駆けろ! 狼

 建物内部の角や壁が邪魔して長物が存分に揮えないまま、飛び出してきた2人は難無く排除された。何れも12番口径の日本国内向け散弾銃を抱いていた。
 1人目は右脇腹に被弾して左側へ衝撃で押し飛ばされた。
 2人目は右即頭部に命中し、頭部を消失した体はその場に崩れた。
 残りの3人目は急ブレーキを掛けたのか角から姿を現さず異様な叫び声を挙げながら潜望鏡のように腕だけを伸ばして自動拳銃を盲撃ちする。
 朋絵は熱い血を無理矢理抑える。小さく震える手で男の腕を狙って発砲した。
 拳銃を握る男の左肘下が千切れ飛ぶ。男は失った部位を押さえながら膝を付き助けてくれと懇願したがその男の心臓に38スペシャル+P+弾を叩き込む。
 男は衝撃で仰向けに押し倒され、体を痙攣させながら血走った目を剥いてゆっくりと苦痛から解放された。
 先程と同じ要領で発砲した分だけの空薬莢を抜いて弾薬クリップのバラ弾を補弾する。
「……」
 確かに目測通り5人居た。だが、安心はしていない。
 片付けた5人が所持していた銃器を通常分解して各部品を出鱈目な方向に投げ捨てる。残存戦力がこれらの銃火器を拾って反撃に転じないとは限らない。
 見落とした戦力が人質を盾に待ち構えているかもしれない。その可能性は高い。
 再びコルトダイヤモンドバックを構えて山荘内を探索する。
 1階の全ての室内は制圧した。
 この山荘には、送られてきた資料によると地下に部屋や倉庫は無い。屋根裏にも利用している空間が無いことも解っている。
 残るは2階の制圧のみだ。
 先程の3人の死体が有る付近に2階へ通じる階段が有った。
 途中で折り返しが有る。余り広くない踊り場だった。ここを切り詰めていない散弾銃を携えて移動していたのかもしれないと思うと経験が少ない素人であると思われた。
 コルトダイヤモンドバックの銃口を両手でホールドして階段が軋まないように気を付けて一歩ずつ昇り始める。
 2階フロアに出ても不気味な静けさが席巻している。
「……」
 気を抜けば思わずシガリロを咥えているかもしれない。ニコチンが恋しかった。
 暫く立ち止まって各部屋の図面を脳裏で展開する。このフロアは主に寝室が並んでいる。
 各部屋のドア付近の壁に耳を当てるが何も聞こえない。ロッジ風山荘というだけあって壁の厚みや使っている材質が一般家庭のそれとは違うのだろう。
 無造作にドアの前に立って耳を当てるなどという愚行はしない。ドアの隙間の影でそこに立っている事が悟られてしまうからだ。少し場慣れした人間ならそれくらいの知識は持ち合わせている。
 何も知らずにドアの前に立った途端ズドンとドア越しに発砲されて一巻のお仕舞いという事態は避けたい。全ての部屋のドアが仕舞っているのは何かの罠ではないかと疑ってしまう。
「!」
――――聞こえた!
 確かに朋絵の耳は微かな物音を聞いた。
 方向や距離は掴めないが、風が吹いた程度の音では無い。
 確かに『人間の力で発する』音だった。
 掠れる、擦れる、動く。低音の揺れに似た物音。
 再び、立ち止まる。
 今度は目蓋を半分落とし、聴覚を澄ました。
 鼓動が脳内麻薬に促されて一層五月蝿く聞こえる。頚部の大動脈の拍動ですら邪魔だ。
 銃口を静かに下ろして肩から力を抜く。
 深呼吸を何度か繰り返して副交感神経の作用を少しでも和らげようと努力する。
 小鳥の囀りが窓の外から聞こえてくる。風に中てられた木立のざわめきも大きく聞こえる。
「……」
 ポケットから38スペシャルの空薬莢を取り出して軽く近くのドアに投げつける。返事は無い。その場から次々と見える範囲のドアに空薬莢を投げつける。
 一番遠くのドアのドアノブに放り投げた空薬莢が偶然命中した時、ドアの内側から猛然と発砲音が連なって聞こえた。
 ドアが段ボール紙のように穴だらけになる。
 開いた孔は小さいが向かい側の壁に減り込んだ銃痕を見れば何が待ち構えていたのか解る。
――――9mmパラベラム!
――――フルメタルジャケット!
 更に異なった弾着パターンから2挺の自動拳銃が吼えたものだと解る。
「ハジキ捨てて出て来い! ガキを殺すぞ!」
――――やっぱり篭城されっちゃった……。
 2人分の戦力位は簡単に無力化できる。だが、小さな密室で人質を取られて立て篭もられれば少し面倒だ。
――――面倒臭いなぁ。
 もう、状況などお構い無しに見慣れた黄色い箱を取り出してシガリロを1本取り出す。
 火を点けながら自分が各部屋のドアに投げた空薬莢を回収する。その間も2人分の罵声や怒声が耳障りに聞こえる。
 シガリロの芳醇な紫煙を口腔に思いっきり吸い込んで、乱暴に吐き出す。この一服だけで今までの精神的ストレスは全て消え去ったような感覚がする。
 警戒しながら隣の部屋に入って、放置されたままのテーブルに腰掛ける。
 右手元にコルトダイヤモンドバックを置く。
 押しても引いても状況は変わらない場の空気。ゆっくりとキューバの香りを楽しんだ。押すよりも焦らす方が効果が高いかもしれない。
「……」
 窓の外には隣の部屋と続きになっているバルコニーが有る。ブレイクスルーのポイントとなるのはこのバルコニーしかないだろう。
 シガリロを2本続けてチェーンスモーク。その間も男2人分の怒号にも似た喚き声は続いている。好い加減聞き飽きたボキャブラリーの少ない脅し文句。
「ふむ……」
 たかが12歳の少女1人の監禁に7人も三下風情を付けるとは随分と金の有る組織なのだな、とほくそ笑んだ。足元に2本目のシガリロを吹き出して爪先で踏み躙る。
――――雇い主も金持ち。敵組織も金持ち。か……。
 大方、拉致られている少女は高級幹部か会長の親族の子供だろう。
 今回の依頼者と敵勢力の関係が見えてきた。コネを作るネタとしては少々カードは弱いが、さっさと片付けて次回も贔屓にして貰おう。朋絵の唇の端がニヒルな笑いを浮かべた。
「……」
 自分が居る室内を見回す。埃を被ったテーブルと2脚の椅子だけの殺風景な部屋だった。
 続きのバルコニーから伝って隣室の2人が強襲するとは考えられない。土壇場の人間の心理として、完全な防御姿勢に入っているはず。こちらから打って出るしかない。
――――ガラスが邪魔
 こちらの部屋の窓を開けても隣の部屋のガラス戸が邪魔だった。
 コルトダイヤモンドバックのシリンダーを開いて実包を2発抜く。
 代わりにバラ弾を纏めた弾薬クリップからスネークショットを取り出す。青い半透明のプラケース弾頭の内部に100粒の散弾が入った蛇撃ち用の弾だ。蛇や狂犬を追い払うのに使われる散弾だが、長物の散弾銃のような絶大な破壊力は全く無い。どんなに強力な炸薬を用いていても拳銃弾である限り威力は知れている。最大射程は精々5mだろう。
 それも、タマが届くと言うだけで殺傷力は殆ど無い。
 アメリカではホームディフェンス用のリボルバー拳銃でよく使用されている。粒弾が顔に当れば失明し易く、2、3mの距離から腹に1発当れば強力なボディブローを叩き込んだのと同じ効果が得られる。
 リボルバーを用いたディフェンスの世界では最初の1発はこのスネークショットで相手を怯ませて、次に本命の対人停止力が高いホローポイント系で無力化させるのがセオリーだ。
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