歌え。22口径。
弾頭が通常の22口径ロングライフル弾より4割程重い真鍮製イエローチップで拵えられている為に小害獣はおろか人間に対しても効果が有る。
尤も、『ミニマキシ』は銃砲店に侵入して拝借した物だ。密売人から金を出して買うとすれば一体幾ら吹っかけられるか知れたものではない。
志保のアストラ・カデックス223自体、銃砲店で奪ったクリーニングリキッドの相性が良かったのか、コンディションが最良の物に当たったのか、今のところ、土壇場で不具合が発生した前例は無い。「リボルバーだから故障は発生しない」という考えは素人の偏見だ。
最強無敵の銃火器などこの世には決して存在しない。
寧ろ銃火器ほどデリケートで神経を使う武器は存在しない。
本体が作動しても弾薬が不良品なら様々なトラブルに発展していく。
弾薬は折り紙付きでも本体のメンテナンスを怠っていれば材質が腐食、磨耗して撃発不良や暴発等を招く。
ヘビーバレル仕様3インチ銃身のS&W M10ミリタリー&ポリス FBIスペシャルとそっくりな外観のためにサイトまでフレームのブリッジに埋まった凹型ノッチだ。勿論これは携行性を高める為で、咄嗟に銃を抜いてもサイトが衣服やホルスターに引っ掛からないための工夫だ。グリップは細身のサービスグリップにアダプターを取り付けただけの簡素なシルエット。
このアストラ・カデックス223で殺傷した人数などはっきりと覚えてはいないが、エキストラクターとフレームを繋ぐヨークが油を差したようにスムーズに動くほど磨耗している。つまり、何度スイングアウトして何度発砲したかすら覚えていない。
それでも志保はプロの何でも屋ではないので好んで人を傷付ける事は避けていた。
追う者が居れば撃つが、必ず警告の意味を込めて筋肉の厚い肩や太腿に命中させて相手の戦意を挫いていた。
それでも追う者は容赦無しに咽頭部や頭部、頸部に命中させて致命的な負傷を負わせて戦線復帰不可能な瑕を残した。
志保はコソ泥が本職だ。
足が付かない程度の代物を、足が付かないルートで売り捌いて腹の足しにする。
仕事の遂行は難しくない。だが、商品の販売ルートを確保できたからこそのこの稼業だ。
多少の大枚を叩いたがこの界隈で一番勢力の大きな犯罪組織に販売流通の許可を得ることができたのは誠に運が良かった。
※ ※ ※
多少のトラブルが付いて回るからこそ、自分が生きていることを実感できる。
どこの誰が言ったのか、神様はその人間が克服できる難題しか与えないらしい。
その観点で言えば志保は微温湯に浸かった生活をしているということになると思っている。
ダビドフのセカンドブランドにしてドミニカンシガーのベストセラーに数えられるブランドのプリトスを、紙巻煙草でも吹かすかの如く灰に出来るほど、生活は安定している。
反吐が出る家族ごっこしか演じられない実の家庭を捨て去って一番安堵している。
夢の片端にも家族の顔など浮かびもしない。
「……」
8畳程の広さを持つ1Kマンションが志保の塒だった。
大型の蓑虫型寝袋から引き締まった筋骨をした白い腕が伸びて枕元の五月蝿い時計を探る。
「……」
午前10時を指す時計ががなり立てる。
目覚まし時計によって目を覚ましてみても空虚と安穏が入り混じる現実からは覚醒する事は出来なかった。
志保は寝袋を蹴り飛ばして起き上がると眠気が完全に消えていない頭に気合を入れながらキッチンの冷蔵庫を漁ってミネラルウオーターとスパムを取り出した。
灰色をベースとするタンクトップとショーツだけの姿で、胡坐を書いてスパムに噛りつきながら愛用の眼鏡を探す。
粗食極まりない朝食だがいつもの風景だ。
手を丹念に洗ってスパムの脂を落として米櫃代わりに使っている大型密閉容器に手を突っ込んで6分ほどの米の中から密閉ジッパー付きのポリエチレン袋を取り出す。
何も捻りも無くアストラ・カデックス223が入っている。
昨夜の内にクリーニングを終えて揮発性のリキッドを蒸発させて封入した物だ。
箪笥の奥に突っ込んでいるボール紙の弾薬箱から9発の22口径ロングライフル弾を抜き取ると、右手の親指でサムピースを押しながら右手の人差し指と中指でシリンダーを押してスイングアウトする。
黄色い弾頭の小害獣駆除用弾を1発ずつ薬室に落とし込んでいく。
全ての薬室が埋まると銃口を下に向けたまま、軽く手首を捻ってシリンダーがフレームに填まる直前まで戻して最後に右手の親指でシリンダーを静かに押してシリンダーをフレームに完全に填める。
そのアストラ・カデックス223をショーツの尻の辺りに差し込んで漸く自分の衣服をクローゼットから引っ張り出す。
※ ※ ※
――――質が落ちたものだ。
折角の思いで依頼通り大排気量の高級バイクをセキュリティの高い駐車場から奪ってきたというのに依頼人は依頼の報酬と商品であるバイクの代金を鉛弾で払ってきた。
廃墟化して久しい大型病院の地下駐車場でのこと。
運ぶ足として盗んだトラックに大型バイクを載せているが、至近距離から38スペシャルを叩き込まれそうになった。
体を捻りつつ左手で相手のリボルバー拳銃を持つ腕を払って直撃は逃れたが、その隙に依頼人の仲間がトラックごと走り去った。
後に残った依頼人と依頼人の仲間――恐らく金で雇われただけの愚連隊――が散らばり……後はこの様だ。証拠隠滅のための口封じだ。
志保さえ片付ければ連中の足取りはここで消える。
簡単に見積もっても連中の数は4人。
何れもアストラ・カデックス23並に安いサタデーナイトスペシャルだ。
東南アジアのどこかで作られた密造リボルバーや全く戦闘に不向きな25ACP弾使用のベストピストルで武装している。
正直な感想を述べれば、まともにタマが真っ直ぐ飛んでくれる拳銃より厄介だ。
狙った位置に素直な弾道を描いて着弾してくれる拳銃なら銃口の向きから着弾点を予想できる。
だが、タマの行き先はタマに聞かなければ解らないような拳銃では予想不可能な弾道が描かれる。気狂いに刃物並に厄介だ。
第一、命のやり取りの現場で22口径ショート弾と同等かそれ以下の性能しか発揮できない25ACP弾を使用している時点で素人丸出しだ。
ベストピストルは1910年代の欧米の紳士が野良犬を追い払うのに使用していた、嗜み程度の拳銃であって、対人用として脅威に感じられるのは先進国のくせに民間人に拳銃の所持を許可しない日本くらいだ。
尤も近年ではその日本も危ういが。
志保の練度を以ってすれば排撃は容易だった。
連中の拳銃がまともな性能でないことを見抜けた志保は、沸き上がって来たアドレナリンが消沈する感触を覚えた。
――――大した事無いな。
志保も連中もコンクリの柱を盾に撃ち合いを展開している。
少ない装弾数のくせに人数で勝っている連中は志保が隠れるコンクリの柱を削っている。
癇癪球より頼り無い発砲音が3つ。時々威勢の良い銃声が聞こえるがそれは志保を最初に撃ち殺そうと目論んだ38口径の密造リボルバーだ。
尤も、『ミニマキシ』は銃砲店に侵入して拝借した物だ。密売人から金を出して買うとすれば一体幾ら吹っかけられるか知れたものではない。
志保のアストラ・カデックス223自体、銃砲店で奪ったクリーニングリキッドの相性が良かったのか、コンディションが最良の物に当たったのか、今のところ、土壇場で不具合が発生した前例は無い。「リボルバーだから故障は発生しない」という考えは素人の偏見だ。
最強無敵の銃火器などこの世には決して存在しない。
寧ろ銃火器ほどデリケートで神経を使う武器は存在しない。
本体が作動しても弾薬が不良品なら様々なトラブルに発展していく。
弾薬は折り紙付きでも本体のメンテナンスを怠っていれば材質が腐食、磨耗して撃発不良や暴発等を招く。
ヘビーバレル仕様3インチ銃身のS&W M10ミリタリー&ポリス FBIスペシャルとそっくりな外観のためにサイトまでフレームのブリッジに埋まった凹型ノッチだ。勿論これは携行性を高める為で、咄嗟に銃を抜いてもサイトが衣服やホルスターに引っ掛からないための工夫だ。グリップは細身のサービスグリップにアダプターを取り付けただけの簡素なシルエット。
このアストラ・カデックス223で殺傷した人数などはっきりと覚えてはいないが、エキストラクターとフレームを繋ぐヨークが油を差したようにスムーズに動くほど磨耗している。つまり、何度スイングアウトして何度発砲したかすら覚えていない。
それでも志保はプロの何でも屋ではないので好んで人を傷付ける事は避けていた。
追う者が居れば撃つが、必ず警告の意味を込めて筋肉の厚い肩や太腿に命中させて相手の戦意を挫いていた。
それでも追う者は容赦無しに咽頭部や頭部、頸部に命中させて致命的な負傷を負わせて戦線復帰不可能な瑕を残した。
志保はコソ泥が本職だ。
足が付かない程度の代物を、足が付かないルートで売り捌いて腹の足しにする。
仕事の遂行は難しくない。だが、商品の販売ルートを確保できたからこそのこの稼業だ。
多少の大枚を叩いたがこの界隈で一番勢力の大きな犯罪組織に販売流通の許可を得ることができたのは誠に運が良かった。
※ ※ ※
多少のトラブルが付いて回るからこそ、自分が生きていることを実感できる。
どこの誰が言ったのか、神様はその人間が克服できる難題しか与えないらしい。
その観点で言えば志保は微温湯に浸かった生活をしているということになると思っている。
ダビドフのセカンドブランドにしてドミニカンシガーのベストセラーに数えられるブランドのプリトスを、紙巻煙草でも吹かすかの如く灰に出来るほど、生活は安定している。
反吐が出る家族ごっこしか演じられない実の家庭を捨て去って一番安堵している。
夢の片端にも家族の顔など浮かびもしない。
「……」
8畳程の広さを持つ1Kマンションが志保の塒だった。
大型の蓑虫型寝袋から引き締まった筋骨をした白い腕が伸びて枕元の五月蝿い時計を探る。
「……」
午前10時を指す時計ががなり立てる。
目覚まし時計によって目を覚ましてみても空虚と安穏が入り混じる現実からは覚醒する事は出来なかった。
志保は寝袋を蹴り飛ばして起き上がると眠気が完全に消えていない頭に気合を入れながらキッチンの冷蔵庫を漁ってミネラルウオーターとスパムを取り出した。
灰色をベースとするタンクトップとショーツだけの姿で、胡坐を書いてスパムに噛りつきながら愛用の眼鏡を探す。
粗食極まりない朝食だがいつもの風景だ。
手を丹念に洗ってスパムの脂を落として米櫃代わりに使っている大型密閉容器に手を突っ込んで6分ほどの米の中から密閉ジッパー付きのポリエチレン袋を取り出す。
何も捻りも無くアストラ・カデックス223が入っている。
昨夜の内にクリーニングを終えて揮発性のリキッドを蒸発させて封入した物だ。
箪笥の奥に突っ込んでいるボール紙の弾薬箱から9発の22口径ロングライフル弾を抜き取ると、右手の親指でサムピースを押しながら右手の人差し指と中指でシリンダーを押してスイングアウトする。
黄色い弾頭の小害獣駆除用弾を1発ずつ薬室に落とし込んでいく。
全ての薬室が埋まると銃口を下に向けたまま、軽く手首を捻ってシリンダーがフレームに填まる直前まで戻して最後に右手の親指でシリンダーを静かに押してシリンダーをフレームに完全に填める。
そのアストラ・カデックス223をショーツの尻の辺りに差し込んで漸く自分の衣服をクローゼットから引っ張り出す。
※ ※ ※
――――質が落ちたものだ。
折角の思いで依頼通り大排気量の高級バイクをセキュリティの高い駐車場から奪ってきたというのに依頼人は依頼の報酬と商品であるバイクの代金を鉛弾で払ってきた。
廃墟化して久しい大型病院の地下駐車場でのこと。
運ぶ足として盗んだトラックに大型バイクを載せているが、至近距離から38スペシャルを叩き込まれそうになった。
体を捻りつつ左手で相手のリボルバー拳銃を持つ腕を払って直撃は逃れたが、その隙に依頼人の仲間がトラックごと走り去った。
後に残った依頼人と依頼人の仲間――恐らく金で雇われただけの愚連隊――が散らばり……後はこの様だ。証拠隠滅のための口封じだ。
志保さえ片付ければ連中の足取りはここで消える。
簡単に見積もっても連中の数は4人。
何れもアストラ・カデックス23並に安いサタデーナイトスペシャルだ。
東南アジアのどこかで作られた密造リボルバーや全く戦闘に不向きな25ACP弾使用のベストピストルで武装している。
正直な感想を述べれば、まともにタマが真っ直ぐ飛んでくれる拳銃より厄介だ。
狙った位置に素直な弾道を描いて着弾してくれる拳銃なら銃口の向きから着弾点を予想できる。
だが、タマの行き先はタマに聞かなければ解らないような拳銃では予想不可能な弾道が描かれる。気狂いに刃物並に厄介だ。
第一、命のやり取りの現場で22口径ショート弾と同等かそれ以下の性能しか発揮できない25ACP弾を使用している時点で素人丸出しだ。
ベストピストルは1910年代の欧米の紳士が野良犬を追い払うのに使用していた、嗜み程度の拳銃であって、対人用として脅威に感じられるのは先進国のくせに民間人に拳銃の所持を許可しない日本くらいだ。
尤も近年ではその日本も危ういが。
志保の練度を以ってすれば排撃は容易だった。
連中の拳銃がまともな性能でないことを見抜けた志保は、沸き上がって来たアドレナリンが消沈する感触を覚えた。
――――大した事無いな。
志保も連中もコンクリの柱を盾に撃ち合いを展開している。
少ない装弾数のくせに人数で勝っている連中は志保が隠れるコンクリの柱を削っている。
癇癪球より頼り無い発砲音が3つ。時々威勢の良い銃声が聞こえるがそれは志保を最初に撃ち殺そうと目論んだ38口径の密造リボルバーだ。