塵の行方
「ぶっ、ぶっ飛ばしてやる!」
いそいそと図太い空薬莢を捨てて新しい40mm砲弾を装填する。
「止めとけよ。お前の位置から僕の位置まで6m以下だ。信管の安全ヒューズが焼ける前の距離だ。僕にタマが当たっても爆発しないよ。精々、胸骨が砕けるか腹部強打で済む。仮にデコのホネにピンポイントに命中しても頚部骨折で済む……ふむ。成る程。直線距離が6m以上有った2階の廊下で僕をずっと待っていたわけか」
少々ゆっくりめに話し出す。体の機能の回復時間を少しでも稼ごうとしているのだ。
時折、しみじみと味わう顔でシガリロを燻らせる。
「雇った三下はもう終わりか? おぼっちゃん」
近木は足元の死体が握っていたS&W M629に飛びついて引っ手繰ると碌な構えもせずに片手でダブルアクションで発砲した。
幾ら6インチ銃身といえどガク引きでは全く見当違いの方向に穴を開けるだけだった。
その上、強力な反動で手首を挫いたらしく歯を食いしばって痛みを堪えていた。
「この!」
今度は左手に持ち替えてこちらへ歩みだそうと右足を上げた。
そのモーションの最中に空かさず拾いあげたベレッタで足元に3発叩き込んで尻餅を搗かせた。
近木が左手にしている大型リボルバーのシリンダーを狙って1発撃つ。シリンダーは破損して握っていた左手に鋭い金属片が刺さって悲鳴を挙げた。
彩名に尻を向けて逃げ出そうとする。
彩名は苦笑いを浮かべながら左右の大腿部に一発ずつ9mm弾を叩き込んで動けなくする。
涙と洟を垂らしながら逃走も抵抗もできなくなった体で床を這いながら助けてくれと近木は喚いた。
「まだこんなに持ってたんだ」
右足を引き摺りながら近木に近付く。
近木の後ろ腰に有るグレネードポーチには4発の対人榴弾が入っていた。
「助けて! お願い! 助けて! 幾らでも金を出すから!」
「うん。金は大好きだよ」
彩名はポーチから1発の砲弾を取り出して都合のいい懇願だけを並べ、悪臭を放つ軽い口に40mmを叩き込んだ。前歯が何本か折れて転がり落ちる。
両肘を9mmで砕く。
激痛で気絶した近木の髪を掴んで床に打ちつけると直ぐに目を覚ました。口に榴弾が詰まって何事も上手く喋れない。
右足に刺さった木片を抜き取った彩名は後にじわじわと沸き起こる熱い痛みで、冷や汗を袖で拭きながら破いたジャケットの袖で止血帯を作って巻きつける。
びっこを引きながら侵入してきたキッチンへ向かう。
「近木。助けてやる」
破壊されたドアの角を曲がったところで彩名は不意に近木に声を掛けた。
近木は主人に呼ばれた犬のように振り向いた。
近木の口に押し込められた40mm砲弾に9mm弾が命中する。
「近木、どうよ? 最後の絶望加減は」
口には出していないが彩名の顔はそう物語っていた。
大爆発。
誇張ではなく山荘全体が直下型地震に遭遇したように震える。
彩名は血痕を隠すために山荘の裏手から林道を伝い獣道に紛れて山間の夜陰に消えていった。
数日後。
市内の港湾部にある防波堤に40代と思われる浮浪者と思われる男の死体が上がる。
ボロ同然のコートのポケットにはマドラスパイプが入っている他、身元を特定できる品物は所持していなかった。
死体には頭と心臓に2発ずつの弾痕が有り、何らかのトラブルに巻き込まれたものとして警察は捜査している。
「証拠? いいえ。それは貴女の傷です」
彩名は近木が犯人でその近木を仕留めた証拠写真を撮影するのを忘れていた不備を依頼者の女性に詫びていた。実際には口に押し込んだ砲弾を銃弾で爆発させたので死体の原型すら留めていないので撮影処ではなかったのだ。
女性は彩名の負傷具合と先日起きた山荘での爆発事件の報道が直ぐに結びついて理解できたようだ。
傷が癒え始めた女性の顔から沈痛な翳りが少し晴れているのが彩名には良く解った。ささやかな臨時ボーナスをもらった気分だ。
「貴女の怪我を見れば……解ります。本当に胸がすくような……」
彩名はその先を女性には言わせなかった。
某月某日の昼下がりの喫茶店での一コマだった。
《塵の行方・了》
いそいそと図太い空薬莢を捨てて新しい40mm砲弾を装填する。
「止めとけよ。お前の位置から僕の位置まで6m以下だ。信管の安全ヒューズが焼ける前の距離だ。僕にタマが当たっても爆発しないよ。精々、胸骨が砕けるか腹部強打で済む。仮にデコのホネにピンポイントに命中しても頚部骨折で済む……ふむ。成る程。直線距離が6m以上有った2階の廊下で僕をずっと待っていたわけか」
少々ゆっくりめに話し出す。体の機能の回復時間を少しでも稼ごうとしているのだ。
時折、しみじみと味わう顔でシガリロを燻らせる。
「雇った三下はもう終わりか? おぼっちゃん」
近木は足元の死体が握っていたS&W M629に飛びついて引っ手繰ると碌な構えもせずに片手でダブルアクションで発砲した。
幾ら6インチ銃身といえどガク引きでは全く見当違いの方向に穴を開けるだけだった。
その上、強力な反動で手首を挫いたらしく歯を食いしばって痛みを堪えていた。
「この!」
今度は左手に持ち替えてこちらへ歩みだそうと右足を上げた。
そのモーションの最中に空かさず拾いあげたベレッタで足元に3発叩き込んで尻餅を搗かせた。
近木が左手にしている大型リボルバーのシリンダーを狙って1発撃つ。シリンダーは破損して握っていた左手に鋭い金属片が刺さって悲鳴を挙げた。
彩名に尻を向けて逃げ出そうとする。
彩名は苦笑いを浮かべながら左右の大腿部に一発ずつ9mm弾を叩き込んで動けなくする。
涙と洟を垂らしながら逃走も抵抗もできなくなった体で床を這いながら助けてくれと近木は喚いた。
「まだこんなに持ってたんだ」
右足を引き摺りながら近木に近付く。
近木の後ろ腰に有るグレネードポーチには4発の対人榴弾が入っていた。
「助けて! お願い! 助けて! 幾らでも金を出すから!」
「うん。金は大好きだよ」
彩名はポーチから1発の砲弾を取り出して都合のいい懇願だけを並べ、悪臭を放つ軽い口に40mmを叩き込んだ。前歯が何本か折れて転がり落ちる。
両肘を9mmで砕く。
激痛で気絶した近木の髪を掴んで床に打ちつけると直ぐに目を覚ました。口に榴弾が詰まって何事も上手く喋れない。
右足に刺さった木片を抜き取った彩名は後にじわじわと沸き起こる熱い痛みで、冷や汗を袖で拭きながら破いたジャケットの袖で止血帯を作って巻きつける。
びっこを引きながら侵入してきたキッチンへ向かう。
「近木。助けてやる」
破壊されたドアの角を曲がったところで彩名は不意に近木に声を掛けた。
近木は主人に呼ばれた犬のように振り向いた。
近木の口に押し込められた40mm砲弾に9mm弾が命中する。
「近木、どうよ? 最後の絶望加減は」
口には出していないが彩名の顔はそう物語っていた。
大爆発。
誇張ではなく山荘全体が直下型地震に遭遇したように震える。
彩名は血痕を隠すために山荘の裏手から林道を伝い獣道に紛れて山間の夜陰に消えていった。
数日後。
市内の港湾部にある防波堤に40代と思われる浮浪者と思われる男の死体が上がる。
ボロ同然のコートのポケットにはマドラスパイプが入っている他、身元を特定できる品物は所持していなかった。
死体には頭と心臓に2発ずつの弾痕が有り、何らかのトラブルに巻き込まれたものとして警察は捜査している。
「証拠? いいえ。それは貴女の傷です」
彩名は近木が犯人でその近木を仕留めた証拠写真を撮影するのを忘れていた不備を依頼者の女性に詫びていた。実際には口に押し込んだ砲弾を銃弾で爆発させたので死体の原型すら留めていないので撮影処ではなかったのだ。
女性は彩名の負傷具合と先日起きた山荘での爆発事件の報道が直ぐに結びついて理解できたようだ。
傷が癒え始めた女性の顔から沈痛な翳りが少し晴れているのが彩名には良く解った。ささやかな臨時ボーナスをもらった気分だ。
「貴女の怪我を見れば……解ります。本当に胸がすくような……」
彩名はその先を女性には言わせなかった。
某月某日の昼下がりの喫茶店での一コマだった。
《塵の行方・了》
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