RAID!

 短い断末魔を漏らす間も無く肺から空気を搾り出す。その呼吸を最期の生命活動として沈黙する、可哀想なだけの『多数の脅威』。
 銃火が烈火が業火が、様々に好き勝手に、あちらこちらで、誰を狙い誰を撃ち誰に撃たれ、誰がイニシアチブを握っているのかも解らぬほど、混沌とした無煙炸薬の香りが充満する空間で咲き乱れて狂い散る。
 空薬莢が無秩序に跳ね返る狭い空間で、隣で瞬いたマズルフラッシュから浴びせられる火薬滓の熱さが分かる空間での長い刹那。
 鼓膜が劈かれる銃声は脳髄を揺さぶり、掌から伝わる、必殺の一撃を放っている証拠の反動は恐怖と怒号を昇華させる。
 何もかもが解らない事だけが、ただ、解っていることの全て。
 事象の本質を全て理解している人間が居るとすれば……。
 轟音と血煙と硝煙と埃とささやかな断末魔の去った果てに、悠々とオーソドックスな7発弾倉をマグウェルに差し込んでスライドリリースレバーを親指で押し下げた、小癪な美顔の三十路女だけだ。
「頭数という『弱いカード』に賭けた代償は命のキャラクターシートだ……どうだ? 安い授業料だっただろう?」
 吐き気を催す臭気が充満する凄惨な空間にいつものハバナがほんのりと香る。
 咥えたモンテクリストに大きな風貌が特徴的なマーベラス・キャノピーエディションで再び火気を点した。
 結局、一度も使わなかったフォアグリップとストックを取り外して右懐の特製ホルスターのハーネスに通したシースに収納し、フルオートオンリーの凶器は左脇に滑り込ませた。
 何の感慨も表情に出さず、踵を返すと無造作に空薬莢を爪先で蹴散らしながら、太陽が朱色を帯びてきた世界に向かって歩き出した。
 陳腐な言葉用いるのなら……『屍の山から帰還した隠者』。
 本当に床の色が赤く塗り変えられるほどの屍を製造して表情を消したまま、咥え葉巻で現場を去って行ったのだからこれ以上の形容は無い。
 
「ふん。未だ自分のことをミズとか呼ばせている死に損ないから何を預かってきたと思ったら……」
 3ヶ月前、辟易した顔で深江は高級なハバナシガーを乱暴に吐いた。
「左フレームにアザミの刻印ねぇ。どうせあのバアさん……ジイさん連中と一緒になって、一杯、引っ掛けながら作ったんだろ? はっ、死んだら棺桶にヤスリとガンオイルを入れといてやるかね」
 一息吐いて深江は真正面に向き直ると、至極、真面目な視線を射るように向けながら、それまでの軽口から打って変わって喋り出した。
 それは、死ぬ覚悟が出来た人間を想像させる顔つきだった。
「解った。分った。判った……あんたの覚悟も本気だと了解した。OK。その悪い覚悟に乗らせて貰う……あのバアさんが見込んで、コイツを日本まで運ばせた男の覚悟だ。常世の底辺で掃除屋稼業に堕ちるのも一興だ」
 一服、深く葉巻を吸う。
「正義だの悪だの、義侠心だの勧善懲悪だのはこの際、どうでも良い論点だ。あんたの魂胆に付き合ってやるさ……ハイでクールでスリリング……良いじゃないか。精神衛生的に旨味の有る話だ」

 そして、3ヶ月後の現在に到る。

   ※ ※ ※

 モンテクリスト№4を横咥えにして、右掌から小さく切った湿布薬を捲りながら顔を顰める。
 今し方、黒タバコの口臭が酷い雇い主から散々、ダメ出しされたところだった。
「一方的な屠殺は大変、依頼主が気に入っていた。だが、つまらない口上を述べながら快楽に溺れるな……お前自身が自分の体を壊すような無茶をするからミズ・ダストペリはお前専用のナインティーンイレブンを作ったんだ」
 言葉通り、昨日の仕事場ではクールなビジュアルだけを意識してフルオートのナインティーンイレブンの補助パーツ――フォアグリップとストック――を一切使用せず、右手だけで短機関銃用強装弾の45ACPの蹴り上げられる反動を抑えていた。
 深江は45口径の反動に陶酔感に似た快楽を覚える性癖が有るらしい。
 リボルバーの銃口を蹴り上げられる反動より、ナインティーンイレブンのトリガーガードの角を蹴飛ばされる感触が心地良いのだ。
 彼女曰く、1発撃つ毎にワンショットグラスでチェイサー無しのワンフィンガーを呷っている感覚に陥るという。
 それがフルオートで体幹を震わせると……。上質のシングルモルトを水割りでゆっくりと嚥下している錯覚。
 その代償に右手に鈍い震動を断続的に感じている錯覚に襲われて親指の付け根から手首に掛けての筋肉が悲鳴を挙げている。
 このような無茶を繰り返していれば早い時期にチェーンソウ障害を引き起こし、老年期を待たずに右手の機能が半減してしまう。
 欧米の射撃家はこの障害に対抗するために、緩衝素材が仕込まれた専用グローブを用いて射撃人生に没頭する。
 オクタースの深江は幼少の頃より、45オートを専門に慣れ親しんできた。
 呼吸をすれば硝煙が肺に紛れ込んでくる生活を余儀なくされてきた。
 何しろ、シリアの傭兵キャンプで産声を挙げたのだ。砲声が子守唄で携行できる殺傷兵器がオモチャ代わりだった。
 与えられたのは第2次世界大戦中に作られた、連合軍に供給されていたコルトM1911A1。
 その弾薬ならば腐るほど倉庫で眠っていた。実際に腐っている弾薬も混じっている。
 21世紀に入った時代での低強度国際紛争だというのに45口径のM3A1グリースガンを持たされて、AKを持つ大人と並んで戦闘に参加させられていた。
 与えられた骨董品のコルトM1911A1をジャムらせること無く撃てるようになった頃に大きな転換が訪れた。
 17歳の頃に、日本に居ると言われている親族に無理矢理――遺産相続のお飾り的『神輿』として――引き取られた。
 戦争ボケ体質が抜けない当時の深江には平和の極みに有る日本は実に住み心地が悪い環境だった。
 両方の掌に拳銃ダコを作った人間が、硝煙を香水とする女が、平和ボケの渦中でまともに生活できるだろうか?
 強力な炸薬を用いた弾薬を使用する自動拳銃は両手でしっかりと保持して撃発させても、発生する反動が腕を伝って体躯に吸収されてしまい、自動拳銃が必要とする次弾撃発に必要なリコイルショックが充分に得られずに自動拳銃は排出されるべき空薬莢を噛み込んでしまって装弾不良を起こす。
 これを防ぐには肩から背中に掛けての筋骨が発達しなければ予防できない。即ち、体がある程度成長しなければ強力な自動拳銃を巧く扱うのは難しい芸当なのだ。
 才能と素質が有っても体躯が付いてこなければ初弾のマズルキックで跳ね上がったフロントサイトで額に瑕を彫る。
 戦士として使い物に成った頃に、見た事も聴いた事も無い国に連れてこられたのだ。
 言語の壁は厚かったが、柔らかい脳細胞は紙が油を吸うように訛り交じりのネイティブな日本語だけを吸収した。
 お陰で、標準的な発音の日本語はまともに聞く事も話す事も難しい。
 水と平和はタダで宗教観に節操が無く、参政する民権意識が薄いクセに自由と自分勝手を履き違えた権利だけはしっかりと叫びたがる国民性。
 日本の国民性を理解するのに一番手を焼いた。
3/12ページ
スキ