駆けろ! 狼
迷路に入ったのではないので簡単に3ヶ所のドアが見つかる。
いずれも酷い錆びの腐食で押しても引いても反応は無かった。ドアの直ぐ下の埃を指で掬ってみるが、これらのドアを抉じ開けた際に落ちる錆びや鉄片は確認できなかった。連中はこのドアを抉じ開けていない。
となると突入口は最初に確認した、連中が出入りしているドアの一つだけと云う事になる。
3000t未満の小型タンカーは時折、風と波で大きく揺り動かされ船体の全ての箇所が金属質な悲鳴を挙げていた。
耳栓をしていても最近のスポンジ状耳栓は優秀だ。耳栓如きでもケチらなければ優れた性能の品が手に入る。
朋絵が耳腔に挿し込んだ耳栓は一定の周波数は遮断するが日常での有り触れた音域は大した違和感が無く聞こえる優れ物だ。
この耳栓を選んだ理由は少しでも広い音域を拾いたいためだ。更に鼓膜にダメージを与えたくないのでスポンジ層の狭いもの使用している。……実は前に睡眠用に使うあらゆる音域の遮断する耳栓を買って失敗している。
頭を低く下げて突入口のドアノブに手を掛ける。
無駄に五月蝿い心臓。貪欲にニコチンを欲しがる血管。脳内でアドレナリンが噴出している。
耳朶を打つ風音の冷たさとドアノブの金属の感触が心地良い。
息を呑んでゆっくりドアを開ける。
いきなり銃弾が飛んでくることは無かった。唇が奮える。
船内の天井には素人の出鱈目な配線で裸電球が点っていた。
どこか遠くでバイクの排気音に似た機械の唸り声が聞こえるがそれが発電機の作動音だろう。
日が沈まない間でも船内に灯りが点っているのは有り難い。足元や廊下の角・各部屋のドアの有無がはっきり分かる。
コルトダイヤモンドバックを両手でホールドして右半身の体勢で歩みを進める。
敵中なので誤射と暴発を防ぐ為に撃鉄は倒さない。全ての発砲はダブルアクションオンリーで撃つつもりだ。いつもの心構えとして左手の小指と薬指の間にはスピードローダーを1個挟んでいる。
耳栓の働きで僅かばかりに外音が小さく、体内の音源が大きく聞こえる。
角を曲がる度に敵の存在の判定を聴覚で行うより、できるだけ低く屈んで頭を素早く出して目視する。視覚がいつも以上に重要になってくる。
「……」
――――どこだ? どこに居る?
――――流石に船の見取り図は無かったからなぁ。
――――多分、船員の居住室を根城にしているんだろうけど。
何の反応も無く次々と角と部屋をクリアしていく。
船の外観からの構造から考える。3層構造だろうと思われた。
内燃機関や電源系統に詳しい人間が居るのなら最下層にも誰か潜んでいるかもしれないと最初は疑ったが、定期的な交替で燃料と思われる20L入りのポリタンクを何往復もさせているのを見たので機械云々が集合している最下層には誰も居ないと思われる。
中層から上層にかけてどこかに発電機を持ち込んで燃料を注ぎ足しているのだろう。発電機を燃料で作動させるには排気の必要が有るので外気に晒す必要が有る。
朋絵が探索していない船首甲板にでも発電機を置いているのか?
この際、発電機の存在だけを有り難く受け入れていればいいと思うことにした。こちらは何の苦労も無く、灯りを提供してくれているのだから。
「!」
不意に目の前のドアが開いた。
ドアを開けた人物の視線はそれまで居た室内に向けられていた。
慌ててバックステップを踏んで始めからドアの無い用途不明の狭い空間に潜り込んだ。この部屋には灯りが点っていない。
「ちょっと電話掛けてくる」
男は部屋の中に向かってそう言った。
――――え?!
朋絵も左手のスピードローダーを口に咥えて懐から携帯電話を取り出した。
――――ああ。そうか……。
この船内は携帯の圏外だ。
これは思わぬ福音。
連中は外部と連絡を取るには一旦電波が拾える船外に出る必要がある。直ぐに応援を呼べないのだ!
電話を掛けると言った男は朋絵が潜伏している部屋を素通りして去ろうとした。
表情が瞬時に消えた朋絵は撃鉄を冷たい動作で倒して何の躊躇も無く背中を無警戒に晒して歩いている男に照準を付けた。
酷く軽いトリガープル。
引き金周りの機構を更にカスタムした結果だ。1kg以下の力学的作用で必殺の38スペシャル+P+弾は撃発した。
幅80cmほどの狭い廊下。その空間で胎に響く轟音と火焔放射器の残り火に似た銃火を引いて、熱いシルバーチップホローポイント弾は男の心臓付近に命中し擂鉢状の銃痕を開けてうつ伏せにつんのめって倒れた。
小さな痙攣と床を掻き毟る動作をしていた。朋絵は倒れる男には構わず、撃鉄を起こして男が出てきた部屋に銃口を向ける。しゃがむ。片膝を付いてコルトダイヤモンドバックをしっかりとホールドした。
「何が…ッ!」
間抜けに出てきた男の顔面が耳をつんざく発砲音と共に、水風船が爆ぜるように破裂して消失した。
銃口から薄い硝煙が昇るコルトダイヤモンドバック。
冷静に再び撃鉄を起こす。今度は誰も飛び出してこなかった。
――――残り5人!
冷血な笑いが唇の端を自然と吊り上げた。
誰も飛び出してこない刹那の時間でコルトダイヤモンドバックから空薬莢を抜き、弾薬クリップのバラ弾を補弾する。抜いた空薬莢は素早くポケットに落とす。
狭い室内から猛然と飛び出して、両手でコルトダイヤモンドバックを構えながら思い切って男たちがたむろしているであろう室内に転がり込む。
3m先でドアが勢い良く開け放たれた!
そのドアから男が逃げる影を確認したというのに銃口は間に合わなかった。反射神経だけで思わず引きそうになった。羽の様に軽い引き金を引こうとしていた指に急制動をかけられたのは奇跡だ。
連なって聞こえる軽い発砲音。
数挺のオートが火を吹いているらしい。牽制程度で段々と発砲音が遠くなっていく。階段を降りるのか昇るのか? 金属を激しく蹴る音も聞こえる。
朋絵も追う。途中で転がっていた空薬莢を視界に捉える。32ACPと9mmショートの空薬莢が転がっている。
少し進むと種類の違う4個の空弾倉が転がっていた。
立ち止まって落ちている空弾倉を確認するとまた走り出した。
――――ワルサーPPK。
――――エルマEP457。
――――アストラコンスターブル。
――――タウルスPT58。
連中の雑多で統一性が無い拳銃の種類に苦笑いが漏れる。
弾薬の互換性が欠ける上に弾倉に統一性が皆無なので持ちダマを使い切ったら再装填が難儀だろう。日本では貴重な弾倉を捨てていくとは余程慌てているらしい。
残りの2人分の火力は不明。
牽制に荷担しなかったところを見ると長物ではないらしい。
空薬莢のバラ撒き方からして分かる。もしも長物を所持していたのなら迷わず使う場面だ。仮に短機関銃なら尚のこと。狭い空間では短機関銃は圧倒的な戦闘力を誇る。
自動小銃や散弾銃の所持も疑ったが、身軽に移動しているところを見るとそれを持ち合わせているとも思えなかった。
第三国人らしい男が角の出会い頭で待ち構えていた。
「!」
「!」
何事か口走りながら手にしていた小さなリボルバーの銃口を朋絵に向けたが如何せん近過ぎた。朋絵は焦りを抑え、左手をすうっと伸ばし、撃鉄が起きていないスナブノーズのシリンダーを強く掴んでリボルバーの機能を一時的にロックすると男の鳩尾に向かって右片手で発砲した。
いずれも酷い錆びの腐食で押しても引いても反応は無かった。ドアの直ぐ下の埃を指で掬ってみるが、これらのドアを抉じ開けた際に落ちる錆びや鉄片は確認できなかった。連中はこのドアを抉じ開けていない。
となると突入口は最初に確認した、連中が出入りしているドアの一つだけと云う事になる。
3000t未満の小型タンカーは時折、風と波で大きく揺り動かされ船体の全ての箇所が金属質な悲鳴を挙げていた。
耳栓をしていても最近のスポンジ状耳栓は優秀だ。耳栓如きでもケチらなければ優れた性能の品が手に入る。
朋絵が耳腔に挿し込んだ耳栓は一定の周波数は遮断するが日常での有り触れた音域は大した違和感が無く聞こえる優れ物だ。
この耳栓を選んだ理由は少しでも広い音域を拾いたいためだ。更に鼓膜にダメージを与えたくないのでスポンジ層の狭いもの使用している。……実は前に睡眠用に使うあらゆる音域の遮断する耳栓を買って失敗している。
頭を低く下げて突入口のドアノブに手を掛ける。
無駄に五月蝿い心臓。貪欲にニコチンを欲しがる血管。脳内でアドレナリンが噴出している。
耳朶を打つ風音の冷たさとドアノブの金属の感触が心地良い。
息を呑んでゆっくりドアを開ける。
いきなり銃弾が飛んでくることは無かった。唇が奮える。
船内の天井には素人の出鱈目な配線で裸電球が点っていた。
どこか遠くでバイクの排気音に似た機械の唸り声が聞こえるがそれが発電機の作動音だろう。
日が沈まない間でも船内に灯りが点っているのは有り難い。足元や廊下の角・各部屋のドアの有無がはっきり分かる。
コルトダイヤモンドバックを両手でホールドして右半身の体勢で歩みを進める。
敵中なので誤射と暴発を防ぐ為に撃鉄は倒さない。全ての発砲はダブルアクションオンリーで撃つつもりだ。いつもの心構えとして左手の小指と薬指の間にはスピードローダーを1個挟んでいる。
耳栓の働きで僅かばかりに外音が小さく、体内の音源が大きく聞こえる。
角を曲がる度に敵の存在の判定を聴覚で行うより、できるだけ低く屈んで頭を素早く出して目視する。視覚がいつも以上に重要になってくる。
「……」
――――どこだ? どこに居る?
――――流石に船の見取り図は無かったからなぁ。
――――多分、船員の居住室を根城にしているんだろうけど。
何の反応も無く次々と角と部屋をクリアしていく。
船の外観からの構造から考える。3層構造だろうと思われた。
内燃機関や電源系統に詳しい人間が居るのなら最下層にも誰か潜んでいるかもしれないと最初は疑ったが、定期的な交替で燃料と思われる20L入りのポリタンクを何往復もさせているのを見たので機械云々が集合している最下層には誰も居ないと思われる。
中層から上層にかけてどこかに発電機を持ち込んで燃料を注ぎ足しているのだろう。発電機を燃料で作動させるには排気の必要が有るので外気に晒す必要が有る。
朋絵が探索していない船首甲板にでも発電機を置いているのか?
この際、発電機の存在だけを有り難く受け入れていればいいと思うことにした。こちらは何の苦労も無く、灯りを提供してくれているのだから。
「!」
不意に目の前のドアが開いた。
ドアを開けた人物の視線はそれまで居た室内に向けられていた。
慌ててバックステップを踏んで始めからドアの無い用途不明の狭い空間に潜り込んだ。この部屋には灯りが点っていない。
「ちょっと電話掛けてくる」
男は部屋の中に向かってそう言った。
――――え?!
朋絵も左手のスピードローダーを口に咥えて懐から携帯電話を取り出した。
――――ああ。そうか……。
この船内は携帯の圏外だ。
これは思わぬ福音。
連中は外部と連絡を取るには一旦電波が拾える船外に出る必要がある。直ぐに応援を呼べないのだ!
電話を掛けると言った男は朋絵が潜伏している部屋を素通りして去ろうとした。
表情が瞬時に消えた朋絵は撃鉄を冷たい動作で倒して何の躊躇も無く背中を無警戒に晒して歩いている男に照準を付けた。
酷く軽いトリガープル。
引き金周りの機構を更にカスタムした結果だ。1kg以下の力学的作用で必殺の38スペシャル+P+弾は撃発した。
幅80cmほどの狭い廊下。その空間で胎に響く轟音と火焔放射器の残り火に似た銃火を引いて、熱いシルバーチップホローポイント弾は男の心臓付近に命中し擂鉢状の銃痕を開けてうつ伏せにつんのめって倒れた。
小さな痙攣と床を掻き毟る動作をしていた。朋絵は倒れる男には構わず、撃鉄を起こして男が出てきた部屋に銃口を向ける。しゃがむ。片膝を付いてコルトダイヤモンドバックをしっかりとホールドした。
「何が…ッ!」
間抜けに出てきた男の顔面が耳をつんざく発砲音と共に、水風船が爆ぜるように破裂して消失した。
銃口から薄い硝煙が昇るコルトダイヤモンドバック。
冷静に再び撃鉄を起こす。今度は誰も飛び出してこなかった。
――――残り5人!
冷血な笑いが唇の端を自然と吊り上げた。
誰も飛び出してこない刹那の時間でコルトダイヤモンドバックから空薬莢を抜き、弾薬クリップのバラ弾を補弾する。抜いた空薬莢は素早くポケットに落とす。
狭い室内から猛然と飛び出して、両手でコルトダイヤモンドバックを構えながら思い切って男たちがたむろしているであろう室内に転がり込む。
3m先でドアが勢い良く開け放たれた!
そのドアから男が逃げる影を確認したというのに銃口は間に合わなかった。反射神経だけで思わず引きそうになった。羽の様に軽い引き金を引こうとしていた指に急制動をかけられたのは奇跡だ。
連なって聞こえる軽い発砲音。
数挺のオートが火を吹いているらしい。牽制程度で段々と発砲音が遠くなっていく。階段を降りるのか昇るのか? 金属を激しく蹴る音も聞こえる。
朋絵も追う。途中で転がっていた空薬莢を視界に捉える。32ACPと9mmショートの空薬莢が転がっている。
少し進むと種類の違う4個の空弾倉が転がっていた。
立ち止まって落ちている空弾倉を確認するとまた走り出した。
――――ワルサーPPK。
――――エルマEP457。
――――アストラコンスターブル。
――――タウルスPT58。
連中の雑多で統一性が無い拳銃の種類に苦笑いが漏れる。
弾薬の互換性が欠ける上に弾倉に統一性が皆無なので持ちダマを使い切ったら再装填が難儀だろう。日本では貴重な弾倉を捨てていくとは余程慌てているらしい。
残りの2人分の火力は不明。
牽制に荷担しなかったところを見ると長物ではないらしい。
空薬莢のバラ撒き方からして分かる。もしも長物を所持していたのなら迷わず使う場面だ。仮に短機関銃なら尚のこと。狭い空間では短機関銃は圧倒的な戦闘力を誇る。
自動小銃や散弾銃の所持も疑ったが、身軽に移動しているところを見るとそれを持ち合わせているとも思えなかった。
第三国人らしい男が角の出会い頭で待ち構えていた。
「!」
「!」
何事か口走りながら手にしていた小さなリボルバーの銃口を朋絵に向けたが如何せん近過ぎた。朋絵は焦りを抑え、左手をすうっと伸ばし、撃鉄が起きていないスナブノーズのシリンダーを強く掴んでリボルバーの機能を一時的にロックすると男の鳩尾に向かって右片手で発砲した。