RAID!

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 県の区画整理のために立ち退きが決定した住宅街。
 住宅街とはいっても、古いだけで全く歴史的趣を感じさせない家屋と立替年数が経過して久しい安普請が並ぶ。
 鰻の寝床を連想させる集合住宅が肩を寄せ合うように密集してるだけの地域。
 都市近郊と言うには辛うじて都市寄りで、何とか携帯電話の電波が拾える程度に都会だった。
 大規模な区画整理を成功させて県議会内部に強力な実権を築きたい議員連中は挙って、この開発に自分の腹を痛めるわけではない税金を惜しみなく大量に投入して対象区画の世帯全てを短期間の内に退去させることに成功した。
 外界と遮断するかのように高圧電流でも流れていそうな背の高いフェンスで区切られた広大な区域は、住宅街の屍骸置き場という形容がピッタリだった。
 BC兵器でも散布された跡地に似ており、『生きていた生活臭』は静かに抹殺されていた。
 この前時代的な廃墟に許可無く立ち入る者は概ねして社会生活の落伍者と相場は決まっている。
 群れを成す浮浪者に、若年層社会不適格者集団、アンダーグラウンドの住人の仕事場など、健全な社会生活を営む堅気の人間は絶対に踏み込んではならないエリアだ。
 新しく区画整理のための作業が始まる短い期間でも、社会に背を向ける住人たちには貴重なコミュニティ形成の場所だった。
 午前11時。
 トレンチコートのハンドウォームに両手を突っ込んで半分の長さになったモンテクリスト№4を燻らせながら、灰色をまとったままの美貌の持ち主は廃墟の一角で視線を濁らせていた。
 空は重い鈍色に染まり、遮光カーテンを連想させ、陽光を遮っていた。
 活力を感じない浮浪者のいくつもの視線が集中するが、深江は全く気にしなかった。気にするほどの価値も見出せない。
 気にする対象は一つだけ。
 今回の45口径の標的として指定された猟奇殺人犯。
 正確に言えば、自我の主張が強い殺人手段を得意とする元同僚。
 標的が持つ得物が知れているだけ、今回は楽かもしれない。
 50AE10インチバレルモデルのデザートイーグル。
 製造メーカー不明の16番口径元折れ式4連発散弾銃のソウドオフ。
 この区画で居座って資金が続く限り、購入ルートを確保すれば弾薬の供給は無限だと考えてよい。資金を自力で作るだけの『実力』がある人物だ。
 現役ではないとはいえ、プロらしくメンテナンスキットも忘れず購入していると考えるのも普通だ。
 頭の悪い口径を揃えていても『まともに使いこなされたら』脅威だ。
 退職して日の浅いプロを相手にするのだから、常識と基本で考えられる行為は全て体得しているはず。
 仕事道具や『決め技』は違っても猟犬をことごく返り討ちにする技量を持っている。
 この区画に逃げ込んだというよりは、この区画だからこそ本領を発揮したのではないかと勘繰ってしまう。
 組織の討伐部隊と標的との派手な銃撃が展開されたはずなのに、景気の悪いツラを並べた浮浪者が退散したという予備情報は聞いていない。
 個々の浮浪者共は無頓着なのか、見物でもしている積りなのか? それともどこかに隠れて頭でも抱えて震えているのか?
「……この仕事が終わると、今年一番の最高のハバナが吸えそうだ」
 空の陰影と同じく心の陰影までドス黒いグラデーションが描かれ始めるのを感じる。
 口から出る言葉とは裏腹に、今吸っているシケた長さになったモンテクリストが今生で最後の一服になるかも知れないと、緊張で肝が冷えている。
 破壊力より反動と銃火を楽しむ、アメリカンナイズな市場を意識して設計された50口径のデザートイーグルは10インチバレルともなると、かなりの射程を戦闘区域として暴れる事が出来る。
 シルエット射撃用にサイトを微調整されていると250m先の60cm四方の標的用紙にいくつも命中させることができる。
 今、こうして寂れた角で立っているが、次の瞬間には頭か心臓を吹き飛ばされるかもしれない。
 45口径の戦闘区域になんとしても持ち込んで、標的が携える得物の弾切れを誘うのがセオリーだろう。
 標的はCQBのプロとは聞いていない。プロならそんな間抜けな口径は得物として携えない。
「ん? 大口径を活かした多目的弾頭? ……何でも有りの何でも屋みたいな臭いがする。狙撃ではなく初速を得るためだけのロングバレルだとしたら? 状況に応じて戦闘力を調節するための散弾銃だとしたら? ノーマルバレルでもソウドオフでも有用性は変わらない。いいねぇ。そう考えれば、途端に賢い口径に見えてきたぞ」
 深江は葉巻をゆるく噛む。みるみるうちに凄惨な笑顔を作る。
 吹きだし笑いのような呼吸を漏らす。
 心のどこかがスリル中毒な性分なのだろう。
 簡単に命をベットする不利な状況を打開することに楽しみを見つけるのが楽しくて仕方が無い……。そんな心の病を患っている自分に気が付いているのだろうか?
「さあ。仕事、仕事」
 
 それから1時間後の事だった。

 壁に大穴が空く。
 無人のボロアパートの大きな壁。ひびが無数に走った漆喰の外壁が巨大なハンマーで殴られたように内側から破片を撒き散らして大きな風穴が開いた。
 続けて、1階の内側から、2階の内側から。内部で隣室とを隔てる土と木材の壁が、隙間風の酷いベニヤのドアが、1階の天井から2階の床に向けて、2階の床から1階の天井に向けて轟音と共にあらゆる壁が破砕され、合計8室ばかりのアパートは効率の悪い解体作業を行っているように破壊されていく。
 紫色の空シェルが役目を終えて無慈悲に弾き捨てられる。
 2、3発の図太い45口径の空薬莢が何度も弾き出され、油汚れの酷い窓ガラスを叩き割る。
 高性能爆薬と遅延発火信管を封入した特殊な擲弾じみたシェルが壁や天井を破砕する。
 16番口径向け散弾銃用弾頭と、ホローポイント系軟鉄をふんだんに使用した、侵徹比率の低い45口径がたったの5mの直線距離で壁や床や天井を境に火を吹き合う。
 壁や天井や床ごしに互いの気配を感じるなり、発砲している。互いの顔を見たわけでも影を察したわけでもない。
「楽しいぞ! お前!」
 火が消えた短いモンテクリストを唇の端に咥えて深江は叫んだ。
「やるなぁ! 猟犬!」
 標的の男は左手で4本の銃身を束ねたソウドオフ散弾銃をたった2アクションで排莢して、右手の指に挟んでいた特殊な擲弾シェルをそれぞれの薬室に落とし込んだ。
 深江は金さえ出せば手に入るドラム弾倉を捨て、新しいドラム弾倉を後腰から引き抜いてマグウェルに叩き込むとスライドリリースレバーを親指で押し下げた。
 安心の作動の感触が掌に伝わってくる。
 二人の殺し屋は完全に『麻痺』していた。
 硝煙が、銃火が、自分が作る目の前の物理的破壊の痕跡が、恐怖と新陳代謝を攪拌させる。
 耳を劈く轟音が、耳で呑む麻薬のように二人を陶酔させていた。
 解ってはいるが、凄まじい破壊力。
 後先考えずに無責任に破壊を撒き散らし、一発でも被弾すればそれでお終いいの儚いサバイバルゲームに心を掻き立てられていた。
 お互いの顔などまともに見ていない。
 相手の着衣の端にしか被弾しないのだ。
 互いが互いの銃口から逃げ、銃口を翳す。
 脆い土壁や埃っぽいモルタル材が巻き上げる塵埃に加えて、自分達の得物から噴出される慣れ親しんだ香りを含んだ硝煙が、ボロアパート内部のあらゆる場所を圧倒し、視界を霞みに濁らせていた。
 何が何だか、理解するのも面倒臭い。
 動く物は全て敵で的。
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