歌え。22口径。

 残りの3人はフロントガラスが砕けた廃車に向かって猛然と銃弾を叩き込むが、3人がそこに振り向いた時には既に志保の姿は無い。
「!」
 トカレフを握る男の右手側2人が眼窩から眼球をはみ出させて突然、膝から砕け落ちる。何れも右側頭部に小さな射入口が開いている。
 自分たちが発砲に夢中になっている間に自分たちの発砲音で志保の発砲音を掻き消してしまったのだ。
 生き残った一人は拳銃を放り出して尻餅を搗く。
「さあ。女の子にこんな恥ずかしい姿をさせたんだから覚悟は出来てるんでしょうね?」
 男の背後から撃鉄を起こしたアストラ・カデックス223を右手に構えて左手を左腰に当てている志保。
 眉目に僅かな皺を寄せた怒り顔が現場に反して可憐な雰囲気を醸し出していた。
 肩幅ほどに足を開いて口をへの字に曲げた志保は人指し指で指す様にアストラ・カデックス223の銃口を何事か喚いている男の顔面に向ける。
「無粋な台詞だから言いたくないけど……『死ね』」
 人差し指の微力で撃鉄は撃鉄板を叩いて22口径ロングライフル弾を弾き出した。男の頭は激しく仰け反って全身が小さく痙攣する。撃鉄を起こすと再び、額に向けて発砲する。それが致命傷となり完全に男の生命活動は停止する。
「……」
 アストラ・カデックス223のシリンダーをスイングアウトして自然な動作で銃口を上に向けながらエキストラクターを押す。
 軽い空薬莢が硬い地面にばらける様に落下して好き勝手な方向に弾けて転がる。
「っくしゅん」
 空のシリンダーにスピードローダーの予備弾を落とし込んだ時に、漸く自分がスカートを穿いていないことに気が付いた。今になって小便で濡れたストッキングとパンツの不快を感じた。
 アストラ・カデックス223をショルダーホルスターに仕舞う。半乾きのスカートを回収して辺りを警戒しながら穿く。
 銃撃戦の現場を見られるかもしれない恐怖より、下半身を露出して走り回っている姿を誰かに見られていないか? という方が怖かった。
「ああっもう!」
 連中と取引するための商品だった貴金属を回収する。
 中型のアタッシェケース1個。中身は合計して茶碗1杯分の貴金属しかない。
 流石に、危ない橋を渡って手に入れた貴金属なので、自分が持つ従来の流通ルートで捌く事にする。
 これで暫くは生活が安定して無茶な窃盗を繰り返さなくても済むはずだ。訳アリの商品は地下の質屋が買い取ってくれる。
 尤も、流通ルートで上手に捌いてくれるバイヤーが付いてくれればもっと楽になる話であって、地下の質屋に売ろうにも入れようにも足元を見られることも良く有る。
 最低の皮算用を繰り返しても普通のコソ泥より贅沢は出来そうなので、速やかにこの現場を去る。
「最近、甘く見られているわね……何とかしないと」
   ※ ※ ※
「ねえ。最近、私に回ってくる仕事の依頼人が揃いも揃ってロクでなしなんだけど。もうちょっとマシな人間と取引がしたいの」
 志保はジノプラチナ・プリトスの吸い口を忌々しそうに噛み潰した。
 志保の前でカップ酒をちびちびと呷っていた浮浪者はアスファルトに胡坐を掻いて面倒臭そうに溜息を吐いた。
「嬢ちゃん、依頼人の『後ろ』を問わないから簡単に仕事が入ってくるんだ。相手がどこの誰かなんて一々探ってたんじゃ、何も鉢は回ってこないぞ」
 夕方。繁華街の裏路地での事。生ゴミと飲食店の排煙が混じる異臭の中で二人はそんな環境を無視して、視線を交わさず会話している。男も志保も、壁を背にしている。
 50代後半の浮浪者の男は浅黒く酒焼けした額を腰にぶら下げたタオルで拭いて再びカップ酒を啜る。垢と汗が染み付いたボロ同然のトレーナーは元のカラーはなんなのか解らない。
 こんなどこにでも居そうな浮浪者が実は暗黒社会の窓口であるのはよく知られている。そして、志保の貴重な流通ルートの窓口でもある。
 認識的には小悪党で通っている志保は組織の大きな商談には参加させて貰えず、糊口を凌ぐ程度の仕事しか有り付けない。
 そんな理由から、どうしても大きな商談に参加して有力なコネを確保して太いルートを足場としなければ、この業界で長く生きていけない。
 どこで手を打つか?
 いつラッシュを仕掛けるか?
 見極めを間違えるとあっという間にこの世から消される対象となる。
 選ばなければ仕事は多いが、代わりは幾らでも居るのが現実だ。
 志保のような特別な後ろ盾を持たない有望な若手は気軽に使い捨てとしてこき使われる。
 そろそろ命の安売りをして生計を立てるのに飽きてきた。
 一時は拳銃稼業に転職しようかと考えた時期も有った。22口径のリボルバー以外に得物を使いたくない頑固さから不向きだと感じた。
 恥かしげも無く50AEを得物としている気狂いが居る業界である。22口径の居場所は無い。
「だからね……難しい話をしてるんじゃないの。契約を履行できる人種の依頼を承りたいって言ってるだけなの」
 志保は苛立たしげにジノプラチナ・プリトスの煙を吐き散らす。

 その志保がレティクルの中央に浮かび上がる。
 何やら険しい表情で浮浪者と並んで喋っている。忙しなく細巻きの葉巻を短く吸う。時折、志保の眼鏡のフレームが日光を照り返してキラキラと光る。
「……」
 繁華街の中、大して離れていないテナントビルの屋上でハンバーガーを齧りながら中距離スポーツ射撃用スコープで志保を覗く少女の姿が有った。
 銃本体は無い。
 スコープを望遠鏡代わりにしているだけだ。
 ファストフード店のハンバーガーを無表情で胃袋に収める少女は可憐というより魅力的といった風貌だった。
 年の頃は志保と同じ位だろうか? あどけなさが抜けていない、ボーイッシュなショートカットが印象的だった。
 今時の少女にしては珍しく染髪はしておらず、艶やかで健康的な黒髪が眩しい。
 服装もアクティブで活動的なジーンズパンツにほど好く草臥れたデニム生地のシャツだった。外見で言えば志保の対極に立つ者だった。
「……」
 スコープを志保に合わせて移動させると志保は雑然とした路地裏から表通りに出てしまった。
 この位置からでは直線距離で志保を観察する事が出来ない。
 少女は別段、慌てた様子も無くハンバーガーを頬張る。空いた手でモデルガン用のハンドガンケースにスコープを収納してコーラが入った紙コップを手に取る。
「……」
 安息を知らぬ兵士のような凛と引き締まった顔でストローを咥えて一気に嚥下する。
「水上志保……。良い肩をしてる。コソ泥で終わらせたく『なかった』」
 ハンドガンケースとゴミを手に持ち、屋上を立ち去ろうと踵を返す。
「!」
 不意に携帯電話が鳴ったので、ゴミを手放して尻ポケットから携帯電話を抜き出す。
 デニムシャツの裾が捲れて左脇のショルダーホルスターが露見する。
「ハーイ、貴子。愛してる……うん。確認した…んー、少し手を焼くかもしれない…聞いてよ、今度の標的って姿勢が良いんだよ? 昔の貴子もあんな感じだったかもよ?」
 少女は先ほどとは打って変わって、年相応に活発明朗な笑顔で携帯電話の向こうに居る人間と会話しながら屋上を去っていった。
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