歌え。22口径。
「……?」
連中が自国語と思われる言語で捲し立てながら連携を取ろうとしている。
志保が行った牽制の乱射で身を伏せたり遮蔽物に隠れ込んだりした連中が場所を少しずつ変えながら間合いを詰める。
――――あー、もう。難儀ねぇ。
自分の盾である廃車を見て苦笑する。9mmマカロフ弾程度なら止まるだろうが30口径トカレフ弾だと障子紙に針を突き刺すかのように貫通するだろう。
「……」
左手の中指でシルバーフレームの眼鏡を正して大きな溜息に似た深呼吸をする。
下腹が熱を帯びてくるのに理性では面倒と難儀に挟まれたこの状況を打破することだけを考えろと命令している。心のどこかが遊離している。
その時だ。
削岩機を押し当てられたように盾代わりの廃車が震えて錆を撒き散らす。
「!」
恥も外聞も一切気にせず、踏み潰された蛙のように地面に伏せて恐怖で漏れそうな小用と戦う。
短機関銃。
それも9mmパラベラム弾クラスの。
回転数は毎分750発といったところか? 連なる銃声の間隔と音量から察するにイングラムやウージーシリーズのような小型短機関銃ではない。
景気良く空薬莢が硬いコンクリートの地面に跳ねる金属音が聞こえる。
発砲音は一箇所からしか聞こえないがそれは志保が予想もしていなかった角度からの攻撃だった。やはり連中は隠し玉を用意していたのだ。
殆どの弾丸はエンジンブロックで停止したが、数発は腐食の進んだドアを貫通して志保の頭上を掠める。何発かはゴムタイヤに深くめり込んだらしく、独特の焼け焦げた臭いを発生させる。
「……」
灰色のチェック柄スカート下に穿いた黒いストッキングが徐々に湿りだす。
生理現象と恐怖に打ち勝てず膀胱弁が緩んだ。
――――この年齢でお漏らしって……精神的に『来る』わ……。
一つ、体を震わせて排尿後の小さな寒気に体を任せる。
地面にへばり付いた間抜けな格好で溜まっていた小便を残らず漏らす。
スカートが濡れて足に纏わり付いては行動の邪魔なのでその場でスカートを脱ぎ捨てる。この気温なら少しすれば乾くだろう。
恐怖のあまりに小便を漏らしたことで何か大事なものを失った気分になった志保は怒りのベクトルに上乗せして連中を生きて帰さないように努力するしようと瞬間的に誓った。……無駄な殺生は嫌いだが『出来ない』とは一言も言っていない。
水色のサマージャンパー。赤いポロシャツ…白いパンツが透けて見える黒いストッキングにスニーカーという出で立ちになってしまった。
この絵面にストレートなタイトルを付けるとすれば『年頃の娘のあられもない恥態』しか無い。
「……」
見事に蜂の巣になった廃車のドアが、脳に響く軋んだ音を立ててヒンジからちぎれ、一等大きな耳障りな金属音を立てて地面に落ちる。
先程の銃撃のショックで目の前に落ちたサイドミラーの破片を拾う。それを静かにかざしながら廃車の陰から辺りを窺う。
――――!
――――何?
20代後半位と思われる第三国人が薄ら笑いを浮かべながら鉄パイプの落書きを連想させる短機関銃を握っていた。
S&W M76。
ベトナム戦争中にアメリカ軍が何故か、短機関銃に関しては門外漢のS&W社に短機関銃の開発を促して見事にコケた失敗作だ。S&Wもあわよくば警察関係に売り込めると意気揚々としていたらしいが販売業績も悪く少量生産されただけですぐに生産ラインを停止した経緯が有る。
実践うんぬんより博物館でこそ輝くレアモノだ。……だからといって使用する9mmパラベラム弾に威力の変化が無い事は先程の銃撃の洗礼で身を以って体感している。
S&Wのミュージアムにでも出向かなければお目に掛かる事のできない貴重品。案外、何処かのマイナーメーカーが版権を買い取ってリバイバルさせたものかも知れない。
第一の脅威。
頭の中で次々と撃破順序が組み立てられていく。
年頃の娘に恥ずかしい思いをさせた。それだけで皆殺しにする理由には充分だというのに、最大戦力を警告無しで何としても削がなければならないとは辛い。
志保の数少ないヒューマニズムである、投降勧告はこの際無しだ。
小便を垂れ流した時点で迷いは消えて、スカートを脱ぎ去った時に暗い闘志が湧いてきた。自分の恥部を見た者を口封じしたいだけかもしれない。
下手に刺激すると第2斉射で志保の体はコマ切れになる。
S&W M76の投入で勢いが付いた第三国人たちは遮蔽物の陰から半身を出してこちらを窺っている。
自分が鉄火場の真ん中にいる自覚が足りないのかのんきに立ち上がって、煙草を吹かす奴も居る。そんな奴に限って早々に腹のベルトに無造作に拳銃を突っ込んで大物気取りだ。
唯一と思われる勝機は連中の指令系統は即席だった点だ。
わざわざ、銃声に負けじと声を張り上げて各自連携を取らなければ配置に付けない。
ハンドシグナルやアイコンタクトを交わすほど熟練していない証拠だ。
手段が荒っぽく全く計算されていない。作戦とも呼べない作戦を平気で実行するのが第三国人の共通する手口だ。
訓練された、あるいは知悉した第三国人が居れば背後には確実に日本人が絡んでいる。
さもなければ、ただのトリガーハッピー予備軍だ。
――――一角さえ崩せば!
志保は手にしていたミラーの破片を寝そべったまま斜め上の天井に向けて出来る限り勢いを付けて投げつけた。
「!」
黄昏時の赤い陽を照らしたミラーは天井の剥き出しのアスベストに当たって地面に落ちて砕けた。
たったそれだけの時間。
視界に入る限り合計7人の視線は不意に飛び出した『キラキラと光る何か』に集中した。
上を向いて、下を向く。
そこには割れたミラーが有るだけ。
時間にして1秒半。
反撃の時間稼ぎとしては充分だった。
先ず、軽い発砲音が1発。
「ガッ!」
S&W M76のフレームに22口径ロングライフル弾が命中する。リコイルスプリングが収まっている本体中央に強装のイエローチップが炸裂し、レシーバーガイドが歪む。短機関銃を持っていた男は衝撃で2歩、後退した。
廃車のボンネットを足場に駆け上がった志保は連なる廃車の屋根伝いにネコ科の動物のような俊敏さで駆け回る。
第三国人連中も拳銃を向けて発砲するが、射線上に居た一人を誤って撃ってしまった。味方の誤射を受けたその男は短い悲鳴を挙げて体をコマのように回転させて絶命する。
短機関銃の男がS&W M76を構え直して引き金を引いた瞬間に薬室付近が破裂して保持していた左手の指を酷く損傷した。指が2本、地面に転がる。更に動脈が激しく傷付けられたらしく、泣き叫びながら懸命に喪った指の痕に噛みついて痛みをこらえている。そのまま無様に蹲り、咽び泣く。
ドサクサに紛れて敗走を始めた男を一人、視界の端に捕えた。迷わず撃つ。腰骨と背骨の継ぎ目辺りに命中する。良心は痛まない。背中を見せて逃げる方が悪い。……彼女の無視の居所はかなり悪いらしい。
遮蔽物を巧みに利用して連中を散々撹拌する。
連中は円陣を組むように開けた場所で背中合わせに集まった。
連中からすればそれが一番応戦に向いていると判断したのだろうが、それこそが……敵戦力が分散しないように一点に集中させるのを目論んでいた志保の狙いだった。
円陣防御が通用するのは複数の戦力を相手に、支援が到着するまで防衛する場合のみだ。
それもこの様な狭い空間ではなくある程度の開けた場所で展開してこそだ。
銃声が3発。
トカレフを握る男の正面に有る廃車のフロントガラスが砕けた瞬間にその男は咽喉仏のやや下に小さな穴が出来た。射入口から拍動に合わせて鮮血を吹き、その場に膝を着いて頭から地面に倒れる。男の頸部の1ヶ所が盛り上がっている。22口径ロングライフル弾はこの骨に当たって停止したのだろう。
連中が自国語と思われる言語で捲し立てながら連携を取ろうとしている。
志保が行った牽制の乱射で身を伏せたり遮蔽物に隠れ込んだりした連中が場所を少しずつ変えながら間合いを詰める。
――――あー、もう。難儀ねぇ。
自分の盾である廃車を見て苦笑する。9mmマカロフ弾程度なら止まるだろうが30口径トカレフ弾だと障子紙に針を突き刺すかのように貫通するだろう。
「……」
左手の中指でシルバーフレームの眼鏡を正して大きな溜息に似た深呼吸をする。
下腹が熱を帯びてくるのに理性では面倒と難儀に挟まれたこの状況を打破することだけを考えろと命令している。心のどこかが遊離している。
その時だ。
削岩機を押し当てられたように盾代わりの廃車が震えて錆を撒き散らす。
「!」
恥も外聞も一切気にせず、踏み潰された蛙のように地面に伏せて恐怖で漏れそうな小用と戦う。
短機関銃。
それも9mmパラベラム弾クラスの。
回転数は毎分750発といったところか? 連なる銃声の間隔と音量から察するにイングラムやウージーシリーズのような小型短機関銃ではない。
景気良く空薬莢が硬いコンクリートの地面に跳ねる金属音が聞こえる。
発砲音は一箇所からしか聞こえないがそれは志保が予想もしていなかった角度からの攻撃だった。やはり連中は隠し玉を用意していたのだ。
殆どの弾丸はエンジンブロックで停止したが、数発は腐食の進んだドアを貫通して志保の頭上を掠める。何発かはゴムタイヤに深くめり込んだらしく、独特の焼け焦げた臭いを発生させる。
「……」
灰色のチェック柄スカート下に穿いた黒いストッキングが徐々に湿りだす。
生理現象と恐怖に打ち勝てず膀胱弁が緩んだ。
――――この年齢でお漏らしって……精神的に『来る』わ……。
一つ、体を震わせて排尿後の小さな寒気に体を任せる。
地面にへばり付いた間抜けな格好で溜まっていた小便を残らず漏らす。
スカートが濡れて足に纏わり付いては行動の邪魔なのでその場でスカートを脱ぎ捨てる。この気温なら少しすれば乾くだろう。
恐怖のあまりに小便を漏らしたことで何か大事なものを失った気分になった志保は怒りのベクトルに上乗せして連中を生きて帰さないように努力するしようと瞬間的に誓った。……無駄な殺生は嫌いだが『出来ない』とは一言も言っていない。
水色のサマージャンパー。赤いポロシャツ…白いパンツが透けて見える黒いストッキングにスニーカーという出で立ちになってしまった。
この絵面にストレートなタイトルを付けるとすれば『年頃の娘のあられもない恥態』しか無い。
「……」
見事に蜂の巣になった廃車のドアが、脳に響く軋んだ音を立ててヒンジからちぎれ、一等大きな耳障りな金属音を立てて地面に落ちる。
先程の銃撃のショックで目の前に落ちたサイドミラーの破片を拾う。それを静かにかざしながら廃車の陰から辺りを窺う。
――――!
――――何?
20代後半位と思われる第三国人が薄ら笑いを浮かべながら鉄パイプの落書きを連想させる短機関銃を握っていた。
S&W M76。
ベトナム戦争中にアメリカ軍が何故か、短機関銃に関しては門外漢のS&W社に短機関銃の開発を促して見事にコケた失敗作だ。S&Wもあわよくば警察関係に売り込めると意気揚々としていたらしいが販売業績も悪く少量生産されただけですぐに生産ラインを停止した経緯が有る。
実践うんぬんより博物館でこそ輝くレアモノだ。……だからといって使用する9mmパラベラム弾に威力の変化が無い事は先程の銃撃の洗礼で身を以って体感している。
S&Wのミュージアムにでも出向かなければお目に掛かる事のできない貴重品。案外、何処かのマイナーメーカーが版権を買い取ってリバイバルさせたものかも知れない。
第一の脅威。
頭の中で次々と撃破順序が組み立てられていく。
年頃の娘に恥ずかしい思いをさせた。それだけで皆殺しにする理由には充分だというのに、最大戦力を警告無しで何としても削がなければならないとは辛い。
志保の数少ないヒューマニズムである、投降勧告はこの際無しだ。
小便を垂れ流した時点で迷いは消えて、スカートを脱ぎ去った時に暗い闘志が湧いてきた。自分の恥部を見た者を口封じしたいだけかもしれない。
下手に刺激すると第2斉射で志保の体はコマ切れになる。
S&W M76の投入で勢いが付いた第三国人たちは遮蔽物の陰から半身を出してこちらを窺っている。
自分が鉄火場の真ん中にいる自覚が足りないのかのんきに立ち上がって、煙草を吹かす奴も居る。そんな奴に限って早々に腹のベルトに無造作に拳銃を突っ込んで大物気取りだ。
唯一と思われる勝機は連中の指令系統は即席だった点だ。
わざわざ、銃声に負けじと声を張り上げて各自連携を取らなければ配置に付けない。
ハンドシグナルやアイコンタクトを交わすほど熟練していない証拠だ。
手段が荒っぽく全く計算されていない。作戦とも呼べない作戦を平気で実行するのが第三国人の共通する手口だ。
訓練された、あるいは知悉した第三国人が居れば背後には確実に日本人が絡んでいる。
さもなければ、ただのトリガーハッピー予備軍だ。
――――一角さえ崩せば!
志保は手にしていたミラーの破片を寝そべったまま斜め上の天井に向けて出来る限り勢いを付けて投げつけた。
「!」
黄昏時の赤い陽を照らしたミラーは天井の剥き出しのアスベストに当たって地面に落ちて砕けた。
たったそれだけの時間。
視界に入る限り合計7人の視線は不意に飛び出した『キラキラと光る何か』に集中した。
上を向いて、下を向く。
そこには割れたミラーが有るだけ。
時間にして1秒半。
反撃の時間稼ぎとしては充分だった。
先ず、軽い発砲音が1発。
「ガッ!」
S&W M76のフレームに22口径ロングライフル弾が命中する。リコイルスプリングが収まっている本体中央に強装のイエローチップが炸裂し、レシーバーガイドが歪む。短機関銃を持っていた男は衝撃で2歩、後退した。
廃車のボンネットを足場に駆け上がった志保は連なる廃車の屋根伝いにネコ科の動物のような俊敏さで駆け回る。
第三国人連中も拳銃を向けて発砲するが、射線上に居た一人を誤って撃ってしまった。味方の誤射を受けたその男は短い悲鳴を挙げて体をコマのように回転させて絶命する。
短機関銃の男がS&W M76を構え直して引き金を引いた瞬間に薬室付近が破裂して保持していた左手の指を酷く損傷した。指が2本、地面に転がる。更に動脈が激しく傷付けられたらしく、泣き叫びながら懸命に喪った指の痕に噛みついて痛みをこらえている。そのまま無様に蹲り、咽び泣く。
ドサクサに紛れて敗走を始めた男を一人、視界の端に捕えた。迷わず撃つ。腰骨と背骨の継ぎ目辺りに命中する。良心は痛まない。背中を見せて逃げる方が悪い。……彼女の無視の居所はかなり悪いらしい。
遮蔽物を巧みに利用して連中を散々撹拌する。
連中は円陣を組むように開けた場所で背中合わせに集まった。
連中からすればそれが一番応戦に向いていると判断したのだろうが、それこそが……敵戦力が分散しないように一点に集中させるのを目論んでいた志保の狙いだった。
円陣防御が通用するのは複数の戦力を相手に、支援が到着するまで防衛する場合のみだ。
それもこの様な狭い空間ではなくある程度の開けた場所で展開してこそだ。
銃声が3発。
トカレフを握る男の正面に有る廃車のフロントガラスが砕けた瞬間にその男は咽喉仏のやや下に小さな穴が出来た。射入口から拍動に合わせて鮮血を吹き、その場に膝を着いて頭から地面に倒れる。男の頸部の1ヶ所が盛り上がっている。22口径ロングライフル弾はこの骨に当たって停止したのだろう。