歌え。22口径。

 彼我の距離、平均にして15m。
 22口径ロングライフル弾の戦闘距離としては可も無く不可も無く。
 通常の22口径よりやや装薬が強化されているが銃身が10インチ以上無ければ目覚しい効果は期待できない。
「ねえっ! 話しで解決する気無いの?」
 一応遠回しに投降勧告を叫んでみる。
 相変わらず、25口径のフルメタルジャケットがヒョロヒョロとコンクリの柱に浅い弾痕を穿つ。
 瓶ビールの王冠を投げ捨てたような軽い金属音が銃声の合間に聞こえる。それはベストピストルから弾き出された空薬莢だ。
――――はぁ。やれやれ……。
 紺色のサマージャンパーの内ポケットからアルミのシガーケースを取り出してジノプラチナ・プリトスを一本抜き取る。
 その吸い口を無造作に八重歯で噛み千切って使い捨てライターでフットを炙る。
――――鉄火場は避けたいのになぁ。
 乱暴に唇の端からドミニカの香りを吐き出してシガーケースを内ポケットに仕舞い込む。
 今度は代わりに左脇のショルダーホルスターからアストラ・カデックス223を引き摺り出す。左手は自然と後ろ腰に回り、スピードローダーを2個掴んで再装填の準備をしていた。
 殺す必要は無い。
 少しばかり痛い思いをさせてやれば良い。
 S&Wのリボルバーより軽い力で簡単に撃鉄が起こせる。引き金が後退してシングルアクション状態になる。
 空かさず地面に伏せてプローンスタイルで一番手近に居た男の右膝の皿を撃ち抜く。
 途端、男は絞りだしたような悲鳴を挙げて掌に収まる超小型自動拳銃を放り出して地面を転がった。
 最初の犠牲者の行く末など気にも掛けずに今度はダブルアクションで左大腿部の内側だけを晒していた間抜けを撃つ。勿論、狙った箇所は太腿の内側だ。
 そこに2発叩き込む。
 リンパ腺と動脈が集中している辺りにダブルタップで命中させたが、強力なマグナムと違って衝撃が血管を逆流して犠牲者を心臓発作で死に至らしめる確率は低い。自分が被弾したショックで心臓発作を起こすとなれば話は別だが。
 素早く立ち上がる。
 22口径ということもあって殆ど、銃口の跳ね上がりや反動は感じないがそれでトリガーハッピーに陥るほど、志保は素人ではない。
 再び沸き上がったアドレナリンは急速に分泌され始めた脳内麻薬と相俟って言葉と裏腹な、性的興奮に似た情動を掻き立てる。
 逸早く背中を見せて戦線を離脱しようとした男の背中に2発の熱いイエローチップを叩き込んで即座に瀕死の重症を負わせた。
 背骨と腎臓に被弾した。これでその男の荒くれた人生は半分終了したようなもので、命を取り留めても余生は酒の飲めない車椅子人生が待っている。
「待て! 待て! 話し合おう!」
 38口径のリボルバーを握っていた男は両手を挙げて戦意を挫かれた事をジェスチャーで表現する。男の側頭部に向けていた銃口を下げた。
「料金さえ払ってくれれば万事解決よ。金で通じない言語は無いわ」
 志保は半身で拳銃をダブルハンドで構えながら慎重に男に近寄った。
「こ、ここには用意していない! 数日待ってくれたら……っ!」
 22口径が容赦無く男の頸部を射抜いた。間もなく絶命するほどの深手だ。
「時間稼ぎは嫌いなの。それに私は『今から話し合いに応じる』なんて一言も言っていないわ」
 志保の顔は紅潮していたが表情に抑揚がない。横咥えにしたジノプラチナ・プリトスを一服、深く吸い込む。
 光源に乏しい地下駐車場を早々に後にしたが、持ち去られた商品については何の未練も無かった。
 金品ならまた奪えば良い。だが、命が有ってこその金品の有り難さである。一つの失態にいつまでも拘っていても仕方が無い。
 群雲が月に纏わり着く、湿度が鬱陶しい夜だった。
   ※ ※ ※
 唇が火傷しそうな程短くなったジノプラチナ・プリトスを足元に吐き捨てて爪先で踏む。
 続いて、銃口を空に向けて人肌ほどに温かくなったシリンダーをサムピースを押しながらスイングアウトさせる。
 モデルガンと違って空薬莢は勝手に自重で落下しない。
 空薬莢は爆圧により瞬間的に膨張するのだ。従って、エキストラクターを押してやらねば空薬莢は排出されない。
 廃棄された立体駐車場に9つの空薬莢が乾いた金属音を奏でながら無秩序に散らばる。
――――ヤリ逃げ続きだ。甘く見られてるなぁ。
 廃れたベッドタウン。その中にあって、地図にすら存在を忘れ去られたような立体駐車場には廃車が不法に放棄されて寂しい空気をより一層悲しく飾り立てていた。
 窃盗品の新規ルート開拓の支払金代わりに第三国人に奪った貴金属を売り渡す予定だったが、商談の最中に襲撃された。
 第三勢力の介入か? と勘繰ったが、何ということは無い。連中が単に金を払う気も、新規ルートの橋頭堡も築かせてくれる気も無いということだった。
 使い捨てのコソ泥として利用されただけ。
 この世界では裏切りなんてごく普通に罷り通っているゆえに別段驚きはしなかった。
 一歩立場が違えば、一歩見解が違えば自分も簡単に人を裏切るだろう。
 今重要なのは生きて逃げ帰ること。
 金に五月蝿く汚い連中の事だ、逃げ果せれば仇討ちのために人員を割くことは無い。
 事前の情報によれば連中は後ろ盾も何も無いただのマフィアごっこをしているだけの小物でしかない。
 新しい流通ルートの確保に躍起になっていたから少しばかり連中のバックボーンまで頭が回らなかった志保の失態だ。
 若い。腕が立つ。事情を知っている。
 これだけで割りと客は来るし、代理店も付いてくれる。だが、もう一歩踏み込んだ博打を打って名前を上げたかった。
 コソ泥で生計を立てているだけでは志保の脳髄を熱く沸騰させる自分が生きていると自覚できる感覚が味わえない。だから少し逸り過ぎたのかもしれない。
 自分の意識できない自分の内部で、スリルを求めつつある。……悪い傾向だ。
――――下らないことになった
 銃口を地面に向けてスピードローダーの弾丸を押し込んでスピードローダー後端のクリップを軽く捻る。
 実包の尻を咥え込んでいたゴム製のスピードローダーはそれだけの動作で全ての22口径を開放した。22口径が全弾、シリンダーの薬室に落ちた。
 静かにシリンダーをフレームに填めてラッチがシリンダーのラッチと確実に噛み合うように僅かにシリンダーを左に回転させてやる。
――――あー。何人だっけ?
 コンパクトの鏡で遮蔽物にしている廃車の陰から死角の情報を拾う。
 視界で確認できるのは3人。
 死角に潜んでいる影は3人。
 武装は中国製コピー拳銃のオンパレードで口径に統一性が無い。はっきりしているのは連中の得物は確実に人間を仕留められるほど強力で、自分の得物は錆の浮いた廃車のガラスを叩き割る程度の力しか持っていないことだ。
 普通なら決して真正面からぶつかりたくない揉め事だ。
 自分が盾にしている廃車の背後がセメントの壁でなかったらとっくに逃げ出している。咄嗟に逃げ込んだ場所が逆に自分の退路を絶つ位置だった。
 いきなり背中からズドンと撃たれる前に危機を察知してシリンダー分の22口径を乱射しながら隠れたまでは良かったが……。
 悪辣で卑怯な戦法に長ける連中の事だ、まだ何かしらの戦力を温存しているに違いない。
――――ちょっと、ハラ、括るしかないわね。
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