駆けろ! 狼
飴細工を貫通する安っぽい破砕音と共にその人間の頭部は消失した。
ブリキの立て看板を遮蔽物にする間抜けも居たが、躊躇わず立て看板ごと撃ち抜いて致命的な銃創を穿つ。
朋絵が潜んでいるビルの狭間の奥まった袋小路にあるマンホールから銃口だけを覗かせて発砲する者も居たが、得物がリボルバー拳銃だったためか、発砲した瞬間に自分の銃の発砲音が発する音の衝撃で鼓膜を破られて転落していった。狭いマンホールの穴の中で銃声が最大限に反響した結果だ。アイデアは良かったが拳銃を知り尽くしていないのが禍した。早速、そのマンホールに放置された古タイヤやコンクリートブロックを積んで重石にする。
数発ほど、向かいのビルの上階から発砲してくる連中を仕留めるために放った。
いずれも的を外さず命中する。
暗闇でも直感でサイティングしやすい蛍光色のドットポイントを照準と照星に打ち込んでいるためでもあるが、これだけの乱射でも一見すると飾りに見える銃身上の陽炎防止のベンチレーテッドリブが功を奏したと言えよう。
流石に40m以上離れた標的には効果は半減だった。単純に標的が小さい。
向かいのビルに発砲していても、直接標的に被弾しない限り効果は無かった。
そろそろ、右掌の痺れが酷くなって左手に持ち替えようかと悩んでいた。
銃撃戦が始まって2時間程経過していた。
ミリタリーウオッチは午前3時を指していた。スピードローダーも残り3個となっている。
その辺のヤクザより根性の有る有望な社会不適格者集団に致命的ダメージを負わせるのが仕事だ。ここで職場放棄するわけには行かない。
――――!
遠くでパトカーのサイレンが聞こえてきた。
皆様に御馴染みの警察の登場だ。巻き添えを警戒しているのか1台分のパトカーのサイレンしか聞こえない。
そのサイレンが聞こえた途端に遮蔽物からぞろぞろと這い出て表通りの見晴らしの良いコースを逃げ出す連中が居る。
やはり、若い。警察が来ただけで頭が軽いパニックを起こしたのかもしれない。
遠慮無く鴨撃ちの如く、逃げる標的を背中から撃つ。朋絵は大胆にもそれまで遮蔽にしていたビルの狭間から飛び出して逃げ惑う不良連中を追い回して背後から撃つ。どいつもコイツも心臓の辺りや腎臓を破壊されて吐血しながら地面のアスファルトを掻き毟る。どんなに救急救命が頑張ってもこれらの銃創から死神を追い払うことは不可能だ。
「……」
辺りには連中が放り出した拳銃や撒き散らした空薬莢が街灯に浮かび上がる。
銃身が火傷しそうなほど熱くなったコルトダイヤモンドバックを後ろ腰のホルスターに差し込んで朋絵も夜風が心地良い暗い路地に消える。
暗闇で小さな丸みの有る灯りがポツンと点る。
ニコチンの渇望を漸く満たしてやる事が出来たのだろう。
※ ※ ※
「難儀…だな」
ノートPCをベッドの上で起動して依頼のメールを確認する。
文面を眺めながら缶詰のコンビーフにフォークを差し込んで口に運ぶ。
今度の依頼は奪還。ポケットに入れて簡単に持ち運ぶ事ができない、人間の救出だ。
早速、デジタル情報でネタを売買している情報屋に当たってネットの伝とコネで集められる情報の収集にかかる。
「やっぱり有料かぁ……」
深い情報検索に辿り着くと必ず情報料の銀行振込を要求される。
馬が飼葉を食むようにコンビーフを咀嚼して嚥下する。塩分過多を防ぐためにミネラルウオーターを時々飲む。ノートPCの横に置いたパン皿に乗せた人参や大根のスティックにも手を伸ばす。
飽く迄、暴力のレンタルを生業としているために依頼人への深入りは禁物だが、その背景に潜む正体を確認せずに安請け合いをしてしまうとつまらない捨て駒として処分される恐れがある。
ゆえに或る程度の事件の奥行きとからくりを把握しておく必要がある。これはどんな内容の依頼でもそうだ。
臭い匂いはしないが人間の救出となると少しばかり報酬で拗れる場合が有る。
救出対象の負傷具合だ。
中には生死を問わず連れ戻せという乱暴な依頼も有るが殆どが生きたまま無傷で救出して欲しいという内容だ。
掠り傷一つ付いただけで商品価値が下がったかのように賠償を請求してくる困った客も居る。
大概はそのような依頼人は充分な報酬を元から用意する事の出来なかった貧乏な人物や組織だ。
せめて、依頼人の力の規模を知りたかった。
報酬はこちらが提示したギリギリのラインを払ってくれているのだが、二つ返事でその金額を用意したという、何とも判断に困る依頼人なのだ。「幾らでも払うから助けてくれ」と言っているのか、「これだけの料金で出来る範囲の仕事をしてくれ」と言っているのか、判断できない。
何も聞かずに言われた通りの仕事をしていればそれでいいわけではない。
これと言って特に強力なコネを持たない個人経営の朋絵は余計に『後ろ盾』に固執する。
何から何までネット経由で仕事の取引が出来てしまう世の中は時として不便なものだ。
やはり人間同士の接触が無ければお互いの腹が探れない。
泣きも笑いもしないモニターでは血の通った商談が行えない。
「あーあ……」
朋絵の仕事に楽な内容は一つとて無い。
依頼者との接触からして文字通り真剣勝負なのだ。
仕事を完遂しても口封じに消されることも考えられるので、全ての依頼と経過と達成度を覚えておかねばならない。何人の人間を殺したか? よりも、それは優先される事項だった。
幸い先日の深夜に起きた廃ビル通りの銃撃戦では依頼人が土下座せんばかりに頭を下げて報酬に色を付けて気持ち良く払ってくれた。
更に小さな暴力団なりにこれからも贔屓にさせて貰うと諸手を挙げて喜ばれた。
メールの内容を外部記憶に記録してノートPCを閉じる。
「さて。ねぇ……」
――――いつもながらに……。
――――キナ臭い仕事だねぇ。
キッチンまで漠然と考えを巡らせながら来る。無造作に冷蔵庫を開けてセロリを取り出す。シンクの上でもぎ千切ったセロリに塩をかけて根っこから齧りつく。
空いている手は後頭部を面倒臭そうに掻き毟っていた。
※ ※ ※
愛用のモンテクリストクラブを半分ほど灰にしたところで正午の時報が遠くで報せる。それでも変貌しない日常を満喫する。平和な風景の音がする。悠々とキューバのシガリロを楽しんだ。これから現場に赴くという点を除外すれば、平和な風景だった。
山間部。辺りは茂み。針葉樹林に囲まれている。足元は獣道が少し広くなった程度の小径。高い樹のお陰で日差しは柔らかく遮られている。2m先は急な斜面。足を滑らせると這い上がるのは無理。
唇を火傷しそうになるほど短くなったモンテクリストクラブを投げ捨てて、その心許ない細い道を黙々と歩く。
30分程歩いた所で小休止する。
目標地点手前に到達。
風景は変わらないが、目前130mの辺りには廃屋同然のロッジ風の山荘が有った。全く手入れされた形跡は無い。雑草も好き放題に伸びている。全ての窓にカーテン。
予め持参していたデイパックを降ろしてミネラルウオーターのペットボトルを取り出し、喉を潤す。
次いで太い樹木を盾にして伸縮式モノスコープで山荘を観察する。
こんな辺鄙な山荘に救出対象が拉致されており、依頼者は困っている。
救出対象は12歳の女の子。幼い心にトラウマを植え付けるかもしれないが『多少の暴力』は黙って見物していて貰おう。
ブリキの立て看板を遮蔽物にする間抜けも居たが、躊躇わず立て看板ごと撃ち抜いて致命的な銃創を穿つ。
朋絵が潜んでいるビルの狭間の奥まった袋小路にあるマンホールから銃口だけを覗かせて発砲する者も居たが、得物がリボルバー拳銃だったためか、発砲した瞬間に自分の銃の発砲音が発する音の衝撃で鼓膜を破られて転落していった。狭いマンホールの穴の中で銃声が最大限に反響した結果だ。アイデアは良かったが拳銃を知り尽くしていないのが禍した。早速、そのマンホールに放置された古タイヤやコンクリートブロックを積んで重石にする。
数発ほど、向かいのビルの上階から発砲してくる連中を仕留めるために放った。
いずれも的を外さず命中する。
暗闇でも直感でサイティングしやすい蛍光色のドットポイントを照準と照星に打ち込んでいるためでもあるが、これだけの乱射でも一見すると飾りに見える銃身上の陽炎防止のベンチレーテッドリブが功を奏したと言えよう。
流石に40m以上離れた標的には効果は半減だった。単純に標的が小さい。
向かいのビルに発砲していても、直接標的に被弾しない限り効果は無かった。
そろそろ、右掌の痺れが酷くなって左手に持ち替えようかと悩んでいた。
銃撃戦が始まって2時間程経過していた。
ミリタリーウオッチは午前3時を指していた。スピードローダーも残り3個となっている。
その辺のヤクザより根性の有る有望な社会不適格者集団に致命的ダメージを負わせるのが仕事だ。ここで職場放棄するわけには行かない。
――――!
遠くでパトカーのサイレンが聞こえてきた。
皆様に御馴染みの警察の登場だ。巻き添えを警戒しているのか1台分のパトカーのサイレンしか聞こえない。
そのサイレンが聞こえた途端に遮蔽物からぞろぞろと這い出て表通りの見晴らしの良いコースを逃げ出す連中が居る。
やはり、若い。警察が来ただけで頭が軽いパニックを起こしたのかもしれない。
遠慮無く鴨撃ちの如く、逃げる標的を背中から撃つ。朋絵は大胆にもそれまで遮蔽にしていたビルの狭間から飛び出して逃げ惑う不良連中を追い回して背後から撃つ。どいつもコイツも心臓の辺りや腎臓を破壊されて吐血しながら地面のアスファルトを掻き毟る。どんなに救急救命が頑張ってもこれらの銃創から死神を追い払うことは不可能だ。
「……」
辺りには連中が放り出した拳銃や撒き散らした空薬莢が街灯に浮かび上がる。
銃身が火傷しそうなほど熱くなったコルトダイヤモンドバックを後ろ腰のホルスターに差し込んで朋絵も夜風が心地良い暗い路地に消える。
暗闇で小さな丸みの有る灯りがポツンと点る。
ニコチンの渇望を漸く満たしてやる事が出来たのだろう。
※ ※ ※
「難儀…だな」
ノートPCをベッドの上で起動して依頼のメールを確認する。
文面を眺めながら缶詰のコンビーフにフォークを差し込んで口に運ぶ。
今度の依頼は奪還。ポケットに入れて簡単に持ち運ぶ事ができない、人間の救出だ。
早速、デジタル情報でネタを売買している情報屋に当たってネットの伝とコネで集められる情報の収集にかかる。
「やっぱり有料かぁ……」
深い情報検索に辿り着くと必ず情報料の銀行振込を要求される。
馬が飼葉を食むようにコンビーフを咀嚼して嚥下する。塩分過多を防ぐためにミネラルウオーターを時々飲む。ノートPCの横に置いたパン皿に乗せた人参や大根のスティックにも手を伸ばす。
飽く迄、暴力のレンタルを生業としているために依頼人への深入りは禁物だが、その背景に潜む正体を確認せずに安請け合いをしてしまうとつまらない捨て駒として処分される恐れがある。
ゆえに或る程度の事件の奥行きとからくりを把握しておく必要がある。これはどんな内容の依頼でもそうだ。
臭い匂いはしないが人間の救出となると少しばかり報酬で拗れる場合が有る。
救出対象の負傷具合だ。
中には生死を問わず連れ戻せという乱暴な依頼も有るが殆どが生きたまま無傷で救出して欲しいという内容だ。
掠り傷一つ付いただけで商品価値が下がったかのように賠償を請求してくる困った客も居る。
大概はそのような依頼人は充分な報酬を元から用意する事の出来なかった貧乏な人物や組織だ。
せめて、依頼人の力の規模を知りたかった。
報酬はこちらが提示したギリギリのラインを払ってくれているのだが、二つ返事でその金額を用意したという、何とも判断に困る依頼人なのだ。「幾らでも払うから助けてくれ」と言っているのか、「これだけの料金で出来る範囲の仕事をしてくれ」と言っているのか、判断できない。
何も聞かずに言われた通りの仕事をしていればそれでいいわけではない。
これと言って特に強力なコネを持たない個人経営の朋絵は余計に『後ろ盾』に固執する。
何から何までネット経由で仕事の取引が出来てしまう世の中は時として不便なものだ。
やはり人間同士の接触が無ければお互いの腹が探れない。
泣きも笑いもしないモニターでは血の通った商談が行えない。
「あーあ……」
朋絵の仕事に楽な内容は一つとて無い。
依頼者との接触からして文字通り真剣勝負なのだ。
仕事を完遂しても口封じに消されることも考えられるので、全ての依頼と経過と達成度を覚えておかねばならない。何人の人間を殺したか? よりも、それは優先される事項だった。
幸い先日の深夜に起きた廃ビル通りの銃撃戦では依頼人が土下座せんばかりに頭を下げて報酬に色を付けて気持ち良く払ってくれた。
更に小さな暴力団なりにこれからも贔屓にさせて貰うと諸手を挙げて喜ばれた。
メールの内容を外部記憶に記録してノートPCを閉じる。
「さて。ねぇ……」
――――いつもながらに……。
――――キナ臭い仕事だねぇ。
キッチンまで漠然と考えを巡らせながら来る。無造作に冷蔵庫を開けてセロリを取り出す。シンクの上でもぎ千切ったセロリに塩をかけて根っこから齧りつく。
空いている手は後頭部を面倒臭そうに掻き毟っていた。
※ ※ ※
愛用のモンテクリストクラブを半分ほど灰にしたところで正午の時報が遠くで報せる。それでも変貌しない日常を満喫する。平和な風景の音がする。悠々とキューバのシガリロを楽しんだ。これから現場に赴くという点を除外すれば、平和な風景だった。
山間部。辺りは茂み。針葉樹林に囲まれている。足元は獣道が少し広くなった程度の小径。高い樹のお陰で日差しは柔らかく遮られている。2m先は急な斜面。足を滑らせると這い上がるのは無理。
唇を火傷しそうになるほど短くなったモンテクリストクラブを投げ捨てて、その心許ない細い道を黙々と歩く。
30分程歩いた所で小休止する。
目標地点手前に到達。
風景は変わらないが、目前130mの辺りには廃屋同然のロッジ風の山荘が有った。全く手入れされた形跡は無い。雑草も好き放題に伸びている。全ての窓にカーテン。
予め持参していたデイパックを降ろしてミネラルウオーターのペットボトルを取り出し、喉を潤す。
次いで太い樹木を盾にして伸縮式モノスコープで山荘を観察する。
こんな辺鄙な山荘に救出対象が拉致されており、依頼者は困っている。
救出対象は12歳の女の子。幼い心にトラウマを植え付けるかもしれないが『多少の暴力』は黙って見物していて貰おう。