駆けろ! 狼

――――つまんねぇなぁ……。
 投棄されたパレットの上に腰掛けてトカレフを右手元に置く。
 ガヤベラシャツの胸ポケットから黄色い厚紙でできた箱を取り出して片手で慣れた手付きで開ける。
 箱の真ん中にプリントされた赤い三角形が目立つモンテクリストクラブを一本取り出し、咥える。レギュラーサイズの紙巻煙草程のサイズをしたキューバ製のシガリロに100円均一ショップで4個入り1パックで買った使い捨てライターを使って火を点けた。上手にじっくり吸えば1本で15分以上愉しめる。
「?」
 覆面姿の作業着を着た男が大きなズタ袋を肩掛けにしながらやって来た。
「……」
 男は無言でズタ袋を開けて中身を見せた。
「お!」
 45リットル容量のズタ袋の中には厚紙で出来た、何も印刷されていない箱が溢れていた。
――――来た来た!
 シガリロを咥えたまま無言でズタ袋を受け取ると、男も無言のまま、振り向きもせずに荷降ろしの現場に向かって去っていった。
 ズタ袋を漁ってみる。125ml入りのクリーニングリキッドの小さなボトルが20個と掌より大きな厚紙の箱が40個がウエスや緩衝材に包まれて入っている。他にもハンドガンのキャリングケースが2個入っていた。
 かなりの重量のはずだが、それを軽々と肩掛けにして右手にトカレフを携え、現場で指揮を執っていた暴力団の受け取り係にトカレフを返してから朋絵は紫煙と共に夜陰に消える。
 時間もすでに、自分の当番の時間を過ぎていた。
 それに自分の荷物さえ受け取れば勝手に消えても良いと、話は付いているのでその言葉通りにさせて貰った。
 結局、この夜の荷物の受け渡しは滞り無く終了した。
   ※ ※ ※
「ん……」
 深夜の荷物の受け渡しから12時間後。
 即ち、昼の2時。
 朋絵は3LDKのハイツの自宅寝室で目が覚めた。
 昨夜に夜鳴きラーメンを夜食としてから全く食べていないので腹の虫が空腹を訴えたので起きてしまった。
 もう少し惰眠を貪りたかったが、空腹以外にも尿意に促されてベッドから身を起こした。

 シャワーを浴びて髪を乾かしてからバスタオルを首に掛けてホットパンツだけの姿で冷蔵庫を漁る。
 ミネラルウオーターのペットボトルとレバーソーセージを取り出して寝室に戻る。
「……」
――――さて!
 無造作にレバーソーセージをガーバーの折り畳み式ポケットナイフで開封して齧りつく。時折、ミネラルウオーターで嚥下する。
 200gのレバーソーセージを胃袋に送り込むと、数種類のブレードが折り畳まれたガーバーのポケットナイフを取り出してスモールブレードを起こした。
 むしゃぶりつきたくなる様な肉付きの良い美しい肢体と指でなぞりたくなる流麗なラインを誇るボディを晒したままクローゼットを開けて底板をスモールブレードでこじ開ける。
 僅かな隙間に使い込まれたハンドガン用キャリングケースが収まっていた。それを取り出す。
 全長240mmまでのリボルバー拳銃対応のケースだったが、蓋を開けてみればそこには、中型より一回り小型のスナブノーズリボルバーがロイヤルブルーフィニッシュの肌を輝かせて鎮座していた。
 コルトダイヤモンドバック。
 1966年にコルトパイソンの安価版として発売されたリボルバー拳銃の2.5インチ銃身だった。一時期は生産を打ち切っていたが最近になってリバイバルされた製品だ。
 ここに存在しているコルトダイヤモンドバックは勿論、リバイバル製品だ。その証拠にオリジナルでは決して有り得ない青味がかったスチールの肌をしている。最近になって発明された高度な熱処理加工と高級素材のお陰でオリジナルとは比較にならないほどの美しい輝きを放っている。
 全長191mmのコルトダイヤモンドバックは朋絵の掌に誂えた特注の硬質ラバーグリップを具えている。
 フレームは優れた材質で拵えられているために磨耗の頻度が少なく、寿命も延びている。
 右手親指でサムピースを引いて左手の中指と薬指でシリンダーをスイングアウトさせて実包が収まっていない薬室を窓からの明かりにかざして内壁に致命的な瑕が付いていないか確認する。
 朋絵は肌理の細かい肌を露出させたまま、床に古新聞を敷いてコルトダイヤモンドバックのクリーニングに取り掛かった。
 自動拳銃と違って通常分解する部位が少ないので20分ほどでクリーニングを終える。
 リキッドで磨いてオイルを吹き付けるくらいの簡単な作業だ。内部構造が破損でもしない限りフレームを外して内部を分解することは無い。一応、各部の作動を入念に確認して違和感を探る。

 「引き金と撃鉄を羽のように軽くしてくれ」と海の向こうのガンスミスにカスタムを注文して以来の相棒だ。
 コルトのリボルバーは撃発機構やトリガーフィーリングの設計思想が今では古く、S&Wにその地位を奪われてしまった。
 ガンスミスが少し手を入れてやれば充分に永く愛用できる代物に変身するのも事実だ。
 今ではコルト社製リボルバーは殆どが受注生産品になっているためにカタログからは多数のリボルバーが消えた。
 カタログに辛うじて残っているリボルバーはS&Wに一矢報いるために設計された製品ばかりだがそれでも市場をひっくり返すことは難しい。
 そんな中、古き良き時代を懐かしむ、或いは嘗ての偉業に憧れを抱く多くの射撃家たちが一部の製品をリバイバルさせる運動を起こし、それに応えたコルト社も人気の有る数種類を復活させた。
 それが、今時珍しいダイヤモンドバックが存在する理由だった。
 完全受注生産品であるコルトパイソンエリートのノウハウを余す事無く活かし、問題が有った撃発機構を改善している。
 メカニズムは古いが別段、酷い故障や不具合を招くことはなく、寧ろ頑丈堅牢という意味ではどんな最新の自動拳銃でも未だに太刀打ちできない。
 アメリカでは一部の老年の保安官はコルトリボルバーしか使わないと、親譲りのコルト製品を今でも使用しているという。
 朋絵はそんな能書きはどうでも良かった。
 「38スペシャル+P+のワイルドキャットカートリッジを連続射撃してもガタつかずにコンスタントに弾薬性能を引き出す拳銃」という理由だけでコルトダイヤモンドバックを使用している。
 朋絵の性格上、自動拳銃で一つの標的に2、3発叩き込んで無力化させるのは苦手だった。
 一撃必殺。
 一発必中。
 一打入魂。
 それに、15発装填できる多弾数自動拳銃が有れば最低15個の空薬莢をバラ撒く事になる。朋絵の経験上、空薬莢が床や地面に転がっている状況というのは非常に恐ろしい環境だった。
 人間の体重で変形しない円柱形の金属を踏みつけて転倒してしまうからだ。どこに転がるかも知れない空薬莢は時として命を左右する障害になる。
 それと357マグナムに匹敵する対人停止力を誇るワイルドキャットカートリッジの38スペシャル+P+の反動は357マグナムよりマイルドで銃口の跳ね上がりを制御しやすい。
 つまるところ、一つの標的の致命的急所に1発の強力な弾丸を素早く的確に命中させれば何も問題無いという考えだ。
 朋絵は治安組織の人間ではない。人間を生かしておく必要など無いのだ。
 引き金を一度引く時は人間が一人死ぬ時だ。
 その覚悟でコルトダイヤモンドバックをいつも後ろ腰のホルスターに挿している。
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