RAID!

 その違法改造のアンダーグラウンドピストルは、世界中のあらゆる時代の、あらゆる国の、あらゆる思想を掲げる過激主義団体……テロリストに愛用されてきた。
 最古の押収品は戦中の民兵組織から。最多の押収品はテロの旋風が吹き荒れていたイギリスで。
 たった7発しか装填できない弾倉も、時代が進むに連れてブリキを曲げて作ったロングマガジンからマイナーメーカーやアマチュアメーカーがヘビーシューター向けに製作した多弾数ドラム弾倉に取って代わった。
 レシーバー下部のタクティカルマウントにM4カービン用フォアグリップを取り付けるアイデアも登場した。
 大量にリバイバルされたルガーP-08砲兵モデル用の着脱銃床を取り付けて安定性を増したモデルも殆ど同時に登場した。さらにはグリップパネル組み込み式のレーザーサイトを装備して命中精度を高めた。
 これほどまでに知恵を絞って改造してみても、欧米の流通価格で検討すると中古で45ACPモデルのイングラムを買うより遥かに安いのだ。

 それでも彼女が使う改造コルトM1911A1は昔ながらのスタイルを踏襲していた。
 戦時中にパルチザンが考えついたと言われる、ハンドメイドの複合ブレッヒャー工法で作られた20連発単列弾倉。
 レシーバー下部のスライドスペースにホームセンターで買えるボルト、ナット、円柱形木材で作った取り外し可能のフォアグリップ。
 万力とタガネを用いて、職人感覚でステンレスを『それらしい形』に折り曲げて作った簡素な外見の取り外し可能な銃床。
 クルミ材を厚めにスライスした物で形成した特製グリップ。それはグリップが丸みを帯びており、グリッピングが楽になっている。
 少しばかり違っていたのは使っている材質。
 従来のML#2400系鋼材ではなく、最新の技術で精錬されたウォーロックH-40シリーズを用いている。1インチ口径の対物ライフルの機関部で多用される、衝撃に強く粘りの有る耐久性最優先のコンセプトで作られた金属だ。
 使用する45ACP弾が短機関銃用強装弾で、弾頭は侵徹比率の低いセミジャケッテッドホローポイントである事を想定した、昔風テロリズムを実行するための改造……否、一から製作していることを鑑みれば改造ではない……『違法製作のマシンピストル』だ。
 材質から厳選されてスタイルとメカニズムを全くのナインティーンイレブンで拵えた『捻りの無い大量殺傷兵器』。
 全自動火器というにはあまりにも大雑把な外観の拳銃を『彼女』、出野深江(いずの みえ)は右手にダラリと提げて廃墟化して久しい瓦礫同然の廃ビルの内部を無警戒に歩いている。
 何かを、誰かを探している風でもなく。
 追っているわけでも逃げているわけでもない。
 季節柄、全く普通のトレンチコート。
 三十路に入ったというのに無駄に魅惑的な、眉目秀麗を形容するに相応しい造りをした容貌。
 年齢と比較して若さが引き立つという意味での美しさではなく、年齢相応に翳りを帯びた落ち着きを見せる魅力だ。
 長身。
 体躯の雰囲気は野暮ったいコートのお陰で判然としないが、一枚の布きれもまとっていない姿を妄想しない異性は居ない。尤も、この廃ビルでは人間の影すら察知できない。
 柑橘系と焦がした蜂蜜が複雑に入り混じった紫煙が漂う。
 今し方、深江は拳銃ダコが薄く浮いた左手の指に挟んだハバナ葉巻を、小さく整った可憐な唇から離した。
 軽く口腔を満たし細く短く吐く。
 マレーバまたはプチコロナと呼ばれるシェイプをしたハバナ葉巻。
 モンテクリスト№4。
 香り立つ紫煙のニュアンス。それにフラットカットされた吸い口とリングラベルの位置を見れば葉巻通なら一目で銘柄とシェイプを判別できる。
 キューバのヴァルターバホで採取されたグランデクバノ種の葉を熟練の葉巻職人が最初から箱詰まで手作業で行う高級葉巻で、世界で生産される全ての葉巻はこのモンテクリストを始めとするハバナシガーを目指して研鑚される。
「……」
 チリッ
 深江の右耳は右手側の吹き曝しになったドア跡の陰から砂利が踏み締められる僅かな音を拾った。
 残像がついて来るほどの指弾の速度で右手が閃いた。
 それは既に薬室に初弾が送り込まれ、撃鉄が起きた状態で保持されていた。
 言うまでも無くトリガープルはフェザータッチで撃鉄が落ちる。
 銃口の先に紡錘型のマズルフラッシュが瞬き、噴霧器のように赤味掛かったオレンジ色が伸びる。
 胎にも無機質な廊下にも尾を引く轟音が席巻する。
 その間に図太い空薬莢が2個、弾き出されて堅い床にぶつかって跳ねる。
 毎分650発の発射速度。
 指先の感触だけで連射を中断させる指切り連射を極めているからこそ、僅かな時間で僅かな銃弾を吐き出しただけで速射が停止する。
「……」
 ステンレス線銃床や円柱木材で拵えたフォアグリップも一切使っていない。
 バカ長いだけと思われている手作りロングマガジンの重量も感じていないように軽々と、ポケットオートでも撃つ感覚での発砲だった。
「悪いねぇ。セフティを切ったら、フルオートでしかタマが吐き出せないんだ」
 言い終えると同時に蝶番だけのドアの陰からフライトジャケットを着た30代前半位の不健康に痩せた男が、黄色い眼球を剥きながら顔面から地面に崩れ落ちた。
 左胸部に被弾した2箇所の銃創から、赤く熱い生命の証を溢れ出させながら小さく震える。男の傍らではノリンコ製FNハイパワーのコピーが安っぽい輝きで誇示していた。
 深く、葉巻を一吹かし。
 優雅に濃厚で馥郁たる香りを立ち昇らせる。
 質量を感じるほどの香りもマグネシウムでも焚いたかのような硝煙の臭いと混ざり合って咽返る悪臭となる。
「かかってきな。落伍者供。同じ落伍者が相手になってやる」
 人の気配など微塵も感じなかったはずの廃ビルのこの一角に死臭を嗅ぎ付けた烏が集る様に、突如として影が揺らめく。文字通り、物陰から人の影が湧いてくる描写が似合っている。
 実体を持たぬ幽鬼悪鬼の類ではない証拠に幾つもの不穏な存在は、それぞれの手に雑多な火器を携行していた。
 密造銃にソウドオフに非合法火器。名前すら与えられていない銃火器の列挙だったが、それで銃弾一発の破壊力が変化することはない。
「一個の特定戦力が多数の高度脅威に晒された場合でも絶望せずに撃破する作戦は必ず存在する。引いては、多数の戦力だからこそ一個の存在を軽視する隙は必ず存在するということだ……掛かってきな。落伍者供……バスク地方解放運動同盟式でレクチャーを叩き込んでやる」
 途端。深江が袖を通す灰色のトレンチコートはその場で人間の形を象った灰色の旋風に変化する。
 人影たちが視界に納めるトレンチコートの靡く裾は死神の黒衣の裾と同等の意味を持つ。
 45口径の獰猛な銃火が咲く度に、雑多な火器が吼え狂う狭間を縫いながら駆け巡る。
 彼女の直線上の射線に立つ、火器を携えた『多数の脅威』は毎分650発の速度で吐き散らされる熱い銃弾の標的となった。
 多数の火閃が伸びる狭い空間を、歪んだ灰色の人型が不規則に躍るかのように流れる。
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