塵の行方
地面に仰向けに寝転がる彩名。
その左脇から顔を覗き込んで右手で銃口を額に押し付ける男。
一見すると絶望的な状況だ。相手に恐怖心を植え付けてから殺そうとするのが素人とプロの絶対的な差だ。少なくとも彩名なら、対象が隙を見せている間に本人が理解できぬ早さで命を奪う。
「ああ。殺されるんだな」
「ああそうだよ。今直ぐブチ殺してやる」
「そうかい」
彩名の顔に恐怖は無かった。
絶対にこの状況を覆してみせるという強気な表情も無かった。
飽く迄虚無に、抑揚無く『今の状況が自分のことであると自覚していない、遠いところで起きている他人の災難』という顔で無造作にフライトジャケットのポケットを漁ってシガリロの箱とジッポーを取り出した。
「おいっテメェ! コイツが見えねぇのか!」
「まだ耄碌する歳じゃないんで見えてるよ」
額により強い圧力が加わった。
構わず悠々とシガリロのセロファンを剥いて目前に何も無い顔つきでシガリロを咥えて火を点ける。
一服、口腔に溜めるとフーッと長い紫煙を吐き出した。
「なぁ。知ってるか?」
「な、何がだ!」
彩名の態度に苛立ちを覚え始めている男の拳銃が震えだした。歯軋りまで聞こえてきそうだ。
「リボルバー拳銃は長い薬莢の弾薬を利用するから、自ずと強力な火力を持つ拳銃と思われている。実際、その通りだろう。だから自然と頑強な拵えをした拳銃が殆どである場合が多い」
「はあ? 何が言いたいんだ?」
癇癪持ちのように男のコメカミに血管が浮き出てきた。
周りの男達も「早く殺せ」と急き立て始めた。
彩名は右手にジッポーを握ったまま空になったシガリロの箱を左手で弄びながら話を続けた。
「自動拳銃より構造がシンプルなのも一因だ。優れた材質を使わなくとも有り触れた金属を肉厚にするだけで簡単に壊れ難い拳銃が出来上がる。だけど大多数の人間は勘違いしている」
「な、何がだ! 何をだ!」
男の血液が沸点まで近付いてきた。
「単純なパーツで単純に構築された『工業製品』は本体そのものが弱点である場合が多い」
「我慢ならねぇ! もう、死ね!」
「しっかりグリップを握れよ!」
男の指先が引き絞られ、重いダブルアクションハンマーが作動する。
彩名はこれを待っていた。
男が視認出来る程、じっくりゆっくり引き金を引き絞る瞬間を。
間接的に薬莢の尻に触れている撃鉄が起き上がった時、弾倉分の一だけ回転するためにシリンダーが作動する。正にこの瞬間がリボルバー拳銃の泣きどころだ。
『撃鉄が薬莢に触れていない』。『シリンダーラッチが作動中』。『一切の撃発機構が連動中』。
ジッポーを握る、彩名の左手が閃いた。
ジッポーの底部がシリンダーを強打する。小さな火花が飛び散った。
「!」
引き金を引き絞っていないのにシリンダーを回転させる歯車が半解放状態で金鎚で殴られたのと同じ現象が起きた。
つまり、撃鉄が弾く直前に撃発機構が1発分、狂わされて歯車を噛み込んだ。
事実上の使用不能状態。撃鉄も引き金もサムピースもシリンダーも、リボルバー拳銃の可動部位は全て硬直したままのモデルガンになった。
この荒業を撃鉄が起きている状態で行うと暴発を起こして危険な事になる。
これが行えた理由として、男が極限まで怒りをリボルバーに込めていてくれたお陰で『彩名の額とグリップを握る男の手』の中間でしっかり『叩き易くホールドされた』シリンダーが存在したからという要因が有る。その要因を作り出し、更に男を怒りで挑発させて怨念を込めさせた。人間、難い奴の最期はしっかりと目に焼き付けたいために心理的に止めを刺す動作がスローになる。
額に銃口のせいで小さな裂傷が出来たが3日もすれば跡形も無くなるだろう。
男は必死で引き金や撃鉄を操作しているが全く作動しない。
残念ながら、このリボルバーは専門家に預けて修理して貰わないと2度と火を吹かない。
彩名は下半身を腹筋で大きく振り上げながら上肩背面で回転し起き上がった。
起き上がりのついでに男の手を軽く蹴り上げて使えないリボルバーを自分の手元に落とすと、手からグリップが抜けて呆けている男の側頭部にグリップ底部を叩き込んだ。
全く以って遅い動作でシースナイフやスイッチナイフを抜いて襲い掛かる他の男たち。全部で4人。
明確に『刃物で殺す』と云う意思が現れている連中の直線的な動きが彩名の眼にはスローモーションで見えた。
刃物のプロならこのように切っ先に殺意を乗せて襲い掛かったりしない。
弧を描く曲線と小刻みな突きを織り交ぜて強襲するのがプロのナイフ使いだ。
2人をグリップエンドで殴り倒し、2人を金的蹴りで沈ませた。
「……疲れる事させるなよ」
指紋を拭き取ったリボルバーを倒れている男の腹に放り投げる。
無力化された男たちの衣服を漁って奪われた相棒のベレッタM92FSコンパクトLを取り返して左脇に収める。
安心出来る重量感が戻った。
忌々しげにシガリロの煙を吐き出して、買ったまま忘れていたウイスキーのポケット瓶を取り出して封を切る。
一口呷って落ち着くと地面で伸びている男達の頭部を蹴り飛ばして深い朦朧に叩き落した。
お気に入りのジッポーに深い瑕が付いたのを見て肩を落とした。税込み6000円で買ったアーマーモデルのジッポーだったからこそリボルバーのシリンダーを強打できたので、それはそれで良しとしておこうと自分を慰めた。
「ん?」
踵を返して立体駐車場から立ち去ろうとした。
元々ここには連中を巻く為に入っただけに過ぎないし、少しの仮眠も取れたので長居は無用に感じた。
そんな時だった。
足元に転がっていたスライド式携帯電話を蹴飛ばした。新しい大きな擦過傷がボディに刻まれている。先程の格闘中、男達の誰かが落とした物だと推察できた。
彩名が興味を持ったのはそこでは無かった。小石のように蹴飛ばしたスライド式携帯電話の何処かのボタンを押したのか大きな液晶が点灯した。
「?」
何と無しに液晶画面に視線を落としていたが、彩名の顔色が見る見るうちに変貌していった。
液晶には上半身を裸に剥かれた依頼者の女性が頭髪を掴まれてコメカミに自動拳銃の銃口を押し当てられている画像が待ち受け画像に設定されていた。
猛禽類が兎を狩るように素早く携帯電話を拾い上げると食い入るように画像を睨んで携帯内部の画像フォルダを漁り他の関連する画像を探し出した。
「これは……」
思わずシガリロの吸い口を噛み潰す。
2GBのマイクロSD内部は多数の女性の陵辱画像や動画で満杯だった。
撮影者はこの携帯電話の持ち主だろう。
素顔を晒している男がザウエルと思われる大型自動拳銃を片手にこれ見よがしに女性を蹂躙している。
背景は暗くて良く解らないが街灯らしきものが時折見える。
彩名は昏倒している男たちの懐を探って携帯電話を持っていない者を探した。
――――コイツか
携帯電話の持ち主であろうと思われる男の髪にウイスキーを垂らしジッポーで火を点ける。
青い温度の低い炎は髪に引火してたちまち赤みを帯びた炎に変わり髪と皮膚を焦がす。
夜風の吹き込みが少ない立体駐車場の一角に焦げっぽい悪臭が広がり、シガリロの煙と混ざって異様な空気を作り出した。
頭皮を焦がされた男は鶏を絞め殺したような鳴き声を挙げて跳ね起きた。ナイフで襲ってきた男の一人だった。
その左脇から顔を覗き込んで右手で銃口を額に押し付ける男。
一見すると絶望的な状況だ。相手に恐怖心を植え付けてから殺そうとするのが素人とプロの絶対的な差だ。少なくとも彩名なら、対象が隙を見せている間に本人が理解できぬ早さで命を奪う。
「ああ。殺されるんだな」
「ああそうだよ。今直ぐブチ殺してやる」
「そうかい」
彩名の顔に恐怖は無かった。
絶対にこの状況を覆してみせるという強気な表情も無かった。
飽く迄虚無に、抑揚無く『今の状況が自分のことであると自覚していない、遠いところで起きている他人の災難』という顔で無造作にフライトジャケットのポケットを漁ってシガリロの箱とジッポーを取り出した。
「おいっテメェ! コイツが見えねぇのか!」
「まだ耄碌する歳じゃないんで見えてるよ」
額により強い圧力が加わった。
構わず悠々とシガリロのセロファンを剥いて目前に何も無い顔つきでシガリロを咥えて火を点ける。
一服、口腔に溜めるとフーッと長い紫煙を吐き出した。
「なぁ。知ってるか?」
「な、何がだ!」
彩名の態度に苛立ちを覚え始めている男の拳銃が震えだした。歯軋りまで聞こえてきそうだ。
「リボルバー拳銃は長い薬莢の弾薬を利用するから、自ずと強力な火力を持つ拳銃と思われている。実際、その通りだろう。だから自然と頑強な拵えをした拳銃が殆どである場合が多い」
「はあ? 何が言いたいんだ?」
癇癪持ちのように男のコメカミに血管が浮き出てきた。
周りの男達も「早く殺せ」と急き立て始めた。
彩名は右手にジッポーを握ったまま空になったシガリロの箱を左手で弄びながら話を続けた。
「自動拳銃より構造がシンプルなのも一因だ。優れた材質を使わなくとも有り触れた金属を肉厚にするだけで簡単に壊れ難い拳銃が出来上がる。だけど大多数の人間は勘違いしている」
「な、何がだ! 何をだ!」
男の血液が沸点まで近付いてきた。
「単純なパーツで単純に構築された『工業製品』は本体そのものが弱点である場合が多い」
「我慢ならねぇ! もう、死ね!」
「しっかりグリップを握れよ!」
男の指先が引き絞られ、重いダブルアクションハンマーが作動する。
彩名はこれを待っていた。
男が視認出来る程、じっくりゆっくり引き金を引き絞る瞬間を。
間接的に薬莢の尻に触れている撃鉄が起き上がった時、弾倉分の一だけ回転するためにシリンダーが作動する。正にこの瞬間がリボルバー拳銃の泣きどころだ。
『撃鉄が薬莢に触れていない』。『シリンダーラッチが作動中』。『一切の撃発機構が連動中』。
ジッポーを握る、彩名の左手が閃いた。
ジッポーの底部がシリンダーを強打する。小さな火花が飛び散った。
「!」
引き金を引き絞っていないのにシリンダーを回転させる歯車が半解放状態で金鎚で殴られたのと同じ現象が起きた。
つまり、撃鉄が弾く直前に撃発機構が1発分、狂わされて歯車を噛み込んだ。
事実上の使用不能状態。撃鉄も引き金もサムピースもシリンダーも、リボルバー拳銃の可動部位は全て硬直したままのモデルガンになった。
この荒業を撃鉄が起きている状態で行うと暴発を起こして危険な事になる。
これが行えた理由として、男が極限まで怒りをリボルバーに込めていてくれたお陰で『彩名の額とグリップを握る男の手』の中間でしっかり『叩き易くホールドされた』シリンダーが存在したからという要因が有る。その要因を作り出し、更に男を怒りで挑発させて怨念を込めさせた。人間、難い奴の最期はしっかりと目に焼き付けたいために心理的に止めを刺す動作がスローになる。
額に銃口のせいで小さな裂傷が出来たが3日もすれば跡形も無くなるだろう。
男は必死で引き金や撃鉄を操作しているが全く作動しない。
残念ながら、このリボルバーは専門家に預けて修理して貰わないと2度と火を吹かない。
彩名は下半身を腹筋で大きく振り上げながら上肩背面で回転し起き上がった。
起き上がりのついでに男の手を軽く蹴り上げて使えないリボルバーを自分の手元に落とすと、手からグリップが抜けて呆けている男の側頭部にグリップ底部を叩き込んだ。
全く以って遅い動作でシースナイフやスイッチナイフを抜いて襲い掛かる他の男たち。全部で4人。
明確に『刃物で殺す』と云う意思が現れている連中の直線的な動きが彩名の眼にはスローモーションで見えた。
刃物のプロならこのように切っ先に殺意を乗せて襲い掛かったりしない。
弧を描く曲線と小刻みな突きを織り交ぜて強襲するのがプロのナイフ使いだ。
2人をグリップエンドで殴り倒し、2人を金的蹴りで沈ませた。
「……疲れる事させるなよ」
指紋を拭き取ったリボルバーを倒れている男の腹に放り投げる。
無力化された男たちの衣服を漁って奪われた相棒のベレッタM92FSコンパクトLを取り返して左脇に収める。
安心出来る重量感が戻った。
忌々しげにシガリロの煙を吐き出して、買ったまま忘れていたウイスキーのポケット瓶を取り出して封を切る。
一口呷って落ち着くと地面で伸びている男達の頭部を蹴り飛ばして深い朦朧に叩き落した。
お気に入りのジッポーに深い瑕が付いたのを見て肩を落とした。税込み6000円で買ったアーマーモデルのジッポーだったからこそリボルバーのシリンダーを強打できたので、それはそれで良しとしておこうと自分を慰めた。
「ん?」
踵を返して立体駐車場から立ち去ろうとした。
元々ここには連中を巻く為に入っただけに過ぎないし、少しの仮眠も取れたので長居は無用に感じた。
そんな時だった。
足元に転がっていたスライド式携帯電話を蹴飛ばした。新しい大きな擦過傷がボディに刻まれている。先程の格闘中、男達の誰かが落とした物だと推察できた。
彩名が興味を持ったのはそこでは無かった。小石のように蹴飛ばしたスライド式携帯電話の何処かのボタンを押したのか大きな液晶が点灯した。
「?」
何と無しに液晶画面に視線を落としていたが、彩名の顔色が見る見るうちに変貌していった。
液晶には上半身を裸に剥かれた依頼者の女性が頭髪を掴まれてコメカミに自動拳銃の銃口を押し当てられている画像が待ち受け画像に設定されていた。
猛禽類が兎を狩るように素早く携帯電話を拾い上げると食い入るように画像を睨んで携帯内部の画像フォルダを漁り他の関連する画像を探し出した。
「これは……」
思わずシガリロの吸い口を噛み潰す。
2GBのマイクロSD内部は多数の女性の陵辱画像や動画で満杯だった。
撮影者はこの携帯電話の持ち主だろう。
素顔を晒している男がザウエルと思われる大型自動拳銃を片手にこれ見よがしに女性を蹂躙している。
背景は暗くて良く解らないが街灯らしきものが時折見える。
彩名は昏倒している男たちの懐を探って携帯電話を持っていない者を探した。
――――コイツか
携帯電話の持ち主であろうと思われる男の髪にウイスキーを垂らしジッポーで火を点ける。
青い温度の低い炎は髪に引火してたちまち赤みを帯びた炎に変わり髪と皮膚を焦がす。
夜風の吹き込みが少ない立体駐車場の一角に焦げっぽい悪臭が広がり、シガリロの煙と混ざって異様な空気を作り出した。
頭皮を焦がされた男は鶏を絞め殺したような鳴き声を挙げて跳ね起きた。ナイフで襲ってきた男の一人だった。