RAID!
殺すことよりタマを当てること。
生き抜くことは次の話。
相手の気配だけを探り銃弾で触れる。
同じ匂いがする。
自分と同じ匂いがする、異質な口径が自分たちの命を握り合っている。
「楽しいけど面倒臭い! 面倒臭いけど楽しい!」
「殺すには惜しい猟犬! 殺さねばならない猟犬!」
複数の散弾銃で狙われようと、グレネードランチャーで砲撃されようと感じることが無い、命の削り合いの狭間で感じる高揚感。
排除!
排除!
排除!
一切合財はその一言でカタが付く。
小癪な講釈など45口径の的にしてくれる。
恐怖と快楽は死生感という麻薬で黒く混濁し、甘美な露となって脳髄を酩酊させる。
例え、次の呼吸をする前に五体が粉微塵に粉砕してもその瞬間も打ち震える快感に襲われるだろう。
性的快感を覚えたように胎が熱く滾る。
アルコールを含んだ様に鼻腔が膨らむ。
時間を感じることが、時間を計ることがこんなにも面倒臭い作業だとは思わなかった。
理性など不可思議の果てに吹っ飛んでしまえ。
掌から伝う反動と、耳を聾する銃声と、美しく咲く銃火と……吐き出された金属が造り出す破壊の美術が『自分自身である』。
「!」
何処かで重々しい質量が窓ガラスを叩き割る。
「聞け! 猟犬! 16番がタマ切れだ! こっからはイスラエルの50口径が相手だ!」
「律儀な報告、誠に感謝! 申し訳ないがこちらは45口径しか持ち合わせていない! 今直ぐ出てくれば、『即死させてやるだけで勘弁してやる!』」
キナ臭い空間で鼓膜が出鱈目に反響する二人は、千鳥足の一歩手前で心地良く揺れる視界に溺れながら怒鳴り合う。相手の姿が未だに見えないのだ、叫ぶしかない。
これだけ近い距離で気配だけを感じながら銃撃を展開していても未だにお互いの顔を見たことは無い。標的の影を追い、追跡した結果にこの集合住宅で居ただけだ。
発砲の末に拵えられる破壊の痕跡だけが語り合う。
言うなれば二人の世界だけで通じる言語だ。
それも、お互いを罵り合う下衆な類ではなく、情事の際に囁き合う熱を帯びた言霊に近い。
「!」
感じた。
背筋を指先で撫でられるような感触と、背筋に冷たいものが走る感触を同時に感じた。
顔に火薬滓が飛んで来るような距離からの発砲を受けた。
左肩に軽い擦過傷を受けた瞬間、咄嗟に右膝をつくように伏せて4、5発の牽制射撃を行いながら遮蔽物にもならない漆喰の落ちた土壁に蹲る。
「! ……マジか」
奴は50口径と吐き捨てておいて、その弾頭が着弾したと思われる、心細い番柱には深さ1cmほどの擂鉢状の弾痕が開いただけで深刻な被害は無かった。
周辺に散らばった金属片を見て一瞬で理解する。
粉々の赤い金属の皮膜と仁丹ほどの大きさをした無数の粒球が床一面に確認できる。
使用弾頭はセフティスラッグ。
戦後、日本に本拠地が有ったと噂されている対共産情報局ことキャノン機関の創設者・ジャック・キャノン大佐が後年に開発したと言われている対人停止専用の弾頭だ。
12号チルドショットを薄い銅の皮膜で包み、弾頭の先を僅かなテフロンで拵えた被帽で形成している。
現在製造されているホローポイント系弾頭では最も効果が高く、最も死亡率が高い弾頭だ。比較例だが、9mmパラベラムで通常のシルバーチップを用いた場合の死亡率は60%程度だが、この弾頭を用いれば90%以上に跳ね上がる。
このセフティスラッグが命中すると、被弾箇所内部で直径1.5mm程の粒球が炸裂して人体の構造物をゴッソリと破壊する。例え、膝下肘先に命中してもショック死を引き起こす。
体内でミートチョッパーが瞬間的に回転するようなものだ。
優れたホローポイントを造るのに適した金属が未発達だった時代だからこそ考案された恐ろしい弾頭だ。
製造流通した当時は余りの殺傷力にどこの軍隊も警察も採用しなかったが、今現在でも近接での暗殺を主な任務とする一部の特殊な部署の実働部隊向けに生産されて納品されている。
「……成る程。猟奇殺人犯の本性か」
特殊な擲弾シェルといい、セフティスラッグといい、いずれも一撃で人間を苦痛のどん底に叩き落す弾頭だ。
死に到るが簡単に死ねない凶悪極まりない弾種。
流石、『決め技』に拘るプロ。
得物に詰めるタマまで猟奇的だ、と妙に感心した。
その戦慄は混沌とした快楽の竈に更に火をくべた。
浅く掠ってもお終い。左肩の擦過傷はコートの布を破いただけだが、肉の表面に掠ればたちまち、挽回不可能なダメージになる。
勿論、セフティスラッグにも弱点は有る。
弾頭が簡単に変形する為にブリキ程度の硬さが有れば、殆ど被害をもたらさず金属片が表面で炸裂するだけになる。
更に平面な標的に対してほぼ、垂直な角度で命中しない限りインパクトは全く得られない。
人間の体で言うのなら額の傾斜部分に命中しても頭蓋が硬く、表面の皮を削るだけで弾頭は充分に反発率を得られずに射弾角を逸らされ、脳震盪程度の損傷で済む。
だが、使用している拳銃はオートだ。
速射の間隔と再装填のロスは中折れ散弾銃のそれより圧倒的に小さい。
銃身を切り詰めた散弾銃と比べると軽いが深江の得物とは比べ物にならない火力を持った火器の一種であるのには違いない。
「チッ……」
「お? 逃げるか! 猟犬!」
深江は骨組みの有る、瓦礫に近い姿になったボロアパートから牽制を行いながら遮蔽物を伝って脱出した。
これは転進であって逃避ではない。
セフティスラッグを用いた弾頭を有効に使用するには充分な初速が必要だ。
初活力がどんなに化け物じみていてもそれを活用させる距離と銃身長が必要だ。
物理学的に考えて、50AEのセフティスラッグを用いるから10インチバレルのデザートイーグルだ。ならば10インチが活躍できないフィールドに移動すれば良い。
近距離でも迷わず長銃身大口径を振り回すことから、精密射撃を得意とする技能は修得していないと思われる。
狙撃を生業にする射的屋は何かと状況が揃わなければ必殺の弾丸を撃ちたがらないものだ。標的の男はそれを正反対で行う。
壁が孔と大穴で風通しが良くなり過ぎたボロアパートで銃撃を展開しては不利だ。
標的の男は『護身用に徹甲弾を持っているかもしれない』。
深江は少しばかり対人停止力が優れたセミジャケットしか携行していない。
深江の45口径は壁を貫通して尚且つその向こうの標的を射殺する能力は持っていない。
同じ状況でも50AEの徹甲弾ならばそれが可能な状況が有る。
転進しつつ、新しい閉鎖的な狭い空間を探す深江の胸中に不穏な雲が覆いかぶさる。
陶酔や酩酊や快楽といった類の混濁な快感が体から急激に抜けてきたのだ。
楽しくて仕留めたがる深江は蠟燭の火のように、あっという間に消え去った。
仕事だから仕留めたがるいつもの深江が入れ替わるように具現化した。
直ぐにでも中毒患者のように溺れたいと願う考えは一片も脳裏に無い。
直ぐにでも仕事を終わらせてゆっくりハバナをくゆらせたいと願うだけだ。
切り替わった。
冷めた。
標的を排除する理由が擦り替わった。
グリップに賭ける命の価値が変わったのだ。
標的を打ち倒した後の一服は命の味。
外気に晒され、新鮮な空気を吸って正常な思考を取り戻しただけかもしれない。
「……」
生き抜くことは次の話。
相手の気配だけを探り銃弾で触れる。
同じ匂いがする。
自分と同じ匂いがする、異質な口径が自分たちの命を握り合っている。
「楽しいけど面倒臭い! 面倒臭いけど楽しい!」
「殺すには惜しい猟犬! 殺さねばならない猟犬!」
複数の散弾銃で狙われようと、グレネードランチャーで砲撃されようと感じることが無い、命の削り合いの狭間で感じる高揚感。
排除!
排除!
排除!
一切合財はその一言でカタが付く。
小癪な講釈など45口径の的にしてくれる。
恐怖と快楽は死生感という麻薬で黒く混濁し、甘美な露となって脳髄を酩酊させる。
例え、次の呼吸をする前に五体が粉微塵に粉砕してもその瞬間も打ち震える快感に襲われるだろう。
性的快感を覚えたように胎が熱く滾る。
アルコールを含んだ様に鼻腔が膨らむ。
時間を感じることが、時間を計ることがこんなにも面倒臭い作業だとは思わなかった。
理性など不可思議の果てに吹っ飛んでしまえ。
掌から伝う反動と、耳を聾する銃声と、美しく咲く銃火と……吐き出された金属が造り出す破壊の美術が『自分自身である』。
「!」
何処かで重々しい質量が窓ガラスを叩き割る。
「聞け! 猟犬! 16番がタマ切れだ! こっからはイスラエルの50口径が相手だ!」
「律儀な報告、誠に感謝! 申し訳ないがこちらは45口径しか持ち合わせていない! 今直ぐ出てくれば、『即死させてやるだけで勘弁してやる!』」
キナ臭い空間で鼓膜が出鱈目に反響する二人は、千鳥足の一歩手前で心地良く揺れる視界に溺れながら怒鳴り合う。相手の姿が未だに見えないのだ、叫ぶしかない。
これだけ近い距離で気配だけを感じながら銃撃を展開していても未だにお互いの顔を見たことは無い。標的の影を追い、追跡した結果にこの集合住宅で居ただけだ。
発砲の末に拵えられる破壊の痕跡だけが語り合う。
言うなれば二人の世界だけで通じる言語だ。
それも、お互いを罵り合う下衆な類ではなく、情事の際に囁き合う熱を帯びた言霊に近い。
「!」
感じた。
背筋を指先で撫でられるような感触と、背筋に冷たいものが走る感触を同時に感じた。
顔に火薬滓が飛んで来るような距離からの発砲を受けた。
左肩に軽い擦過傷を受けた瞬間、咄嗟に右膝をつくように伏せて4、5発の牽制射撃を行いながら遮蔽物にもならない漆喰の落ちた土壁に蹲る。
「! ……マジか」
奴は50口径と吐き捨てておいて、その弾頭が着弾したと思われる、心細い番柱には深さ1cmほどの擂鉢状の弾痕が開いただけで深刻な被害は無かった。
周辺に散らばった金属片を見て一瞬で理解する。
粉々の赤い金属の皮膜と仁丹ほどの大きさをした無数の粒球が床一面に確認できる。
使用弾頭はセフティスラッグ。
戦後、日本に本拠地が有ったと噂されている対共産情報局ことキャノン機関の創設者・ジャック・キャノン大佐が後年に開発したと言われている対人停止専用の弾頭だ。
12号チルドショットを薄い銅の皮膜で包み、弾頭の先を僅かなテフロンで拵えた被帽で形成している。
現在製造されているホローポイント系弾頭では最も効果が高く、最も死亡率が高い弾頭だ。比較例だが、9mmパラベラムで通常のシルバーチップを用いた場合の死亡率は60%程度だが、この弾頭を用いれば90%以上に跳ね上がる。
このセフティスラッグが命中すると、被弾箇所内部で直径1.5mm程の粒球が炸裂して人体の構造物をゴッソリと破壊する。例え、膝下肘先に命中してもショック死を引き起こす。
体内でミートチョッパーが瞬間的に回転するようなものだ。
優れたホローポイントを造るのに適した金属が未発達だった時代だからこそ考案された恐ろしい弾頭だ。
製造流通した当時は余りの殺傷力にどこの軍隊も警察も採用しなかったが、今現在でも近接での暗殺を主な任務とする一部の特殊な部署の実働部隊向けに生産されて納品されている。
「……成る程。猟奇殺人犯の本性か」
特殊な擲弾シェルといい、セフティスラッグといい、いずれも一撃で人間を苦痛のどん底に叩き落す弾頭だ。
死に到るが簡単に死ねない凶悪極まりない弾種。
流石、『決め技』に拘るプロ。
得物に詰めるタマまで猟奇的だ、と妙に感心した。
その戦慄は混沌とした快楽の竈に更に火をくべた。
浅く掠ってもお終い。左肩の擦過傷はコートの布を破いただけだが、肉の表面に掠ればたちまち、挽回不可能なダメージになる。
勿論、セフティスラッグにも弱点は有る。
弾頭が簡単に変形する為にブリキ程度の硬さが有れば、殆ど被害をもたらさず金属片が表面で炸裂するだけになる。
更に平面な標的に対してほぼ、垂直な角度で命中しない限りインパクトは全く得られない。
人間の体で言うのなら額の傾斜部分に命中しても頭蓋が硬く、表面の皮を削るだけで弾頭は充分に反発率を得られずに射弾角を逸らされ、脳震盪程度の損傷で済む。
だが、使用している拳銃はオートだ。
速射の間隔と再装填のロスは中折れ散弾銃のそれより圧倒的に小さい。
銃身を切り詰めた散弾銃と比べると軽いが深江の得物とは比べ物にならない火力を持った火器の一種であるのには違いない。
「チッ……」
「お? 逃げるか! 猟犬!」
深江は骨組みの有る、瓦礫に近い姿になったボロアパートから牽制を行いながら遮蔽物を伝って脱出した。
これは転進であって逃避ではない。
セフティスラッグを用いた弾頭を有効に使用するには充分な初速が必要だ。
初活力がどんなに化け物じみていてもそれを活用させる距離と銃身長が必要だ。
物理学的に考えて、50AEのセフティスラッグを用いるから10インチバレルのデザートイーグルだ。ならば10インチが活躍できないフィールドに移動すれば良い。
近距離でも迷わず長銃身大口径を振り回すことから、精密射撃を得意とする技能は修得していないと思われる。
狙撃を生業にする射的屋は何かと状況が揃わなければ必殺の弾丸を撃ちたがらないものだ。標的の男はそれを正反対で行う。
壁が孔と大穴で風通しが良くなり過ぎたボロアパートで銃撃を展開しては不利だ。
標的の男は『護身用に徹甲弾を持っているかもしれない』。
深江は少しばかり対人停止力が優れたセミジャケットしか携行していない。
深江の45口径は壁を貫通して尚且つその向こうの標的を射殺する能力は持っていない。
同じ状況でも50AEの徹甲弾ならばそれが可能な状況が有る。
転進しつつ、新しい閉鎖的な狭い空間を探す深江の胸中に不穏な雲が覆いかぶさる。
陶酔や酩酊や快楽といった類の混濁な快感が体から急激に抜けてきたのだ。
楽しくて仕留めたがる深江は蠟燭の火のように、あっという間に消え去った。
仕事だから仕留めたがるいつもの深江が入れ替わるように具現化した。
直ぐにでも中毒患者のように溺れたいと願う考えは一片も脳裏に無い。
直ぐにでも仕事を終わらせてゆっくりハバナをくゆらせたいと願うだけだ。
切り替わった。
冷めた。
標的を排除する理由が擦り替わった。
グリップに賭ける命の価値が変わったのだ。
標的を打ち倒した後の一服は命の味。
外気に晒され、新鮮な空気を吸って正常な思考を取り戻しただけかもしれない。
「……」