歌え。22口径。

 世の男女問わずに、思わず振り向いてしまう色香はセクシャルな魅力……。ある種のカリスマ性の具現であるかのようだ。
 彼女の左脇に有るのは事務的な代物ではなく、ロフスト杖だ。左足に障害が有るのか、引きずるように体勢を細かく立て直す。
 アダルトビデオの撮影現場にでも使われそうな飾りっ気が全く無い、ただ、広いだけの部屋に、彼女以外に4つの人影が確認できた。
 男の背格好が3人と小柄な影が1つ。
「ちょっと待った。雪代(ゆきしろ)さんよ」
「何?」
 中年一歩手前の不健康に痩せた男が低い声で女――雪代と言うらしい――に向かって言い放った。
 「そんなガキ一人始末するのにそこのちっこい奴に50万も払うのか? 俺だったら5万円で明日朝イチでそのガキの首をここに持って来るぜ」
「ハーッハッ! 俺なら5千円だ!」
「今、ちょっとコンビニに行ってくるから煙草代出してくれたらついでに頭を吹き飛ばしてやるぜ」
 3人とも好き勝手に雪代に嘲笑を投げ飛ばす。
 溜息を吐いた雪代は眼鏡を正しながら眉目に皺を寄せる。丸で不良の生徒に手こずる担任教師だ。
「解りました……貴方達、3人が好きなように今度の標的を『依頼者が好む形』で仕留めてみなさい。リミットは5日以内。ただし依頼者から貰っている報酬以上の料金は払えませんよ? 3人で好きに分け合いなさい」
「はっ! 最初っからそう言えば良いんだよ! アンタはどうしても回りくどい物の言い方しかできねぇなぁ」
 男たちはそれまで座っていたアルミのパイプ椅子を蹴り飛ばしてこの冷たい部屋から出て行った。
 最後に残った小さな影……濃紺のジャッジ帽を目深に被って俯いていた少女は口元に苦笑いを浮かべながら面を上げた。
 テナントビルの屋上から射撃用スコープで志保を観察していた少女だ。
「貴子ってば、人が悪ーい。アイツら、絶対死ぬよ? 貴子の言う通り、この仕事は私が受けていれば無駄な修羅場を通らなくても良いのに」
 雪代貴子という名前のロフスト杖の女は悪意に満ちた凄惨な微笑でこう言った。
「最近、ウチの事務所の資金が不透明な流れをしていてね。それに何故か対抗組織に事情が漏れている形跡も有ってね……。不思議なことに内偵の結果、浮かんだ名前が聞いた事の有る『3人の名前』だったの。何故か、今出て行った『3人』と同じ名前なのよ…不思議よね?」
 少女は意地の悪い笑いを浮かべる貴子を見ながら冷や汗が湧く感触を覚えた。
「ねえ。綾音」
 本条綾音は笑顔を消して雪代貴子に向き直った。
「何?」
「正直、今度の標的は仕留められるの?」
「……【雪代代理店】に初めて土を付けるかも知れない。勝つ人間、生き残る人間の条件は単純な火力じゃ計算できない」
「……」
 雪代貴子の美しい顔が曇る。
「そうね。そうなのよね……実際、そうなんだからウチの事務所に依頼が回ってきたのよ」
「で、スポンサーは何て?」
「うん。ウチで仕留められなかったら料金は全額返金して、標的からは手を引くそうよ」
「ありゃ? 随分、腰抜けなスポンサーだね」
「私達、当事者が喋らない限り標的は誰から命を狙われているか知らない。だったら、生き残った標的は何も知らないまま恐怖に震えて生活してくれれば良い……。依頼人の懐事情も有るのだろうけど、それ以前に、依頼人の背後を洗ったけど、近いうちに大きなヤマが有るの。第三国人同士の取引なんだけどね」
「それが? 標的を見過ごす理由と繋がらないよ?」
「多分……依頼人の人材不足から来る士気と戦力の低下。加えて資金不足。標的にトラウマを植え込まれるほどの打撃を受けている……精神的敗北主義者なのよ。ヤマを前に50万という格安価格で『心の瑕』を排除できれば儲けモノだと思っているわ」
「腫れ物の手術に失敗したから怖くなって放置?」
「そんなところでしょうね」
 雪代貴子は忌々しそうに自分の左足を睨む。
「私が現役だったら……綾音に危険な真似は絶対にさせないのに」
「でも、私は貴子の足に感謝してるよ」
「……どうして?」
「だって、足を怪我したから、貴子も実家を手放したし、こんな稼業に転向したから私達、出会えたんでしょ?」
「………」
 綾音のポジティブに助けられた。
 綾音が自分に無い前向き思考を持っていたから、何度も辛く悲しい過去を忘れる事が出来た。誤解を招く表現をすれば、綾音という人間性に恋愛感情を抱いている。綾音もまた雪代貴子に好意を持っている。
 人間、どこで誰と出会うか解らないという事象を身に沁みて勉強させられた。
「まあ、現役の頃の貴子もちょっと見てみたいかなー、なんてね」
 照れ隠しのように少し顔を赤くしてソッポを向く綾音。
 雪代貴子はパイプ椅子に座ったままの綾音の頭を右手で抱く。ゆっくり胸に埋める。
 この娘が愛しくて堪らない。
 ベッドで抱き合う時と同じ眼差しで綾音を見る。
   ※ ※ ※
「また! また! またなの!」
 コメカミに我慢の限界を報せる血管を浮き上がらせながら志保は廃屋同然のプレハブ群が林立する港湾部の開発計画から取り残された一角で乱暴にエキストラクターを押した。
 銃口を下に向けたまま排莢したものだから空薬莢が吹き出すように押し上げられて地面に散らばる。
「あの情報屋……私を『食わせた』わね……」
 明日の昼、依頼人が待つ港湾部まで来てくれ。……シンプル過ぎる、珍しくない遣り取りだった。
 素直に来てみれば、待っていたのは10番口径マグナムをリコイルオートで撒き散らす4連発の散弾銃と30連発弾倉を3本繋げたH&K MP5Kと10インチ銃身50AEモデルのLARグリズリーだ。
 分が悪いという問題では無い。
 そもそも何故、あれだけの火力を持つ襲撃者とドンパチを展開しなければならないのか理解できない。
 どれもこれも壁に大穴を大量に刻み込むキチガイじみた火器。
 豆鉄砲の22口径でどうこう対抗できる相手じゃない。
 逃げる先に一歩も二歩も先に回り込まれてこの区画から遁走を図ることも難しい。
 連中は時折、大声を挙げて互いを罵り合っている。連携が取れていないように見えるが経験や勘というファクターが彼らを互助しているのか、射線が重なることなど一度も無い。
 連中はかなりの弾薬を消費しているはずだが節約に転じる気は窺えない。
「もうっ! 私が何したの!」
 シリンダーをフレームに填めながらコンテナ伝いに移動を繰り返す。10番口径のOOバックは何とかコンテナの壁で止まる。50AE弾はシルバーチップかホローポイント系を使っているのかコンテナの片面に握り拳大のクレーターを作り、9mmパラベラム弾のフルメタルジャケットはコンテナをミシンで縫うように貫通する。
 コンテナの両面を貫通した9mmパラベラムは1発程度なら大した事無いが複数も体に叩き込まれたら挽回不可能のダメージを被る。
 総戦力3人と思われる襲撃者は相変わらず互いを罵り合いながら緩やかに包囲網を縮める。
 志保のアストラ・カデックス223では残念ながら射程外だ。命中しても致命的な打撃は殆ど期待できない。
 最低でもラッキーパンチを立て続けに3発打ち込まないと志保に勝ち目は無い。
 絶望を感じる。
 ……はずなのだが、志保は自分がただの『食い物』にされたことについて怒り心頭だった。
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