駆けろ! 狼
専用のベルトポーチには6発の実包を咥え込んだスピードローダーを合計8個収納している。
これまでの現場で彼女が吹き消してきた生命の灯火は数えていない。
先月24歳になったばかりの朋絵だが、暴力の世界では12歳の頃から馴染んでいる。
家族の機能を構成していない集団から飛び出して今に到るまであらゆる背徳を食の糧として毎日を生きてきた。
17歳の時に初めて人間が人間を殺す場面を目の当たりにしてからというもの、自分に最も適したアンダーグラウンドでの職種を探していた。
あの時に見た殺人の光景は脳に焼き付いて離れない。殆ど直感的に、自分は明るい社会では生きていけない人種だと悟った。
人が人を殺すのに究極を求めれば理屈も道理も入る余地は無い。
殺すという行動は、その人間が生きてきた年齢分の歴史書が他人によって瞬間的に完成させられることを意味している。編纂途中の歴史書ではない。強制的に最後のページを作られ、了を打つことを指しているのだ。
儚さと美しさが同居した外道な暴力に朋絵は魅入られた。
紆余曲折の末、或る殺し屋の屍骸の懐から抜いた拳銃がコルトダイヤモンドバックだった。それからは様々なリボルバーを転々とした。それは当初は単なる盲目的なプリンティング的要素が強い思い込みでしかない。自動拳銃がまき散らす空薬莢の恐怖はその遍歴の途中で知った。
朋絵の「相棒遍歴の旅」は後に購入した最新モデルのコルトダイヤモンドバックを入手することで落ち着いている。
「よし!」
整備の終わったコルトダイヤモンドバックをベッドの上に丁寧に置く。
クリーニングの後片付けをしてから漸く、衣服を纏い始める。
日本の気候に合わせて生地が選ばれた厚いネル生地のガヤベラシャツ――昨夜の物とは別のデザイン――に袖を通す。先に穿いたズボンのベルトには既にホルスターとポーチが通されている。
ベッドに胡座を書いて座り、コルトダイヤモンドバックのシリンダーを開く。
昨夜入手したばかりのワイルドキャットカートリッジが詰まった箱を手元に置く。
ここに有る強力な手詰め装弾は日本の警察官が使用しているニューナンブやS&W M37 エアウエィトと同じ38スペシャルを強装薬したものだ。単純に計算すれば装薬量は25%増しだ。その結果、朋絵のコルトダイヤモンドバックで発砲した場合、重量7.1gの弾頭で初速毎秒367m、初活力47.4kg毎mである。
同じ弾頭重量の357マグナム弾を同じ銃身長のコルトパイソンで発砲した場合、初速毎秒369m、初活力50.5kg毎m。この数値を鑑みれば朋絵が発注したワイルドキャットカートリッジは357マグナムに匹敵する性能を持っている事になる。
これだけ強力なワイルドキャットカートリッジを使用しても不具合が発生しないのは勿論、最新の科学で鍛えられた最新の合金を使用しているからだ。コスト的にも従来品の2倍の価格がする。
その手詰め装弾を慣れた手付きで薬室に落とし込む。
弾頭はセミジャケッテッドホローポイント弾だ。ズシリと重い実包を指で摘み上げる度に、いつもながら良い仕事をしている、と、朋絵は心の中で感嘆した。
※ ※ ※
「……チッ」
朋絵は舌打ちした。
或る夜の事。
廃ビルが並ぶ墓場の様な通りで、コルトダイヤモンドバックを両手で構えた朋絵は急激に湧いてくるニコチンへの渇望を覚えた。
生憎と状況は朋絵にシガリロを与えてくれるほど穏やかではなかった。
小さな暴力団からの依頼で自分たちのシマをいつの間にか根城にしている愚連隊を駆逐して欲しいと言うので早速引き受けた。
まだまだ若い年齢層で構成された不良チーマー連中だったが、依頼してきた暴力団よりは覇気が有って人数も上だった。
不幸な事に依頼者よりも優れた武装だった。
複数の社会不適格な集団が集まってチームを形成しているのかもしれない。
トカレフだのマカロフだのといった雑多な中国製コピー拳銃だったが、弾薬の殺傷力がそれで低下するわけではない。何人かは38口径と思しきリボルバー拳銃を握っていた。
敵戦力は依頼者の話では30人前後。この地形を知り尽くしている人間が30人前後居るともなれば厄介だ。
ゲリラ戦の長所は迎撃戦や防衛戦に於いてその真価を発揮する。
豆鉄砲でしか武装していなくとも飽和攻撃か不意打ち攻撃の波状攻撃では苦戦を強いられる。
事実、苦戦している。
――――ボーナスを貰いたい!
朋絵はビルの狭間からしゃがんでコンクリートブロックを盾にしている2人に照準を定めた。
迷わず引き金を引く。2発。
但し、狙ったのは盾にしているコンクリートブロックの遮蔽物。コンクリのブロック塀に大穴が空き、目を丸くしている2人に冷静に熱く焼けた38口径を叩き込む。2人とも胸に杭でも打ち込まれたように吹っ飛ばされた。
放置された廃車の間を縫うように伝ってくる何人かのうち2人を仕留める。
2人とも腹部に強装弾を受けてジャックナイフのように体を折り曲げて顔面から崩れた。
手首に強い反動をこれだけ受けていると掌と親指の付けに神経を感じなくなる。
両手で構えていても反動は二分されてもグリッピングしている右手への衝撃は疲労となって蓄積していく。
素早くスイングアウトするために左手の指でシリンダーを押し出して銃口を空に向ける。左手の人差し指でエジェクターロッドを押して空薬莢を押し出すが、この時、左掌で落ちる空薬莢を受けて回収すると衣服のポケットに仕舞い込む。
痕跡を残さないという理由と自分の蒔いた空薬莢を踏みつけて足元を掬われないようにするためだ。
既に12人をコルトの餌食にしているが、一向に戦意が挫ける様子が無い。
何発かの銃弾が朋絵の体を掠り熱い擦過傷を作っていた。
下手な鉄砲も数が揃えば怖い。
今し方、4個目のスピードローダーを用いて再装填を終えた。流れるような澱みのない動作で両手を使いスイングアウトし、リロードを終えて左手の指で押し戻す。
映画で見るような手首のスナップだけでシリンダーを開閉する真似はしない。それはシリンダーに連動する全てのシアーやラッチの寿命を削る行為だ。
シリンダーこそがリボルバー拳銃の弱点の一つであることを知らない輩が多い。
廃ビルの2階から2人の男が並んで発砲してくる。
威力の弱いマカロフ弾なのか、遮蔽物にしているビルの角を力無く削るだけで朋絵には脅威ではなかった。
連中はそろそろこの撃ち合いの中で学習してきた。通りの平面とビルの上階を用いた三次元的な複合攻撃をする事で自分達を強襲したリボルバー使いを撃退できると思い始めた。
悔しいがその戦法は正解だ。朋絵は動けないで居た。
このビルの狭間から移動する素振りを見せれば銃弾が襲い掛かる。
遮蔽物を巧みに利用する連中は半分位は仕留めることに成功したが半分位は更なる近接を許してしまう。
理由は簡単。実包の装填数より敵の数が多いのだ。
それでもリボルバーからオートに鞍替えしたいとは一切考えつかないのが朋絵たる所以だ。
近接を試みる連中に対して発砲するしか手段が残っていない。それしか手段を持ち合わせていない。
廃車のガラス窓に透けて見えた頭部の影に1発叩き込む。
これまでの現場で彼女が吹き消してきた生命の灯火は数えていない。
先月24歳になったばかりの朋絵だが、暴力の世界では12歳の頃から馴染んでいる。
家族の機能を構成していない集団から飛び出して今に到るまであらゆる背徳を食の糧として毎日を生きてきた。
17歳の時に初めて人間が人間を殺す場面を目の当たりにしてからというもの、自分に最も適したアンダーグラウンドでの職種を探していた。
あの時に見た殺人の光景は脳に焼き付いて離れない。殆ど直感的に、自分は明るい社会では生きていけない人種だと悟った。
人が人を殺すのに究極を求めれば理屈も道理も入る余地は無い。
殺すという行動は、その人間が生きてきた年齢分の歴史書が他人によって瞬間的に完成させられることを意味している。編纂途中の歴史書ではない。強制的に最後のページを作られ、了を打つことを指しているのだ。
儚さと美しさが同居した外道な暴力に朋絵は魅入られた。
紆余曲折の末、或る殺し屋の屍骸の懐から抜いた拳銃がコルトダイヤモンドバックだった。それからは様々なリボルバーを転々とした。それは当初は単なる盲目的なプリンティング的要素が強い思い込みでしかない。自動拳銃がまき散らす空薬莢の恐怖はその遍歴の途中で知った。
朋絵の「相棒遍歴の旅」は後に購入した最新モデルのコルトダイヤモンドバックを入手することで落ち着いている。
「よし!」
整備の終わったコルトダイヤモンドバックをベッドの上に丁寧に置く。
クリーニングの後片付けをしてから漸く、衣服を纏い始める。
日本の気候に合わせて生地が選ばれた厚いネル生地のガヤベラシャツ――昨夜の物とは別のデザイン――に袖を通す。先に穿いたズボンのベルトには既にホルスターとポーチが通されている。
ベッドに胡座を書いて座り、コルトダイヤモンドバックのシリンダーを開く。
昨夜入手したばかりのワイルドキャットカートリッジが詰まった箱を手元に置く。
ここに有る強力な手詰め装弾は日本の警察官が使用しているニューナンブやS&W M37 エアウエィトと同じ38スペシャルを強装薬したものだ。単純に計算すれば装薬量は25%増しだ。その結果、朋絵のコルトダイヤモンドバックで発砲した場合、重量7.1gの弾頭で初速毎秒367m、初活力47.4kg毎mである。
同じ弾頭重量の357マグナム弾を同じ銃身長のコルトパイソンで発砲した場合、初速毎秒369m、初活力50.5kg毎m。この数値を鑑みれば朋絵が発注したワイルドキャットカートリッジは357マグナムに匹敵する性能を持っている事になる。
これだけ強力なワイルドキャットカートリッジを使用しても不具合が発生しないのは勿論、最新の科学で鍛えられた最新の合金を使用しているからだ。コスト的にも従来品の2倍の価格がする。
その手詰め装弾を慣れた手付きで薬室に落とし込む。
弾頭はセミジャケッテッドホローポイント弾だ。ズシリと重い実包を指で摘み上げる度に、いつもながら良い仕事をしている、と、朋絵は心の中で感嘆した。
※ ※ ※
「……チッ」
朋絵は舌打ちした。
或る夜の事。
廃ビルが並ぶ墓場の様な通りで、コルトダイヤモンドバックを両手で構えた朋絵は急激に湧いてくるニコチンへの渇望を覚えた。
生憎と状況は朋絵にシガリロを与えてくれるほど穏やかではなかった。
小さな暴力団からの依頼で自分たちのシマをいつの間にか根城にしている愚連隊を駆逐して欲しいと言うので早速引き受けた。
まだまだ若い年齢層で構成された不良チーマー連中だったが、依頼してきた暴力団よりは覇気が有って人数も上だった。
不幸な事に依頼者よりも優れた武装だった。
複数の社会不適格な集団が集まってチームを形成しているのかもしれない。
トカレフだのマカロフだのといった雑多な中国製コピー拳銃だったが、弾薬の殺傷力がそれで低下するわけではない。何人かは38口径と思しきリボルバー拳銃を握っていた。
敵戦力は依頼者の話では30人前後。この地形を知り尽くしている人間が30人前後居るともなれば厄介だ。
ゲリラ戦の長所は迎撃戦や防衛戦に於いてその真価を発揮する。
豆鉄砲でしか武装していなくとも飽和攻撃か不意打ち攻撃の波状攻撃では苦戦を強いられる。
事実、苦戦している。
――――ボーナスを貰いたい!
朋絵はビルの狭間からしゃがんでコンクリートブロックを盾にしている2人に照準を定めた。
迷わず引き金を引く。2発。
但し、狙ったのは盾にしているコンクリートブロックの遮蔽物。コンクリのブロック塀に大穴が空き、目を丸くしている2人に冷静に熱く焼けた38口径を叩き込む。2人とも胸に杭でも打ち込まれたように吹っ飛ばされた。
放置された廃車の間を縫うように伝ってくる何人かのうち2人を仕留める。
2人とも腹部に強装弾を受けてジャックナイフのように体を折り曲げて顔面から崩れた。
手首に強い反動をこれだけ受けていると掌と親指の付けに神経を感じなくなる。
両手で構えていても反動は二分されてもグリッピングしている右手への衝撃は疲労となって蓄積していく。
素早くスイングアウトするために左手の指でシリンダーを押し出して銃口を空に向ける。左手の人差し指でエジェクターロッドを押して空薬莢を押し出すが、この時、左掌で落ちる空薬莢を受けて回収すると衣服のポケットに仕舞い込む。
痕跡を残さないという理由と自分の蒔いた空薬莢を踏みつけて足元を掬われないようにするためだ。
既に12人をコルトの餌食にしているが、一向に戦意が挫ける様子が無い。
何発かの銃弾が朋絵の体を掠り熱い擦過傷を作っていた。
下手な鉄砲も数が揃えば怖い。
今し方、4個目のスピードローダーを用いて再装填を終えた。流れるような澱みのない動作で両手を使いスイングアウトし、リロードを終えて左手の指で押し戻す。
映画で見るような手首のスナップだけでシリンダーを開閉する真似はしない。それはシリンダーに連動する全てのシアーやラッチの寿命を削る行為だ。
シリンダーこそがリボルバー拳銃の弱点の一つであることを知らない輩が多い。
廃ビルの2階から2人の男が並んで発砲してくる。
威力の弱いマカロフ弾なのか、遮蔽物にしているビルの角を力無く削るだけで朋絵には脅威ではなかった。
連中はそろそろこの撃ち合いの中で学習してきた。通りの平面とビルの上階を用いた三次元的な複合攻撃をする事で自分達を強襲したリボルバー使いを撃退できると思い始めた。
悔しいがその戦法は正解だ。朋絵は動けないで居た。
このビルの狭間から移動する素振りを見せれば銃弾が襲い掛かる。
遮蔽物を巧みに利用する連中は半分位は仕留めることに成功したが半分位は更なる近接を許してしまう。
理由は簡単。実包の装填数より敵の数が多いのだ。
それでもリボルバーからオートに鞍替えしたいとは一切考えつかないのが朋絵たる所以だ。
近接を試みる連中に対して発砲するしか手段が残っていない。それしか手段を持ち合わせていない。
廃車のガラス窓に透けて見えた頭部の影に1発叩き込む。