RAID!

 ドラム弾倉の残弾確認孔を覗く。
 調子に乗って弾丸をバラ撒き過ぎた。
 残弾が少ない。
 15発程度しかドラム弾倉に残っていない。残弾が少なくなると多弾数弾倉は一気に機動力を削ぐ錘に変貌する。見た目に反して実戦では有難いのは、最初の圧倒せんばかりの掃射の時だけなのだ。
 ほど好い弾数の弾倉を直感的に交換出来るシステムが、フルオート火器に求められる理想的な弾倉交換だ。
 場合によっては弾倉に何発か残弾が有っても牽制力にもならない弾数ならばその弾倉は捨てて、さっさと新しい弾倉と交換することもテクニックの一つだ。
 戦闘区域では何が起きるのか予想できない。だから、携行火器の火力は常に最大戦力を発揮出来るように調節しておく必要がある。
 コートのベルトを締めて右脇から抜き出した3本の20連発単列弾倉を脇差を差すように腹から左腰に掛けて押し込む。
 共用できるからと、新しいコンセプトで造られたドラム弾倉を携行するより、慣れ親しんだ、複合ブレッヒャー工法で拵えられた貧乏テロリストの遺物の方が何故か心強い。
 似た感触で例えるのなら、小口径高速弾をフルオートで撒き散らすアサルトライフルより、中口径低進弾をクリップ装填のセミオートで狙いながら撃つ動作の方が好きだと言う老兵と同じだろうか?
「お、見つけた」
 深江は大きなだけで価値の無さそうな邸宅まで走り込むとステンレス線をひん曲げて拵えた簡素なストックで窓ガラスを叩き割り屋内に飛び込んだ。
 吹き付け塗装が剥がれ、見窄らしい邸宅内から散発的な短い指切り連射を繰り返して標的の男を誘う。
 標的の男も撃ちながら走る。撃つ時は遮蔽物に身を寄せて、停止してから撃つ。僅かな命中精度を効率的に上昇させる手段だ。
 フォアグリップもストックも無い単列弾倉の化け物大口径を走りながら撃っても全く命中精度は望めない。それが可能なのはスクリーンかブラウン管の中だけの話だ。
 標的の男は未だ得体の知れない崖ッ淵で悦楽を求めているのだろうか?
 エサをエサとも思わない馬鹿正直な直進ルートで邸宅の別の窓口から飛び込んだ。
「さて。ここからが本番だな。どう、料理してくれよう……」
 深江の足元に空になったドラム弾倉が落ちる。
 腹のベルトから鉈の鞘のように長い20連発単列弾倉を引き抜く。それを挿し込んで、スライドリリースレバーを親指で押し下げた。確実な作動が指先を通じる。指先の感覚は正常だ。思考もクリアだ。その証拠に頼もしい、金属が噛み合う音に対して安心感を覚える。
 後退したままのスライドが前進して弾倉上端の弾薬を引っ掛けてそのまま薬室に初弾として押し込む。
 起きたままの撃鉄。僅かに後退して軽くなっている引き金。この状態で安全装置を掛けてホルスターに収納すればコンディション1だ。
 ライフリングがそろそろ寿命であることも計算している。
 生きて帰ることができたのなら入念なクリーニングとパーツ交換は真っ先に行いたい。
 タマが撃てて当れば万事解決と腹に括っている、二人の時代遅れな拳銃使いが再び、屋内を舞台に銃撃を開始する。
 弾頭を交換していないのか、交換する弾種を持ち合わせていないのか? 標的の男は壁を50口径でブチ抜くような荒々しい発砲はせず、遮蔽物の陰から覗く深江の陰を追って慎重に引き金を引く。
 有利。勝機。攻め所。
 45口径に初めて確実な軍配が揚がった。
「おい。お前! くだらない最期だな!」
「!」
 罅が走る漆喰壁の向こうで深江は笑った。
 呆気ない。
 幕切れ。唐突など案外このような形で訪れる。
 劇的な感動や衝撃の幕切れなどは演出過多なアクション映画での中での出来事だけ。
 事実はもっと冷酷で唐突で簡単で一瞬の事象でしかない。
「『吼えろ』……『ナインティーンイレブン』……」
 フォアグリップをしっかり握り、ストックを小脇にホールドした状態で深江はナインティーンイレブンのリコイルに備えた。
 刹那。
 毎分650発でセミジャケットの45口径が吐き出された。
 厳密に言うなら17発の弾頭は脆くなっている漆喰の壁に直径30cmの風穴を開けた。
 残り3発は17発の弾頭が作った孔を通り抜け、その先に居る……黄色い目玉を剥き出しにして、口から心臓が競り上がらんばかりに驚愕している標的の男の心臓に吸い込まれた。
 事実はもっと冷酷で唐突で簡単で一瞬な事象でしかない。
 故に。故にこそ。
 僅かな情報は大きな勝因となって生き残った者に、拾った命として戴冠させられる。
 子供の喧嘩に似た勝ち負けの概念にそっくりだ。
 それを踏まえるのなら、深江に襲い掛かった事実もまた、受け入れなければ成らない事象である。
 標的の男の胸腔に3発の重量弾は万遍無く対人停止力を炸裂させた。
 心臓付近に命中した弾頭は理想的なマッシュルーミングを起こし、その衝撃を大動脈に伝達させて死の波紋となって即死に到る。
 深江に襲い掛かった事象。
 深江に落ち度は無い。
 それでも統計学的に説かれる運機は、深江に熱く焼けた忌まわしい50口径を叩き込んだ。
 速やかに絶命した標的の男は仰向けに倒れながら短い死の痙攣に襲われ、小さな断末魔を指先に伝えた。
 標的の男にとっての今生での幸運な一撃。
 何故自分の位置が確実に把握されたのかも理解できぬままこの世を去る男が放った一発。
 たった1発の50口径セフティスラッグが深江の腹部に命中する。
 深江はその運動エネルギーを体幹に受けて大の字になって吹き飛ばされた。
 複合ブレッヒャー工法……唯のブリキの薄い板を何枚も重ねて一枚の板にした材質で拵えた20連発単列弾倉はくの字にヘシ折れて装填していた実包を何発か暴発させ、腹から吹き出る鮮血を思わせる勢いで残りの実包をバネの圧力で押し出した。
 床の空薬莢に混じって未使用の弾丸が転がる。
 咽返る硝煙が漂う室内で腹腔に強烈なボディブローを叩き込まれた深江は、込み上げてきた胃酸を含む血液を口中に溜めると仰向けに転がったまま噴き出した。
 セフティスラッグは確かに硬い物体にぶつかると簡単に変形する。
 だが、簡単に変形するということは弾丸自体のエネルギーが効率良く伝導してその後ろの物体に発散すると言う事だ。
 腹部の内臓の幾つかが衝撃で損傷したと悟った。
 撃たれた痛みは瞬間的に新陳代謝が停止するため、僅かな時間は不感症になる。
 体を駆け巡る衝撃波は爪先から脳天までの血管に大きな波動を伝えて運動神経を遮断する。
「……う…うな、『唸れ』……『ナインティーン……イレブン』……」
 眼光に霞みが掛かり始め、うわ言のように相棒の名前を呼ぶ。
 右手より僅か20cm先に放り出してしまったナインティーンイレブンが主人の呼び声に応えてやることもできずにスライドを後退させたまま沈黙している。
「……畜生」
 視界が狭くなる。
 中空を午後の陽光を受けた埃が硝煙に混じって美しく舞う。

 埃の流れを読み取ることができたから標的の男を仕留める事が出来たのだ。

 ……ほんの少し前の事だ。
 自分のコートが翻る度に舞い上がる埃。
 出来るだけ動かず、体の面積を小さくして射角を確保しようとする標的の男。
 舞い上がった埃は閉鎖空間を流動し、小さな渦から大きな渦へと吸い寄せられる。その埃の行方を視線で読み取った為の勝利だ。
 博打が混じった勝率に弾幕を張ることで確率上げた。
 再装填を考えない瞬間的な制圧力。
 嘗てのテロリストはこの刹那に全ての火力を注ぐ戦法を敢行した。
 暴力の世界にも基本は有る。そしてそれを応用する手段も有る。変化させた戦術も生まれてきた。
 間違い無しに深江に標的の男を屠る力を授けたのは理屈も道理も介入する余地が無い暴力だ。
 そして、深江が無様な姿で指しか動かせない状況に追い込むことができたのも不本意な暴力を蒙ったからだ。


「クリーニングしなきゃ。バアさん連中が造ったナインティーンイレブンはスプリングフィールドアーモリーのヤツを基準に造ってるから、スライドスペースに凄い火薬滓が溜まる。リコイルスプリングが削れるのかと思うよ……そうだ、ライフリングだ。予備は有ったかな? まあ、いいさ。一服してからゆっくりキンバーのクリーニングキットでメンテナンスしてやろう……一服してから。な……」



「一服してから。な」
 深江は機嫌が悪そうに吐き捨てた。
 訳有り患者を専門に高額で入院させるヤブ医者が経営する病室の一室で、深江は美しい顔をしかめてモンテクリスト№4の煙を怪獣のごとく吹いた。
 病室と言っても堅気の病院の様に清潔な消毒液が漂う白い空間ではない。
 瀕死のゴロツキをゴミ捨て場感覚で置いていく血生臭い病院だ。患者が勝手に煙草を持ち込もうが酒を持ち込もうが全くお構い無しだ。
 深江は『名前の無い男』を一瞥した後に、視線を薄暗い裏路地しか見下ろせない窓に投げ出し、鼻息で深い溜息を吐く。
 ベッドに横たわったまま、深江は腕を組んで、『名前の無い男』の言葉に辟易していた。
 退院したらマフィアの橋頭堡を壊滅してくれとの事だ。
 この黒タバコの口臭が酷い男が深江の最後の敵なのかもしれない。
 深江は苦虫を噛み潰した顔で言う。

 「早くナインティーンイレブンを持ってこい」


《RAID!・了》
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