった。
ドラムマガジンを叩き込んでからローディングエレベーターのゼンマイを巻き上げ始めたくらいだ。
「どこから攻めるか」
仕留めるべき相手は4人。
情報では金券ショップと質屋の売上金を専門に狙う在り来たりな強盗だった。
『足』を消すために目撃者を全て射殺する凶悪犯であることを除けば地方版の小さな新聞の端にも載らない程度の強盗だ。
防犯カメラから得られた情報では4発毎に再装填をする、銃身の短いポンプアクション散弾銃を使うらしい。
弾き出されたエンプティシェルは全て床に向けて吐き出されているという。
依頼者の身元は保証されている。殺し屋稼業を洗い出すための司法機関やライバルの欺瞞工作ではないようだ。
深江がヘソを曲げて対抗派閥に寝返らないように潤沢な生活費を工面してくれる。
深江を利用する一派は元からの資産家らしく、生活費に困ったことは無い。
そいつらが、欲が出て更なる資産を増やそうと企んでいるのは一目瞭然だった。
欠落して久しい心の隙間を埋めてくれたのは『名前の無い男』。
深江のキナ臭い、過去の血筋にだけは何故か詳しい男だった。
8分の1……純血の日本人ではないオクタース。他の8分の7の血筋には当然、得体の知れない穢れた血も混じっている。
その穢れた血に用件が有ると、黒タバコの臭いがする男は深江を探し出して単刀直入に、鈍りかけた牙を研き直す『仕事』を紹介してくれた。
最初は話が出来過ぎて、頑として首を縦に振らなかった深江だったが、彼女を納得させる無骨な拳銃が目前にゴトリと置かれてしまった。
シリアの傭兵キャンプで駆け回っていた頃に世話になった、直属の上官にして名誉軍事顧問にして、深江を守るために孫だと言い張る唯一の自称血族。『女闘士』ことミズ・ダストペリ。
冷戦構造の草創期から活躍した伝説のアンダースミス(地下工房での武器調達・武器製造に関わる人間の総称)だ。
シリア近隣では、今となっては古い破壊的テロリズムでも現地では未だに通用する戦闘手段。
世界を股に掛けて駆けずり回った挙句に骨を埋めるべき星を見失い、今ではロンドンの端で余生を送り始めたとか。IRAのスリーピングボムに吹き飛ばされるのを夢見ているのかもしれない。
忌々しくも敬愛して止まないミズ・ダストペリの『最新作』が深江の目前に無造作に置かれた。
瞬間、深江の意思や信条や理由などのしがらみは一切吹き飛んで『名前の無い男』の軍門に下った。
それが全て。
『仕事』内容自体は金を貰い、のさばる悪意を始末するだけ。
相手がどこの誰であろうと、人数は関係無く物理的脅威の寡多は度外視してただの薄っぺらい殺し屋風情に成り下がる。
それが『仕事』。
日本に着た時、自分は『死んだ』と思っていた。思うとした。
なのに、硝煙を懐かしむだけの抜け殻になったと悲観し、呼吸をする死体だと自嘲する自分の霞みを帯びた心が、あたかも、初弾を薬室に送り込む心地良い作動と共に息を吹き返した。
「満足のいく死に方が選べる機会が与えられた」……それで充分。それまでの何もかもが余談程度のオマケに格下げされた。
※ ※ ※
「イサカ・ステークアウト4連発のソウドオフは中々使える。丁度20インチバレル。世界中どこでも手に入る12番口径2.75インチシェルを使える強味に加えてローディングゲートとエジェクションポートが同じ働きをするために機関部が非常にコンパクトで頑強だ。ニューヨーク市警も正規品が出回るまでは暗黙の了解的に銃身を切り落としたイサカをパトカーに積んでパトロールしていたほどだ」
独り言の内容とは真逆に、アンニュイに喋りながらモンテクリスト№4のヘッドをダブルラウンドブレードのギロチンカッターでフラットにカットする。
ふっとカット面に一息吹いて粉葉を吹き飛ばすと、ベジタブルスティックでも齧るような手付きでモンテクリストを咥えた。
トレンチコートのハンドウォームにギロチンカッターを落とすと今度はマーベラスのオイルライターを取り出して遠火でジリジリとフットを炙る。
尚、マーベラスに充填しているオイルは100円均一ショップで売っている格安のオイルだ。メーカー純正の高純度オイルとは含まれている成分が違う為に独特のオイル臭が葉巻に移りにくいので味は殆ど損なわれない。
細い紫煙を何の感動も無く、紙巻煙草感覚で吐く。
「さて。それを踏まえて……」
深江の静謐で黒く深い瞳が、捕食対象を発見した猛禽類のそれと同じ鋭さに光る。
午後11時半を少し経過。
寂れたテナントビルが林立する、事実上の眠れる廃墟。
寿命が近い街灯がメンテナンスも受けずに心許ない光源を所々で提供している以外に目ぼしい灯りは無い。
メインストリートの派手なネオンですらこの一角だけは敬遠しているように毒々しい輝きが届いていない。
昼日中でも人気が少ない通りで、ここを根城にしているのは浮浪者と麻薬の密売人くらいなもので、その密売人にしても売上を強奪する地元の不良集団や敵対組織の襲撃を恐れて頻繁に取引場所にしない。
「……良いね。暴れるにはもってこいのロケーション」
言葉の雰囲気は笑っていたが表情は笑っていない。
ストリートの真ん中を歩きながら左脇から抜いたナインティーンイレブンに、右脇のシースから取り出した、安っぽい木製のフォアグリップを取り付けた。
ボックスネジタイプの差込口に連結部分を差し込んで180度ひねるだけで完璧に固定される。
コートを靡かせ、咥え葉巻で寒風が凪ぐ通りの真ん中を歩きながらコンディション1のナインティーンイレブンを操作する。
都市の死角に唐突に姿を現した殺し屋のステレオタイプのイメージとしては最高の被写体だった。
「……」
深江は今回の仕事のあらましを思い返しながら、携行する上で叩き込んでいたスタンダードマガジンを抜いて後腰から直径30cmばかりの45連発ドラムマガジンを引き抜いて、マグウェルに挿す。
既にコンディション1で待機していたナインティーンイレブンは弾倉を交換しただけで直ぐに戦闘体勢に移ることができる。
コンディション1とはナインティーンイレブンと呼ばれるM1911とそのクローン全てに適応される独特の待機状態を指す。
薬室に初弾を送り込み、更に弾倉はフルロードで撃鉄を起こした状態で安全装置を掛けてホルスターに収納している状態を指す。
段階に応じてコンディション2、3なども有るがそれらの中で最も戦闘を意識してナインティーンイレブンを携行している状態をコンディション1と呼ぶ。
このコンディション1を極めることができないシューターはM1911系統やそのクローンを扱う資格があるのか? と訝しく思われる、とまで言われている。
ただでさえスプリング圧に負担の掛かる状態での待機である。
フェザータッチで毎分650発の45口径を吐き出す深江のナインティーンイレブンは非常にデリケートに扱う必要が有る。
にも関わらず、彼女は引き金に指を掛けることを回避しているだけで、それ以外には殆ど無頓着だった。
ドラムマガジンを叩き込んでからローディングエレベーターのゼンマイを巻き上げ始めたくらいだ。
「どこから攻めるか」
仕留めるべき相手は4人。
情報では金券ショップと質屋の売上金を専門に狙う在り来たりな強盗だった。
『足』を消すために目撃者を全て射殺する凶悪犯であることを除けば地方版の小さな新聞の端にも載らない程度の強盗だ。
防犯カメラから得られた情報では4発毎に再装填をする、銃身の短いポンプアクション散弾銃を使うらしい。
弾き出されたエンプティシェルは全て床に向けて吐き出されているという。
依頼者の身元は保証されている。殺し屋稼業を洗い出すための司法機関やライバルの欺瞞工作ではないようだ。