塵の行方
早ければ今夜仕事は達成される。
深夜と言うには早い時間帯。
自分が暴行された空気とそっくりなので吐き気がしてきた。標的には丁寧な屠殺を施してやろうと固く誓った。
性欲異常者というのは一時の性的興奮のためなら全てをかなぐり捨ててでも生真面目な行動パターンを描く。
警察の裏をかいて巧妙に犯行を繰り返すという凝った知能犯は少ない。
彩名の定義で言えば強姦魔も性欲異常者の範疇だ。
今、彩名の視界に入っていないだけでこの公園のどこかで既に犯行に及んでいる可能性が有る。
結局、その一晩は空振りに終わった。
次の晩も。次の次の晩も。
手段が酷似した犯行は狭い区域で続いているというのに尻尾を出さない。否、尻尾を掴めない自分が歯痒い。
自宅のアパートで連続暴行事件を報じる新聞を睨みつけながら横に咥えたシガリロの煙を怪獣のように吐き出す。
右手では薬室に初弾が送り込まれたベレッタM92FSコンパクトLの引き金を安全装置を掛けたまま何度も空引きしている。
引き金を空引きする指先が彼女の焦りと苛立ちを代弁している。
金を握らせた情報屋からは『事前』に何の連絡も無い。
そろそろ、プロとしてというよりもっと個人的な理由で暴行魔に殺意を覚えてきた1週間後の深夜。
――――掛かった!
ロングヘアの鬘を付けてより女らしく化粧をしてワンピースに身を包んで『自分が餌になった』彩名はストーキングしてくる人物に気付かぬ振りをして流れるままに任せ、姿の見えぬ人物に後ろ手に捻り挙げられたまま公園の暗い茂みに押し込まれた。
静かにしろと言われなくとも黙ったままで無抵抗を表現していたので、実に『簡単な料理』だった。
銃声3発。
鬱蒼とした静間にベレッタが吼えた。
腹に2発。熱い痛みが遅れてやってきた、悶えることすらできない脱力が男の全身を襲った。
うつ伏せに倒れたところを後頭部に1発。景気良く脳漿を飛び散らせて絶命した。
「……」
だが、違和感が残る。何かを忘れている違和感。
2日後。
違和感の正体が判明する。情報屋からの連絡だ。
体を張った演技で仕留めた暴行魔は別件の犯人だった。
つまり、ハズレだ。
――――そうだよ!
――――仕事道具だ!
依頼人は背後から銃を突きつけられて、実際に足元に発砲されて腰を抜かした所を襲われたのだ。
それに抵抗もできない被害者を殴りつけて抵抗力を奪い恐怖心を植え付けてから強姦した。
彩名が仕留めた犯人は飽く迄、徒手だったし、いきなり襲い掛かってきた。
「たかが暴行犯一人に何やってんだ!」
『看板』の信頼だの実績だのそんなものは今しがた、頭から消し飛んだ。
個人的な殺意が彩名の心を掻き乱す。
――――ちきしょーっ
――――ヤツのドタマにブラックタロンかハイドラショックを叩き込みてぇーっ
クッション枕に何度も握り拳を叩き込みながら歯軋りを立てる。
虫の居所が悪過ぎて眠りに着けない。
午後7時。変則的な時間を生きている彩名には時間の管理は無用だった。
仕事を中心に考えて休み、食べる。それが体に染みついているはずなのに、眠れない。
それもまた、機嫌をより一層、悪くする一因だった。
悪循環を認識しているが、それはつまり、彩名は人を殺すだけの機械ではないということを意味している。……人間としての生理機能だけが彼女を人間らしく留めているのだ。
徘徊。
深夜の公園。近辺の人気の無い路地。社会に適格しない連中がたむろする廃屋とその周辺。
何れも依頼人が提供してくれた情報通りのルートだ。
懐に拳銃が無ければ絶対に近寄りたくないポイントばかりだが、自分から虎口に飛び込まねばならない状況にある。
――――ちっ。ハズレだ。
住宅街から外れた、街灯の明かりが乏しい廃屋街まで来た時、彩名は不意に背後から声を掛けられた。
少なくとも警邏の警官ではない。
口調からして若い男。数は不明なれど複数は確か。場違いなナンパ目的の台詞。
自然に振り向いて軽く一瞥する。
正直、背中に冷たいものが走った。
冷静を保ちたいが目玉は大きく開いてしまった。
―――20人は居る!
―――アンブッシュか!
パンクファッションと暴走族の風体が混じった恰好をした『有象無象』が背後でにやけた顔を浮かべながらそこら中に居た。
壁の上に腰掛ける者。地面にヤンキー特有の座り方をする者。全身から力を抜いてマッチ棒の様に立っているだけの者。
どいつもこいつも若い。一番歳を食ってる奴でも20代後半位だ。若い奴は10代前半位。
名前は知らないがどこかの若年ギャングの縄張りに踏み込んでしまったらしい。
この輩は特定の根城を中心に流動的に活動する犯罪者予備軍だが、近年は装備品は暴力団並みであるという。
彩名に声を掛けたヒョロ高い男の股間がズボンを押し上げて異常に硬く猛っていると思っていたが、少し落ち着いて見れば実際は長銃身リボルバーを腹のベルトに差し込んでいるだけだった。
「……」
猫の集会のように出現していたそいつらは自分の力の象徴をアピールしたがっているのか、しきりに懐や後ろ腰に手を持って行き伊達者を気取っていた。既に伸縮警棒やバリソンナイフを展開する者が居る。
――――成る程。こいつらの目には僕は可哀相な獲物にしか映っていないんだな。
――――捻りもスパイスも利いていない物理的な数の暴力だ
――――徒党を組まないと「ナンパ」もできない小心者連中か…
彩名の顔が憐憫を帯びて沈む。
フライトジャケットのハンドウォームをからスイッシャーの甘味料が利いたシガリロを取り出して、自然な動作でサテンクロームのジッポーで火を点ける。
深く口腔に吸い込んだ紫煙を緩い夜風に乗せてゆっくり吐き出す。
先程のちょっとした驚愕は消えて、肝に活が入った。
「で。そんな数でナンパして貰っても困るんだけど?」
咥え葉巻でジャケットのハンドウォームに両手を突っ込んでニヒルな笑いを浮かべる彩名。
「ネーチャン。気取るなよ。ちょっと付き合ってくれよぉ」
ベルトの腹にリボルバーを差した男がチューンガムをクチャクチャ噛みながら無警戒で歩み寄ってくる。
その男はビックリ箱でも見せる感覚で彩名の一歩手前で止まってジャンパーの腹を捲って見せた。
黒いラバー製の大型ラウンドパッドグリップのシルバーフレームのリボルバーが見える。銃身はズボンの中に収まっている。
サムピースの形状からしてコルト系リボルバーだと判断できた。キングコブラかそのコピー、何れにしても357マグナム6連発クラスの大型リボルバーだ。
威圧感は有るがこの超至近距離では些か不利な得物だ。
――――逃げるにしても、『やらかす』にしても切っ掛けは必要だ!
紫煙を男の顔面に吹き付けてちょっとした目くらましを仕掛けた瞬間に彩名は渾身の前蹴りを繰り出した。
男の股間が破裂すると同時にくぐもった銃声が轟いた。
どんな弾薬を用いていたのかは知らないが弾頭は男の海綿体を原形を留めないほどに砕いてアスファルトの地面にぶつかり跳弾した。
一瞬で放心状態に陥る男。他の連中も何が起きたか理解しきれていない。
深夜と言うには早い時間帯。
自分が暴行された空気とそっくりなので吐き気がしてきた。標的には丁寧な屠殺を施してやろうと固く誓った。
性欲異常者というのは一時の性的興奮のためなら全てをかなぐり捨ててでも生真面目な行動パターンを描く。
警察の裏をかいて巧妙に犯行を繰り返すという凝った知能犯は少ない。
彩名の定義で言えば強姦魔も性欲異常者の範疇だ。
今、彩名の視界に入っていないだけでこの公園のどこかで既に犯行に及んでいる可能性が有る。
結局、その一晩は空振りに終わった。
次の晩も。次の次の晩も。
手段が酷似した犯行は狭い区域で続いているというのに尻尾を出さない。否、尻尾を掴めない自分が歯痒い。
自宅のアパートで連続暴行事件を報じる新聞を睨みつけながら横に咥えたシガリロの煙を怪獣のように吐き出す。
右手では薬室に初弾が送り込まれたベレッタM92FSコンパクトLの引き金を安全装置を掛けたまま何度も空引きしている。
引き金を空引きする指先が彼女の焦りと苛立ちを代弁している。
金を握らせた情報屋からは『事前』に何の連絡も無い。
そろそろ、プロとしてというよりもっと個人的な理由で暴行魔に殺意を覚えてきた1週間後の深夜。
――――掛かった!
ロングヘアの鬘を付けてより女らしく化粧をしてワンピースに身を包んで『自分が餌になった』彩名はストーキングしてくる人物に気付かぬ振りをして流れるままに任せ、姿の見えぬ人物に後ろ手に捻り挙げられたまま公園の暗い茂みに押し込まれた。
静かにしろと言われなくとも黙ったままで無抵抗を表現していたので、実に『簡単な料理』だった。
銃声3発。
鬱蒼とした静間にベレッタが吼えた。
腹に2発。熱い痛みが遅れてやってきた、悶えることすらできない脱力が男の全身を襲った。
うつ伏せに倒れたところを後頭部に1発。景気良く脳漿を飛び散らせて絶命した。
「……」
だが、違和感が残る。何かを忘れている違和感。
2日後。
違和感の正体が判明する。情報屋からの連絡だ。
体を張った演技で仕留めた暴行魔は別件の犯人だった。
つまり、ハズレだ。
――――そうだよ!
――――仕事道具だ!
依頼人は背後から銃を突きつけられて、実際に足元に発砲されて腰を抜かした所を襲われたのだ。
それに抵抗もできない被害者を殴りつけて抵抗力を奪い恐怖心を植え付けてから強姦した。
彩名が仕留めた犯人は飽く迄、徒手だったし、いきなり襲い掛かってきた。
「たかが暴行犯一人に何やってんだ!」
『看板』の信頼だの実績だのそんなものは今しがた、頭から消し飛んだ。
個人的な殺意が彩名の心を掻き乱す。
――――ちきしょーっ
――――ヤツのドタマにブラックタロンかハイドラショックを叩き込みてぇーっ
クッション枕に何度も握り拳を叩き込みながら歯軋りを立てる。
虫の居所が悪過ぎて眠りに着けない。
午後7時。変則的な時間を生きている彩名には時間の管理は無用だった。
仕事を中心に考えて休み、食べる。それが体に染みついているはずなのに、眠れない。
それもまた、機嫌をより一層、悪くする一因だった。
悪循環を認識しているが、それはつまり、彩名は人を殺すだけの機械ではないということを意味している。……人間としての生理機能だけが彼女を人間らしく留めているのだ。
徘徊。
深夜の公園。近辺の人気の無い路地。社会に適格しない連中がたむろする廃屋とその周辺。
何れも依頼人が提供してくれた情報通りのルートだ。
懐に拳銃が無ければ絶対に近寄りたくないポイントばかりだが、自分から虎口に飛び込まねばならない状況にある。
――――ちっ。ハズレだ。
住宅街から外れた、街灯の明かりが乏しい廃屋街まで来た時、彩名は不意に背後から声を掛けられた。
少なくとも警邏の警官ではない。
口調からして若い男。数は不明なれど複数は確か。場違いなナンパ目的の台詞。
自然に振り向いて軽く一瞥する。
正直、背中に冷たいものが走った。
冷静を保ちたいが目玉は大きく開いてしまった。
―――20人は居る!
―――アンブッシュか!
パンクファッションと暴走族の風体が混じった恰好をした『有象無象』が背後でにやけた顔を浮かべながらそこら中に居た。
壁の上に腰掛ける者。地面にヤンキー特有の座り方をする者。全身から力を抜いてマッチ棒の様に立っているだけの者。
どいつもこいつも若い。一番歳を食ってる奴でも20代後半位だ。若い奴は10代前半位。
名前は知らないがどこかの若年ギャングの縄張りに踏み込んでしまったらしい。
この輩は特定の根城を中心に流動的に活動する犯罪者予備軍だが、近年は装備品は暴力団並みであるという。
彩名に声を掛けたヒョロ高い男の股間がズボンを押し上げて異常に硬く猛っていると思っていたが、少し落ち着いて見れば実際は長銃身リボルバーを腹のベルトに差し込んでいるだけだった。
「……」
猫の集会のように出現していたそいつらは自分の力の象徴をアピールしたがっているのか、しきりに懐や後ろ腰に手を持って行き伊達者を気取っていた。既に伸縮警棒やバリソンナイフを展開する者が居る。
――――成る程。こいつらの目には僕は可哀相な獲物にしか映っていないんだな。
――――捻りもスパイスも利いていない物理的な数の暴力だ
――――徒党を組まないと「ナンパ」もできない小心者連中か…
彩名の顔が憐憫を帯びて沈む。
フライトジャケットのハンドウォームをからスイッシャーの甘味料が利いたシガリロを取り出して、自然な動作でサテンクロームのジッポーで火を点ける。
深く口腔に吸い込んだ紫煙を緩い夜風に乗せてゆっくり吐き出す。
先程のちょっとした驚愕は消えて、肝に活が入った。
「で。そんな数でナンパして貰っても困るんだけど?」
咥え葉巻でジャケットのハンドウォームに両手を突っ込んでニヒルな笑いを浮かべる彩名。
「ネーチャン。気取るなよ。ちょっと付き合ってくれよぉ」
ベルトの腹にリボルバーを差した男がチューンガムをクチャクチャ噛みながら無警戒で歩み寄ってくる。
その男はビックリ箱でも見せる感覚で彩名の一歩手前で止まってジャンパーの腹を捲って見せた。
黒いラバー製の大型ラウンドパッドグリップのシルバーフレームのリボルバーが見える。銃身はズボンの中に収まっている。
サムピースの形状からしてコルト系リボルバーだと判断できた。キングコブラかそのコピー、何れにしても357マグナム6連発クラスの大型リボルバーだ。
威圧感は有るがこの超至近距離では些か不利な得物だ。
――――逃げるにしても、『やらかす』にしても切っ掛けは必要だ!
紫煙を男の顔面に吹き付けてちょっとした目くらましを仕掛けた瞬間に彩名は渾身の前蹴りを繰り出した。
男の股間が破裂すると同時にくぐもった銃声が轟いた。
どんな弾薬を用いていたのかは知らないが弾頭は男の海綿体を原形を留めないほどに砕いてアスファルトの地面にぶつかり跳弾した。
一瞬で放心状態に陥る男。他の連中も何が起きたか理解しきれていない。